木に登る

 3学期が始まって、あちこちで寒そうに話をしていた。
「なんだか楽しそうでいいよな。俺なんか、太ったってみんなに言われた。大きくなったねえって何度も言われてさあ」みんな言われるんだね。私も言われたけれど、
「それにしても、親戚のおじさんって、どうして、ああ、昔話するんだろうな」と光本君が言っていて、初詣はどこに行ったかなどを話していた。
「来年度は受験だぞ。うるさかったよ。親戚って、どうしてああやって勝手に人のことまでいろいろと」と言っていて、うちはそれはなかったなあと思った。太郎は親戚が多いから、いっぱい言われたらしい。岳斗君たちに久しぶりに会って、色々話をしていた。高校の話も出ていて、太郎の受験をみんなが噂していた。
「俺はこのままいけば、峰明だな」と光本君が言った。
「海星は?」と弘通君が聞いた。
「無理だよ。佐倉は?」と聞かれて、答えなかった。『このままだと海星だな』と先輩に言われてしまった。拓海君と離れちゃうなあ。
「どこに行くか、決めてるヤツもいるんだろうな。弘通は、あそこか?」と聞かれていて、答えていなかった。
「須貝君は?」と朋美ちゃんが聞いていて、
「多分、海星だよ」と言っていた。海星は一割以上が受けるのではと言われてるけれどねえ。

 部活の方も、やはりしっくりいってなくて、
「練習試合が決まりました」と日程を発表していて、その順番も言っていた。一之瀬さんが気に食わなさそうで、
「私は出られないのですか?」とロザリーが言い出したため、呆気に取られた。確かにがんばりもあって、かなり上達しているけれど、そこまではいっていないからだ。
「無理です。人数が限られていて、出られるのは今の5組だけです。それ以外は時間が余ってもやらないと思います」と小平さんが淡々と言った。毎回、大体そうなっている。
「嫌です。せっかく、練習したのだから試したいです」と言ったため、困ったなあという空気になっていた。
「後衛でしょう? 無理よ。前衛なら、代わったほうが良さそうな人もいるけれど」とこっちを見て一之瀬さんが言ったため、後輩の一部が笑っていた。
「このままのメンバーで決まりです。もう少し上達してからにしてください」と言ってやり始めた。
 そのまま、やっていたけれど、一之瀬さんたちと久しぶりに当たった。百井さんと話し合ってから、試合をやっていて、
「あれ?」とみんなが驚いていた。一之瀬さんではなく、相良さんに玉を集めていたから、相良さんが取れなくて、フォローを一之瀬さんがしてなくて、
「駄目ね」とみんなが言っていた。少しでも相良さんのボールと判断したら取らないというのを見て分かったため、そのコースを出来るだけ狙うように話し合っていたからだ。ドンドン、動きが悪くなり、一之瀬さんが睨んでいて、割とすぐに終わってしまっていた。一之瀬さんがいらついて、フォルトの連続でひどかった。
「どういうこと?」と美鈴ちゃんが聞いていて、
「別に、作戦勝ちだって」と百井さんが答えていた。

 それからというもの、部活の方はドンドンひどくなっていった。ロザリーは張り切ってアピールをしていて、一之瀬さんのペアは同じような作戦を他の人にもやられて、相良さんが大変だった。菅原さんは萎縮しすぎていて、なんだか、このままじゃ勝てそうもないなと思っていた。

 練習試合の日は、小平さん以外は緊張していて、私は拓海君に呼ばれて、そっちに行った。
「少しは気づくといいのにな」と拓海君に言われて、
「言われたとおりにしたけれど、無理みたいだよ」と答えた。そう、全部拓海君の指示だった。一之瀬さんの欠点はそこだった。フォローをしないのだ。菅原さん、湯島さんなら余裕があればフォローをするのに、彼女はしない。百井さんはできるかどうかで判断していると言っていて、お互いに声を掛け合っていた。
「あのままだと、負けるけれどな。でも、そのほうが良さそうだ」とじっと見ていた。
「褒めてあげる方がいいんじゃないの?」
「褒めるって、どこを?」と反対に聞かれてしまい、そう言えば、そうかも……と考えてしまった。
「認めてあげたほうが木に登る」
「ブタもおだてりゃってことか。無理だ。あいつは、おだてたら図に乗るだけ。調子が良くなっても、それじゃあなあ」そうなのか、難しい。
「好きな人に認めてもらいたいんだと思うけれどなあ」
「先生に頼め。そのためにいる」褒めるだろうか? あの先生が?……とまじまじと見てしまった。
 試合は案の定、ひどいものだった。予想通り、一之瀬さんは調子を崩して、自滅。菅原さんは萎縮していて、勝ったのは湯島さんと私達のところだけだった。矢上さんは接戦だったけれど、あとちょっとで負けていて、みんなが「惜しかったね」と声をかけていて、一之瀬さんのそばには誰もいなかった。
「私、出たいです」とロザリーが言っていて、先生が考えていた。
「もう二組、やらせましょうか」と相手の先生が言っていて、なぜか、私たちと湯島さんのところが出ることになったため、一之瀬さんが怒り出した。
「仕方ないだろう? 調子が悪いのにやっても、相手に失礼だ」と先生が言った為、すごい顔をして、睨んでいてどこかに行ってしまった。困ったなあと思ったけれど、やり始めた。

「見ないのか?」と拓海君に声を掛けられて、一之瀬さんは驚いていた。
「見たってしょうがないわよ」と怒っていて、
「その態度じゃ、永久に勝ていないな。お前、テニスを舐めてるのか?」と拓海君が言ったため、
「それはあの人でしょう」と私を指差した。
「逆だな。お前と違って、あいつはどうやったら勝てるかを自分なりの方法で見つけようとしている。闇雲に練習したってね、お前みたいになったときでも、多分、考え方もやり方も違うだろうな」
「どういう意味よ」
「見て分からないのか?」と拓海君が試合を見ていて、しばらく黙っていた。
「小平さんの相手はさっきお前達と当たったところだろう。ほら、最初押されてたけれど、段々変わってきただろう?」と聞かれて、確かにその通りだったので、
「どうして?」と一之瀬さんが声に出していた。
「違いがある。どうしてか、分かるか?」と聞かれて、一之瀬さんが拓海君を見た。
「分かっていないみたいだな。声だよ。声をかけて、お互いにミスしても試合に集中しているんだ。イライラしていない。だから、ミスも少なくなってきた。相手のほうが多くなってきただろう? お前達の場合は一度も声をかけていなかったな。詩織の方も、接戦だよな。でも、がんばってるよ」と言ったため、気に入らなさそうにしていた。
「あいつなりの工夫をしてそうだな。百井さんにまた何か言ったようだ。あの辺は、お前たちと真逆」
「え?」と一之瀬さんが驚いていた。
「気づいていないようだから、補足すると、狙うコースを変えてるよ。まだまだ、コントロールが悪いけれど、とにかくレシーブだけはミスを少なくしようって話し合ったそうだから、その辺にお前のところとの違いがあるね」と言われて、しばらくじっと見ていた。
「力だけじゃ無理だ。体力や強い玉が打てるとか、そういうのだけじゃね」
「そんなこと」
「加茂さんと同じだな。力も強気さも持っていないから弱いだろうと思い込んでいるよな。詩織は確かにその部分が欠けてるよ。でも、それなりの試合になるのはなぜだろうって考えてみろよ。この間も負けたのに、何の反省もしていないな。お前は素質はあると思う。それは認めてやるよ。でも、今のままじゃ、宝の持ち腐れだね」と言って、体育館に戻って行ってしまった。一之瀬さんはその後姿をじっと見ていた。

 相手が帰ったあと、先生が試合結果と注意点を男子からやっていた。こっちはその間待っていて、
「なんだか、疲れたね。結局、2回とも勝てたのは百井さんのペアだけだね」と千紗ちゃんが言った。
「でも、収穫はあったと思うわ」と小平さんがノートを見ながら言っていて、
「なんだか、決まらなかった。大変だったけれど、でも、こっちも何をしていいかはちょっと分かって良かった」と湯島さんが言っていて、小平さんと顔を見合わせていた。色々、あのあと話し合ったようだった。
「こっちもね。色々試せてよかったわ。本当はもっと試したかったけれど、まだコントロールがついていかないわよね」と百井さんに言われてうなずいた。
「何を試したの?」と美鈴ちゃんが聞いてきて、
「えー、女子の方を言うぞ」と先生がやってきて色々注意していた。一之瀬さんはかなり言われていて、菅原さんと元川さんは基本的なことばかり注意を受けていた。
「加藤と矢上はもっと話し合え。学年の差は話し合うことで解決してくれ、こればかりは俺ではどうしようもない」と先生に言われて、困っていた。言いづらいかも。
「ということで、今度の練習試合までにもっとペアの意思確認をやっておくように」と言って、離れて行った。
「待ってください」と一之瀬さんが言い出した。
「なんだ?」と先生が面倒くさそうにしていた。何を言うか分かってるからだろう。でも、意外にも、
「佐倉さんと試合させてください」と言い出したので驚いた。なんだろうと百井さんと顔を見合わせた。
「どういうことだ?」と先生が聞いてきて、
「確かめたい事がありますから、お願いします」と言ったので、先生が小平さんを見ていて、小平さんと湯島さんが顔を見合わせたあと、うなずいていた。
「しょうがない、やってみろ」と先生が言って、
「私もやりたい、小平さんと」とロザリーが言ったら、
「お前は加藤のペアとやってみろ」と意外にも許可していて、隣でやることになった。
「とにかく、この間からの作戦を最初使おう。その後は臨機応変で」と百井さんに声を掛けたらうなずいていた。
 試合はどっちも接戦だった。なぜなら、千沙ちゃんは真面目で単調で力に押されていた。ロザリーは調子がいいらしく、声が大きくて男子も冷やかして見ていてやりにくそうだった。
「なんだか、一之瀬さんって変だよね」とみんなが言い出して、
「様子を見ましょう」と小平さんが言った。前と同じで相良さんは、つい後ろを見てしまう癖がついていて、一瞬躊躇する場面が何度もあったため、途中でタイムを取っていて、相良さんが驚いていた。
「変えてくるかも。フォローしそうだね。様子を見よう」と百井さんに声を掛けてうなずいていた。やはりフォローしだして、段々と動きが良くなってきた。すごく動くな、確かにコントロールもいい、こっちはまだまだだなと見ていた。でも、最初の方で駄目だったのが響いて、こっちが勝っていた。
「満足したのか?」と先生に聞かれて、うなずいていた。
「なんだか、使えなかったね」と百井さんに言って、
「感触は分かったしね。コントロールがまだまだだから、そこをやろう」と言われてうなずいた。ロザリーはそのまま力と勢いで勝っていて、うれしそうにはしゃいでいた。

「さっき、言われたよ」と帰るときに拓海君に言われて、なんだろうと考えていた。
「一之瀬に、私は認めてもらえるようにがんばるから見ててくれないかと言われてね」すごい自信だ。
「それで?」ちょっと不安になっておずおずと聞いたら、
「ああ、大丈夫だよ。別にね。あいつは良く分からないと言った。お前のことをね」私もよく分からない。
「俺が教えても無駄かもとは思ったけれど、言うだけ言ってみたよ。でも、木に登るのは早いかもな。すぐ調子を取り戻すかも。お前の言ったとおりだったな」
「何を言ったの?」
「認めてほしいんだよ、あいつはね。だから、才能はあると言ったら、うれしそうにさっき色々言ってたけれどなあ。その気になるのが早いぞ、あいつは」とちょっと呆れ気味に言った。
「ロザリーと一緒だよな。やっかいなことになったよ」
「どうして?」
「なんだかな」と困った顔をしていた。

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