喧嘩

 バレンタインまで、色々動きがあった。テスト勉強もしていて、弘通君に教えてもらっていて、紀久ちゃんも時々混じっていた。知夏ちゃんはすっかり諦めてしまい、なぜか本宮君の方に行ってしまった。碧子さんはあげようかどうしようか迷っていて、朋美ちゃんも考え中だそうだ。夕実ちゃんは楽しそうに話していて、時々一緒にこっちに混じるようになり、
「ドンドン、中野出身が増えていく」と光本君が面白くなさそうだった。
「しかし、勉強よりチョコの話題がうるさいとは困ったもんだ」と遠藤君が言ったため、みんなが困っていた。あれから、まだギクシャクしている。一応、拓海君が注意してくれて、謝ってくれたけれど、でも面白くなさそうだった。
「テストの点数で人生が決まるのはなあ」と光本君が言って、
「才能が他にある人はいいなあ」と思わず言ってしまった。
「才能ってね。絵を描くのが少し上手なだけだろう。プロになれるわけでもないし」と光本君が言った。
「自信がつくぐらいのものって何かないかなあ?」とぼやいたら、
「テニスは?」と聞かれて、笑ってごまかした。
「じゃあ、テストしかないな」と言われて、
「そうだね」とうな垂れた。
「テストにしろ、運動にしろ、顔にしろ、背でもいい、どれか一つを与えてくれ」とそばの男子が聞こえたらしく、そう言ったので、みんなが一斉に笑った。
「背も入れるなよ」と戸狩君に言われて、
「そこが一番切実だ」と答えたため、
「それはあるかも」とみんなが笑っていた。

 ある日、母から電話があって、
「明日迎えに行くからね」と言われて、
「また、拓海君も?」と聞いたら、
「彼は悪いけれど、二人で話す事があるからね」と言われてしまった。なんだろうなと考えていた。

 母がいきなり封筒を目の前に置いた。
「何これ?」
「一度目を通しておきなさい。それを読んでよく考えて」と言われて、それを見た。
「これって」と驚いてしまった。
「いくつかピックアップしてあるから、あなたに一番合いそうなところは、この辺りかしら」とそのパンフレットにメモがはさんであって、
「これって、アメリカの」
「そうよ、高校からこっちに来なさい」と言われて、唖然となった。
「何言ってるの?」
「あら、嫌なの?  いいと思うわよ。アメリカならこっちのようなことは少ないわよ。もちろん、人種も色々だけれど、そこの高校は日本人もいるから安心よ。日本人ってどんどん増えてきてるし、大学もかなり日本人が多いからね。厳しい所もあるけれど、あなたには向いていると思うわ」どこがなんだ? 
「とにかく、それに一度目を通して、それから返事を」
「待ってよ。どうしていきなりそういう話になるのよ?」
「あら、いきなりじゃないわよ。あの人には言ってあったわよ。聞いていないの?」聞いていない。
「しょうがない人ねえ。いいわ、今度そっちの家に行って話し合いましょう」そういう問題じゃない。
「どちらにしても、私のそばにいたほうが何かといいと思うわ」
「そんなこと」
「今のままじゃ、家事をやって色々大変そうじゃない。勉強より部活の方に時間が取られてるようだし、あなたは今も体が丈夫じゃなさそうだしねえ」
「それは風邪をひきやすいとかそういうことで」
「とにかく、あの人の面倒をみるために色々制限されていて、あの人の犠牲にはしたくないの」犠牲? 
「面倒もちゃんとみていないようじゃない。聞いたら、全然答えられなくてね。あれじゃあ、親として任せておけないわ」そう言われると、そう言えば会話とかしたないけれど、でも……、
「いい、よく考えるのよ。こっちに来たら家事はやらなくてもいいし、気候もいいし人は明るくフレンドリーだし、ディズニーランドはあるし」何の関係があるんだろうね? 
「よく考えるのよ。あの人もあなたに押し付けすぎよね。買い物もクリーニングやら自分で出来ることは自分でやればいいのに」
「それは忙しいから」
「いい訳よ。時間は作るものよ。効率よくやれば仕事中にクリーニングぐらい出せるし、車があるのだから買い物ぐらい、自分でやればいいの。あの人は仕事を言い訳にしてあなたにやらせすぎよ。飲んでくる暇があるなら、少しは早く帰って手伝うべきだわ」
「だって、お付き合いで飲んでくるだけで」
「呆れた。そんなこと言ってるの?  半分は、自主的に飲んでいるらしいわよ。永井君に聞いたわ。だから、その半分を削れば詩織も家計も助かるというのに、詩織の将来だって全然考えていないのよ。高校はいいとして、大学やお嫁に行くときの費用だって、全然考えていないようでね、だから、任せておけないのよ。あなたのことは私が考えてあげるから、あなたはそのパンフレットを見て少しは考えなさいよ。今のままじゃ辛いでしょう?」
「え?」
「引っ込み思案で言いたいことも言えないタイプじゃない。それじゃあ、また嫌がらせうけるわよ。拓海君が付いていてくれるとしても、高校に行ったらまた一人でやっていかないと。だからこそ、よく考えてね」と強く言われて、考え込んでしまった。

 家に帰って父に相談したら、
「あいつはあれほど言うなって言ったのに」とぼやいたので、そうか、裏で聞いてたんだなと思った。
「それで、まさか行くつもりじゃないだろうな?」と聞かれて、
「あのねー、今日、初めて聞いたんだよ。そんな余裕はない」
「そうだったな」とほっとしたような顔をしていた。うーん、なんだろうね。
「とにかく、お母さんと何があったのか知らないけれど、怒ってたよ。二人の問題はそっちで片付けてね」
「あいつはいいんだ」と父が怒っていて、駄目だなあ、これじゃあ……と見ていた。

 学校でため息をついていたら、
「もうすぐバレンタインだというのに」とそばの男子が笑っていて、バレンタインはどうでもよくなった気分だった。父は「そんなパンフレット捨ててしまえ」と怒るし、なんだか、様子が変で、相談できる状態じゃなかった。どうしたらいいんだろうな……と考えていた。断るにしてもしつこそうだなあ。
「テスト勉強はやってるか?」と後ろから言われて、
「テストかあ……」と考えていた。果たして、今の英語力で向こうの学校に通えるんだろうか……? 小学生との日常会話でも大変だったというのに。
「なんだか、困った」と言ったら、弘通君が、
「大丈夫なの?」と聞いてくれて、
「英語って話せるようになるかなあ?」と聞いたら、
「無理だ。日本人は日本語でいいんだ」と光本君が力説していて、困ったなあと考えてしまった。

 一之瀬さんは何度も拓海君に話しかけていて、相談しているようだった。でも、拓海君は、
「それぐらい、自分で考えろよな」と何度も言っていて、
「積極的だよね」と緑ちゃんがからかうように言ってきた。私がため息を付いたら、
「大丈夫だって、きっと、詩織ちゃんのことは見捨ていないよ」とすごい事を言っていて、
「緑ちゃん!」とみんなに怒られていて、そう言えば、あっちに行っちゃったら、拓海君と会えなくなるのは嫌だなあ……と思った。でも、考えてみれば、後一年ちょっとで離れ離れの高校に行き、ほとんど会えなくなるかもしれない。幼馴染として付き合っていくとしても、きっと相手もしてくれなくなるかもしれない。少なくとも、今までのように話は聞いてもらえないな。そうしたら、一人でやっていかないといけない。拓海君の成績なら、桃子ちゃんとかと同じぐらいだろうか。ミコちゃんはきっと、一番いい学校にいけそうだしなあ。戸狩とか弘通君はどうなんだろうな? ……と考えていた。その前に記憶が戻るといいけれどなあ……とぼんやりしてしまった。
「今度はなんだよ?」と帰るときに拓海君に聞かれて、
「行きたい高校って決まってるの?」と聞いたら、意外にもうなずいていた。そうか、もう決めてるんだね。
「お前は? このままだと海星か?」と聞かれて、
「先輩がそう言ってたけれど、でも……」
「なんだよ、お母さんに何か言われたのか? もっと成績を上げろって?」
「そういうことだね」と答えた。少なくとも英語はやらないとね。
「ふーん、そうか、親だから言うかもな。俺もがんばらないとな」
「みんな、バラバラになるんだね」
「だろうな。しょうがないさ。がんばればいいよ」と言われて、がんばってもなんだかなあと考えていた。

 しばらく考えて、断る事に決めていた。今の英語力では到底無理だと判断したからだ。それに、積極的で自己主張の強い人たちに混じって勉強して萎縮しそうだなと思えたからだ。もっと、自分に自信をつけてからでないと無理だな……と考えていて、断ろうと思っていたときに、母がいきなり尋ねてきた。
「お前、こっちの都合というものが」と父とやり合っていて、私はコーヒーを入れに行った。居間に入ろうとして、父と母がまた喧嘩していて、
「だから、言ってるのよ。このままだと高校でもいじめとか嫌がらせにあうわ。詩織の性格を直さない限りね」と言われてしまい、ドキっとなった。その後、ドアを開けて中に入って行った。
「とにかく、よく考えてと言っているの。詩織の人生の大事な事よ。あなたの犠牲にはさせたくない」
「なんだと」と父が立ち上がっていて、
「座ってよ」と言ったら渋々座っていた。
「考えてくれた?」と母に聞かれてうなずいた。
「やはり、この話は私には」と言ったら、
「当然だ。今までほっておいて、いきなり帰国したかと思うとそんな変なことを言い出して、詩織のことを引っ掻き回すのは」
「母親だから言う権利はあるわ」
「お前はずっと会ってもいなくて」
「会いたかったわよ。何度も手紙だって出したし、電話もしたわ。でも、お母さんが言ったのよ。『あなたはもううちの人間じゃありません』とね。冷たかったわよ」と言ったため、きっと、あの事があったからかもと思った。
「仕方ないだろう? 詩織はショックがあって記憶もなかったんだし、お前は俺達を捨てて勝手にアメリカに行ったくせに」
「捨てていないわよ。『いつか、戻ってくるから待っていてほしい』と言ったら、『待てないから』と言っていきなり離婚届突きつけたのは誰よ」と喧嘩しだした。困ったなあ。
「お前が悪いんだろう? 仕事なら他にいくらでも」
「したい仕事ができるチャンスは女にはそうないのよ。私は特にね」と睨んでいた。どういう意味だろう? 
「詩織だってそうよ。今のままだったら、絶対不利だわ」
「何のことだ?」と父が睨みつけていて、
「父親しかそばにいないってことがよ。片親だと就職も結婚も不利なのよ」と母に言われて、そういうこともあるんだ……と聞いていた。
「だからこそ、詩織にはそれに負けないような何かを身につけさせたいのよ」
「それがアメリカの学校だというのか?」
「そうよ、それはかなり有利になるわ。英語を身につけて、そういう経験を通して国際感覚を身につけて、それは大切なことよ。今の詩織にとって必要な経験だと思う」と母が言い出して、そう言われても……と困っていた。
「そんなことは必要ない。日本でがんばってやっていけば」
「甘いわよ。あなたは知らないから言えるのよ。大学まで行っても、今の日本じゃそういう人はごまんといるわ。その中で自分をアピールするには自己主張も大事よ。詩織はその部分が弱い。今のままだったら、絶対苦労するわ」
「俺が付いてるから、大丈夫だ」
「何が付いてるよ。ほったらかして家事一切押しつけて、飲み歩いて、少しは詩織の立場になって考えて見なさいよ。大学の費用も全然貯めていないようだし、お母さんに仕送りするぐらいなら、少しは貯めておきなさいよ」
「仕方ないだろう? あっちも大変で、兄貴達は誰も出さないし」
「だからって詩織の費用もためていない人がすることじゃないわ。そういう態度だから、困るのよ。先の先まで考えないと」
「お前は突っ走りすぎだ」
「仕方ないでしょう? 女が男に混じって仕事するんだもの。これぐらいじゃないと」うーん、そう言われるとそうだね。
「だからこそ、詩織にもその強さを身につけてほしいの」無理だと思うなあ、性格が違いすぎる。
「だったら、日本でそれを」
「無理よ。こっちのシステムじゃ、詩織は萎縮するわ。アメリカの方がいい。絶対ね」勝手に、そう言われても困るなあ。
「詩織もよく考えて、こっちの高校に行き、短大もしくは大学に行って、優秀な成績ならともかく、普通の成績の子で片親、就職の時も結婚もこのままだと不利なの。それは私が身を持って知ってるからね」
「え?」
「ああ、言っていなかったわね。私も父親しかいなかったからね。だからこそ言っているのよ。散々言われたわ。結婚式だって、色々言われてね、この人は庇ってもくれなかったわ。片親って言われても、何も言ってくれなかった。だからこそ、仕事をがんばってやっていて、でも、この人は家事にも協力的じゃなかった。自分のことばかり」
「当然だろう、お前の勝手で仕事して」と父が言ったため、
「最初はそれでもいいから結婚してくれって、何度も何度も低姿勢で頼んできたのは誰よ?」と母に言われて、父が小さくなっていて、やがて、開き直るように、
「俺はちゃんと稼いで来ただろう。何が不満だ」と言ったため、
「呆れるわ。釣った魚にえさはやらないって感じね。他にいくらでも候補がいたんだから、そっちにすれば良かった」と母に言われて、父がすごい顔で睨んでいた。
「詩織もちゃんと考えて、こういう男だけは選んじゃ駄目よ」と言ったので、そう言われても困るのだけれど……と見てしまった。
「もう一度ちゃんと考えて。絶対後悔するわ。このまま、この人のそばで犠牲になることはないの。家事を押し付けてお金も貯めておかないような父親の犠牲になんかならなくてもいいから、こっちに来なさい。家事もしなくてもいいし、こっちで普通の学生生活を送ればいい。この人は再婚でも何でもすればいいんだから。家事だって一人暮らしなら何とかやれるわよ。下宿している学生でもできるんですからね」と母に言われて、父がちょっと肩身が狭そうにしていて、私はどうしたらいいんだろうな……とその2人を見ていた。

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