バレンタイン

 バレンタイン当日は先生がうるさかった。
「一応、もって来ては駄目って言ってたくせに」と生徒がぼやくぐらい、先生たちが色々アピールしていた。
「えー、職員室で待機して待っているから、いつでもいいぞ」と授業が終わる時に、男の先生が言い出して、
「やだー」と笑っていた。お昼休みに、楢節先輩の所に行って、先輩はみんなに囲まれていて、机に置きながら、
「置いておきますからね」と言ったら、二つあったので、
「あれ、もう一人は?」と聞かれて、
「美人に頼まれました」と言ったら、うれしそうに見ていた。呆れる人だなあ。
 教室に戻って、
「なんだか、すごいことになってきたなあ」とやりあっていた。
「山崎君って後輩にも人気あるんだね?」とみんなが見ていて、
「おーい、本宮兄10以上だった」と男子が教室に入るなり言って、
「負けてるなあ。松平がそれに近いぞ」とそばの男子が言っていて、
「受け取ってください」「お願いします」と廊下でもやっていた。戸狩君も呼び出されていて、
「戸狩と山崎、松平の争いか?」とやりあっていた。でも、甘いと思うなあ……と思っていた。
「しかし、一つぐらいはくれ」とそばの男子がうらやましそうに見ていて、拓海君はどこか冷めたような困った感じで、また、外に呼び出されていた。
「勉強をよろしく」と言いながら弘通君に紀久ちゃんと一緒に渡したらうれしそうにしてくれて、
「じゃあ、そういうことで」と紀久ちゃんだけ残して先に教室に戻った。
「なんで、弘通だけ」と光本君に言われてしまい、
「去年も勉強でお世話に」と言ったら、
「義理チョコね」と朋美ちゃんが笑っていた。
「この辺も色々怪しいしな」と光本君が須貝君と朋美ちゃんを見ていて、須貝君は困った顔をしていた。
 放課後になり、数の話で盛り上がっていて、蔵前君が義理で3個だと言われていた。
「あかりと母親と桃しかくれない」とぼやいていて、戸狩君と拓海君とミコちゃんが部活に行ってしまい、
「松平が一番じゃないか。タクって結局何個なんだよ?」とみんなが聞いていて、
「明日報告だからな。このままだと、俺との差が」とやりあっていた。

 部活でも一之瀬さんが拓海君のところに行ってしまい、ロザリーは男子に囲まれていて、
「バレンタインは告白は私はしません」と言われていて、なるほどなあと聞いていた。
「誰か、俺にくれよ」と緑ちゃんに男子が絡んでいて、
「嫌」と断られていた。
「柳沢玉砕。守屋に軍配」と言われていて、バスケ部はかなりの義理チョコを贈ったらしいけれど、
「この中で柳沢に贈ったヤツ? もしくは今持ってきてるヤツ?」と木下君に聞かれて、誰も手を上げなかった。
「全滅だ」と言われていて、
「クラスの女の子に少しだけもらったらしい」と柳沢のクラスの男子が言っていて、
「負けてるね、きっと」と女の子がいい出して、先生がうな垂れながらやってきた。
「先生、チョコだけが人生じゃないって」と男子に言われて、
「お前らは何個もらったんだ?」と聞いていて、掛布君以外はうつむいていた。
「結城は多すぎる。クラスの女子にかなりもらっていて」と叩かれていて、
「本宮さんには負けますよ」と答えていた。
「本宮君は何個なの?」とみんなが聞いていて、
「二桁は確実だって。この分だと一番かも」
「兄貴は?」と男子が聞いていて、一番ねえ。まだまだ甘いよねと思った。
 帰るときに、
「お前、そんなにもらったのか?」とみんなが聞いていて、
「持ちきれないよ。詩織手伝って」とミコちゃんに言われて、
「しょうがないなあ」と拓海君も手伝っていた。ミコちゃんは昼休みは生徒会の集まりでいなかったため、正確なチョコの数は知られていなかったようだ。一応あの場にいた人で張り合っていたので、ミコちゃんもその場にいたため、女の子でもミコちゃんの勝ちになるのかなあと思っていた。
「袋は同じのに入れ替えろよ」と言われて入れ替えていた。みんながそれを見て数を数えていた。
「すごい、15だ」と言われていた。
「後輩とか男子も女子もくれたから。歩いてたら、『どうぞ』ってね」と言っていて、
「お前が一番とは予想外だ」と戸狩君に言われていた。
「そうかな? 昔からミコちゃんがダントツだよね」と私が言ったら、みんなが笑っていて、
「はい、16個目」と私からも紙袋に入れた。
「おまえもやるなよ」とみんなが笑っていて、拓海君だけが気に入らなさそうだった。
「意外なところにダークホースが」と帰るときに拓海君が言っていて、
「ダークホースじゃないってば、例年通りだよ。ミコちゃんはその辺の男子よりモテる」
「そうかもしれないけどな。まさか女の子に負けるとは」と気に入らなさそうで、
「そう言えば、渡していないね」と言ったら、仏頂面で、
「やっと気づいてくれたようだ」と言われたので笑ってしまった。
「みんながいるところで渡せよ。そろそろ、ばらそうぜ」と言われて、
「幼馴染ではいけないの?」と言ったら、
「幼馴染でキス」と言いかけて、
「ああああ、もういいよ。渡せばいいんでしょう」と慌てて遮った。意外とこういうことをさらっとどこでも言うから困っちゃうよ。鞄からチョコを出して、彼に渡したら、
「手作りか?」と聞かれて、
「帰りにおじいちゃんの所も寄らないと」
「ああ、一緒に行くよ。どうせ、爺ちゃんも待ってるだろうしね」と言ったので、
「そうなの?」と聞いた。
「最近はあまり行けなかったからね」と言ったので、そう言えば、年が明けてからはあまり寄る事が出来なかったなと思った。
「テスト勉強もしないといけないなあ」
「少しはがんばれよ。一緒の学校に行けなくても、せめて近くだと帰りに寄れるのにな」
「いいよ、そのときはきっと別の彼女と一緒に下校しているだろうし」
「お前なあ。何を言ってるんだ?」と睨まれて、
「え、だって、きっと同じ高校の子ならそれなりに合う子が」と言ったら、
「呆れる」と怒っていた。なんだろう? 

 おじいさんのところに行っても機嫌が悪かった。
「お蜜柑もあるし、りんごでも食べるかい?」とお爺さんに聞かれても、仏頂面で、
「いい加減さあ、笑おうよ。さっきから変だよ」と言ったら、
「拓海は怒りっぽい所があるからなあ」とお爺さんも呆れていた。疲れたらしく、早めに部屋で休むと言われて、拓海君が部屋まで送って行っていた。
「さてと」と戻ってきてから機嫌が悪そうに言われて、
「なんで、怒ってるの?」と聞いたら、
「長年、会えなかった恋人にようやく再会して、やっと恋人同士になれたと思ったのに、『高校に行ったら別の彼女ができているわ』と言われるとは思わなかった」と言われてしまい、それで機嫌が悪かったのか……とうつむいた。
「だって、きっと、このままじゃ、拓海君とは差がありすぎて、そのうち、相手にもしてもらえなくなるだろうし」と言ったら、おでこをぱちんと叩かれた。
「痛い」
「変なことを考えるなよ。俺は一途だから心配するな」
「一途って、この年なら心変わりはいっぱいあるよ。週変わり月変わりの子もいるぐらいだし」
「同時進行で複数の男もいるけれどな。蔵前だってあかりもいいけれど、別のかわいい子とか言うから、上手くいかないんだし」なるほどね。
「でも、俺は一途だよ。昔からお前だけ」
「は?」
「言ったろ。覚えていないようだけれどな」
「何を?」
「お前にプロポーズしてあると言ったのに」と言われて、驚きすぎて、後ろに下がってソファに足が当たってつまずいてよろけたら、慌てて駆け寄って助けてくれた。
「ごめん」と言って、顔が目の前にあったので、慌ててそらしたら、
「お前って困るよな、そういう部分が」と言いながら顔を近づけていた。

「しかし、思い出してくれないのはしょうがないとしても、あの発言は聞き捨てならないぞ」
「だって」
「他の女と付き合うわけないだろう? 呆れる」
「分からないよ。人の心なんて。うちだって、結婚しても離婚していて」
「それは仕事を取ったからだろう? 気持ちが離れてたのかとは別問題だろうし」そうかな、気持ちも離れていた気がするな。
「詩織は自信がなさすぎるんだ。少しは自信を持て、観野並みでなくてもいい、一之瀬ぐらいの積極性を持ったほうがいい」
「確かに最近すごいね」
「いくら無駄だと言っても聞いていないよ。正々堂々と勝負するとか言い出してたぞ。無駄だと言うのに」
「どうして?」
「好みじゃない」なるほど、それは難しいかも。
「言ったろ。俺は好き嫌いが激しいんだよ。口に出しては言わないけれど、本宮やあの先輩の真似は絶対できないな。それにあの手は苦手、元気が良すぎてね」
「ロザリーも?」
「武本も全部だよ。積極的すぎても合わないようだな。それは昔からそうだからね」なるほど、意外と難しいものなんだ。
「私はどういう人が合うのかな?」
「さあな、弘通とか俺でも合ってるんだろうけれど」
「そうかな?」
「そうだろう? この2人と会話で困ることはないだろう?」そう言われるとそうかも。
「あの先輩とも意外にも合ってるようだけれど」
「あの先輩の本命がわかったよ」
「誰だよ?」
「人妻」と言ったら、拓海君が噴出していた。
「冗談じゃなかったのか? 例の道ならぬ恋って本当だったのか?」と驚いていた。そういうと思ってたけれど、
「この間、噂を聞いたの。年上の美人と会ってたらしいけれど、雰囲気が変だったってね」
「だからってね」
「だから、廊下で会ったときに聞いたの。職員室の帰りにばったり会って。『人妻ですか?』と聞いたら見事に反応していた」
「なるほどな。珍しいかも。いつも煙に巻く態度で色々言うのに、そうじゃなかったってことだな」
「そうだね、『先生か人妻かどっちですか?』と、前に聞いたら、見事に黙ったからどっちだろうとは思ってたけれどねえ。まさか、人妻とはね」
「呆れる中学生だよな。人妻って、いくつぐらいだ?」
「二十歳前後だったらしいけれどね。どっちにしても年上だね」
「そういうのに憧れてるだけとか?」
「さあねえ、そういう顔はしていなかった。だから、別の子ととっかえひっかえだったんだろうしね」
「お前と付き合ってる振りをした理由は?」
「まだ、教えてくれないけれど、その人に関係があるのか、それとも隠れ蓑に使ったのか、よく分からないけれどね」
「手も握らないってのは驚いたけれどな」
「当たり前。あの先輩じゃ危ないからね」
「なるほどな。俺は安心したけれど」と言って、肩を抱きしめてきて、
「恥ずかしいから、やめよう」と言って離れた。
「それにしても、人妻か。予想外だよな」としみじみ言っていた。

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