男子の反発

 あれから、父は一言も口を聞いてくれなくて、家に帰ってくるのも遅くなって、話もできなかった。先輩の受験はいつのまにか終わっていて、私は楢節先輩の教室に行った。
「珍しいな」と言われて、
「元恋人として会いに来ました」
「そうか」
「と言うのは冗談ですが」と言ったら、聞こえたらしく、そばの男の先輩がいっせいにずっこけていた。
「さすがにあれだけ長く続いただけはあるな」「ショウと同じぐらい変わっていないか」と後ろで言ったので、
「お前らうるさいよ」と先輩が追い払っていた。
「向こうに行こうぜ」
「先輩も絶世の美女とデートでもすればいいんですよ」
「誰か紹介してくれ」
「碧子さんに断ったくせに」
「ああいう美女も悪くないが、俺は会話していて、楽しいほうがいいからな」
「どこまで本音なんだか」と呆れてしまった。

「ほっとけよ。そのうち、話も出来るさ」と父のことを相談したら、そう言われてしまった。
「親だというのに、聞いてもくれない。拗ねてるみたいでね」
「それはそうだろうな。捨てられる感覚だろう」
「どうして?」
「いきなり親離れされたら、さびしくなるだろうし、家事をどうするんだよ? 父親に出来るのか?」
「そこまで考えていたら限がありませんよ」
「甘えてるのかもな。お前に」
「そういうことさえ気づいてませんでしたよ。でも、私としてはこの機会を逃したら、きっと変われない気がして」
「思い切ったよな」
「英語に賭けました」
「なにを?」
「だから、人生をですよ。点数が90点以上取れたら行こうってね」
「意外と単純な理由だな」
「そうでもしないと踏ん切りはつきませんよ」
「お前って意外と大胆だな。当然か、この俺と付き合ってもいいと言うんだからね」
「ああ、あれは後悔しましたけれどねえ……」
「光栄と思え」
「えー、やだなあ」
「お前はつくづく、俺を男として見ていないよな。あいつとどこが違うというのか」
「どこもかしこもですね。優しいですから」
「あっそう。もう相談に乗ってやらないぞ」
「先輩まで拗ねてませんか?」と聞いたら、
「当たり前だ。俺はマルチでかっこいいんだ。誰にも負けるわけにもいかない」つくづく、変な人だなあ……と見ていた。

「先輩と密会してたって本当?」と緑ちゃんが性懲りもなくやってきて、
「それより、一之瀬さんに何を吹き込んだの?」と反対に聞いたら、逃げて行った。
「あいつはつくづく懲りないよな」とそばの掛布君が怒っていた。
「それより、木下の彼女を橋渡ししろ」と言ったので、
「彼女って?」と気がなく聞いていたら、
「弥生さんだよ。手紙渡すなり、それなりの気持ちを」と言ったため、
「やめておけよ。それより、碧子さんに」とそばの男子に言われてしまった。
「大和田もまた美女狙いか? 二谷さんはどうしたんだ?」
「彼女は好きな人が出来たらしいぞ」とそばの男子が教えていて、
「結城か?」と聞いていた。
「違いますよ。先輩だと噂ですよ」と結城君が寄ってきて、
「田中先輩も、うちのクラスに来るのはやめておいたほうがいいですよ。評判悪いから」と結城君が笑っていた。田中君は、空気が読めない男と裏で言われているらしい。緑ちゃんの情報だから、いい加減だろうけれどね。
「それより、山崎とくっついたのかどっちなんだ? あの先輩に出戻ったのか?」と掛布君に聞かれて、
「出戻るも何も、付き合っていないし」と言ったら、
「ええー!」後ろから緑ちゃんと田中君がうるさかった。似たもの同士かも、
「ふーん、そうだったんですか?」となぜか結城君が気に入らなさそうで、
「付き合っていないのに、一緒に帰るの?」と聞いてきたので、
「それより、さっきの話の続きを聞かせてよ」と緑ちゃんに言ったら、再度逃げて行った。

「付き合っていなかったって、本当?」と小声で元川さんが聞いてきた。この人も口が軽かったなあと思いながら、聞き流していた。
「聞いてるのに」とぼやいていて、
「菅原さんと仲直りしたら」とそばにいた美鈴ちゃんに怒られていた。美鈴ちゃんは一年生と組んでいるけれど、元川さんが組みたいと言いだして、でも断られていた。この性格じゃ、上手くてもやりづらいからだろうなと思った。菅原さんにはひどいことを言ったらしくて、裏で喧嘩でもしたのか話もしていなかったため、小平さんが見かねて、組み替えていた。菅原さんは室根さんと、元川さんは一年生と組むことになり、この頃、ずっと不機嫌だった。
「あちこち組み替えすぎだよな」と男子が言っていて、
「でも、相性もあるし」と緑ちゃんが言った。緑ちゃんも前園さんも一年生と組まされているが、上手じゃないらしく、試合すら私たちとはしていなかった。
「しょうがないよ。前園さんって、意外とさあ」と小声で言っているのが聞こえて、最近はまた雰囲気が悪くなってきたなと思っていた。

「それで」と着替えた時に緑ちゃんがうれしそうに寄ってきて、元川さんも身を乗り出さんばかりで、一之瀬さんも興味があるのか見ていて、前園さんは気に入らなさそうにこっちを見ていた。
「ごめん。その話はできないの。一応、色々あってね」とごまかした。
「付き合ってたんじゃないの?」と聞かれて、
「色々あったけれどね。でも、聞かないで」とごまかしたら、
「面白くない」と緑ちゃんが言いだして、
「先輩のあの成績の話って本当なんですか?」と後輩が聞いてきた。入れ替わりで部室から出たら、言われてしまい、緑ちゃんが慌てて逃げて、男子が笑っていたので、
「やだー」と怒っていた。
「自業自得だって」と大和田君達に言われていて、こっちもあるんだなと見ていた。
「そろそろ、本当のことを言ったら、いいでしょう?」と後ろから言われて、一之瀬さんが私を見て怒っていた。
「本当のこと?」と聞いたら、
「山崎君に聞いたら、付き合ってると言ってたわよ。どういうことなの?」と聞かれて、ため息をついた。「聞かれたらそう言うからな」とは言われてたけれど、とうとう言っちゃったんだなと考えていた。
「本当のことを言いなさいよ」とすごい剣幕で、
「ロザリーに本当のことは言ったの?」と聞いたら、さすがに困った顔をしていた。
「言える訳はないよな。『昭子はそんなひどいことはしません』なんて言われて、全部事実だと言えないよな」と男子が言いだして、一之瀬さんは逃げ出そうとしていて、
「人には言っておいて、それかよ」と田中君が笑っていて、
「なによ」と食って掛かっていた。
「嘘ばっかり教えて」と一之瀬さんがかなり怒っていて、
「嘘じゃないだろう、お前のやったことは卑怯だぞ」
「靴の袋投げ捨てたらしいな」
「石投げて崖から落ちたのにほっといて逃げてさ」
「制服隠したらしいじゃないか」
「ラケット隠すように後輩に指導するのがテニス部のやり方なのか?」
「加茂に嘘八百教えてさ。変な噂話流して」
「人を傷つけておきながら、自分が傷ついたときだけ」と矢継ぎ早に男子が言い出したため、びっくりして、何も言えなくなった。
「何も知らないと思っているんですか? 僕は聞きましたよ。『佐倉先輩のラケット、焼却炉に捨てて来い』なんて良くそれでもテニス部と言えますね」と結城君まで言い出したので、さすがに聞こえたらしい後輩がひそひそ言い合って、そばにやってきた野球部の男子が、
「何事だ?」と聞いていて、掛布君が説明していた。一人の男子が前に出てきて、
「野球部だと退部だよ」と言ったため、一之瀬さんがさすがに驚いていて、相手の顔を見てから、顔を背けていた。
「そこまで卑怯な事をするのはスポーツ精神に反しているね」
「スポーツ精神って、さすが野球部だ」と田中君が茶化していたけれど、
「僕はそういうやり方は嫌いだ。君のことは相談を受けていたが、本当のことなのか?」と聞かれて、
「本当だよ。でも、言えないよな」と大和田君に言われて、一之瀬さんは慌てて逃げていた。
「卑怯ですよ」と結城君が怒っていて、野球部の人が結城君の肩を叩いていて、
「僕が言うよ。同じクラスなんだよ。まさか、そこまでひどいなんて、この間、相談を受けてね」とその男子が言いだして、
「永峯、お前も、大変だよな。あんな女に思われてさ」と田中君が茶化していたけれど、その男子は、
「そういうことは関係ないよ。みんなも、この件は、僕が話してみるよ。そういうことで、この場は解散しよう」と言われて、みんなが帰って行った。
「なんだか、どう言っていいのか」と後ろで美鈴ちゃんが言って、
「大丈夫よ」と千沙ちゃんが肩を叩いてくれて、
「先輩のせいじゃありませんからね」と結城君まで言ってくれて、何だか、この部活も変わってきたのかもしれないなと思った。

 拓海君がこの騒動を見かけたらしくて、心配してこっちまで迎えに来てくれた。
「ごめんね」
「仕方ないさ。そうなるだろうと予想していた」
「そう」
「あいつにしてみれば納得できないだろうな。でも、永峯にすぐに当て付けで行くところが俺にはもっと信じられないけれど」
「え?」
「知らなかったのか? さっきの野球部の」
「C組の人でしょう? 学級委員だってさっき聞いて」
「お前、知らなかったのか?」
「名前までは知らない」と言ったら拓海君が呆れていた。
「あいつもモテるらしいぞ。もっとも、野球部が強くないため、クラスの子が多いらしいけれどね」なるほどね。
「一之瀬にしてみれば戸惑うのも無理はないのかもな。今までと風向きが違うから」
「そう言えば、そうだった。どうして?」
「結城だよ。あいつが怒ったんだ。全部の真相を知ってね。木下はそういうのは我関せずタイプだけれど、掛布はあちこち話を聞いていて、薄々知っていたらしいぞ。それで、一人の男子が目撃した話も聞いて、テニス部の男子にも一之瀬性格がばれてしまっただけだよ。ロザリーにしても、理不尽なことは嫌いだしね。薄々知っているのと、全部分かってしまうのとでは違ってくるさ。しかも、未来の部長がああじゃね」
「未来の部長?」
「結城のことだよ。木下はテニスが上手だから部長になったってだけで、元々、その器じゃない。でも、結城は割とああ見えて、男子にも女子にも人気があるらしいぞ。先輩ともよく話すし、掛布とは仲がいいらしいからね。つまり、中心人物って訳だ。そいつらが反発すればどうなるかは分かるだろう?」
「結城君が怒ってたよ。弄んでいるなんて言ったからみたい。カチンと来たって」
「俺でも怒るよ。両天秤とか、二股とか嘘を言いふらされたらね。そのせいで彼女とギクシャクしたとか聞いたけれど」
「本命の彼女っていたの?」
「バレンタインの時に言ってたらしいぞ。相手は良く知らないけれどね」
「ふーん。テニス部じゃないのかもね。二谷さんとか?」
「あの2人は同じクラスらしいけれど、噂はあったみたいだけれど、どうも違うようだぞ。あの2人が付き合ったら、話題になるだろうな」
「話題ってね」
「うちの学校だと少ないからな。お前のときは別の意味で話題になっていた。何日持つか、賭けをしようって」
「意外と長く続いたから、当てが外れちゃったんだろうね」
「当ても何も付き合っていなかったくせに」
「ああ、それね。つい口を滑らせて言っちゃったら、うるさかったよ。どうして、そんなことが気になるのかなあ」
「人の話は面白いのかもな。お前の場合は意外すぎてね」
「あの先輩のせいだね」
「お前は鈍いから困るよな。気づいていない事が多い」
「何に?」
「色々だ」と言われて、きょとんとしてしまった。

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