ボタンの予約

 卒業式の前の日の予行練習で、3年生と合同でやっていた。一部の人が、大騒ぎだった。なにしろ、
「困ったもんだよ」と先生が言うほど落ち着きがなかった。
「落ち着けー!」と先生がスピーカーを使って言っているのにも関わらず、駄目だった。
「まだ、やってるね。テストのできが良かった人はルンルンだろうけれど、駄目だった人なんて見る影もないね」と隣のクラスの女の子に言われて、
「だとしても自分が悪いからだよ」と男子が言いだしていて、
「でも、来年はわが身だぞ」と言い合っていた。私はぼーとなっていたら、
「ねえ」と誰かがつついてきた。あまりよく話したことがない子で、
「わたし?」と聞き返してしまった。
「あのさあ」と言い難そうにしていた。
「あなた言ってよ」と2人が牽制しあっていて、
「早くしたら」と隣のクラスの男子が邪魔そうに言っていた。
「えっと」と困りながら、やり合っていて、また、嫌味かなあと思いながら見ていたら、
「あの、もらってくれないかな」と言ったので、
「なにを?」と聞き返した。
「だから、えっと、その……」とやりあっていて、何が言いたいんだろうなと思ったら、
「だから、楢節先輩のボタン」と言ったので、呆気に取られた。
「どうしてそんなことを言うの?」と聞き返したら、
「えー、だって」と言いながら、なんだか変な目つきで見ていて、
「直接頼めばいいじゃないか」と隣の男子が冷やかしていて、
「そうだよな。変なことを頼んでさ。元彼だからって、そういうのって嫌じゃないのか?」と男子達が言ってくれて、その子たちが、
「直接なんてそんな頼み難いこと」と言ったため唖然とした。ぽかっと誰かがその2人を叩いていて、
「自分が言えないことを人に頼むな」と戸狩君が笑いながら怒っていた。
「そうだよな、呆れるよ。元彼だぞ」「その辺気を使ってやれよ」と言ったので、
「そういうことはわたしが頼んでも無理だろうなー、あの人、ちょっと変わっていて」と返事をした。
「元の彼女にまで言われるとは」とみんなが笑った。碧子さんでさえ駄目なんだから、私が言った所で無理だと思うなと思いながら、欠伸をした。
「でもさあ、ちょっと気になるね。あの先輩、誰にあげると思う?」と後ろを向いて、聞かれてしまい、
「さあねえ」と更に欠伸をした。
「山崎君がいると余裕だね」そんなものはないなあ。でも、ちょっとは興味はあるな。全部あげるのか、全部あげないのか? それとも、あの人妻にあげるのか? それはなさそうだな……と考えていた。

 ミコちゃんがおしゃべりしている子をあちこち叩きながら席に座っていて、予行練習が終わったあと、あちこちうるさかった。
「3年生はいいよな。やっと勉強しなくていいんだぞ」
「バカ、高校のほうが勉強するんだって」と男子が言い合っていた。私ももっとやらないとなあ。せめて挨拶ぐらいはしないと、ヒアリングって難しそうだなと思いながら、聞いていた。
 帰る時に、先輩に呼ばれて、
「おめでとうございます」と頭を下げた。
「楽勝のベロベロバー」と言ったので、
「語尾が変」と笑った。
「ほーほけきょに言われたくない」
「そう言えばボタンを」
「ああ、それね。予約は受け付けてはいるが、お前はやるから安心しろ」
「は?」とさすがに驚いた。
「だから、お前は予約済みだ。ご利益あるぞ。蘭王合格記念」
「あ、なるほど、お守りね。でも、あっちでも効目あるのかなあ?」
「あるさ。十字架よりもあるね」
「そうかなあ?」
「それより、お前大丈夫か? テニス部内輪もめ事件、木下うな垂れて相談に来て、小清水がいなくて俺のところにまで来て、『自業自得』と言ったら、更にうな垂れたあの問題は」
「そうですよね。もっと前だったらいいのに」
「あいつはああいうところがマイペース過ぎてな。『器じゃないから、掛布と代われ』と言ったらさすがに困っていたぞ」
「何もそこまで言わなくても」
「恋愛相談なら受け付けるが、テニス部相談は明日までと断っておいた。何しろ、大臣を目指すために日々努力の前に、休息が大事だ」
「どんな息抜きするのやら。まさかピアノで一息しないで下さいよ」
「ああ、あれねえ。認めてもらえるまでがんばるしかない」
「妹とかいないんですか?」
「いい勘をしている。二つ年上に妹がいて、これまた美人で」
「はいはい、もう何を言われても驚きませんよ。星条旗よ永遠なれですね。大学からはその倍はいくでしょうし」
「なるほど、いい目標だな」
「勝手に目標にしなくても、隠れ蓑は出来ませんよ。私も忙しくなりそうだしね」
「金髪美女を紹介しろ」
「その余裕はないですって。なんだか、今から緊張してます」
「大丈夫か?」
「とりあえず、先輩に会えなくなるのは寂しいですよ」
「ほー、やっと言ったな」
「頼りにしていましたからねえ。女性問題以外は」
「その最後の余分な言葉は省け」と言ったので、
「程々にしてくださいよ」と言ったら、笑っていた。

 卒業式の前の日なので、あちこちの部活が休みだった。体育館も当然使えないため休みで、吹奏楽ががんばって練習している音が聞こえた。
「まったくさあ。誰も行かないなんて」と光本君がぼやいていて、
「詩織」と拓海君が寄って来た。
「なに?」
「春休み、爺ちゃんがまた遊びに来いって」と小声で言っていて、
「お母さんの引越しがあるから手伝いがあるから無理だよ。練習試合もあるし」
「こっちは体育館の補強日が休みだけれどな」
「ごめん、休めそうもないよ。最近、なんだかね」
「ああ、あれね。とにかく、休めそうな日が出来たらどこか行こうぜ」
「そう言えばデートってどこに行くんだろうね?」
「クリスマスだって自宅だったしな」
「ごめん。父が風邪引いたから行けなかったよね」と謝った。
「あの先輩と何を話していた?」
「ボタンくれるって、勝手に予約受付になってたらしい」
「呆れる人だよな」
「と言う名の隠れ蓑計画の見返りだろうね」
「ああ、例のヤツね。高校に行ってもやるのか?」
「やるに決まってるよ。あの人が大人しく勉強だけしているなんてありえないね」
「気が多すぎるよ」
「でも、テニス部でも、最近は永峯君赤丸急上昇、この間の堂島君、拓海君はどこに行ったのやら」
「女の子だけじゃないさ。こっちも色々あるぞ。最も、俺は一筋だけれどね」と小声で付け足していて、意外とこういうことはさらっと言うんだなと見ていた。

 結局、テニス部も休みになってしまい、2人で帰ることにした。
「恋愛って、難しいね」
「お前が言っても説得力ないぞ」
「今日、ボタンを頼まれたの。先輩のを頼んでくれってね。でも、私はどうも駄目で」
「ああ聞いたよ。さすがに呆れるよな」
「無理だよね。あの人、絶世の美人が現れるまでなんて、うそ臭い事を言っていた」
「中学生で朝帰りするぐらいだからな」
「どこまで本当だと思う?」
「意外と本音かもしれないぞ」
「どうかなあ? 拓海君だって、よく分からないしね」
「俺はいつでも本気」
「そう?」
「と周りに言われている。何しろ、男子が、『どの子がいいか』って話をしていても、『決まっているから』といつも言ってあるからね」
「なんの話?」
「テニス部でも聞いてみろよ。『どの子がいいと言ってるの?』ってね」
「それで?」
「木下は弥生さんだっただろう? 掛布が菅原さんだったらしいけれど、最近は一年生だって、大和田が碧子さんで、田中が二谷さんだろう。後は、金久が確か加藤さんで、稲津が確か室根さんだと聞いたぞ。後は知らない」
「それだけ知っていれば十分だよ。テニス部にそれがあったとは意外」
「後ダークホースがいるけれどね」
「誰? 小平さん? 美鈴ちゃんかな」
「お前なあ、あそこまで真面目なタイプはちょっとね。声のかけやすい子とか、優しそうな子とか、話を聞いてくれそうな子とか、話してて楽しくなる子が多い。最後はロザリーだよな」
「へえ、そうなんだ」
「で、ダークホースって?」
「あいつって意外と、年上が好みだったんだな」と言ったので、誰のことかなあと考えていた。

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