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春休みの受難

 なんだか、疲れが取れないなと感じていた。先輩が卒業して行き、慌しく春休みになった。母に呼ばれて、母の住んでいるところで母の同僚の人と食事をしたり、会社に一緒に行ったりした。さすがに、大きなビルで、こういうところで働いているんだなと思いながら見上げた。父の方は口も聞いてくれない日々が続いていたけれど、連絡事項はメモ用紙が置いてあったりして、なんだか困ったなあと考えていた。テニス部のほうも、一之瀬さんはなぜかおとなしくなり、ロザリーは張り切っていた。結局、あれだけロザリーに言われても逃げていたらしい。「認めたくないからだろう」と拓海君に言われたけれど、どうしても理解できなかった。
「そろそろ、色々準備しておかないとね」と母に聞かれ、
「なにを?」
「いっぱいあるわよ。体験者がいるから、今度紹介するわ。そうそう、あなたの学校だといないかしらねえ」
「えー、いたかなあ。そういうのは噂で聞くしかないよね。あの先輩に相談すればよかった」
「拓海君には?」
「とてもじゃないけれど、言えないよ。それに、記憶だって戻っていないから、なんだか悪くて」
「でも、言っておいたほうが良くない?」
「分かってるけれど、やはりね。もう少し自信が出てくるまで待って」
「100点取りなさいよ。それぐらいはね」
「分かってるから黙っていて」とやりあっていたら、誰かやってきて、相手が母と何か話していた。それから、
「そうですか、はじめまして」と相手が私を見たので深々と頭を下げたら、
「あちらに行ったら、握手もあるし、色々な挨拶がありますから、日本式の挨拶以外にもおぼえたほうがいいですよ」と笑っていた。優しそうな人だった。でも、隙のない如才ない感じで、
「園絵、それじゃあ、今度、また、会える日まで」と相手があいさつしていた。
「あの人のお嬢さんも帰国子女なのよ。そういう人は意外と多いからね」
「そうなんだ? でも、お母さんもよく考えたら、同じだよね。よく一人で行ったね」
「あら? 言っていなかった? 私は向こうで働いていた事もあるわよ。短期だったけれどね。英語が使えるからよ。もっとも、その頃はたどたどしくてね。あなたは苦労しないようにしないとね」
「お母さんと同じぐらい、度胸がつくといいけれどなあ」
「あら、大丈夫そうよ。あの人には似ていない気がするから」と言ったため、父が聞いたら、また、怒りそうだと思った。母の住んでいるマンションに移動して、大方、片付けてあったので、
「あれ、手伝うことはなさそうだね」
「ああ、業者がやってくれたのよ。意外と優秀ねえ。チップもいらないし、時間も正確だしね」
「そうなの?」
「大雑把でもあり、チップはわずらわしいけれどね、でも、慣れよ」
「旦那様ってどういう人なの?」
「そうね。一言で言ったら、理解ある人よ」そうだろうな。反動だろうな。
「あの人も益々意固地≪いこじ≫よね。でも、マザコンだわよね」
「マザコン?」
「そうよ、決められなくてすぐ母親に電話するのよ、あの人」なるほど、そう言われるとそうかもねえ。
「日本の男は駄目よね。ああ、言っておくけれど、アメリカ人だからね」
「誰が?」
「マイハズバンド」恥ずかしいことを言うなあ。
「かっこいいの?」
「どうかしらねえ。写真がその辺に」と言っていたけれど、ほとんどがダンボール入れられているようだった。
「今度は夏休み前に一週間程度だし、あなたもずっとこっちに来ればいいわ」
「無理だよ。受験生だよ」
「大丈夫よ。そこまで厳しいところじゃないしね」
「なんだか不安ではあるなあ」
「システムが違うことはあるみたいだけれど、それは慣れだからね」
「アバウトだなあ」
「ジャパニーズイングリッシュでも何とか通じるものよ」そうかなあと考えていた。

 試合が行われる前日、女子も男子ももめていた。
「だから、ちゃんと見てください」と言う一年生男子と二年生がもめていて顧問に詰め寄り、
「一番手は湯島さんでいいと思うわよ」と言っている千沙ちゃんを一之瀬さんが睨んでいて、でも、みんなが白けた目で見ていたのに気づいて、渋々うなずいていた。
「百井さんの方は?」
「矢上さんはどうするの?」と聞いていて、
「湯島、一之瀬、百井、矢上の順で行くのか?」と顧問が逃げるようにしてこっちに来た。
「それで行きましょう。練習を始めましょう」と小平さんが言い出したら、
「待ってください。私も出たいです」とロザリーが言いだして、「まただよ」って雰囲気になっていた。
「悪いけれど」と小平さんが止めたにもかかわらず、
「昭子は謹慎にするべきです。そして、代わりにわたしを」と言い出したものだから、さすがの一之瀬さんがロザリーを睨んでいて、
「昭子にラケットを握る資格はありません」と言い切ったため、さすがにびっくりした。
「それはありますよ」と横から、結城君が口出ししてきて、
「黙っててよ」と一之瀬さんが睨んでいたけれど、小平さんが顧問を見てから、うなずいていて、
「実はその話も出ていたの。きちんと謝罪をして、これからは心を入れ替えるというなら出そうってことになっていてね。どうかしら?」と小平さんが言い出したら、
「謝ったじゃない」と開き直るように言われて、
「あれじゃあ、納得できませんよね」と結城君が言いだして、困ってしまった。みんなも同じ意見なのか、顔を見合わせていて、
「多数決を取ったらどうですか? 出すか、出さないか」と美鈴ちゃんが言ったら、さすがに顧問が、
「その方がいいのかもな」と言いだして、びっくりした。途端に一之瀬さんがみんなを睨んでいたのにも関わらず、みんなが、
「ちょっとね」と言ったため、あれ?……と思った。
「出てもいいと思う人」と聞いたら、なぜか、前園さんと室根さんしか手を上げなくて、
「後は反対なのね?」と小平さんが聞いて、
「私たちは納得していなかったんです」と矢上さんが言いだして、驚いてしまった。
「前々から、この部活の体質が好きじゃありませんでした。どこか、一之瀬さんに遠慮している感じで、強気な人の言いなりで、なんだか、佐倉先輩にしても、泣き寝入りじゃないですか」と言ったため、
「それはあるね」と一年生が言いだして、さすがに唖然となった。
「それはそうでしょうね」と美鈴ちゃんまで言いだして、
「このままじゃ心配なんです。そういう人に流されるようなところがここの部活にあるなら、強くなることはないだろうって、みんなが言ってたんですよ。前だって、佐倉先輩の意見でやっとまともな練習ができるようになったのに、いつのまにか、また、一之瀬さんの顔色を伺っていて」と矢上さんが言ったら、
「何ですって」と一之瀬さんが気に入らなさそうに睨んで、
「やめないか」と柳沢が言い出したため、みんなが唖然となっていた。
「前々から注意しようと思っていたが、ある程度自主性に任せようと思っていたんだよ。だが、バスケ部の顧問に、お前の態度がこの事態を引き起こしたと言われた。ある男子生徒2人からも言われて、さすがに目に余ったからね。不満があると分かった以上、処分を出すしかないな。しばらく、一之瀬は謹慎期間だ。ラケットを持つことは禁止だ」と言ったため、ざわめいていた。
「男子も同じだ。喧嘩や揉め事は話し合いで解決するように前々から言われていたが、問題が起こった時に対処していなかったようだから、この部でもやるように言われた。バレー部、吹奏楽、演劇部では、既に処分が出されたケースもあるから、注意するように」と言ったため、かなりの人数がざわめいていた。
「納得できません。だったら、この人も」と一之瀬さんが私を指差していて、
「いい加減にしてくださいよ。何度言われたら気が済むんですか? あれほど、みんなに言われても、まだ、佐倉先輩のせいにして」と結城君が怒りだして、
「いい加減にしないか」とすごい剣幕で柳沢が怒鳴った。さすがの一之瀬さんがびっくりしていて、結城君もびくっとなっていた。
「結城じゃない。一之瀬、お前だ。本来、お前は退部するはずだったんだ。それを有望選手だからと、何とか周りを説得してね。永峯だって、必死に止めてあちこちの先生を説得して歩いていたんだぞ。お前は、そういう苦労も知らずに、よく、そこまで言えるな」と言ったため、さすがの一之瀬さんが顔面蒼白≪がんめんそうはく≫になっていた。
「後でお前にだけ言うつもりだったが、この場で言っておいたほうがいいな。本来なら退部だったんだよ。もっと前にね。何しろ、制服を隠したり、ラケットの焼却炉、処分をどうしようか迷っていたが、教頭先生の耳にまで届いたときは冷や汗ものだぞ。それも、永峯が説得してくれて、山崎だって」と言ったため、
「え?」と一之瀬さんが聞き返した。
「山崎から報告を受けたんだよ。結城もそうだったな。だから、俺は対処しようと考えてはいた。本来なら、福本から報告を受けないといけない事態だったのに、あいつは内緒にしていて、小平もそうだ、お前らだけで片付けられる問題か? だから、山崎から、守屋にまで耳に入ってしまって」と言ってしまったため、
「なんだよ、結局、守屋にいい顔したいだけじゃんかよ」と後輩から声が上がっていて、柳沢が、ちょっと頭をかいていたけれど、
「山崎と永峯に感謝するんだな。校長に言うのは待ってくれと、あの2人が説得したんだぞ。お前は本来、処分か厳重注意があってもおかしくないんだからな。あそこまでやるのはやりすぎだ。加茂の方は担任から厳重注意を受けた。卒業式に何かあっては困るからと言っていた。だから、お前も同罪だぞ。山崎がパイプで殴られたのも関係あるそうじゃないか」とまで言ったため、さすがにみんなが困っていた。
「加茂だって、下手すれば出席停止だったのに、注意で済んだのも、あちこちで大目に見てくれたからなんだぞ。少しは反省しろ」
「だったら、最初から処分すればいいだろう?」と男子から声が上がっていて、
「小平から試合前だし穏便に済ませたいという希望を聞いていた。みんなで話し合って、そう決めたと聞いていたから」
「決めていませんよ」と矢上さんが言ったため、小平さんが、
「湯島さんと決めたのよ」と言ったため、あちこちから声が上がった。
「それって、おかしくないかな?」「ちょっと、変だよね」「多数決なり、話し合いで決めた方が」と言ったため、湯島さんが困っていて、
「お前らは少しは俺を信用しろよ。男子も女子も勝手なことばかりして」
「信用されない、先生の方が問題でしょう?」と大和田君が言ったため、みんながうなずいていて、柳沢がショックを受けていた。
「言い過ぎだ」と落ち込んでいて、
「解決するにしても俺に相談しろ。全部だ」と言ったため、それで上手くいくとは思えないなと見ていた。

「なんだか、結局、守屋に言われたからじゃない」と緑ちゃんが怒っていて、
「そういう人だよね」とあちこち言いだして、不満って先生にもいっぱいありそうだなと聞いていた。
「明日の試合、大丈夫かなあ?」と言っていたので、
「サーブに不安がある人は早めに来てやってください。ボレー、レシーブも同様です」と小平さんが指示していたけれど、みんなが、困った顔をしていた。
「これで負けたらうるさそうだよね」と言ったので、さっさと帰ってしまった、一之瀬さんのことだろうなあと思ったけれど、
「ほっとけばいいよ」とみんなが言ったため、
「でも……」と室根さんだけが困った顔をしていた。
「さっきの話は本当なのかな? 本来退部って」
「当然だよ。だって、ラケット隠すだけならまだしも『焼却炉に持っていけ』はさすがに言いすぎ」
「それ以外にも、『制服もどぶに捨てればいい』なんて言ってたよね。あの2人」と言いだして、困ったなと思って聞いていた。

 帰る時に拓海君に顧問に言われた事を聞いてみた。
「本来はそういうものだぞ」と拓海君に言われて、
「教頭の説得って?」と聞いたら、
「成り行きだよ。あの永峯が他の顧問に事情を聞かれて話してしまったと言ったからね。それで、そのことが教頭の耳に入り、どうしたらいいのかって話だよ」
「どうして、そんなこと?」
「あいつはああいうところが融通がきかないと言ったろ。他の生徒に事情を聞いていたけれど、先生がそばにいたのに気づかなかったから、聞かれちゃったんだよ。それでごまかせばいいものを、正直に言うからね。教頭の説得は、俺だって不本意だったけれど、渋々だよ。まさか、退部にする訳にはいかないからな」
「どうして?」
「逆恨みされるに決まっている。あの女だぞ。絶対、お前に当たる」そう言われるとそうかもね。
「もっとも、永峯は『優秀な選手候補と聞いているので』と真正直に言っていた。『そういう芽を摘まないでいただきたい』と言ってたけれどな。でも、何か問題が起これば即退部は決定だな」
「どうして?」
「知らないのか? 内藤の話」
「なにそれ?」
「知らないならいい。あいつもちょっと困ったヤツでね。とにかく、一之瀬はどこでも問題を起こすよ。困ったヤツだよな」

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