旅行

「うーん、疲れた」と何度も伸びをする、霧さんを尻目に、
「大丈夫だったか?」と半井君に聞かれて笑ってしまった。
「恋人に言えばいいじゃない」
「そうだよ。篤彦、私には一度も言ってくれない」と霧さんもぼやいた。ここに来るまで、慣れない事続きで、大変だった。半井君が説明してくれて誘導してくれたお陰で何とかたどり着いた感じだった。英語で書かれた看板を見ながら、きょろきょろしてしまった。空港と言うのは、初めてだったので戸惑っていた。日本語だろうと英語だろうと良く分からなくて、
「車で迎えに来てくれるんだよな」と半井君は霧さんの言葉を無視していて、
「どこかな?」と言いあっていた。手紙でのやり取りだったため、よく分からなくて、
「目印は?」と手紙を見ていた私に聞かれて、
「あっちだな」と、半井君が確かめてくれて移動した。うーん、確かに頼りになるなと思った。母が言ったとおり、英語ばかりの国で霧さんと2人じゃ無理だよねと思った。
「ハーイ」とアメリカ人の男性に明るく声をかけられたら、
「行くぞ」と半井君に言われてしまい、
「俺たちが子どもだけだから声を掛けてきたんだ。中には悪気がなくて話しかけてくるやつもいるが、初対面のうちは隙は見せるな。すりも多い。こういう場所は特にね。観光客、一人旅、女か子供。狙われやすいからな」とさっさと歩いていて、しっかりしてるなと思った。
「ああ、あそこだな」と手を上げていた。母も手を上げていて、あちこち、手を上げて合図している人が多くて、
「あれが普通なんだ」と言いながら近づいていた。
「荷物、重いー」とかなり遅れながら霧さんがぼやいていて、
「おーい、ボーイ。持てー」と霧さんの母親、久仁江さんが怒っていた。

「ハーイ、シオーリ、キリー、アッツーヒーコー、ヨクキタネー」と家の前で男性が手を上げた。背が高くて、ちょっとがっしりしていて、気のいいおじさんという感じのアメリカ人だったけど、それより驚いたのが、
「すごいかも」と車が止まっても、信じられなかった。
「ごーてー」と霧さんが言い、
「すごい家だな」と半井君までもが驚いていた。
「ねえ、ここ?」と母に聞いたら、
「そうよ、ここが、ジェイコフと私のおうち。さぁ、中に入って」と母に言われて、驚いている暇もなく動いていた。
「なるほどな。一人ぐらい増えようが関係ないはずだ」と半井君が笑っていて、
「知らないよ。全然教えてくれないから」と母にぼやきたくなった。かなりの豪邸で庭も広そうだった。テニスコートにプールがある。
「プール、テニス、おーがねもち」と久仁江さんが騒いでいて、荷物も下ろさずにいたため、
「この馬鹿でかい鞄、自分で下ろせ」と半井君が怒ったら、
「オー、ダイジョウブネー」とジェイコフさんが笑いながらやってくれた。
「レディニヤサシク」とジェイコフさんに笑いながら言われて、
「レディとは違うぞ。おばさんと」と言い出したので、叩いて止めた。
「痛いだろ。間違った事は言ってない。少しは痩せた方がいいな。霧も危ないぞ」と久仁江さんを見ていた。確かに貫禄のある体型だった。
「ボーイ、うるさい。早く運んで」と久仁江さんが命令したけれど、聞こえないかのごとく半井君はさっさと行ってしまった。
「ヘイ、ボーイ」と久仁江さんが怒鳴ったけど、
「いいの?」と聞いてみたら、
「自分のことは自分でする。今から甘えていてどうするんだよ。あいつら2人で人探しするんだぞ」と半井君に言われてしまい、それもそうだなと思った。英語で説明しないといけない訳だしね。
「ピーターは明日の昼からなら大丈夫だから、その後車で来てくれるわ」と母が霧さんに説明していた。
「それまでは自由にして、くつろいでいて」と母が案内をし始めて、
「部屋に案内するわ。霧さん、久仁江さん、こっちへ」と母が言った。
「シオーリ、マッテテネ。アッツーヒッコー」と言いにくそうにジェイコフさんが言ったら、半井君が英語で何か言ってから、こっちを見た。
「オー、オーケー。シオーリ。perapera……」と突然、英語に切り替わってしまい、
「え、早いし、聞き取れないし、何で英語?」と驚いたら、
「詩織は語学の勉強のために、英語で会話するように言ってある。俺とも同じだ」と半井君に言われて呆気に取られた。
「え、でも、いきなり」
「いきなりも何もない。ここはアメリカ、現地の言葉で話すのが当たり前。今から、慣れろ」と言われて、仕方なく、
「スローリー。ベリースローリー」と言ったら、
「オーケー」と言いながら英語で、ちょっと待っててくれ。篤彦を案内してくると言われて、
「I see」と言ったら、半井君に笑われてしまった。
 大きなソファだな。建物の大きさもさることながら、ソファや家具も気のせいか大きい気がした。広い窓、半井君のあの別荘の家も貧弱に見えるほどの豪邸だった。お母さん、全然教えてくれなかった……と考えていた。これじゃあ、お父さんは負けちゃうな。無事に着いたことだけでも電話しないといけないな。疲れていたこともあって、ソファにもたれて目を閉じていた。

 *注意:これ以降の英語の会話の時は、文頭に星マークを付けます 「☆……」

「シオーリ」とジェイコフさんはすぐに戻ってきた。それから、英語で、
「☆上はすぐに降りてくると思うよ」と言われてうなずいたら、
「オー、イッテクダサイ」と言われて、
「I see」と言ったら、
「スマイル、スマイル」と言われて、慌てて笑った。
「☆悲しい時は悲しい、楽しい時は笑う。基本だから」と言われて、
「I see」とうなずいたら、
「下向かない」と言われてしまい、そうか、そういう部分も気をつけないといけないんだなと思いながら、
「I see」と言ったら、
「グー」と指でジェスチャーしていた。ジェスチャーで伝えるのも大事かもしれないなと思い、観察しようと決めた。せめて、言葉で伝えられない分、身振り手振りで言わないと伝わらないかもしれないな。
「カモン」と手招きされて言われて、後を付いて行った。
「☆ゴー、カモン違いが分かるか?」と聞かれて、
「え?」と驚いてから、慌てて、「ホワイ?」と聞いたら、にっこり笑って、
「☆君が行く、こっちに来いというとき、日本人と感覚違うから、使い分けてね」とにっこり笑って言われてしまい、そういう細かい部分が違うんだなと思ったら、相手がにっこり笑っていて、
「サンキュー、ベリマッチ」と言ったら、
「☆ノーノー、そこまで丁寧に言わない。サンクスか、サンキューでいいよ」と言われて、そういう細かい使い分けもあるんだなと笑って、
「サンクス」と言いなおしたら、相手も笑ってくれた。
 部屋に案内されて、
「かわいいー」と言ってから、相手が見ているのに気づいて、慌てて、
「ベリー、キュート」と言った。
「☆良かった。喜んでくれて。君がいつか来てくれる日のために、小さい頃から用意しておいて」とちょっと早口で言ったため、聞き取れなかったけど、
「☆小さい頃から?」と英語で聞いたら、にっこり笑っていて、
「とても楽しみにしてたよ」と相手に言われて、びっくりしてしまった。そうか、母は言わなかったけれど、そういうことも考えてこっちで暮らしていたのかもしれないなと思った。
「thank you」と笑ったら、相手が笑いながら、あちこち説明してくれた。
「終わった?」と母が来て、
「☆ノーノー、英語で話す約束したからね」とジェイコフさんが母に言ったため、母が驚いていて、英語で早口で説明していた。
「☆そう、そのほうがいいのかもね」と母が言った言葉がかろうじて聞き取れた。
「詩織。アメリカに来た以上、現地での生活に少しでも慣れるために、極力英語で話した方がいいと半井君が言ったそうよ。甘えがあるとこれから困るから。出来れば一切日本語を捨てるぐらいの覚悟で、日記も英語で書くぐらいの切り替えが必要だと思うと言われたそうだから、私も日本語をできるだけ使わないようにするわ」と言われて、思わずうなずいてから、慌てて気づいて、
「I see」と返事をしたら、
「オーケー」と言って、母も英語で説明してくれた。
 いつか来てくれるだろうと思い、ジェイコフさんと2人で結婚当初からこの部屋を作ってくれていたそうで、
「ご」と言ってから、「サンキュー」と言いなおしたら、
「☆いいのよ」と英語で笑って言われてしまい、その顔を見て、
「とてもうれしいってなんて言うんだっけ?」と考えていて、慌てて辞書を取りに行こうとしたら、
「☆いいわ。私が教える。でも、その心がけは大事よ。その場で辞書で調べるのはいいと思うわ。そのほうが、相手も喜ぶかもしれない。ただ、時間がない時は、分からないからとはっきり言いなさい。別の機会に言うと言えば、相手は納得するわ」と言われて、
「I see.」と言ったら、母が笑っていた。

 夕食まで間があったため、霧さん、久仁江さんに張り付かれて、仕方なさそうに半井君が散歩につき合わされていた。
「元気だね」と英語で言ったら、母が笑っていた。
「☆バイタリティーはこっちの人はみんな持ってるわ。あなたももっと食べなさい」とゆっくり言われて、
「無理って、なんて言うんだっけ」と言いながら辞書を引いていて、ジェイコフさんが笑っていた。

「☆ジェスチャーの違い。そうね、日本と違う国はいくらでもあるわ。うなずくといいえの意味になる国もある。手招きも日本と違う。それは見て覚えなさい」と母に色々教えてもらっていた。
「分かった」とうなずきそうになって、慌ててやめた。
「☆そうね。そういうことも一から覚えていかないといけないわ。日本人との違いは結構あるわ。日本語の言い回しがないものもいくらでもあるけどね」
「言い回し?」と単語が分からなくて聞き返したら、母は別の言い方で説明してくれた。
「☆どうだ?」と半井君が帰ってきて、彼も英語だったので、
「☆お手上げ」とさっき覚えたばかりの英語を言ったら、笑い出した。
「☆よく使うフレーズぐらいは覚えておけよ」と笑われてしまい、
「☆日本語、恋しい」と言ったら、笑われてしまった。
「☆慣れだよ。慣れ。俺も最初来た時は戸惑ったから」とゆっくり言われて、
「☆戸惑った?」と聞き返した。
「☆困った、駄目か、心配になった、これなら大丈夫か?」と聞かれて、うなずきそうになり、
「☆オーケー」と指を上げた。半井君が笑って、
「☆よろしい、詩織」と呼び捨てにしたので、
「えー」と抗議したら、
「☆仲良しじゃないのかい?」とジェイコフさんがやってきて聞かれてしまい、
「☆ノー」「☆イエス」とそれぞれが答えたけど、
「☆その場合は返事が違うぞ」と半井君に怒られた。否定疑問文の問いかけの返事を間違えてしまった。
「☆日本人って間違えるところ一緒だな」と笑われてしまい、
「☆慣れ」と言ったら、更に笑っていた。

「☆いい子ね」と母の手伝いをしていたら、言われて、
「☆私?」と聞いたら、
「☆違う。篤彦」と言われて、
「☆ノー」と言ったら、
「☆そう? 素敵な子じゃない。あなたの事を心配しているから、ああしたのよ」と言われて、それはそうかもしれないなと思った。
「☆そのほうがいいわ」と母に言われて、にっこり笑って、なんて言おうかなと考えていて、
「He's coming on to you.(あの子、やっぱりあなたに気があるわ)」と言われて、
「☆なんて言ったの? 来る?」」と聞き返したら、
「☆いいのよ。彼って、優しいわ」と母が笑っていた。

「詩織、ずるい。いい部屋だね」と霧さんがベットで飛び跳ねていた。夕食を食べたあと、こっちの部屋を見たいと言って遊びに来ていた。
「篤彦の部屋、何度行っても入れてくれない」
「どうしてかな?」
「知らない。襲われるって言うんだもの。失礼なやつ」うーん、どうしてかな。
「恋人になれるチャンスだよね」
「篤彦、どっちだと思う?」と聞かれて、
「え、時間の問題じゃないの?」と聞いたら、
「篤彦ね。押しても逃げられる」
「押されるのは嫌いなタイプなのかな?」
「大人になってから来いって言われた。十分、大人だって」と胸を叩いたため、
「え、そういう問題なの?」と聞いたら笑っていて、
「詩織、発育悪かったんだ?」と言われてしまい落ち込んだ。
「大丈夫だって。きっとその内大きくなるって」と言われたけれど母の体型を思い出し、期待しない方がいいな……とため息をついた。
「キスした事ある?」といきなり聞かれて、むせてしまった。
「私はしたけど、篤彦、避けるんだよね」と言ったため、
「え?」と驚いた。
「それぐらいはしてるよ。でもさぁ、前の時だと男の方がすぐその気になって、その後一気に」と言われて耳をふさいだ。
「何してるの?」
「霧さん、過激すぎ」と耳をふさいだまま言ったら、
「そう? この程度普通だと思うよ。私早かったから」と言われてしまい、困ってしまった。
「なんだ、詩織たちって恋人なのに、まだなんだ?」と直球で聞かれてしまい、
「えっと、ノーコメント」と断った。
「そう? 周り聞いたら、結構いたよ。女子はちらほら」嘘だー。
「と言っても、向こうの学校の先輩の話。授業は真面目に出てないタイプだったから、そっちが進んでるって言ってた」そういうものだろうか?……と首を捻っていたら、
「篤彦と仲良くなりたいのに。どうしたらいいかな?」
「そう言われても、私、良く知らないの。そういうことは」
「そう?」
「恋愛経験なんてないもの」
「えー、そう? 私、いたよ。高校生とか大学生とか結構、街で声かけられて」
「え?」
「それでね」と指折り数えていた。すごい数。
「でもさぁ。篤彦はその誰とも違ってクールなんだよね。でも、そこがいいから。こっちから迫った方がいいかな?」
「分からないよ」と困っていたら、
「そういう事を聞くな。Do not say it. 」と日本語で言ってから、英語で言いなおしていて、半井君が入ってきた。
「なんだ、来たんだ?」
「お前の話は過激すぎる。大体、内緒話なら、部屋のドアを閉めてやれ」と怒っていて、
「あ、いけない、忘れてた」と霧さんが笑った。霧さんはいきなり部屋に入ってきて、かわいいとかはしゃいでいて、そう言えばドアは開けたままだった。
「お前も、途中で聞きたくないとはっきり言えよ」と言われてしまい、そう言われても困るなとうつむいていたら、
「☆英語で返事しろ。何も言わないと伝わらない」と英語で怒られてしまい、
「I see.」と渋々の感じで言ったら、
「言えない時は言えないと言えばいい。分からない時は分からない。返事を保留したい時は保留。はっきり言うんだ」と言われて、
「I see」と答えた。
「なんで英語?」と霧さんが驚いていて、
「しかたないだろう。詩織は英語で生活していく必要がすぐに出てくる。お前はいつ帰ったっていいけど、こいつは逃げる訳にはいかないからな。事情が違う」と日本語で説明していた。
「えー、私だって真剣だよ」
「どこがだよ。お前、進学する訳じゃなし、お金があるわけじゃない。どうやって暮らしていくんだ?」
「知り合いのところに泊まる」
「お前な。英語も話せないやつが、どうやって暮らしていくんだよ」
「バイト」
「英語出来ないのに雇ってくれないさ」
「日本人オーナーを探す」
「無理。そんな都合いいバイトはない。それから、バイトするにしても制約は大きい。語学学校に通うにしてもお金はどうするんだ?」
「そんな事はゆっくり考える。母に会って、それから。一緒に住んで」
「お前の甘ちゃんさ加減がつくづく嫌になるね。だから、来るのを反対したんだ。その程度でどうやって生きていくんだ。日本の中学しか出ていない、ちょっときれいなだけの女の子を雇ってくれるようなバイトはない。簡単に考えるなよ」
「その辺でいいじゃない」と止めたら、
「日本語禁止」と怒られてしまい、
「分かってないから言ってるんだ。いいか、こいつが考えているようなことは所詮無理なんだよ。サックス吹いて暮らすってどうやって食べていくんだ?」
「そう言われてもさ」
「日本でそう夢を語っているうちはいいさ。でも、日本ならまだしも、こっちで英語もまともにできない女が一人でどうやって生きていけるんだよ」
「えー、詩織がいるし」
「これだ。すぐ、人に頼る。お前は一人で暮らしていく覚悟が足りないのに、そうやって安易に人を頼ってね。現実を見ろ」
「えー、いいじゃない。夢見るのは素敵じゃない」
「夢を現実にするのが大変だと言っているんだ。こっちはのし上がるのに実力主義の世界だぞ。それを自分でアピールして勝ち取っていかないと難しいんだよ。お前程度の女の子ならその辺にゴロゴロいるから、容姿だけじゃ無理だ」
「ごろごろ?」
「そう。お前の顔は外人は好みじゃないから」
「え、そうなの?」
「ハーフ顔は日本にいてこそ、もてはやされる。こっちは掘りが深い顔より、鼻は低い方がいいんだよ」
「えー」と霧さんが不服そうだった。
「アジア系でも、こっち好みの顔って言うものがあるんだよ。詩織の方がまだいいかもな」
「そういうものなの?」
「☆自分にないものを求めるらしいな」
「☆そうなんだ?」
「英語で言わないでよ」と霧さんがぼやいた。
「詩織とは英語で話すから、お前はおのぼりさんらしく、明日はピーターとはしゃいで観光してろ。どうせ、お母さんは簡単に見つからないぞ。例のプレートと写真はどうした?」
「持ってるよ」
「鞄に入れてあるか?」
「あ、まだ」
「今すぐ入れにいけ。忘れないうちに」と怒られていて、
「えー、分かったって」と言いながら出て行った。
「☆あいつって、呆れる」
「☆でも」
「☆あいつには現実を教えないと無理だな。一度懲りないと」
「☆凝り?」
「☆ああ、言い直すよ。えっとな」と説明してくれていた。
「☆何度も聞いてごめんね」
「☆言わなくてもいい。それは言う必要はない。謝る必要はない。お前とコミュニケーションをとりたいからゆっくりでもいいから話してほしいと思っているはずだ。話したくなければ、さっさと逃げるさ。ここはそういう国。まっすぐで、分かりやすい」
「なるほど」
「☆少しずつ覚えていけよ」
「☆そうだね。使ってみると、言葉、足りない、分かる」
「☆そういうこと。お前は覚えるのが意外と早いな」
「☆ありがとう」と笑ったら、
「☆日本人って、そこで違いが出るんだよな」
「☆ごめん、聞き取れなかった」
「☆ああ、そうだな。人によって違う。飲み込みの速さ、これも分からないな。慣れるのが早いやつ。順応性」
「☆ソーリー」と言いながら辞書を引いていて、
「あった」と笑ったら、
「☆そういうことだ」と言われて、
「☆分かった」と言った。
「☆なれないやつはいつまでも遅いんだよ。戸惑うことも多いだろうけど、がんばれよ」
「☆さっき、同じ、単語」と言って、辞書をめくっていたら、
「☆お前は記憶力も良さそうだな。まぁ、がんばるしかない。諦めたら、そこでおしまい。いきなりだと戸惑うかもしれないけど」
「☆まって、それ調べる」と言ったら、笑っていた。

 部屋にシャワールームがついているのはさすがだなと思いながら使ったけれど、出てから着替えて、居間に行こうとしたら霧さんたちの部屋がうるさかったので、なんだろうなと思った。
「いい加減にしろ」と半井君の声がした。部屋に入って、
「☆どうかした?」と英語で聞いたら、
「水浸しにしやがって、これだから、こいつは連れてくるのは嫌だったんだ。こっちのバスルームの使い方ぐらいガイドブックで読んでおけ。あれほど本を一通り読めと言ったのに、お前たちは」と怒鳴っていて、そっちに行ったら、久仁江さんがバスローブを羽織って、
「ひどーい」と笑っていて、
「笑い事じゃない。お前ら」
「いいわよ。半井君」と母は日本語で取り成していたけど、
「こっちは水をそんなに大量に使ってお風呂に入らない。ホテルならまだしも、こうやって泊めてもらっている訳だから、それぐらい覚えておけ。日本人みたいに、水をたっぷり使ってお風呂に入らない」
「うちはそうでもないわよ。2人で暮らしているし、メイドもいるから」と母が笑っていて、
「でも、余所の家ではそういうところもあるわ。これから気をつけて」と母が笑いながら、奥を掃除していて、そっちを見たら、シャワールームの床だけじゃなく、周りが水浸しになっていて、
「何したの?」と聞いたら、きょとんとしていた。
「ああ、ごめん」と日本語で言いなおした。
「こいつらは完全にお客様として来てるようだ。お前たち、本来なら金払うなり、謝礼ぐらいしないといけないと言うのに」
「いいのよ、半井君」と母が止めたけれど、
「いいんだ。最初に言っておかないと分かってないようだから言うけれど、ここまで手配してもらって、お前たち、ろくろくお礼も言わずにあちこち勝手に歩き回って、勝手に別の部屋に入るな。それから、ゲストといえど礼儀は必要だ。これだから、日本人は困るって俺に言うんだよな。ホストファミリーと言っても、ボランティアなんだから、気を使え」
「半井君、その辺で」と母がまた止めたけれど、
「いいんですよ。分かってないようだから言っておきたいだけです。明日は別行動になるわけですから何かトラブルがあっても自分達だけで対処しないといけない」
「ピーターがいるわ」
「頼るといったって、日本語を大学で勉強中の人とちゃんとコミュニケーションが取れるかどうか」
「大丈夫。ピーターは日本の文化も詳しいの。いつか、柔道を習いに日本に行くと言っているから、そのために今から、ガイドのバイトをしているの。今回は無理を言って、無償で頼んだけれど」
「ほら、そうでしょう? こいつらはそこが分かってないんですよ。どこまでも俺かおばさんに頼って、何でも手配してもらってきているから、明日からの覚悟がなくて、何かあったら、すぐに電話してきますよ。お願いだから、ジェイコフさんにまで迷惑掛けるな。ただでさえ、こんな人数で押しかけて悪いのに」
「半井君。いいのよ、詩織の友達なんだから」
「友達と言ったって、最近ですよ。こいつ、馴れ馴れしいから友達の範囲を超えてわがまま言いたい放題にするだけです。甘やかすのはよくありません。明日からの別行動する責任もなさそうだ。だから、ツアーにしろと散々言ったんだ」
「えー、いいじゃない。素敵な部屋に泊まれてさ。楽しいし」と霧さんが笑っていて、
「ほら、これでしょう? 完全に観光気分で来てる。どうやってお母さんを探すんだよ。一人一人聞いていかないといけないぞ。すぐに時間がなくなるさ」
「大丈夫だって、お母さん美人だから目立つし」と霧さんが明るく言ったら、
「外人は日本なら目立つが、こっちにいれば分からなくなるぞ」そう言われたら、そうだった。
「お前らは大人しくしてろ。幼稚園児じゃないんだから、いちいち説明しないといけないのか? お金払ってるならまだしも、ボランティアで一緒にいる人に、全部頼ってこられるのは困る。時間は惜しいからね。絶対に迷惑掛けるな。人探しだけにしろよ。ついでに観光も、なんて甘い考えは捨てろ。それか、人探しは諦めるかどっちかにしろ」と怒って母の手伝いを始めて、
「いいのよ。後はメイドに掃除させるから」
「こいつらにやらせてください。それが原則だ。ゲストじゃない。押しかけですよ、そんな事を言ってたら、明日から思いやられます。突き放してやらないとこっちが困ります」
「篤彦、そんなに怒らないで。なにかあったの? それから、おばさんと呼ばずに、園絵と呼んで。さすがに抵抗がある」と母に言われて、
「そうですね。すみません」と謝っていた。

「なにかあったの?」と部屋を出てから、半井君に聞いたら、
「説明が長くなるから日本語で言うよ」と前置きしてから、
「部屋で電話をしてたら、いちいち聞いて来るんだよ。シャワーの使い方とか、電話の掛けかたを教えろとか言われて」
「それぐらい教えてあげれば」
「違う。俺が電話中に大声で今すぐ教えろと怒鳴ったからね。待ってろと言っても、あの二人はせっかちだから」
「それで怒っちゃったんだ」
「挙句が、シャワールームの使い方も知らない。お風呂にめいっぱい湯を貯めて飛び込んだんだよ。すごい音がして、慌てて電話を切って来てみたら」
「ああなってたんだ」
「外国に遊びに来てる感覚なんだよ」
「そうだろうね。仕方ないよ。念願のお母さんのいる国に来れたんだから」
「はしゃいで遊んでいる時間があったら少しは英語の勉強するとか、ガイドを読んで地図ぐらいは把握しておくとかしないぞ。あいつら」
「そうかもしれないけど」
「添乗員がついているツアーとは違う。ボランティアの人が親切だったらいいけど、本来は車で来てもらう事すら悪いという感覚が欠落している。どこまでも甘え切って。ああいうのは俺は嫌なんだよ」
「でも、楽しそうだったし」
「遊びならツアーで行けばよかったんだ。あいつのそばにいると思い出して駄目だ」
「なにが?」
「留学生とホームステイとツアーの違いって、大きいぜ」
「え、どうして?」
「短期のホームステイに来ていた女の子達がいてね」
「そう」
「俺の友達はそういう子達のホームシックに掛かったりトラブルになった場合の処理の手伝いをしていた。バイトというより、ボランティアで引き受けてたんだけど、あるとき、そいつが病気になって俺が代わりに処理しないといけなくなってね」
「そうだったんだ?」
「その子たちが、霧と同じだった。そのツアー会社は女の子2人を一家族に配置していた。二人いたため、振る舞いがひどかったんだよ。かなり図々しくてお客さん感覚だから、ホストファミリーがさすがに怒ったんだよ」
「どうして?」
「家族の一員として交流する目的で来てるはずなのに、家族は無視して完全にホテルと間違えていて、あちこち案内してもらっても当然、シャワールームで遊んで水を使いすぎて、さっきと同じようにしていた。怒ったら、なんて言ったと思う? 『お金を払ってるからそれぐらい、いいじゃない』と言い切った。さすがに通訳できなくて、困ったよ。俺が仕方なく説明して相手に怒ったら、『ツアー会社に文句を言ってやる』と反対に怒り出して、大変だったんだよ。今すぐ来いとかツアー会社に電話して、問題になった」
「どうなったの?」
「ツアー会社はいちいち間に入って対応してる時間なんてないさ。客はあいつらだけじゃない。しかも、ホストファミリーを怒らせたら困るからな。そういう子が、時々いるらしいからトラブルになるらしい。しかも、ホストファミリーと話し合わずにツアー会社に文句を言う。それじゃあ、何のために来てるか分からないからな。そういうわけで自分達で解決してくれと逃げ腰で、そいつらは『こんな扱いを受けて面白くないから帰る』とわめきだし、お金を払い戻せとか、無理難題を言い出したけどね」
「帰ったの?」
「帰るわけはないさ。遊びたくて来てるんだ」
「え?」
「交流しに来てるなら家族とコミュニケーションを取るだろう? それはせずに俺をいきなり呼んだ。通訳代わりにいいように使えると勘違いしてた。ボランティアだから、間に入るにしてもルールがあると説明してもよくわかっていなくて、『お金を払ってるんだから』と強気に言いまくってたけど、ツアー会社が『違約金を払ってくれ』と言い出した途端、大人しくなったよ」
「違約金?」
「自分の都合のトラブルで問題を起こして帰る場合は違約金を払わされる。もちろん、ツアー代金は払い戻しもしない。普通はそこまではしないそうだ。でも、そういうお客さん感覚でただで泊まれる宿、俺達もただで使える通訳としか考えてない人もいるんだってことが分かったよ。さすがにそこまで言われたら、とたんに大人しくなった。日本に途中で帰ってもあいつらも困るからね。友達に、『よくやってたな』と後で聞いたら、実は結構そういう子もいるらしいんだよ。しかも、問題になるのはそういう子ばかり、自分から話しかけて積極的に溶け込もうとする子は、ほとんど問題にならないそうだ。すぐに相手の家族に合わせられるそうだから」
「そういうものなんだ?」
「霧も同じだろう? こっちのペースに合わせない。自分たちの要求だけ通す事しか考えていない。完全に遊びに来てる。そういう感覚でこっちに住む事になったら、困るのは俺たちだ」
「え?」
「俺はハッキリしてるからいいとして、お前はこっちに家族がいるから、あいつに泊まるところがなくなればここに住むと言い出しそうだ。英語が通じなければ、ここの家族にすぐ頼るだろう」
「そう言われても」
「多分、そうなる。別に居候だとしても自分で生きていく覚悟があるなら、ここまできつく言わないさ。あいつはそういう部分を完全にどこかに忘れているぞ。楽しい事だけ考えて、甘い考えで周りが全部自分のために動いてくれるなんて言うのは、甘ったれって言うんだよ。そんなやつの面倒なんて見切れないぜ。自分たちの方で精一杯になるだろうから」
「そうかもしれないけど」とうつむいたら、
「今はまだお客感覚でもいいさ。でも、先のことまで考えたら、突き放した方がいい。俺たちは自分のペースで動こう。あいつらに関わっている時間はないぜ。友達に会って、一つでも多く情報を仕入れておきたい。そのために来ているからな。あいつには関わりたくない」
「冷たくないかな?」
「逆だ。甘えているのに気づいていない、あいつらが悪いんだよ。助けるにしてもこっちが余裕があるときしか無理。そういう訳で今回の旅行中は関わっていられないからな」
「そうだね」
「明日の用意があるから、早めに休めよ。いいか、霧から電話が掛かってきてもすぐに切れ。何か聞かれても自分でやらせろ。そのほうがいいから」
「だから、荷物も持たなかったんだ?」
「あいつはすぐに図に乗るから無理だ。母親はもっとすごいようだしね。聞きわけがいいなら別だが、あいつは文句を言いたい放題だから、疲れるだけだ」
「半井君って、ここに来てから変だね」
「違うさ。余裕がない時にやられるのが苦手。俺は山崎のように親切にはなれないさ」
「楢節さんと似てるかもね」
「あの変態会長か?」
「あの人も、同じ事を言ってたの。受験の時とかにね、勉強でわからないところとか質問がいっぱいされるけど、『寄るな、近寄るな』と言って断ってたらしい」
「受験ならそうだろうな。親切なやつならまだしも俺はあいつにはそこまでしたくない」
「どうして?」
「苦手だからだ」
「え、でも、仲が良さそうに」
「お前って、どこに目をつけてるんだ? あいつが張り付いてきているだけだろ。確かに最初のころは対等だったから、ハッキリしている性格で付き合いやすかった。でも、今は完全に当てにして俺に聞けばいい、俺に頼ればいいと思い込んでる。そんなの付き合っていたってうっとうしいぞ。対等な付き合いをするなら別だけと、距離は置きたいね」
「そう」
「お前は自分のことだけ考えろ。お休み」と言って頭をなでてから、行ってしまった。全然、分かってなかったなと思いながら、自分の部屋に戻った。


こっちの事情

 朝は遅めに起きたけど、時差ぼけでちょっと眠かった。
「Did you sleep well last night?」と半井君に聞かれて、
「yes」としか言えなかった。ボキャブラリーが少なすぎるなぁ。
「☆もっと何か言えるようになれよ。Fine、Not bad、Good、Great! Terrible!とか」
「☆わかった」
「☆最初は子ども並にしか返事できないものだろう?」と聞かれて、うなずきそうになって、
「It is so.」と答えた。
「☆英語ってさ。日本語と感覚を替えないといけないからな。切り替えろよ。使い分けられるようになったらいいさ」
「☆使い、なに?」
「☆ああ、いいよ、分からなかったら、とりあえず聞いていろ。その後、質問しろ」
「☆感覚は分かった。最後が聞き取れなかった」
「☆使う、分ける、オーケー」と聞かれて、
「ok」と答えた。
「☆少しずつでいいさ。まず、慣れるところからやっていけ」
「I see」と言い合っていたら、
「あら、おはよう」と母がやってきて、
「すぐ朝食の用意が出来るわ。メイドが来てくれているからね。夕方には帰ってしまうのよ」
「☆住み込みじゃ、ないんですね?」と半井君が英語で聞いていた。
「☆そうね、そうだったわ。英語だったわね」と母が言いなおしていた。
「☆あの親子は、まだのようね」
「☆そのようですね。すみませんでした。こちらではトラブルに巻きこまれたら謝るのを簡単に言ってはいけないと注意したら、勘違いしていたようで」と半井君が言っている言葉は聞き取れなくて、
「☆仕方ないわ。昨日、聞こえてしまったから、あなた達の話。途中からね。それで、うちにも話はよく来るの。私が日本人だからという理由でね。でも、仕事の相手の家族なら別だけれど、ボランティアではしてないわ。ボランティアは別の形でしているの」
「☆そうでしょうね。そのほうがいい。僕も何度か、昨日のようなトラブル処理をさせられました。ホームステイじゃなくて、駐在員の子どもが現地校に入って問題を起こすため、呼びつけられたのは一度や二度じゃありませんでしたよ。それから、何かあるたびに言ってこられて、さすがに迷惑だと断ったら、怒るか泣くかわめきだしたり、手が付けられない家族がいたんですよ。それから、距離を置くようになりました。さすがに困りますからね。自己責任って事、分かってないようです」
「☆昨日話ももっと田舎のホームステイならよかったんでしょうね。アットホームで明るいし、おおらかで楽しいみたいよ。娯楽は少ないからスポーツをして公園に行って楽しむ。それで十分だと思うのに、ディズニーランドに連れて行けとか観光スポットに乗せて行けと言われた家族がいるそうよ」うーん、聞き取れないなぁ。という顔をしていたら、半井君が気づいて笑った。
「☆後で」と言われて、不思議そうな顔をしたら、
「☆慣れろ」と英語で言われて、
「☆分かった」と返事したら、母と2人で笑っていた。

 ジェイコフさんは仕事があるため、挨拶だけして出かけてしまい、私は半井君と友達の所へ向かった。バスを使って移動していて、
「☆ピーターも大変だろうな。お母さんも仕事があるわけだしね」と半井君にゆっくり言われて、
「うーん」と日本語で言って、
「☆ゆっくり考えろ」と笑われてしまった。母は私たちと同じ時間に仕事に出かけた。
「☆日本と違って、そこまで時間に正確じゃないしな」
「アク……」
「☆辞書」と言われて、慌てて調べた。
「☆メモは?」と聞かれて、
「here」とポケットを叩いた。
「☆よろしい。メモ、ペン、辞書、いつも持ってろよ。人に聞いてもいいが、もう少し語彙力が上がってからじゃないと難しいからな」とゆっくり言われて、
「☆待って」と言ったら、笑っていた。

「おう、久しぶり」と相手が手を上げて挨拶した。日本人だったので日本語だった。
「あれ、友達って女なのか?」と聞かれて、
「はじめまして」と頭を下げた。
「日本式」と相手が笑った。
「紹介するよ、佐倉詩織。同じ中学に通っていて、高校からこっちに来る予定」
「へぇ、大変だよ。ああ、はじめまして、伊藤栄太。こっちは小学校から来てるよ。こいつと同じ」と半井君を見た。
「へぇ、そうなんだ」と言ったら、
「あれ、言ってないのか?」と驚いていた。
「言わなくてもいいことは教えない方が楽だぞ。日本ってしつこいから」
「そうだったっけ? 俺、忘れた。ああ、俺、両親ともこっちで暮らしていてね。永住したいと思ってるからね。そういうやつって少ないから半井が帰った時はさすがにさあ」
「それぐらいにして、どこか行こうぜ」と言われて、ハンバーガーショップに入った。
「でかいだろ?」と、相手に聞かれてうなずいた。日本のものより大きかった。冷蔵庫を開けたときも牛乳やアイスクリームなどが大きすぎてびっくりしたけど、やっぱりアメリカンサイズだなと思った。
「ここのはいいと思う。そう言えば、タニシ、お前が帰っちゃって怒ってたぞ」
「知るか。俺は嫌だったのに、親の都合でさ」
「こっちに来てるやつ、ほとんどがそうだからな。駐在員の子どもと仲良くしてたって、すぐお別れだしな」
「日本語、上手なんだね?」と聞いたら、
「ああ、仕方ないよ。頼られるから」
「頼られる?」
「現地校に行かないやつでも日常生活に支障が出ると俺たちに頼るやつなんていくらでもいるさ。身近だと似たり寄ったりの語威力だから」
「そういうものなの?」
「そう。中学生程度の英語でも普段はかまわないけどさ。やっぱり、問題は起こるわけ。こいつなんて女がどれだけ寄って来たか知らないぜ。モテていいよな」
「お前も同じだったろ?」と半井君がそっけなかった。
「顔で選ぶんだよな。親切で優しい俺には来ない」
「嘘つけ。お前が選んでたんじゃないか。前に来た太目とか顔がいまいちの女に、時間がないからと断ったくせに」
「それはちょっとな」うーん、すごい事を言う。
「私立に行くのか?」
「お前の情報教えろ。お前、まんべんなく付き合うやつだから、いっぱい知ってるだろ」
「しょうがないな。ほかならぬお前の頼みだからな。私立の評判だろ。教えてやるよ」と明るく言っていた。

「まさか、半井が女連れで来るとはね」と一通り教えてくれたあと、そう言った。
「おとなしいんだね」
「お前の好みはきっと、霧のほうだな。もう一人来てる同級生」
「写真見せろよ」
「持ってないよ」
「こっちって持ち歩くぜ。友達、家族、みんな持ってる」
「そうなんだ?」
「あれだけ年上キラーだったやつが、まさか同じ年の女友達が出来るとはね」
「年上キラー?」
「そう、こいつ、クールだからな。同じ年だと相手が物足りなくなるんだよ。こっちの男は気軽に声かけるし男友達は多いしな。こいつ、愛想ないから、自分から行かない」
「お前は掛けすぎなんだ」
「楽しまなきゃ損だって」
「お前らしいよな」
「最初だけは寄って来るんだよな。でも、途中で駄目になる。日本人だと意見を言い合うことに慣れてなくて。特に駐在員の子どもはね」
「そうだろうね。分かる気がする」
「だから、年上、美人が多かったよな」
「うるさい。そういうことまで言わなくてもいいさ。お前は決めたのか?」
「親父は学歴は大事だけど、自分でやれってさ。学区によっては差があるけど、中の上ってレベルだから」
「こいつの学区のレベルは?」と半井君が聞いた。
「公立に行くつもり? てっきり、日本人学校かどこかだと」
「親がこっちにいるからね」と半井君が説明していて、
「ああ、確かその学区だとこっちよりいいはずだぞ。いいよな。そっち行きたいよ」
「日本人はどれぐらいいる?」
「かなり裕福な人ばかりのところだろう? 黒人とかヒスパニックもほとんどいないはず。アジア系はそれなりにいそうだな。あまり詳しくないよ。でも、そこならいいかもね。ひどいところだと越境したいとぼやくからな。黒人の友達がそう言ってたことがある」
「引っ越す人もいると聞いたことはあるよ」
「仕方ないさ。治安の悪い国だから自衛しないと危ないぜ。地域によってはさ。気をつけたほうがいいよ」と言われてうなずいた。
「そうか、後は現地の人に聞くしかないな」
「お前が戻って来てくれるなら、俺も私立に行きたいよ。もっとも金が掛かるからな。お前、勉強大変そうだぞ、いいのか? って大丈夫だよな、お前なら」
「小遣い稼ぎは?」
「するに決まってるだろ。親父は手伝いをしなければ、小遣いなんてくれない。お前とは事情が違う。いいよな、お坊ちゃんは」
「そうでもないぞ」
「金持ちの爺さんがついているじゃないか」
「やめろ」と半井君が止めた。
「言ってないのか?」とこちらを見られて、
「言う必要はない」と半井君がぶっきら棒に言って、
「ふーん、そうか。まぁ、いいや。お坊ちゃまとは事情が違う。こっちは自分の小遣いは自分で稼ぐのが多いからね。君もやるんだろう?」と聞かれて、
「そこは無理に決まってる。俺たちと違って、こいつは英語も幼稚園並からはじめてるんだから」
「そうだったな。中学まで英語を勉強していても。みんな言うことが同じ。はじめまして、お会いできて光栄です。ありがとう。そこで終わり。言い始めが、全部、『I』からしか言えない。だから、みんな切り替えできなくて大変だ。君も今のうちから準備しておいた方がいいよ」
「それは分かる気がする」としみじみ言ったら笑っていた。
「かわいいから親切にしてもらえるかもね。でもさ、日本人嫌いなやつもいるからな。様子を見て最初だけ固まっていた方がいいかもね」とウィンクしてきた。
「最初だけ?」
「ずっと一緒にいたら友達ができないまま日本に戻る事になるぜ。結構、そういうやつもいる。最初から日本人学校に行けばいいのにさ。金が掛かるからかもね」
「そういうやつもいるさ。お前は気をつけろよ」と半井君に言われてうなずいた。

 店から出て、勘定を済ませている間、一人で外に出て待っていたら、
「☆ハーイ」と声をかけられてしまって、
「☆一人?」と聞かれて、
「☆ノー」と答えた。
「☆なんなら、一緒にお茶でも」というニュアンスの言葉をまくし立てて、
「☆ノー、ノー」と手を払って断った。
「☆いいじゃない」と相手が馴れ馴れしく肩を組んできたので、
「シャーラップ」と怒鳴ったら、相手がびっくりしていた。
「連れがいるの。日本語で悪いけど、お断りさせていただきます」と手で大きく×印を作って断ったら、相手がびっくりして逃げて行った。笑い声が聞こえたので、
「悪かったよ。お金払うのに小銭間違ってたからな。はい、お釣り」と半井君が寄って来て返してきた。
「でも、あれで正解。日本語でまくし立てたら相手もひるむからね。ただ、バカとかは知ってるアメリカ人も多いから使わない方がいいぞ。そういう類の言葉はさすがに表情と態度に出るから、怒らせても困る」と日本語で言われて、
「そうだね。びっくりして夢中で言っちゃった」
「お前って、意外だよな。そのほうがいいぞ。霧たちは今頃、なにしてるやら」と半井君が笑った。

 相手と別れてから、
「☆あいつに聞かれた」と英語で言われてしまい、
「☆なにを?」と聞き返した。
「Is she your lover?」
「loverって」と考えてから、愛人かな? 
「えー!」と思わず日本語で答えてから、
「☆えっと」と英語表現を考えていた。
「☆それはすごいでも、なんて素敵でもいいぞ」
「☆ノー」と答えたら、
「☆光栄だと思え」と言われて、
「辞書引く気にならない表情」と日本語で言ってから、辞書を調べようとしたら、
「恋人なのかと聞かれたんだよ」と笑われてしまった。
「ありえない」と返事をしたら、
「☆バス来た」と言われて、慌てて乗り込んだ。そうか、愛人じゃなくて恋人ね。びっくりした。
「☆この町って俺は好きだよな」
「☆そう?」
「☆昔は駄目だった」
「☆なぜ?」
「☆親が嫌い」と言われてしまい、何も言えなかった。
「☆女好きの父親を持つと苦労するよ」
「☆なんとなく分かるけど、待って」と辞書を調べようとしたら、
「☆いいさ、聞き流せ」と止められてしまった。
「☆俺の父親、昔から女好きだった。結婚したのも何かの間違いじゃないかって女と結婚したんだよ。俺の母親だけど」
「☆早口、ゆっくり」
「☆いいんだ。聞き流せ。そうして、俺と母さんを残して家にほとんど帰ってこなかった。母さんは一人でホットケーキを作って俺に食べさせて、ピアノを教えてくれたよ」
「☆ピアノ?」
「☆お前、見てると、どうしても懐かしくなるからな」
「☆なんて言ったの?」
「☆いいよ、分からないから言ってるんだよ」
「☆意味不明。もう一度、言って」
「☆いいんだ。独り言」
「☆ソリ……なんて言ったの?」
「☆聞き流せ」と辞書をめくろうとしたら、手で押さえられてしまい、そのまま手を握ってきたので、
「やだ」と思わず日本語で言って、手を引っ込めてしまった。辞書が落ちてしまい、拾ってくれて、
「☆悪い。こっちにいると昔の癖が出る」と言われたけれど、
「☆どう言う意味?」と聞き返したけど、教えてくれなかった。

 バスを降りて少し歩いた。学校が見えて、
「☆広いね」と言ったら、笑っていた。
「受験で困るから現地校に行ってたやつが勉強が大変だと聞いた。帰国子女を受け入れてくれる学校は少ないらしいから」と日本語で説明されて、
「それは、聞いたよ。尾花沢さんが言ってたから」と日本語で答えてしまい、慌てて、英語で言い直そうとしたら、
「いいよ。ちょっと難しい話の時は無理だ。日常会話だけでいいさ。さすがにこういう問題の時に、そこまでしていたら面倒だ」
「ごめん」
「謝るな。そうだねと言っておけ」
「分かった」
「俺も海星中学の先生が後で色々言ってきたよ。最初英語しか喋れないんじゃないかとか思ってたらしいな。俺が日本語が話せると分かってほっとしてたけど。両親日本人だから、よかったと何度も言ってたし、そういうことだ。一人暮らししてたら後から怒られちゃったしね」
「どうして?」
「下校の時、俺の後をつけた女の子の口から、ばれちゃったんだよ。親にご丁寧に報告してくれて、親が呼び出しくらってね。あの家に移るのに時間が掛かったからな。それを言ってごまかしてた。ばれなければ一人暮らししてたし、美術部にも入らなかったかもな」
「どうして?」
「うるさいから」
「え、なんで?」
「ああ、お前の考えているような理由じゃないよ。親とは距離が淡々としてお互いに干渉しないから、うっとうしいという意味とちょっと違うよ。騒音がうるさいという意味」
「どうして?」
「ピアノを弾く。そして、騒ぐ、お酒が入ってドンちゃん騒ぎ、お客を家に呼ぶ。そういう類のうるさい」
「へぇ、そうなんだ? 私はにぎやかでうらやましいな。昔を思い出す」
「なんで?」
「今は誰もいないから」
「ふーん、父親は?」
「無理だよ。お酒のみ歩いていた時期もあるし、誘われたらマージャンしに行っちゃうし、『だから、貯金がなかったのね』と母親が怒ってた。『もう日本に戻らなくてもいい』と喧嘩までしちゃってて、困ってたの」
「ふーん、なるほどね」
「だから、今は一人。前はおじいちゃんが生きていて、近所の人が遊びに来て泊まっていくこともあるぐらいだった」
「田舎だったな?」
「そう楽しかったよ。最初は戸惑うことばかりだったけど、なれるといい人ばかりだった。助けてもらってばかりいて、男の子が多かったから、それでおんぶも一通りの人にしてもらったと思う。学校帰りに怪我をして送ってくれたの。嫌がらずにね。結構優しかった。鞄持って帰ってくれる子もいてね」
「へー、田舎ってそうなのか?」
「そうでもないみたい。私が泣き虫で両親がそばにいなかったから、周りの大人たちが不憫に思ってくれたらしくて、優しくしてもらったの」
「ふーん、分かる気もするな。親切な人が多かったんだな?」
「どこもそうだったよ。みんな顔見知りだから、悪口なんてあまり言わないし、助け合う。ただ、なぜか近所の女の子と差があったの」
「なんで?」
「知らない。岳斗君に聞いたら、ああ、同級生ね、『気が強すぎると助ける気が失せるからだろうね』と、答えていた。そういうものなの?」と半井君に聞いたら笑った。
「山崎に聞いてみろよ。一之瀬とお前、どっちを助けたいかって」そう言われたらそうだった。
「そういうことで、結構助けてもらってた。あの学校に転校してからなれなくて大変だったの」
「そうだろうな。お宅、弱い感じがする。だから、一之瀬に舐められる。第一印象がそうだから」
「そうかもね」
「ただ、その後の印象は逆だったな」
「え、どうして?」
「一之瀬は強気だったし勝気だったけど、自分勝手すぎて俺には理解不能。でも、お前のことはちょっと気になったな」
「え、知ってたの?」
「隣のクラスにいて、あの女が何かと目の敵にして名前を出していれば気になるさ。テニス部での揉め事も対岸の火事のごとく見てた」
「もう」
「でもさ。お前がテニス部であれこれ助言してたから、ちょっと驚いたな」
「そう、よく見てるね」
「そういうところは観察するタイプ。気になるからな。だから、一之瀬苦手」
「どうして?」
「分かり易すぎる」
「えー、どこが? 私には真逆に感じるよ」
「ああ、それはお前たちが普通だからだし、ああいうタイプの本音を聞いたことがなかったからだと思う。前園さんと同じで普通は裏では言っても、あまり口には出さない。先生とか周りにばれると怒られるからかもな。あいつも途中で性格ばれて隠さなくなったけど、本来は自分本位。あくまで自分優先。そうやって考えると単純なんだよ」
「複雑じゃないの?」
「捻じ曲がって受け止めるからそう見えるかもな。ただ、根は単純、自分にとって有利になればそれでいいんだ。自分が楽しければそれでいいんだよ」
「え?」
「あくまで自分優先なんだよ。だから、周りも自分の思い通りにならないから面白くなくて八つ当たり。周りになんて興味がないんだよ。自分にしかね」
「そんな考えなの?」
「一緒に住んでたからさすがに分かるさ。嫌でも見えてしまうからね。あいつはそっくりだ。幸せなうちは攻撃しないさ。不幸せになったら攻撃するだろう。それも単純。自分を守るためだ」
「え?」
「そういう考えの女だと思う。だから、近寄らない方がいい」
「すごすぎるんだけど」
「我が強いのはいるだろう? もっとも、日本だと隠しているようだけどな。出る杭は打たれる、だっけ?」
「そうみたい」
「ほっとけばいいさ。ただ、ああいうタイプはこっちにだっているからね。競争が激しいからね。もっとストレートみたいだけど」
「そうなの?」
「俺はそっちの方が好きだ。分かりやすいからな。本音隠して先生の顔色を伺いながら、裏ではひどい事をする。ああいうタイプはどうも駄目。霧は正反対だから付き合えたと思ったんだけど、最近、どうも目に余ってね。誰かに聞いたら何とかなるという考えはいいのかもしれないが、もっと親切なタイプかあいつを許せるタイプに聞けばいいのにな」
「そう?」
「年上と付き合ってたようだし、今のクラスでも綺麗だから男は鼻の下伸ばしながら教えていたりする。宿題だって代わりにやってやるとか言い出す始末だ。それでおかしくなってるかもな」
「すごいんだ」
「それじゃあ、他の女子は面白くないだろう? 自分がモテたいと思ってる女なら特にね。だから、結構ぎすぎすしてる時もある。球技大会の時もそうだったからな。突き放すようにしだしたら、さすがに睨む数は減った。反対にお前の方に変な目つきで見だして、あれは困るな」
「え、そういう理由なんだ? 困ったね。教えてもらってるし、聞きたいこともあるから話さないわけにもいかないし」
「言えばいいだろ。山崎に」
[そう言われても」
「お前は危ないよな。こっちだと自分で切り開いて自分で説明して行かないとやってけない。だから、自分で説明できるようにしていかないと。カウンセラーはいるけれど、日本語が出来るかどうかわからないし」
「そういうシステムが違うんだね。母国語が英語ではない人のクラスも調べたけれどよく分からなくて」
「俺も最初受けたけど、覚えてないな。日本人学校の補習も最初だけ受けてた」
「日本人学校もよく分からない」
「それは人の話を聞いていけば分かるさ。人によって事情がバラバラだから、そういうのを利用しているのも自然と分かれちゃうからな。俺は小学校からこっちだから、上の学年はよく知らないし」
「ああ、そう言えば、そう言ってたね」
「人によっては、家庭教師や塾に行ったりするからね」
「日本と同じなんだ?」
「受験だよ。どっちを受験するかで変わってくるだろう? 日本で進学するやつもいるから、日本人学校にする場合もある。週末だけのもあるし、それは周りに聞いてみろ。お前はどうするかは徐々に考えていけばいいさ。途中で変更は可能なはずだからな」
「え、そうなの?」
「変更したいと思うのは誰でも同じだ。英語力はかなり個人差が出るぜ」
「そうなの?」
「自分から下手な英語でもどんどん話しかけていく場合は、かなり上達が早い。反対に日本人学校に通って、友達も日本人で話すのは、ほとんど日本語の場合は全然駄目なまま日本に戻る。発音が綺麗かどうかは別にして、通じるかどうかだけ考えた場合ね」
「そう?」
「小学校や幼稚園児からこっちだと覚えるの早いからな。でも、日本に帰ると話せなくなるらしいな。手紙もらったやつに聞いたし、一度日本に戻って、再度英語圏に来たやつも同じ事を言ってた」
「半井君は?」
「普段から使い分けてたからな。日本人が増えたため、両方話せると何かと頼られるし、両方使っておいたほうがいいからそうしていた」
「そうなんだ」
「お前も学校が始まって、ある程度慣れたら、分けて使えよ。日本語をアメリカ人の前で使うと、馴染めなくなるからな」
「できるかな?」
「そんなのはその時に考えろ。サマースクールもやってないみたいだな」
「サマースクール?」
「補習みたいなものだよ。学校によって色々あるらしいぞ。俺も自分の学校のでさえ、そこまで詳しくなかったから説明できない。情報通の友達を作っておいたほうがいいな」
「さっきの人だね」
「そういうこと。女子と男子両方いると心強いよ」
「ちょっと心配ではあるけどね」
「お宅の場合は心配性だな。霧と逆だ。足して割った方がいいかもな」
「そう言われても」
「最後の手段で日本に逃げ帰れば、あの優しすぎる彼氏がいるからと思ってないだろうな」と言われて黙っていた。
「なんだよ、冗談だよ。悪かった」と謝ってきて、
「彼にはもう頼りたくないの」と言ったら、
「ふーん」と言ったきり黙っていた。
「どうしてこっちに来たいと思ったんだ? 話を聞いてきて、お前、どう思った? 不安だろう?」と言われて、
「不安はあるよ。果たしてやっていけるかどうかは心配だけどね。でも、開き直らないとね」
「へぇ、意外」と皮肉な感じで言われてしまった。
「半井君って、優しい時と冷めている時とはっきり分かれるんだね」
「気分屋と何度言われたか分からないよ。さっきのやつも言ってただろう? 最初は俺の方に女が頼んできて、あとでフレンドリーなあいつに頼む。でも、あいつも結構要領が良くて逃げるけど」
「そう?」
「霧みたいな女って多いぜ。人にやってもらって、頼ってくる子は限がないさ」
「洒落?」
「違う。冗談じゃなくて、日本人の女の子って控えめだけど、自分から聞きに行かないで大勢で俺たちに聞きに来る。直接学校や先生に言えないから俺に言ってくれと言われたことがあるよ。何度かね」
「そうだったんだ?」
「揉め事はあるからな。でも、そんなの自分で言わないと無理だろうと断ると、裏で文句言うんだよ。冷たいってね」
「そう」
「だから、霧の最近の態度は駄目だ。親切なやつはいたけど、そいつのバイトの時間を減らしてまで家庭教師をしてくれと頼んだ女がいて、その時は怒ったけどな」
「うーん、それはちょっと」
「宿題を提出するのに英語が苦手だから手伝ってと言うんだ。友達どおしで助け合えばいいのに、日本人だけで固まってたから、難しいと言って、そいつに頼んできたから、『同じクラス取ってるやつに言え』と怒鳴っただけ。そうしたら、泣き出した。だから、どうもね」
「でも、なんとなく分かる気がするなぁ。頼ってしまいたくなる気持ちはね。もちろん、自力で出来るように努力していかないといけないけど、最初は戸惑うだろうし」
「違うさ。最初だったら、そこまで怒るかよ。その子達、こっちに来てかなり経つのにそう言ってきたからな。聞いたら、それまで一緒にやってた子に頼んでたらしいよ。それじゃあ、意味ないからな。自力でやってきてなかったんだろうと思う」
「そう」
「お前はその辺は気をつけろよ。霧と同じになってほしくないからな」
「そう言われても」
「途中で日本に帰ってほしくない」と強く言われて、驚いて見てしまった。
「山崎が待っていてくれるから、なんて甘い考えは捨ててから来いよ」と言われてしまって、びっくりした。
「違う」とゆっくり言った。
「なにがだ?」
「留学する理由でしょう? それも理由の一つだから」
「理由ってなんだよ? 英語が話せるようになりたいってことだろう?」
「それも一つだね。ただ、漠然と考えている夢があるの」
「夢?」
「それはちゃんと調べてから口に出したいから今は言わない。もう一つの理由だけ説明するね」
「なんだよ?」と聞かれて、半井君の顔を見た。

 バスの中でちょっと無言だった。
「お前の気持ちがあいつに通じるといいけどな」と言われてしまって、
「日本語でいいの?」と聞いたらちょっとだけ笑った。
「内緒話の時に日本語を使ったら、悪口を言ってると誤解されてさ。殴られそうになったことがある。疎外感を感じるらしいな。お前も気をつけろよ。日本語を使う時は笑って明るく。悪口も悪口に見えない」と言ったため、
「もう」と笑ってしまった。
「そういうことは慣れていけば分かるさ。さっきは悪かったよ」と言われて、半井君の方を見た。
「前に挫折した女の子がいたから、お前をそういうことにはしたくなくて、ちょっと厳しく言いすぎた。ごめん」
「挫折しちゃったんだ?」
「高校からだと、勉強も厳しいから大変だったようでね。英語に慣れるのに時間が掛かっていて、その子がお前に似てた。ちょっと不器用で、でも、真面目なところがあって、一生懸命努力はしてたけど、そばに張り付いていた日本人の女が邪魔したんだ」
「邪魔?」
「自分から離れられると困るからだろうな。彼女は悪くなかったのに、そういうこともあるから気をつけてほしくてね。大学はどうするか決めているか?」
「まだ、保留」
「そうか」
「半井君はこっちなんだね?」
「理数系の大学にしたいからな。そうなるとこっちの方がいいから」
「そうなの?」
「大学に入るのが目的じゃないから。日本にいるとそうなりそうだ。よほどいい大学に行かないと就職のこともあるからとおじさんに注意された。でも、爺さんはお前が好きなようにと言ってくれてね。だから、こうやって来れたんだよ」
「いいお爺様だね」
「親父も次男坊だから、音大にいけたんだよ。でなければ跡取りとして大変だったと思う」
「そう」
「山崎に言えよ。もう、決めたようだからはっきりばらせ。周りの友達も知らないんだろう?」と聞かれてうなずいた。
「言った方がいいぜ。そのほうが俺たちは話しやすくなる。裏でこそこそ教えあってたら、また、やられるぞ」
「なにを?」
「一之瀬が昔やった事をさ。やっかみが出てきたら困る。俺、モテるからな」と堂々と言ったため、まじまじと見てから笑った。
「なんだよ」とちょっと拗ねていて、
「それって、どこまでが冗談?」と聞いたら、
「これは本気。仕方ないさ。そういう自覚はある。なぜか知らないが冷たいところがいいと言われるんだよな」
「霧さんもそう言ってた」
「でも、それで、やっかまれて、お前までやられたら」
「え?」
「あ、いや……。とにかく、山崎には報告しろよ。公立か私立かは決めておかないといけないしな。願書の受付があるから」
「そうだったね」
「俺は明日学校の見学に行くよ。今は夏休みで生徒はいないだろうけど、環境は見ておきたいからね。お前はどうする?」
「行ってもいいけど、そこってひょっとしてものすごくレベルが高いんじゃないの?」
「そこだけじゃなく行くつもりだけど」
「母が車で見に行こうと言ってるし、今日は夕食を一緒にする予定じゃない」
「ああ、そうだったな。その話を聞いてからにしようか」と言われてうなずいてから、
「そうしましょう」と言いなおした。
「その辺、使い分けろよ。家に帰ったらまた英語に戻そう。夕食の時は日本語で」と言われて、
「了解」と笑った。

 家に戻って、霧さんたちはまだ帰ってなかった。
「☆バスケしに行こう」と言われて、
「え、Where do you do?」と聞いたら近くの公園に一緒に連れて行かれた。
「バスケゴールがあるね」
「こっちって野球も人気あるけど、バスケも人気あるの。学校帰りによくやった」
「それで上手だったんだ?」と驚いた。
「このバスケのゴールペンキの塗り方が手作りっぽいな」と半井君が笑った。
「こっちってさ、なんでもバザーと手作りで済ませるんだよ。DIYもね」
「DIY?」
「ペンキ塗ったり塀を直したり、家の修繕を自力でやる。時間を掛けてね。これも作ってたら笑えるよな」
「それはないでしょう?」
「ボランティアも参加しないと地域に溶け込めないからな。差別が少ない地域だと歓迎されるけど、黄色いやつと言われたらほっといて逃げろよ」と言って、庭に転がっていたバスケのボールで遊んでいた。
「庭に普通にバスケのボールが置いてあるところがすごいね」
「これぐらいは普通だ」とうれしそうにドリブルしてからシュートしていて、
「ほら」とボールを投げられて、
「なに?」と驚いたら、
「やれ」と言われてしまい、
「しょうがないな」と言いながら、渋々シュートしてはずした。
「ちゃんとやれよ」と笑いながら、しばらく体を動かしていた。
 家に戻ったら、久仁江さんが命令口調で鞄を運ばせていて、人のいい外人さんが、笑いながらこっちを向いた。
「それぐらい自分でやれよ」と半井君が途端に機嫌が悪かった。
「だって、安かったから、いっぱい買い物をして」と久仁江さんが言ったため、
「やっぱり」と呆れていた。
「完全に観光と間違えてるよ」と言いながらピーターさんに英語で挨拶していた。
「こっちが詩織」と私に言われて、頭を下げようとして、慌てて握手に切り替えた。相手が人懐っこそうな顔で笑ってくれて、
「よろしく、詩織。お母さんから何度か話は聞いています。彼女もボランティア活動で何度かいっしょでした」とかなり綺麗な日本語で言われてびっくりした。
「お上手ですね」
「これでも勉強して一年です」
「え?」
「まだまだ、勉強中。柔道したいから、日本に行きます」と笑っていて、素敵な人だなと思った。
「ピーター、これ運んでよ」と霧さんが家から出てきて、
「あー、お帰り」と明るく言ったため、
「お前、ボランティアでやってもらっておきながら、何を言ってる」と半井君が怒った。
「えー、ピーターは『いいよ』と言ってくれたよ」
「駄目だ。自分で運びなさい。ピーターさんすみません。わがままで疲れたでしょう?」と半井君が聞いたら、
「いえ、とても楽しかったし、いい時間が過ごせました」と笑っていて、
「ほら、そういうじゃない」と霧さんが笑ったため、
「社交辞令を真に受けるな」と怒っていた。
「いいえ、日本のこといっぱい教えてもらいました。とても楽しかった、キチョーだったですよ」とピーターさんがうれしそうに笑いながら荷物運びを手伝っていた。

「いったい、いくら買ったんだ?」と半井君が聞いたら、
「え、だってさ。せっかく車で来てるから買わなきゃ損だし」と久仁江さんがうれしそうで、
「肝心の人探しは?」と聞いたら、
「見かけたことあるけど、分からないからさ。後で電話してくれるってさ。だから、暇だからビーチに行って買い物して」
「おい、なんだよ、それは」と半井君が呆れていた。
「篤彦の作ってくれたプレート持って探したけど何軒かカフェを回って疲れちゃったから、お茶飲んでたら、ビーチに行きたくなって、それで店の人に頼んだんだってプレートを元にポスター描いたら貼ってくれて。電話番号と『kiriko akutagawa』って名前書いておいたし」と軽く言ったため、
「やっぱり」と呆れていた。
「電話ってどこに連絡するんだよ? まさか、日本か?」
「ここの電話番号」と霧さんが言い切ったため、
「バカ。そういう事を軽く教えるな。お前、まったく、警戒心もないんだな。ここの家に迷惑を掛けるなとあれほど言ったというのに」
「いいじゃん。疲れちゃったし。きっと見つけてくれるよ。教えて貰ったお店に行ったらさぁ。『最近、来てないよ』と言われちゃったけど」
「お前、呆れるぞ。最近来てないって事は引っ越したかもしれないだろう? それに、そこに住んでいたのは分かってるってことじゃないか」
「別人かも知れないって言ってた。似てた人なら、ちょくちょく来てたってさ」と霧さんに言われて、
「お前に言っても無駄だな」と半井君が行ってしまった。
「疲れちゃったねえ」と久仁江さんと言い合っていて、
「お風呂入ろうか、また、泡泡しようよ」とはしゃぎながらうれしそうに言い合っていて、反省はしてないなと思った。

「悪かった。迷惑掛けることになるな」となぜか半井君が謝った。半井君の部屋に移動して話していた。男性の部屋だから、ドアは開けたままにしておいた。
「でも、半井君のせいじゃないし」
「電話番号も気軽に教えていいものじゃないぞ。アメリカって色々な人種がいるから、危ないことも多いんだよ。フレンドリーで話しかけやすいからって油断していると危ない目に合う。日本人は特にね」
「どうして?」
「背が低いしね。地域によっては反日感情を持っている人たちだっているってことだ」
「そうなんだ?」
「あいつら、そういうこともガイドで読まずにいたようだ。注意しておけばよかった」
「でも、もう教えてしまったんだし」
「何を言ってるんだ。訳の分からないやつから、いつ電話が掛かるか分からないし、それをあいつに知らせるって事はおばさん、園絵さんに迷惑を掛けることになるって事に気づいてない。図太くてしたたかだから性格だけはこっち向きかもな」
「そうなの?」
「こっちは大雑把。女の子は男がいっぱい声をかけるのを知っていて平気でじらす。そういうのでのらりくらり、男友達がいっぱいいてもその中からゆっくり選ぶ。デートの誘いもいっぱい受けるし」
「ふーん、そうなんだ」
「お前、関係なさそうに聞いているな。さっきだってナンパしてただろ」
「ああ、あれはだって」
「そうじゃなくて、俺の友達の方だ」
「ナンパなんてしてないじゃない」
「しっかりかわいいからと言っていた。ああやって会話の中に挟んでそれとなく気分をよくしながら接近するのがあいつの手」
「へぇ、社交辞令だと思ってた。半井君と真逆でこっちに染まってるんだろうなと思ったから」
「お前って、意外とそういう部分は真に受けないんだな?」
「好みの問題じゃないの? あの人が海星中学にいるとしたら、戸狩君と結城君を足した感じに見えた。だから、そういうのが好きなタイプには良さそうだね」
「そうか、お前って、堅いのかもな。なら、いいけどね。いっとくが簡単に引っかかるなよ。こっちの女は簡単にオーケーしないからな。それを何度もアタックするんだよ。ところが日本人の女は誘われたら行かないと悪いと思うらしくて、軽く見られてね。それで簡単に深い関係に」
「おーい」と耳をふさいだ。
「聞けよ」と腕を取られてしまい、
「大事なことだ。お前のために言ってるんだ」と真剣な顔で言われてしまい、
「大丈夫。彼氏がいるから」と笑ったら、困った顔をしてから、
「離れたらおしまいになるぜ」と寂しそうに言われたけれど、
「素敵な思い出は残るもの」と笑ったら、
「お前のその気持ち、あいつには分からないだろうな。説得できるとは思えないな」
「そう言われても、困る」
「あいつにしてみれば、お前の面倒を見る事を義務感でやってるところがあるな。そんなの恋人と言えないさ。だから、お前が離れるのをあいつの方が」
「やめて。そういうことは話し合うから、だから」
「お前とあいつは合ってないよ。幼馴染と言うだけなら付き合わなければ」
「それだけで好きになると思う?」と聞いたら、
「ふーん」と気に入らなさそうだった。

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