一緒に夕食

 夕食は早めになった。サマータイムがあるため、かなり外が明るくて、
「いつ来てもいい家ですね。うらやましいわ」と相手のお母さんが笑っていた。明るくて、綺麗で英語も綺麗な発音だった。
「久実さんは今年で何年目だったかしら?」と母が聞いた。高校生の女の子と中学生の男の子の兄弟で、男の子は霧さんに興味津々でそちらとばかり話していた。
「中学の時に来ましたから、まだ、2年経っていませんよ。でも、そのうち日本に戻らないといけないと思うと凄く残念で」と高校生の女の子がはきはき答えた。明るくてお母さんに似て綺麗で、優等生と言う感じに見えた。
「勉強も中々大変なようですわ。日本人学校より、現地校での体験が将来に役に立つからとそちらを選択しましたけれど、最初は戸惑って、宿題でさえ家庭教師をつけて」と言ったため、驚いた。うーん、大変そう。
「お母さんが大げさだから。日本にいたときからお父さんの仕事のことがあるからと英会話スクールに通っていたから、少しは大丈夫だったわよ」と久実さんが明るく笑っていた。
「本当に困りますわ。学校は大変ですもの。小学生ならまだしも中学ですからね。問題が多くない地域を選んで引っ越しましたから」うーん、大変なんだ。
「それはあるかもしれないわね」と母が言って、
「あら、こっちの学校素敵だから、いいと思うわ。でも、のんびりしてるけどね。もっと田舎の高校だとあまり勉強しない人も多いらしいから」と久実さんが笑っていた。

 食事を終えて、コーヒーを飲む時にソファに移動して話を聞いた。
「通ってるのは公立だから、レベルは高くないわ。日本の高校とそう変わらないと転校してきた男の子が言ってた。勉強時間は日本の方が多いけど、システムが違うの。宿題とテストが多いから、それを提出しておかないとね。遅刻も駄目。罰当番で掃除させられることもあるからね」
「そうなんですか?」
「学校に問題は?」と、半井君が聞いて、
「それほどはないわよ。比較的裕福な人が多いからね。慣れればいいと思うわ。日本人が多いから、こっちの人と話さないでいる人もいるぐらいよ」半井君が言ったとおりなんだ。
「でも、あそこはそこまでに人種差別はないわ。そういう部分でおおらかよ。そこは助かるの。明るく受け入れてくれるから、自分から話しかけたり、一緒に宿題をやろうと言えば、受け入れてくれる人が多い」
「受け入れないタイプもいるんだな?」と半井君が聞いたら、
「それは日本と同じ。性格だって違うし、考え方だってね。意見は自分から言う人が多くて、日本と違って授業では発言しないと陰が薄くなっちゃうから、みんな必死よ。そういう授業もあるけどね」
「丸暗記のテストとかは?」
「ああ、それはあるけどね。宿題が多いからね。成績は大事だから、色々、日本と違うからね」
「英語補習クラスはどうですか?」
「ああ、それはあるけど、そういうのだけじゃ無理よ。みんな塾に通ったり土曜日や授業が終わってから勉強してるわ。そういうのを利用して早く覚えようとする人は、溶け込むのも早いから、私もさすがに付いていけないから必死で覚えたから」
「そうですか」
「でも、楽しいわよ。のんびりしてるからね。部活動もシーズンがあるからね」
「シーズン?」
「季節ごとに違うクラブに所属している人もいるし、ボランティアに参加する人もいるから、そういうのは周りに聞いてみたらいいと思う。自分で調べて聞いていけば教えてくれる人も多いわ。それから、発音は最初は気にしなくてもいいわよ。むしろ、笑ってくれるの」
「笑う?」
「大雑把で、そういう部分も笑ってくれて受け入れてくれる感じでね。日本と逆。日本だと出来ない生徒をバカにするでしょう? そういう人も確かにいるけど、結構笑ってくれて、それでもめげずに話していけば大丈夫だからね。だから、がんばって」と言われて、日本とかなり違うなぁと聞いていた。
「シェルマット・ランプトンかファーマス・イーツに行っている知り合いはいませんか?」と半井君が聞いた。
「ああ、私立ね。いたかもしれないけど、普通は公立か日本人学校だから、私はいないわ。ごめんなさい。もしかして、そこを狙ってるの? 入学するのにテストがあるはずよ。英語が出来ないと大変だし。英語が母国語じゃない人用のクラスはあったかどうか」
「ああ、俺、こっちに住んでいたから中学まで」
「ああ、そうなんだ。母は詩織さんのことは教えてくれたけれど、あなたの事は聞いてなかったから。でも、大変だと聞いたことが」
「分かってますよ」
「大学は上の学校でも狙ってるの?」
「ええ、考えてはいますけどね。日本の学校から留学するより、そっちの方がいいかと考えて、俺、国語が苦手で」と半井君が笑ったら、
「そうか、その辺が同じなのね。私もエッセーが苦手」
「ああ、あれね」
「でも、何とかこなしているわ。日本に帰ることになるかもしれないけど、こういう時間も大切だと思うからね。将来にきっとつながっていくと思うから」と強く言われて、しっかりしているなと思いながら聞いていた。

「きっと、楽しいと思うわよ」と一通り説明してくれて、
「ありがとうございました」と笑ったら、
「笑顔は大事よ。敵じゃありませんって事を示さないとね。郷に入っては郷に従えの精神よ。友達は留学生が多くなるかもしれないけど、アメリカ人にも話しかけてね」と言われて、
「はい」と答えた。
「そうね、返事は大事。どちらでもいいから意思表示をしないと困るみたいよ。私もその部分は意識して使っていたからね」
「そうしてみます」と言っていたら、
「霧ちゃん、遊ぼうよ」と中学生の男の子がしつこく誘っているのが聞こえた。結局、彼とはほとんど話していなくて、
「やめなさい。何度言ったら、分かるの」とお母さんが怒っていて、
「ごめんなさい。弟はこっちに来るのは嫌だったみたいでね。すっかり、あんな風になってしまって。落ちこぼれるととことん落ちこぼれるからと何度言っても聞いてくれない。英語もまともに話せないのに、将来のこともいい加減なの」と久実さんが困った顔をしていた。

 彼らを見送ってから、
「さっき言ってた学校に行くの?」と半井君に聞いた。
「ああ、あの二つのどっちかに行きたいと思っているよ。知り合いがいて、その人の話を聞いていたら、良さそうだからね」
「そう。大変みたいだね」
「お前とそう変わらないさ。勉強時間はお互い多いかもな。決めたのか?」と聞かれて、
「一応」と答えたら、
「返事があいまいだな。どっちかハッキリしろ」と怒られて、
「じゃあ、保留」と答えたら、
「お前、日本語使うと性格が戻るぞ」と呆れられてしまった。居間に戻ったら、
「フフ、友達ゲット」と霧さんが笑っていて、
「お前って、呆れるよ。中学生と話していても仕方ないだろう? 大して収穫がなさそうだ」と半井君が呆れていたら、
「えー、クラブに一緒に行こうって」
「おい、未成年がいけるわけないだろう? 酒とか飲ませるところはID提示が求められるし」
「ID?」と霧さんが聞いたら、
「そう、年齢を確かめられることもあるからね。IDがないと不便だぞ」と言われて、
「へぇ、そうなんだ?」と霧さんはのんびりしていて、
「疲れちゃったからベットで寝てこう。篤彦、あとで来てね」と誘っていて、
「行かない」と怒っていた。霧さんはさっさと階段を上がって行ってしまい、
「あいつは浮かれ気分だな。何のためにここに来たか忘れているようだ」
「でも、見つからなかったのなら」
「目いっぱいの時間を使って見つけようとしているなら、怒らないさ。ボランティアで車まで出してもらって、結局、遊んでいるじゃないか。どう考えても真剣じゃないぜ。もっと、強く反対しておけば良かったよ」
「でも」
「詩織はあいつに振り回されるなよ」と日本語で言われて、
「え?」と驚いた。英語の時はファーストネイムで呼ぶのが普通なので抵抗がなかったけれど、さすがに日本語だったので驚いたら、
「いい加減、もう呼んでもいいだろ。友達なんだし」友達?……と首を捻っていたら、
「冷たいやつ。ひょっとしてあいつに遠慮しているのか?」
「誰?」と聞いたら、
「お前に聞いたのが間違いだった。部屋に戻ろうぜ。明日は早く出るからな」と言われて、
「分かった」と言った。階段を上がって自分の部屋に行こうとしたら、
「Wait.」と言って、手を引っ張られた。
「あれ!?」と体勢を崩してしまい、それを抱きとめてもらって、顔が近くにあったのでドキッとしてしまい、顔をそらしたら、
「Good night.」と言って、頬にキスしてきて、
「きゃあ」と慌てて避けた。
「こっち式の挨拶を教えているだけ」と言いながら笑っていて、
「半井君って、きっと、あの人と同じだったんだね」と睨んだら、
「さあな。知りたかったら教えてやるよ。部屋で待ってるから」と言われて、
「ないもの。ありえない」と言って、さっさと部屋に戻った。

「ねえ」とノックもせずに霧さんが部屋に入ってきて、
「鍵締めようと思ったのに、いきなり来るな」と半井君がベットサイドに本を置いた。
「どうして、詩織にキスしたの?」と霧さんに聞かれて、
「お前、見てたのか?」と聞いた。
「挨拶とかなんとか言って、私にはしてくれたことがないよ」と拗ねていて、
「悪いけど、遊び半分で来ている女とはしないね」と半井君が素っ気無く言った。
「悪かった。ごめん、浮かれていて、お母さんに会えるかもと思ったらうれしくて」
「その割にはあれだけの買い物してきて」
「だって、お母さん強引なんだもの。それに飽きっぽいからね」
「似たもの親子だ」
「明日こそ探すよ」
「どうやって行くんだよ?」
「バス乗り継いで行く」
「無理だ。お前たちは観光してろ。現地ツアーでも手配してもらっていけよ」
「篤彦、どうして冷たくなったの?」
「お前の真剣さが足りないから」
「ごめん。反省してるよ」
「してない。お前はそういう部分でしてないよ。何とかなると思っている精神はいいけど、その後が困る」
「ごめん」
「戻れよ。明日早いんだ」
「じゃあ、一緒に」
「お前、呆れるぞ。ここは詩織の実家なんだ。わきまえろ」
「じゃあ、帰ったらいいの?」と聞かれて、
「お前とは無理」
「いいじゃない、それぐらい」
「無理」と言って、ベットから起き出して、
「出てけよ。おとなしく寝ていろ。大体、お前のお母さんはどうしたんだ?」
「いびきかいて寝てる」
「ふーん、じゃあ、お前も寝ろ。お前たちは好きなだけ観光して大人しく帰れ。これ以上は面倒をかけるなよ」と言った半井君のパジャマを引張って、無理やりキスしようとして、
「やめろ」と跳ね除けられていた。
「どうしてよ? 前はしてくれたじゃない」
「お前が勝手にしてきただけだろう?」
「いいじゃない」
「お前の恋人達はそれでその気になったのかもしれないけどな。俺には無理」
「詩織の方がいいとか言わないでよ」
「お前もあいつらと同じだな。詩織はそういうんじゃないよ」
「じゃあ、なによ」
「懐かしいだけだよ。あいつ、見てると昔を思い出すんだよ」
「昔?」
「あいつに似ていた女がいただけ。お前とは違うから、出ろ」と命令されて、
「恋じゃないね?」と霧さんが睨んだら、
「ないよ。ノスタルジーだ」
「ノストルダモス?」
「全然違うし、人の名前っぽくするな。お前の言い間違いは天才的だな。だから、クラスで笑われるんだよ。ほら、出ろ」と言われて、霧さんは渋々部屋の外に出て行った。

 部屋でぼんやり考えていた。色々聞いた結果、もう答えは決めてあった。半井君も決めているようだ。拓海君にどうやって説明しようと考えていた。説得するにしても、納得してくれるだろうか? 父とおばあちゃんと離れる事になるけれど、助けてくれる人は少なくなる環境。ホームシックに絶対に掛かるだろうな。半井君の言うとおり、戻るつもりがないという覚悟が私はなかった気がする。どこかで、駄目だったら戻ればいいという、甘い考えがあったのかも。霧さんとそう変わらないな。霧さんはなぜか浮かれ気分だった。初めて会った時の方が、真剣だった気がする。本を読んで私にも貸してくれていたのに、頼る人がいる環境だから、甘えが出てきてしまったんだろうか? 
 やらないといけないことが山ほど出てくるなと考えて、母にお願いしないといけないことが山ほど出てきたなと思った。授業に付いていけるように準備しないといけない。色々あるなと考えていた。


きまぐれ

 次の日は朝早くから起きて、母とジェイコフさんには手紙を残してき、朝食は簡単に済ませてから出かけた。
「不思議だね。日本だとホストファミリーなんて引き受ける人なんていないと思う」
「教会や知り合いから頼まれるようだし、自分ができることは引き受ける人が多いかもね。日本ではボランティアはしてないみたいだな。こっちは、そういうので支えられているんだよ。誰もがやってるから違和感がないな」
「そんなにやっている人がいるの?」
「多いだろうな。そういう団体が募集していて、やってたやつも多い」
「半井君は?」
「いい加減、篤彦と詩織で呼び合えばいいだろう?」と言われてしまい、困ってしまった。
「ここまで話してきて、遠慮してもしょうがないだろう?」
「そうだけど」
「そういうことで、篤彦と呼べ」
「抵抗が」
「お前って、霧とつくづく反対だな。まぁ、いいや。呼べよ。さっきの質問の答えだけど、俺もやってた。周りも結構な割合でやってる。そのほうがいいからね」
「そう」
「お前も何かやれるようにしていけよ。日本人でもできそうなものを紹介してもらえ。そのほうがいいと思う」
「分かった。そうする」
「こっちに来ると、俺、ほっとするな」
「そういうものなの?」
「俺は転々としてたけど、ここが一番長いから」
「どこにいたの?」
「ヨーロッパにもいたよ。こっちに来て、違いがあるからな」
「そんなに違う?」
「ああ、話しかける人数が違う。話しかけやすさも違う」
「そうなんだ?」
「日本のことは覚えていないことが多いよ。小さかったし、母親と過ごした記憶だけは残ってるけどな」
「そう」
「優しい人だったよ」
「そう」
「お前って、ホットケーキとか作るか?」
「何、突然?」
「今度作ってくれよ。どうせ、特訓しないといけないから、ご飯作ってくれ」
「え?」
「当たり前だろう? 久実さんに言われただろう? 準備しないとな。アメリカの歴史とかやってないだろうから、やっておいた方がいいぜ。そういう準備をそばでやらないと困らないか?」
「そうだけど、半井君だって、準備が」
「いいさ。ついでだしな。一人でやるよりいいと思う」
「霧さんは?」
「あいつは無理だ。まともに英会話なんて覚えないぜ。別のやつに教えてもらったほうが早いだろうな」
「そう言われても悪いよ」
「遠慮はしなくてもいい。あいつとは恋人にはならないさ」
「え、だって、キスしたんでしょう?」
「よけいな事を言うやつだよな。してないよ。向こうからされただけ。挨拶代わり」
「そういうものなの?」
「お前ともしていかないとな。馴らしていかないと」
「だめ」と昨日の事を思い出してうつむいた。
「つくづくうぶだ。手を握っただけで動揺して、山崎としてないようだな?」
「ノーコメント」
「まったく……やっぱりね。お前らって幼馴染のままじゃないか? かわいい付き合いだな」
「いいの。碧子さんが言っていたの。人にはそれぞれ進むペースがあるって。牛でもカタツムリでもいいって」
「へぇ、いいこと言うな。あのお嬢さん、見かけによらず芯が強そうだ。あの男も嫌っているようだな。どうなるか見ものだ」
「他人事だと思って、本宮君、きっと碧子さんが見てたから、オーケーしたみたいだよ」
「こっちの女が使う手だぜ。昔あったな。本命をじらすためにわざとオーケーしたみたいに言うけど、日にちは決めないんだよ。都合が悪いからと言って、結局断ってね。俺、そういう女は苦手だ。駄目なら駄目、いいならいい。はっきりしているほうがいいね。下手に駆け引きするやつは苦手。日常ならそういう駆け引きはしても、恋愛にそれやられると引くね」
「へぇ、意外だね。慣れていると思った」
「相手から結構誘われる」
「年上が多いんだっけ?」
「そういうのに囲まれていた環境だから。俺から誘ったのは一人だけだな」
「え、そうなの?」
「親があれだから、恋愛に冷めてたところがあるからな」
「そう」
「色々、あるさ。お前も俺も霧もね」と言われてそれ以上は聞かなかった。

 バスを乗り継いで、降りてから歩いていた。
「日本じゃ、お参りってあまりしないらしいな」
「そうだと思う」
「神社に行って、寺に行って、異教徒なのにクリスマスとバレンタインをするのはおかしいぞと怒られたことがあるな。友達が言われたらしくて」
「そう言えば、そうだね」
「クリスマスは教会に行くし、家族と過ごすし。日本って違うだろう?」
「ケーキとご馳走を食べるらしいね」
「お前はしてないのか?」
「おばあちゃんが手作りで作ってくれた程度。プレゼントなんてもらったこともない」
「え?」
「父親は家にいないもの。家で寝ているだけ。会話すらしてなかったかも。進学や進路の話なんてしたことがなかった。お金の用意をしてないのも母に言わせれば怠慢だって」
「さすがに俺の父親だって、金ぐらいは用意してあると思うぞ。学校と親が相談するのはあるからな」
「ああ、そういうのもね。あまりしてない。保護者会なんて来たこともない」
「親として問題があるな。それじゃあ、お母さんのそばの方がいいかもな。家事もしてるんだろう?」
「私ね。そういうことも良く分かってなかったのかもしれない。家事をして目の前の事をこなす事で精一杯だった。部活も友達も勉強でも要領がよくなくて。母親がいると違うのかな?」
「久仁江さん見てれば分かるだろう? 教育熱心な親もいれば、放任主義もいるさ。俺もどちらかと言うとほったらかし。爺さんと側近が俺の心配をしてくれて、そっちと相談してきたよ。日本に帰ってくるのもそれが目的だったから」
「え、そうなの?」
「俺も母親を小さい時に亡くしているからな、お前と同じかもしれない。ああ、こっちだな」と学校の中に入ろうとして、学校関係者が近寄ってきて、まくし立てるように怒り出したため、半井君が英語で説明した。怒っているようなので心配だったけれど、途中で態度が変わっていて、彼と離れてから半井君が説明してくれた。
「怒ってたんじゃないの?」と聞いたら、そうでもなかったらしい。
「お互いに言い分を言い合って、ああやって交渉するのは普通。簡単に謝ったりしないんだよ。慣れろよ」
「ふーん、なんだかびっくり」
「授業でも討論会もあるぞ。結構、言い合うこともあった。成績にだって関係あるからな」
「え、そうなの?」
「日本と色々違うけど、全部が積極的な人ばかりじゃなかった。日本人と同じだよ。性格なんて違うし。田舎から来た転校生はかなりのんびりしていて、勉強もしてなかった」
「え?」
「日本の勉強より遅れている地域もあるからな。受験の時に重要だから、プレップに行くんだよ。ただ、卒業するのも大変だけどね」
「そうなんだ?」
「慣れだと思うよ。日本の数学はレベルが高いと聞いていたから勉強したけどな」
「そうなの?」
「俺も日本に来ることがいきなり決まってね。その前も自力でやってはいたけど、さすがに心配になって駐在員の子どもが置いていった問題集借りて勉強してた。国語は無理だったけどね」
「そうだったんだ? 英語と数学はできるんでしょう?」
「それなりにやったからな。でも、やっぱり国語は苦手、エッセー書いたほうが楽」
「エッセー?」
「作文みたいなものかもな。宿題で書かせられる。お前も帰ってから特訓しよう」
「え?」
「準備を今からやっておいた方がいいだろう。英語の技能試験の勉強もしてるだろう? 受けるんじゃないのか?」
「母に言われたのは申し込みをしておいた」
「俺も必要になりそうだ。それも一緒にやっておいた方がいいだろう」
「半井君もやらないといけないんだ?」
「俺の場合はお前より、色々やらないといけないかもな。ああ、あっちだな」と建物の入り口に向かった。

 中に入って、職員らしき人の話を聞いても分からなくてそばに付いているだけだった。何か、書類とパンフレットを渡されていて、お礼を言ってから、外に出た。
「私立だと成績不良で退学はあるから」
「え?」
「そういうところはあると聞いているよ」
「そう、大変そうだね」
「寮は夏休みなどの長期の休みは出て行かないといけないってさ。おばさんに頼まないとな」
「日本に帰るんじゃないの?」
「爺さんのところには行くけど、親父のそばにはいかない」
「え、どうして?」と聞いたら、黙ったあと、
「お前に嘘ついてもしょうがないよな。この間はああ言ったけどな、親と一緒にいるのが苦痛の時があるから」
「そんな……」としか言えなくて、言葉が浮かばなかった。
「いいよ、そんな顔をするな。俺もこっちにしたいと思ってるからな。進学の事を考えたら、日本よりこっちの方がいい成績が取れるだろうと思う」
「え、そうなの?」
「これでも、こっちではできたからな。あいつも言ってただろう? お前なら大丈夫ってね。ペーパーも結構点数が良かったし、その他、日本人の割にはできた方だと思う」
「そう。じゃあ、こっちの方がいいね」
「日本の学校がどうもなじめないね。爺さんは慣れろとか、そういう環境でもやっていかないといけないと怒られたけどな。女のああいうのを見てるのが苦痛。巻き込まれたくないのに、どうしても巻き込まれちゃうんだよな、俺」
「どうしてかな?」
「つい、言っちゃうからだろうな。見過ごせばいいのに見過ごせない。前園とか一之瀬とか、どうも駄目だ。こっちは悪口って言わないからな。本人に直接言う」
「え、そうなの?」
「お互いに意見を言い合うからね。陰口叩いて、先生に注意受けていて、ボランティア活動に参加させられていたやつがいたな」
「違うんだね?」
「サーフィールズはそうだった。地域によっても違うかもな」
「サーフィールズ?」
「比較的日本人が多い地域でね。駐在員も多いし、栄太のように親が日本人相手の商売をしていて、成功している人とかが住んでいるよ」
「そうなんだ」
「お前のお母さんが住んでる。ガーランドヒルズとは違うさ」
「どこが?」
「ガーランドは比較的裕福で、日本の大企業のオフィスも近くにあるから駐在員の子供も多いようだけど、裕福な人が多いとそれだけ学校も違ってくるって話」
「そんなに違うの?」
「サーフィールズは人種が色々いたよ。アジア系が多い」
「そう」
「だから、一部に嫌われていた」
「え?」
「戦争関係で反日感情がある人種がいるからだよ。仲良くなったやつもいたが、最後まで合わなかったやつもいたな。そういうこともあるって話だ」
「そうなんだ?」
「日本は島国で外人なんてめったに会わないみたいだけど、こっちだとゴロゴロいるからな。危ない地域があるから、気をつけろよ」
「それは母に何度か言われたけど」
「もう一つのほうに移動しようぜ」と言われて、半井君が地図を広げていた。

 もう一つのほうは、広大な敷地に立派な建物が建っていた。
「金持ちの学校って感じ」と感想を述べたら、
「ここは校風がいいんだよ。さっきのところより新しい代わりにアットホームな感じだと聞いたな。みんな仲がいいんだってさ」
「母のパンフレットの一つにあったところかもね」
「ふーん、こっちは勉強はさっきのところよりは厳しくないからな。その代わりフォローもちゃんとしてくれる。授業料も高いらしいが、設備が整ってる」と説明しながら近づいた。中に入ろうとして、ちゃんと受付の看板もあった。
「あっちみたいだな」と指差して、そちらに移動したら、学校の職員らしき人がいて、今度はものすごく丁寧に対応してくれた。にっこり微笑みながら丁寧に説明していて、お礼を言って、
「あっちだってさ。受付もしているそうだ。ここは友達が来てるんだよ。中学からね」
「中学もあるの?」
「そうだよ。こっちの学校ってバラバラでね。中高一貫教育もある」
「日本と同じなんだ?」
「そうだよな。その後の進学率が、向こうの方が上だったのが、こっちも上がってきてるって話だ。俺としてはこっちに進みたいから」
「そうランプトンだっけ?」
「そう。新しくて設備も充実。クラブ活動も盛んで、楽しいと聞いた。向こうの方が勉強が厳しいからな」
「そう、母にもらったパンフレットは読んだけど、英語だったし。日本語の説明も入ってたけど」
「母国語が英語じゃない人たちのクラスがあったはずだぞ。プレップでもその辺は違うみたいだな」中に入っていき、ちゃんとプレートがあって、どっちに行けばいいかが分かるようになっていた。
「すごいね」
「ちゃんと行き届いているようだな。友達の話だと環境としてはいいと言ってたよ。ただ、学費が高いからな」
「それ以外にも掛かるんでしょう?」
「寮に入るのがほとんどだからな。遊びに行くようなところはなさそうだぞ」と言われて、確かにのんびりした風景だったなと思い出した。
「図書館もここにはいいのがあるようだし、本屋とかは充実してるといいけど」
「そうだね」
「お前もこっちにするか?」
「えー、無理だよ。学力が無理。幼稚園程度の英語だと言ったのは半井君だよ」
「篤彦と呼べ」と言われて、困っていたら、
「もっともこっちの友達は、ナカって呼んでたけど」
「なんで?」
「篤彦ってジェイコフさんも呼びにくそうだっただろう? だから、アッキーと呼ぶやつが出てきて、ナカに変えさせた。どうも、アッキーは苦手」
「どうして、かわいいじゃない?」
「俺には明るすぎるって、栄太達が笑うんだよな。だから、半井から、ナカにしてもらっただけ。でも、ほとんどが、アツか篤彦と呼ぶんだよな。日本人の友達はね」
「ナカ、よりアツのほうが呼びやすいかも」
「じゃあ、そう呼べ」
「無理。恥かしいよ」
「お前って呆れるな」
「どうかしましたか?」といきなり日本語で、少し離れたところからアメリカ人の人に聞かれて、
「☆ああ、見学です」と英語で半井君が答えていて、相手が笑っていて、
「どうぞ、こちらへ」と綺麗な日本語で手招きしていた。
「☆日本語が出来るんですね?」と半井君が英語で聞いたら、
「☆ええ、僕は日本に住んでいたことがありますから。そういう理由で日本人もここに来ています。もう一人、日本語が出来るスタッフがいますから安心してください」と英語で説明したけれど聞き取れなかった。
「☆他の言語もそうですか?」と半井君と話し始めて、私は黙って隣にいて、聞いていた。

 丁寧に説明してくれて、コーヒーまで出してもらって、半井君の質問にもちゃんと答えているようで、すごいなと思いながら聞いていた。お礼を行ってから、そこを離れた。
「ここって、すごいね」
「ああ、さっきの人もそうだけど。留学生に対してもきちんとフォローしてくれるようだな。移民の国だから、そういう部分も対応していこうとしているようだ。日本人も何人か来ているそうだ。安心だからだろうな」
「え、どうして?」
「遊び場が少ないからだよ。ダウンタウンのそばだと、誘惑が多いから、親がこっちの方が安心だからと言う理由で入れているのかもな」
「お金持ちしか無理だろうね」
「それも理由の一つだろうな。こっちはセキュリティにお金を使うからね」
「え?」
「銃やナイフを持ち歩いているような国なんだよ。日本と違う。もっとも、一部以外なら、そこまで警戒しなくてもいいかもな」
「いいところみたいだけれど、うちでは無理だなぁ。お金が掛かりそう」
「お母さんがパンフレットくれたんだろう?」
「無理だよ。お父さんと交渉しないといけないもの。長い間一緒に住んでもいなかったお母さんに、あまり迷惑を掛けるのも」
「そうでもないんじゃないか? あのお母さんにしてみれば悪いと思ってるのかもよ。お前にね」
「え、どういう意味?」
「離婚したんだろう?」と聞かれてうなずいた。
「その話をしてくれたのも去年だったの。母がいきなり尋ねてきてね。私は生きていることも知らなくて」
「そんなに小さい頃に別れたのか?」
「小学校に入る前」
「え、だったら?」
「記憶を消されていたの」
「突拍子のない話だな」
「私も良く分からない。そういうことができるみたいだけど、母と別れて父とも離れて暮らすことになって、状態がおかしくなってね。やむを得ずの選択だと言われたの。母は私の事を心配してくれて、留学を薦めてくれたから」
「そうか」
「私はそれまで何も考えてなかったけれど、片親だとハンディがあるって母に言われた」
「日本だとそうかもな」
「母も同じだったんだって。就職とか苦労したみたい。英語が話せたから、今の仕事に就くことができて、こっちに住んだ。それが離婚原因だと聞いたけど」
「そうか」
「母がどう思ってくれているのか分からないけれど、私は、母と暮らしたいからこっちに来たい訳じゃないの。あのまま日本にいたら、きっと」
「ああ、昨日言ってたな。山崎にちゃんと説明しろよ」
「説得しないといけない人が3人いるの。父とおばあちゃんと拓海君。どれも凄く大変そうだ」
「父親は人のことは言えないんじゃないのか?」
「そう言われても、父には困る事が増えるよ。家事も食事の支度も自分でやらないと。母はおばあちゃんと同居すればいいと怒ってたけど。余程、別れる時に何かあったんだろうね」
「そうだろうな。分かる気もする。俺のところもすさまじかった。金が絡むと女って怖いから」
「そう」
「家族だった人が別れるんだ。大変だよな。親父があの人とどうして再婚したのかが謎でね。美人で派手だったけど、俺の好みじゃないからなぁ」
「美人はだめなの?」
「違う。美人は好きだけど、性格が合わないのは無理。こっちって離婚率高いのは知ってるか?」
「それは聞いた」
「同じクラスでもかなりの割合でいたから、そういうのはざらだったからな。俺の家もそれほど特別って訳じゃないからな。新しい母親、父親がいる家もあったからな」
「そう」
「お前もこっちにするか?」
「なにが?」
「ここの学校にするかと聞いている」
「無理。お金がない。それに目的の意味がなくなるよ。半井君を頼ってしまったら意味ないもの。こっちに来たら自分でやっていかないといけないね」
「そうだけど、どうしても心配になるんだよな。お前だとなんでだろうな? 懐かしいからかも」
「懐かしい?」と聞いたら、それには答えず、
「ご飯食べようぜ」と言われてうなずいた。

 近くのカフェで食事をしていた。こっちは何でも大皿だからちょっと心配だったけれど、それほど多くはなかったので安心した。
「学校で食べると日本と違うからな。ランチもアメリカ式だぞ」
「そう言えば言ってたね。お弁当の人は少ないって。みんなランチ食べるんでしょう?」
「太るぞ」
「えー、太るの?」
「確実に太る。ほとんどが太っていく。俺はスポーツもしてたけど、お前もやっておけよ。週末にテニスぐらいはしておけ。久仁江になるぞ」
「おーい、何も言えないじゃない」
「霧って、実の母親に似てるんだろうな。みんなが霧の母親を知ってて、親父さんが綺麗に違いないと言ってたよ」
「どうして言わないんだろうね?」
「さあな。前の学校で何かあったのかもな。かわいいとそれだけで妬まれるぜ」
「男子にあれだけ人気があるのに?」
「人気があるからだよ。俺も同じ。顔だけの男だってさ。気取ってるとか、いっぱい言われたぞ」
「ぶっきらぼうじゃない」
「だから、貴公子なんてあだ名を勝手につけて、イメージだけで判断してるんじゃないのか?」
「お金持ちの雰囲気はあるよ」
「ふーん、そうか?」
「私たち庶民と違うもの」
「ジェイコフさんはお金持ちだろう? あの家とか、あの辺りも土地代は高いんじゃないのか?」
「知らない。私のお父さんじゃないし」
「一緒に住むけど、大丈夫か?」
「お母さんの夫。そうやって接するしか出来ないよ」
「ふーん、お前って意外とそういうところはハッキリしてるんだな。もっと迷うと思った」
「選択肢が多くなければそうかもね。迷いようがないよ。お母さんに対しても淡々としてる。記憶がないから、ああ、お母さんなんだなと思うだけ」
「ふーん、そういうものか?」
「下手に昔の記憶があるよりいいと開き直る事にしたの。母は確かに私を置いて外国に行ってしまった人だけど、私の母だから。おばあちゃん、おじいちゃんに大切にしてもらったし、そちらも大事だけど、新しい家族って感じ」
「ふーん、意外だな。割り切ってるんだな」
「そう? 父とも関係が希薄だからかもしれない。一番大事なのはおばあちゃん、おじいちゃん、拓海君だから」と言ったら、気に入らなさそうな顔をした。
「そこにあいつを入れるなよ」
「だって、とても大切な人だから」
「ふーん。じゃあ、俺は?」と聞かれて、半井君の顔を見た。
「さぁ……」と言ったら、
「なんだよ、それ」と気に入らなさそうで、
「そういう顔をされても困るよ。知り合ったばかりだし」
「あいつとそう変わらないじゃないか。あっちも転校生だろ?」
「その前があるもの」
「幼稚園が一緒だった程度で言うなよ」
「違うみたい。いつも一緒に遊んでいたんだって。いっぱい思い出もあってね。彼の祖父母の家で一緒に遊んだらしいの。約束もしたようで」
「約束?」と聞かれて顔が赤くなった。
「何を約束したんだ?」
「よく知らないけど、多分……」
「なんだよ?」とにらまれて、
「いいの、そういうこともあって、ほかの人と親近感が違うの。最初から」
「最初?」
「彼を見ていると懐かしい優しい気持ちになったの。記憶がないはずなのに不思議だね」と言ったら、急に黙ってしまった。
「どうかしたの?」
「お前ってさ……」と言ってから考え込んでいた。
「珍しいね、そういう態度。どっちかハッキリしないと怒られるんじゃないの?」
「日本人の友達も多かったからな。でも、日本式になってる部分が多いかもな。こっちにいるとこっちに戻り、向こうに行くと向こうに染まるのかもな。俺もね」
「どういうこと?」
「切り替えるスイッチが出来る。英語で答える時は英語で考えて、日本語だと日本式で考える」
「そんなに違う?」
「かなり違うと思う。返事だって、日本だとあいまいにすることが多いし」そう言われたら、そうかもしれないなぁ。
「俺も日本人であり、アメリカに慣れているし、中途半端かもな。どっちにもなれない」
「え、どういう意味?」
「感覚だよ。アメリカの方が楽だけど、日本人の部分もあるってこと」
「なるほど」
「でも、お前も同じようになっていくかもな」
「ふーん」
「帰国子女って、海星だと珍しいだろう?」
「そうだね」
「俺は英語が話せたけど、現地校に通っていなかったり、日本人だけで固まって英語がそれほど上手じゃないやつもいるから、偏見もたれるんだってさ。帰国子女は英語が話せてかっこいいという期待感を込めて見られるからプレッシャー、と誰かが言ってたな」
「へぇ」
「中途半端になる場合があるからな。言葉もその他生活習慣も、日本人的な感覚も」
「感覚?」
「日本人って、和を大事にするみたいだし、そういう感覚がずれる。生意気だと取られることもある。俺はそういうのは気にしない主義だけど。中には結構気にするやつがいるみたいだな。日本に帰ってからも、大変らしいぞ。言葉や勉強でね」
「そうなの?」
「自分で帰る時期は決められないから、受験生がいる家庭だと日本に家族だけ残すケースも増えているってさ。そうなると夫は大変みたいだな。友達のお母さんがそういう人のためにお弁当を二人分作ってたし」
「へぇ、そうなんだ? 海外でも単身赴任なんだね」
「久しぶりに帰ると違和感を感じるんだって。大事にしてくれる訳じゃなくて、知らない人がやってきたみたいな扱いになるって」
「えー、それってちょっと寂しいね」
「俺も家族って良く分からないんだよ。親父は家を空けることが多かったし、2番目の母親が来てからは、家に訳に分からない人を連れ込んで、酒飲んでね。うっとうしいから部屋で絵を描いたり、勉強してたよ」
「そうなの?」
「親父の代わりにピアノを弾けって、客の前で弾かされる。やらないとうるさいから、1、2曲弾いて逃げるけどな。そういう生活だった」
「そう」
「お前だとどうして、こういうことまで話せるんだろうな」
「え、友達に言わないの?」
「言ったことがないよ。一人だけ、言ったことはあったけどな」とちょっと寂しそうな顔をしていた。黙っていたら、
「お前は山崎が初めてなんだろう? 恋人といえるかどうかは別にして」
「そうなるかな」
「ふーん。霧も多いみたいだな。クラスのやつも付き合ったことが一度もないとわめいていた。ああ、そう言えばあの変態会長は契約恋人だったっけ?」
「すごい言い方だね。そういうことになるね。ただ、師弟関係だったから」
「ふーん。あの人の噂はちょっとぐらいしか知らないけど、結構モテたらしいな」
「そうみたいだね。半井君もこっちでもモテたんでしょう?」
「モテたって言ったって、日本人を相手にする女は少ないぜ。それなり」
「そう? 霧さん、指折り数えていたよ」
「あいつならそうだろうな。海星でもラブレターは多かったみたいだぞ。申し込みもね。言いやすいからだろうな」
「あれだけ綺麗だもの。大人に見えたの。最初会った時、高校生だと間違えた」
「学校じゃなかったのか?」
「図書館で外国の本を見てたよ。その頃はあまりに綺麗だったから、さすがに話すのに躊躇した。もっと、大人っぽい人だと思ってたのに、どんどん印象が変わっていくね」
「あいつはそうかもな。一緒のクラスになってから、あいつにちやほやするやつが出来て、甘える癖がついたのか、それとも前からああだったのかもな。お前も山崎と離れた方がお互いのためだろうな」
「そうかもしれないね」
「男友達をいっぱい作ったらいいさ。俺以外にもね」
「ボーイフレンドって言うけど。日本の男友達とニュアンス違うの?」
「一緒」と言いながら笑っていて、
「じゃあ、挨拶の時に抱き合ったり、キスしたりするものなの?」
「ああ、あれね。そうだな。人による。こっちの人はやるけど、俺たちはしてなかったかも」
「じゃあ、別に練習しなくてもいいじゃない」
「免疫つけておいただけ」
「霧さんとすればいいじゃない」
「あいつさ。俺から見ると幼稚園児に見えるんだよな」
「は?」
「見た目じゃないよ。中身。駄々こねてるように見えてどうも駄目なんだよ」
「あれだけ綺麗で胸も大きいのに?」
「だから、ギャップがありすぎて無理。お前はもっと発育した方がいいよな。がんばれよ」
「人が気にしている事を」
「これぐらい、笑って済ませろよ」
「えー、無理」と怒ったら笑っていた。

 食事を済ませて、周りを歩いて調べていた。書店もちゃんとあった。
「品揃え考えると少ないかも」とぼやいたので、
「日本より遥かに大きいけど」と驚いたら、
「日本は地価が高いらしいな。海星の辺りはそうでもないらしいけど、こっちと比べると住宅事情は厳しいかもな」
「あの家に住んでいてよく言うようね」
「お前だって、あの豪邸で暮らすくせに」
「豪邸ねえ。父に言われているから、写真を撮っておかないと。学校だけじゃなく、地域のことも話さないとね。アメリカは危ないって偏見があるみたい。私も同じようなものだったけどね」
「それはそうだろうな。俺の住んでいたところも、あまり寄るなと言われている禁止地域はあったよ。夜は特にね」
「そう」
「親の説得できそうか? 俺のところは、好きなようにしろで、終わりだったから」
「え、そうなの?」
「元から放任主義だ。子どもになんて興味はないさ。爺さんはかわいがってくれるけど。本家の孫は妹はともかく、真ん中はちょっとね。長男はできがいいみたいだけど、そこまでの仲じゃないな。おばさんの子どもは2人とも仲良くしてくれるし、アメリカの話も聞きたがってね。そいつらとばかり一緒にいるよ」
「そう。親戚と仲がいいといいね。私はあまり会わないの」
「そうか。俺もクリスマス休暇か、夏休みぐらいだぞ。こっちは長期の休みがあったからね。サマーキャンプとかに参加したりしてた。小遣いは多めにもらってた方だけど、ほしいものがいっぱいあるからな」
「サマーキャンプって?」
「楽しいよ。そういうのは色々あるからおまえ自身で調べてみろよ。友達に誘われて行ったからな。一緒に申し込んでくれたから、詳しくないからな」
「あの人?」
「違う。それはアメリカの友達。そいつは気軽に話せるいいやつだったからな。受け入れてくれるやつとは仲良くなれるけど、最初から駄目だと話してないかもな」
「そういうものなんだ?」
「日本に興味があったりするやつは、色々聞いてくるよ。日本は不思議な国に見えるらしいから」
「そうなの?」
「俺たちのところはそうでもないけど、中には、『ちょんまげと刀はどうした』と聞かれるらしい」
「嘘だー!」
「本当だって。偏見はあるみたいだぞ」
「ふーん、なんだかうそ臭いけどな」
「お前、俺を信じろよ」
「難しいなぁ。いまいち、どういう人か分かってない」
「なんで?」と気に入らなさそうだった。
「なんだろう? 日によってというか、そのときの気分で印象が変わる。親切だったり、優しかったり、怒り出したり、人によって冷たかったり、なぜか私とは普通に話してくれるし」
「お前、話しやすいんだよ。どうしてもね」
「そう? 女友達も多かったんでしょう?」
「それなり。俺、素っ気無いと言われるからな。栄太のように話せたら楽かもな。敵作らないし」
「敵がいたの?」
「一之瀬のように嫌がらせしてくるやつはいる」
「そう」
「大丈夫だよ。お前は普通にしていれば、必ず話すやつが出てくるさ。助けてくれるやつもいるかもしれないな。お前にはいつのまにか助けているからな。俺」
「そう言えばそうだね。ありがとう」とお礼を言ったら、ちょっと照れた顔をしてから、
「お互い様だ。一緒に勉強してやっていかないとな。メモしておけよ。買い物リスト。明日買ってもらっておけ」
「問題集とか、本とかだよね。準備しないといけないものね」
「英語技能の検定があるから、勉強しないといけないから、覚悟しておけよ」
「やることいっぱいあるね」
「受験生だから、当たり前。こっちに来てからのほうが大変だと思うぞ」
「分かってます。聞く、書く、話すをいっぱいやらないとだったね。久実さんすごいね。きっと、優等生だったんだろうね。日本でも」
「日本の商社の駐在員だろう? 奥さんも英語ペラペラだったからな。日本にいるときからやってるんだろう」
「あの弟さんはどうなんだろう?」
「さあな。言ってただろう? 落ちこぼれるととことんやらないって。結構、ひどい子もいたけどな」
「そう」
「とにかく、やらないとな」と言われてうなずいていた。

 家に戻って、メモ用紙に要点を書いていた。用意しないといけないものや、やらないといけないもの。久実さんがくれた。駐在員のためのマニュアルのコピーも一緒にしておいた。英語で色々書かないといけないようだ。
「うへ、先生が怒りそうだな」と言いながら、メモしていたら、ノックがあった。
「どうぞ、だれ? 霧さん?」と聞いたら、
「俺」と言って半井君が入ってきた。
「ジュースを持ってきた。なにしてるんだ?」と言いながら、ジュースをテーブルに置いていた。
「霧さんってどこに行ったんだろうね?」
「メモも何もなかったけど、きっと、観光してるさ」
「そう? お母さんはどうなったかな?」
「無理だよ。ああいうのは真面目にやらないさ。人探しなんてこっちじゃ結構あるからな。家出は多いから」
「家出と言っても、大人なんだし」
「連絡するなら自分からしてくるさ。それをしてこないんだから、探さなくてもいいと俺は思うけどね」
「よほど会いたいんじゃないの?」
「あいつの場合は良くわからないよ。なにを考えてこっちに来たいのかもね。そんなに甘くないぞ。国籍もない俺たちがこっちで暮らしていくって大変そうだぞ」
「そうかもね」
「当たり前だろう? お前はどうだか知らないけど、ビザの関係で移民とかそういう人は制約があったと思う。興味がないからよく知らないけどな」
「興味がないと調べないの?」
「俺はそこまで人に親切じゃない」と素っ気なかった。
「私には色々教えてくれるじゃない」と聞いたら、困った顔をしていた。
「俺も不思議なんだよな。今までさ、それなりに助ける時は助けてたかもな。俺って気まぐれだってよく言われる。でも、お前だと自然にそうなってる。俺も良く分からないよ。霧だって、前なら助けられたかも」
「今はどうして駄目なの?」
「嫌な事を思い出すからだ。全部俺が悪いって人のせいにする女が何人か続いたから、そのことがあるかもな」
「ホームステイの女の子のこと? だって、そういう人は稀でしょう?」
「ああ、確かにね。でも、それ以外でも結構あるよ。栄太はかわいい子だとうれしそうに助けるけど、愛想はいいが逃げ足も速い。俺は意外と巻き込まれてしまうんだよな。突き放しているように見えて、最後まで関わってしまうって、あいつに笑われたことがある。そういう部分で日本人だと言われたけど」
「どう言う意味?」
「ここは気候がいいからさ。道端に誰か倒れていたら、助ける人もいるけど、東の方だとそうでもないからね。誰が困ってようがさっさと通り過ぎそうな勢いで歩いてる」
「そんなに違うの?」
「あるさ。日本だって同じなんじゃないの? 田舎の方に行けば訛りが強くて、でも、のんびりしてる分だけ、警戒心が強くない」
「そうかもしれないけど。こっちもそうなのかな?」
「そうだと思う。こっちは色々混ざってるからな。お前も最初は気をつけろよ。どういう考えのやつか分かってから遊びに行けよ」
「え、どういう意味?」
「日本と同じだ。佐分利や一之瀬のようなやつもいるって事。友達に誘われていそいそと遊びに行ったら、危ないパーティだったとか聞いたことがあるよ」
「ちょっと怖いね」
「仕方ないさ。こっちはそういう国だ。自分の責任で行動しろってことだ。最初は一人ではあまり行動しない方がいいぞ。ずっとも良くないけどな」
「そう」
「心配だよな。おたくの場合さ。やっぱり日本にいたほうがいいのかも」
「この間と違う事を言ってるよ」
「悪い。そうだな。俺ってさ、結構その日の気分で言うことが変わるって言われるよ。そうだったな。もう決めたんだからな」
「半井君、なんだか変だよ?」と聞いてみた。なんだか様子が変だったからだ。
「いや、悪いな。俺もちょっと過敏になってるかもしれない。ちょっと不安だからな」
「知り合いがいるでしょう?」
「確かにそうだけどな。親のいない国に来るって事をちょっと考えただけ。でも、やっぱりこっちにいたほうが俺は居心地がいい気がするな」
「そんなに違う?」
「どっちの国もいいところも悪いところもあるさ。ただ、こっちの方が慣れてるからかもな。俺はいいけど、お前はどうなんだろうと心配になっただけだ。悪かった」
「やっぱり変だね、昔何かあったの?」
「大丈夫、心配するな。気づいたことは書いておけよ。質問しないといけないことも多いだろうし」
「そうだね。先生に用意してもらわないといけない書類とか大変そうで」
「ああ、それね。あったな、その問題が。園絵さんに相談しろ。英語で書いてもらわないといけないものがいくつかあるはずだし。彼女の知り合いならそういう手続きは知っているはずだから」
「そうする、ありがとう」
「がんばれよ」と頭をなでて行ってしまった。

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