呼び出された理由

 学校登校日に、拓海君と久しぶりに会った。電話では話はしたけれど、本当のことは言えず、半井君とのこともしつこく聞かれてしまい、別行動だったとごまかしてしまった。
「元気だったか?」と聞かれてうなずいた。何度か会おうとか一緒に勉強しようと毎日電話してくれたけれど、断っていた。本当は一緒にやりたかったけれど我慢していた。そろそろ本当の事を言わないといけないなと考えていて、
「お、霧ちゃん、元気?」と男子に霧さんが囲まれているのが見えた。
「ひっさしぶり」と明るかった。
「あの子も元気だな。あっちもこっちも」と拓海君が言ったので、
「元気出るかー? プール行きたい、暑い、勉強なんてやりたくない。かき氷食べ過ぎた」そばでわめいている男子がいた。
「勉強したか? 模試とか自信は?」と聞きあっていて、あの山のような宿題を思い出した。英語と数学だけはできるかもしれないなと思った。あれだけ数学をやったのは初めてかもしれない。
「お前はやっているのか?」と聞かれて、思わず、「yes」と言いそうになり、
「なんとか」と切り替えた。半井君は段々と厳しくなり返事も英語でないと受け付けてくれなくなっていた。教室の中では、
「ねえ、どう?」と女の子が聞きあっていて、
「やだ〜!」と三井さんたちがうるさくなって、
「お前ら、うるさい」と男子が注意した。
「だって、あの子さあ」と感じが悪くいつもの調子で笑っていて、
「余裕あるよな」と男子が小声で言っているのが聞こえた。
「外人と歩いてるなんて」と言ったので、びっくりした。女の子が、
「でもさぁ、この時期に余裕」と言ったため霧さんだと思ったら、
「あの子に関わらない方がいいよ。だって、裏で」とひそひそ言い合っていたので、ああ、一之瀬さんの方なんだと分かった。
「一之瀬もこの時期に何を考えているやら」と男子が言い合っていて、どうも見かけた子がいて、塾でその話題でもちきりだったようだ。
「英会話なんて、今からやらなくてもさ。一年待てばいいじゃん」
「英語は上達しても受験の英語と違うよね」と言い合っていた。確かに違う。会話と英語の授業と何かが違う気がする。
「やっぱり一緒にやるか?」と拓海君に聞かれて、
「大丈夫。それより、どう?」と聞いたら、
「まぁ、部活も終わったからそっちをやるしかないからな」と言ったのでうなずいていた。

 碧子さんに久しぶりに会って話をしながら、拓海君を待っていたら、
「ねえ」と馴れ馴れしそうに本宮君に円井さんが話しかけているのが見えたけど、なぜか本宮君は困って逃げている態度だった。
「どうでした? 勉強ははかどりました?」と碧子さんに優雅に聞かれて、
「ははは、はかどったと言うか疲れたというか」とため息をついた。
「毎日お弁当を作ってくださると言われたのですけれど、辞退しましたの。あちらもお勉強がありますから。家でもかなりやっているそうですわ。男子は身を削ってやっている人もいれば、毎日たっぷり寝ている方もいるそうです」うーん、なんとなく誰だかわかるなぁ。
「詩織さんはどうですか? どこを受けるか決まりまして?」
「それがちょっとね。第一希望は決まったけど、残りが困って」
「あら、そうですか? 先生のお奨めがあるそうですけど、納得するかどうかは別だそうですよ。そう聞きました。桃子さんが教えてくださいまして」
「きっと無理だと思う」
「え?」
「ああ、こっちの事。自力で決めないといけないの。相談する人が少なくてね」
「あら、そうなんですか。私はもっとがんばらないといけませんの」と笑っていた。
「詩織〜!」と廊下から呼ばれて霧さんだったので、
「ごめんね」と碧子さんに断って廊下に行った。人がいないところに移動してから、
「大丈夫だったの?」と聞いた。
「ロビンスがさ。面白くって、あれから何人かと遊んでる」と言ったためびっくりした。
「お父さんとかは?」
「怒ってるけどね。お母さんはおおらかに笑ってくれてるけどね。国際結婚もいいかもって」
「は?」とさすがに唖然とした。
「それより、篤彦と進展した?」と聞かれて、
「なるわけがない」と即答したら笑っていて、
「なんだ、駄目じゃん。あいつ、本命だとしり込みするタイプかな」
「本命のわけないでしょう? だいたい、彼は年上好みだって聞いたし」
「へぇ、そう? まぁ、いいや。済んだことだから」とあっけらかんと言われて、霧さんってさっぱりしてるんだなと驚いていた。
「また、参加しようね」と言われて、うなずいた。お誘いは受けていて、別の紹介してくれた会に参加予定だったからだ。
「楽しいね。外人って私に合ってる。じゃあね」と手を振っていた。

 帰る時に拓海君に何度も、
「大丈夫か?」と聞かれて、
「夏バテと体力のなさを痛感」
「そっちじゃなくって、間に合うか? 海星より上を狙っているんだろう?」と聞かれて、困ってしまった。父に相談したらおばあちゃんと今度話し合うことになっている。その後に報告しようと思っていた。
「心配なんだよな。戸狩は余裕あるし、ミコは強気だしね。本気出せばいけるだろうな。弘通は蘭王だろう? 本郷とかあちこち結構やってるみたいだけど、仙道がちょっと神経質になっていて、新学期から困るけど」
「え、どうして?」
「塾での成績が良くないらしいぞ。点数が上のやつらって塾に行かされて必死だからな」
「競争社会か」
「そういうこと」向こうはもっとそうなのかな? 気候は良くて服装もカジュアルで郊外はのんびりした感じだった。ダウンタウンには結局行ってないため、怖いと言われた場所には近づいていなくて、半井君や母に聞いたりガイドブックに書かれているようなことがピンと来ていなかった。でも、あの時……、
「どうかしたか? ぼんやりして」と拓海君に聞かれて、
「勉強で疲れただけ」
「本当にやったのか?」と言われて、
「パンクしそうだから」と言ったら、
「お前はのんびりしてるからな」と困った顔をして見ていた。

 半井君に宿題を見せると必ず、
「ほら、やっぱり」と言われて、今日も同じだった。
「もう、聞き飽きました」
「お前があまりにも典型的過ぎるからだろう。日本って画一的に詰め込み教育だな。同じような考えしかしないし、同じような間違いしかしない。丸暗記したって意味ないよ」
「そう言われても、そんなこともわかってなくてこなしてたから」
「そうだろうな。こっちの勉強をしてても、将来役に立つのかどうか」
「そう言われると、それっていつも疑問に思ってた」
「漢字とか算数とか日常生活で使うもの以外で、詰め込んでもしょうがないと思うけどな。宿題だって、こっちは早いところだと小学生でペーパーやるぜ」
「ペーパー?」
「レポート。発表、こっちってグループ発表ぐらいだろう? 修学旅行のもやったけど、生ぬるくて聞いていられなかった」
「え、どうして?」
「向こうだと個人でも結構つっこんだ内容になるね。必ず抑えるポイントがあるさ。主題があって、どうしてそう思ったのかをまとめ上げていく。こっちのってそこの部分で説得力が弱いよな」
「小学生で、そんな宿題が出るの?」
「そういうのは多いぞ。『歴史人物について述べよ』ってのもやったし」
「すごいんだね」
「だから、そういうのを繰り返して、周りの状況とか判断できるようになっていくんだし、自分はどうしたいかとか考えるようになるんだろう? 日本人ってそこが弱くてね。周りに合わせようとするから、まず自分の意見を言えよ。まとめは最後でいいじゃないかって、いつも言われる」
「そうなんだ? こっちだと意見を言う人がいつも一緒かも」
「それで先生が言わんとする内容になるように持っていくんだろ。それは聞いたよ。そんなことばかりしてるから我関せずって態度で問題が起きてもほっとくんだろうな」
「半井君って、よく見てるなと思ったけど、そういう理由なんだ?」
「篤彦、そう呼べ」
「え、でも」
「呼ばないと教えない」と言われて、渋々、
「ミスター、篤彦」と言ったら、
「また、それやる。向こうは親しくなったら、ミスターなんてつけなくてファーストネームでいいんだ。ジェイコフさんに何度それをやったんだよ」私は敬称をつけずに呼ぶのがどうしてもできなくて、「ミスタージェイコフ」と何度も呼んでいまい、笑われてしまった。
「だって、『さん』がないと言いにくい」
「それも多いんだよな。ドクターと学校の先生は敬称で呼んだほうがいいけどな。それ以外はそこまでかしこまらなくても。うるさくないぞ」
「苦手なんだもの」
「篤彦と呼ばないと返事しない」と言われてしまい、
「篤彦様」と言ったら思いっきりにらまれしまい、
「あれ、だめ?」と笑ったら、頭を叩かれた。
「虐待だ」
「キンダーだろうと日本だからいい」
「この間、頭をなでたら怒られたの。後から説明してもらったの。外国だとそういうタブーがあるんだってね。タイの人だと駄目だって知らなかったけど、彼女はそうじゃないのに怒ったから、どうしてかなと思ったら、頭とか叩いたら怒られるんだってね」
「子どもの人権問題はうるさいんだよ。小学生以下だと特にうるさかったはず。頭をなでるのも誤解されるからやめた方がいいかもな」
「そうなんだ?」
「結構、そういのはあるぞ。だから、家に一人で置いておけないからベビーシッターがいるんだよ。中学生でもやってるの見たことがあるぞ」
「え?」
「周りの人がやっていたよ。チラシ作って貼っていた人もいた」
「ふーん。そう言えばね、例のあれ。はがしてもらったんだって」
「例のあれって?」
「霧さんの母親の写真付きの紙。お店に置かせてもらったらしいんだけど」
「ああ、あれね。そのほうがいいさ。下手にやってもね。見つからないさ」
「そうじゃなくてね。落書きされてたの。店長さんはそういうのは気にしなかったらしくて気づいてなかったようだけど、誰か知らないけど、色々書き込まれていたの。どうも日本人の女の子が探しているというのが駄目だったらしくて」
「そうだろうな。それは予想してたけどね」
「え、だって」
「キリコ、アクタガワ。英語で書いたけど、芥川なんて向こうの人の名前じゃないからばれちゃうだろうなと思ってた」
「え、どういう意味?」
「黄色人種を快く思ってない人、もしくは反日感情がある人に取ってはそういう部分で晴らしたりするケースがあるんだよ。目撃者がいなければ訴えようがないからね。だから、そういうことも起きる心配があって怒ったんだよ。青木、ああ俺の向こうでの友達がさ、店でそういう事をやられるケースが相次いだ時があったらしい」
「同じかも。書き込みがしてあったらしいの、母が怒りまくっていて」
「なんで?」
「あまり良くない類のことが書かれていたって書いてあったけど」
「ふーん、なるほどな、それでああいうやつが来たんだな」
「何が書いてあったんだろう? 母はそういうことがあるから気をつけるように霧さんにも言えと書かれてあったんだけど、どう説明していいか」
「俺から言うよ。お前には説明しにくい」
「どうして?」
「日本の女の子は軽いと思われているからだよ」
「え?」
「外人の中にはそういう偏見を持っているやつもいるんだよ。外人に誘われたら、ほいほいついて行っちゃう子もいるからだろうな」
「じゃあ、ポスターはそういう意味だと思われて」とうつむいた。
「親切な人もいるけど、そういう人もいるって話だ。ポスターには頼らない方がいいさ。白人ならともかく、それ以外には冷たいところもあるんだから」
「白人なら違うの?」
「仕方ないさ。俺たちはよそ者なんだからね」
「そう、それで怒ってたんだね。どうして怒ってるのかが不思議だった。電話番号とか学校にもあちこち貼ってルームメイトとか募集していたようだし、カフェでだってバイトの募集の紙も貼ってあって、個人の名前と電話番号が書いてあったのに、霧さんには怒ったから」
「仕方ないさ。いたずら電話が掛かってきてもあいつの家なら自己責任だからそこまで怒らない。園絵さんとジェイコフさんに迷惑を掛けたくなかったからだよ」
「そう。半井君って違うね。そこまで考えてたんだ。なんだかしっかりしていていいね」
「どうした? 元気出せ」
「ちょっとびっくりしただけ。陽気で明るくて知らない人でも挨拶してたみたいだから、明るくてフレンドリーな町なんだなと思ってたから」
「仕方ないよ。そういう部分はどこの町だってあるさ。そういう人もね」と言われてうなずいていた。

 かなり勉強してから、背伸びをして体をほぐしていた。
「お前って、ひょっとしてテスト勉強しないタイプか?」と聞かれて、
「ははは。多分、人より少ないかもしれない。勉強時間とか少なめ」
「寝るのが早そうだな?」
「アイロンかけたり食事の用意とかしてたら、眠くなっちゃって駄目で、買い物も帰りに買ってくるだけだと足りないから日曜に自転車で部活の後に買いに行くと、人が多くて大変で」
「お前、それはちょっと考えてもらえ」
「え、でも、誰もやる人が」
「この間言ってただろう? 父さんが休日にゴルフと釣り、平日は飲みに行く。それって間違ってないか?」
「え、でも、だって、お父さんは」
「お父さんが日曜日に買いに行けばいい。ゴルフや釣りに行くってことは車はあるんだろう?」と聞かれてうなずいた。
「ほらみろ。車があるなら大きな冷蔵庫を買ってもらって日曜日にまとめて買ってもらえ。お前が買うから時間がなくなるんだ」
「うーん、そういう手もあるね」
「お父さんはちょっとお前に甘えすぎだ。お金も用意してない、飲みに歩いている。子どもに関心がない。アメリカだと通報されるぞ」
「え、どうして?」
「小学生から一人でやってたんだろう? 俺も同じだ。もう少しで警察に連れて行かれるところだった。親切な近所の人たちのお陰で俺はさすがにそこまでいかなかった。その後から、預かってくれる人がいてね。色々親切にしてもらったよ。この間はその人にも会いに行く予定だったのに霧のせいで駄目になった」
「そうだったんだ。それであんなに怒ってたんだね」
「違う。あいつはわかってないからだ。ことの重要さをね。中学生が昼間から子どもだけでお酒を飲んでいると言う状態で見つかって見ろ。園絵さん、ジェイコフさんに迷惑掛ける。そこの部分であいつはわかっていなかったからな。どうしても、俺は駄目だ。自分で責任取れない行動するなら、ツアーにしておけばいいんだ」
「だって、そんな」
「ああいうのは甘えだと思う」
「お母さんに会えなかったからじゃないかな?」
「なら、せめて日本でやれよと言いたいね。園絵さんたちに泊めてもらって、あいつら、分かっていなかった」
「半井君って、ひょっとして昔やられたことが許せないから、同じような事をされると怒るのかな?」と聞いたら、黙ってしまった。かなり経ってから、
「お前って、時々鋭いよな。そうかもな。だから、一之瀬も前園も霧も駄目なんだろうな」
「どうしてかな?」
「お前と違って、俺は許せないものが多いよ。お前のような立場だったら、俺は親に怒りまくるね。少なくとも酔って帰ってくる父親になんか、アイロンをかけたり、食事作ったり、買い物なんてしてやりたくもない」と強く言われて驚いて下を向いた。
「ごめん、そうだよな。お前は俺とは違う」
「怒れるよ。……時々ね」とゆっくり言ったら、こっちを見ていた。
「でも、お父さんは一人しかいないし……」
「どんな親でも責められないんだよな。向こうでそういうのをいっぱい見てきた。虐待されようがネグレクトされようが、離婚で父親、母親どっちかと暮らせなくなっても、子どもは親は責めないんだよ。責めるやつはぐれるけど、お前みたいなやつは後で来るぜ」
「なにが?」
「いつか、切れちゃう時が来るってことだよ。真面目なやつだと抑えていた分だけ……」
「抑えてるのかな?」
「そうだと思うぞ」
「お父さんは呆れるけどね、その前は大事にしてもらったと思うから。周りの人にもかわいがってもらっていたの。一緒に宿題をやってくれたり、一緒に鉄棒や縄跳びの練習してくれたよ。優しい人が多かったから」
「お前は幸せだったんだろうな。だから、その部分で違うのかも。俺はひねくれるしかない環境だったからかもね。そこが分かれ目なんだよ」
「そんなこと……」うつむいていたら、
「ごめん」と謝っていた。
「どうしてもきつくなるな。お前のことがほっとけない病に掛かってるな、俺」
「そう?」
「山崎と同じだ。突き放しているつもりなのに、どうしてもほっとけなくて。つい、口を出す。あいつはやりすぎだけど」
「そうかもしれないね。どう説得したらいいのか」
「説得なんて必要ないさ。私がそうしたいから、あなたも理解してね。それでいいさ。理解してくれるならよし、してくれないなら、そういう人だと諦める」
「ハッキリしてる」
「え、そういうもんだぞ。アメリカにいた時にそういうのが多かったな。言い合いで喧嘩していても最後はお互いの意見を尊重するんだよ」
「アメリカか。なんだかよく分からなくなった。色々聞きすぎて、なんだか」
「大丈夫だと思うぞ。高校生だから、話している内容も大差はないし、気の合うグループに分かれるのもあるさ。ファッションに興味がある女の子、デートしてばかりいる男、勉強ばっかりしてて面白みのないやつ、勉強スポーツなんでもできてリーダーシップを取る注目されるタイプの男女、こっちと同じだ。お前と同じようにのんびりして笑っていて、それなりの勉強それなりにスポーツ、それなりにかわいい」
「は?」とさすがに驚いたら、
「冗談だよ。俺の主観だけど、そこまで違いはないな。個性的なやつはいるけど、その割合が向こうの方が多いけど、服装と態度に出ていて分かりやすいだけ、こっちは隠すみたいだな。ゲーム好きアニメ好きって言ってはいけないような雰囲気があるって聞いたけど」
「ははは」と笑ってごまかした。
「向こうは隠さない。個性とみなす。そういうことでお前と話すのはあのお嬢様のようにのんびりしていて悪口なんて言わないし、優しい子になるだろうな」
「一之瀬さんみたいな人もいるんだろうね」
「いるに決まってる」と嫌そうな顔をしたので笑ってしまった。
「ちょっと安心した。だって、色々、言われ続けて不安だったし、霧さんのポスターの落書きや呼び出されたり、人種の事とか色々、危ない場所とか」
「そういうのは本当だ。お前が英語がペラペラで白人だったらここまで心配しない。お前は日本人で、友達も誰もいないところに言葉も不自由なキンダーで行くから厳しくしている。競争社会に勝ち残りたいと思っていたら、園絵さん並みのパワーはいると思う。ただ、お前がこの間言っていたように、あいつとつりあうようになりたいのなら、そこまではしなくても、向こうに行って、お前のペースでがんばれば英語も徐々に話せるようになるだろうし、それなりに強くはなっていくさ」
「そうだよね。勝ち残っていきたいという目標は私とは違うかもしれない。ちょっと、情報に左右されていたかも」
「そういう時期もあるさ。お勉強もがんばらないとな。英文法と数学は問題集全部終えないと許さないからな」
「はーい。検定の勉強もがんばります」
「英文法だけは自力で今からやっておかないとな。向こうに行ってから自然には身につかないから」
「え、そうなの?」
「英語で友達や周りと話していて身についてくるのは、周りの見よう見まねで日常会話を自然と覚えて使えるようになっていくことと、ゆっくり話してもらった場合の聞き取りが何とかできる程度だ。映画を楽に見れたり、テレビを全部理解できるかどうかは人によるぞ。ラジオだと早すぎて聞き取れないってさ」
「半井君は?」
「俺の友達はラジオとテープとテレビだけ。友達のところにずっといれないからな」
「そうなんだ?」
「親が迎えに来てくれる環境にはなかったってこと。メイドはいたけど、あの母親のせいで何度もメイドが変わってね」
「そう」
「そういう理由で洋楽とか聞いていたな」
「聞いたことがない」
「聞いてみてもいいぞ。それでフレーズ覚えていたやつがいたよ。あれって愛の言葉が短く書かれているから、覚えやすいしと言ってた」
「そう言われたらそうだね」
「好みの歌手のものでもいいと思うし、昔からの歌とかマザーグースとか」
「クックロビン?」
「お前意外とそういうのは知ってるんだな?」
「昔、図書館で借りたの。部活やる前は図書館で本を読むのが好きでね。私もテレビと本を読むのが多いから。おばあちゃんと住んでいた時は夏休みにいっぱい読んだの。今は忙しくてやってないけどね」
「ふーん」
「誰が殺したこまどりロビンだっけ?」
「結構すごい内容だよな」
「そうだね」と言って二人で笑っていた。


アンパン

 欠伸をしてばかりいたら、
「涼しいからって寝るなよ」と半井君に笑われてしまった。冷房が利いているからだ。今は気分転換で彼が絵を描いている。私は本を読んでいたけど、どうしても眠くなっていた。
「本も一通り集めたし、後はこれをどうこなしていくかだよな。お前は向こうで語学学校に通うだろうし、それまでにやることはやっておいた方がいいな」
「英語を使うってすごいよね。数の数え方とかでも色々あるし、分数の読み方なんて知らなかった」
「英語の授業でやらないからな。せいぜい、時計とかだろう? 西暦何年ってやったか?」
「一応」
「そうだろうな。学校や日常で使いそうなそういうのは覚えておいた方がいいよな。教科、一学期とか、期末テストとか、そういう言葉は覚えたか?」と聞かれて、
「一応」と答えたら笑っていた。学校用語は調べるように言われて、書き出しておいた。日常生活で使うだろう単語も書き出して、
「エッグプラントはさすがに知らなかったよ。ヒッポポタマスって、聞いたらみんな笑いそうだね」
「そうだよな。せいぜいズーかエレファントとゼブラぐらいだろうな。『牛って英語でなんて言うか、サーロイン』はジョークだから覚えておけ」
「えー、恥かしくて使えないって」と笑っていた。
「だよな。でも、そういうジョークって言えると仲良くなれるぜ。英語できないやつが音楽が好きで、流行ってる歌を一緒に歌って意気投合していたり、とりえがないけど、なぜかギターだけは上手なやつがみんなに拍手もらってたな。きっかけってそういうものだから」
「日本と一緒なんだ? テレビの話とかも?」
「いや、それって分かれる。ケーブルテレビだから、見てるのが違う場合があるし」
「そうなんだ? そう言えば、そういう事を言ってたね。よく分からずに見てた」
「そういうことは徐々に分かっていくさ。あそこは映画の町だし」
「ビバリーヒルズは行ってないね。豪邸が多いって聞いた」
「多いよ。観光ツアーがバスで通って説明するんだ。有名人の名前を挙げてね」
「ふーん、なるほどねえ。豪邸ってどれぐらい大きいの?」
「庶民とは違うさ。大きさが。お前の家も大きかったけどね。日本と比べると面積が広いから大きい家が多いよな。あそこは車がないと不便だし」
「免許は取るの?」
「当たり前だろう? 週末ごとに遊びに行くやつもいたぜ。俺もお前の家に通うのに車があったほうが便利だし、デートもしないとな」
「相手、どうするの?」
「お前以外にだれがいるんだよ?」
「は?」と聞き返した。
「呆れるよな。観光しないのか? ディズニーランドに行きたいだろう?」
「それは行ってみたいけど」
「そういうので車は必需品。持ってないと結構不便だぞ。高校生ならみんな乗ってるやつも多いから」
「その辺の感覚が驚く。日本だって学生は乗ってるの見たこともないし」
「向こうだって同じだよ。中古車が多いさ」
「そう。でも、デートは別の人を誘って。勉強やその他、とてもそんな余裕がないだろうから」
「週末ごとに友達の家で集まったりするみたいだぞ。日本人同士だとどうだか知らないけどな」
「そうなの? いいよ、そこまで余裕がない。寮に入ったら忙しいでしょう?」
「勉強だけの学校じゃないからな。文化方面に力入れているよ。クラブ活動も盛ん。日本じゃ考えられないようなクラスもあるからね」
「クラス?」
「そう、俺もそこまで詳しくないけど、ミュージカルとか演劇、バレエなどがあったな。日本とは違うさ。お前も何かやれよ」
「ボランティアとかは参加した方がいいの?」
「課外授業とかであったはず。それ以外でもそういう部分でも評価される場合があるから」
「え、どういうこと?」
「日本とは違ってね、日頃の生活態度も考慮されるんだよ。みんな、やってる人も多いしね。罰則で奉仕活動何時間ってのもあるぐらいだ」
「そうなんだ?」
「日本でもやらせたら、一之瀬達はのさばらないかも」
「真面目にやらないと思う。彼女達は一年生の時は先輩に取り入って話していて、ボール拾いやネット張りなどの雑用はサボりがちだったから。でも、後で聞いたらそういう態度も見ていて選手を決めていたらしいの。背が低くて私より強気だった女の子が選手になれなくて、楢節さんがそう言っていたから」
「一之瀬はなれたじゃないか?」
「それはだって、上手だったから」
「上手ねえ。俺だったらラブゲームでいけるだろうな」
「え? やってたの?」
「そういうことは一通りやってるよ。友達と遊ぶのはそういうのが多いぞ。野球にサッカーバスケにテニス。公園のコートで知らない人と一緒にやるのも普通」
「野球とサッカーは分かるけど、バスケとテニスはすごいね」
「道具なんて誰かが持っていて、貸してくれて一緒にやるんだよ。アメリカの友達が知り合いも多く、気軽に声を掛けるやつがいたんで、一緒に遊んでたよ。家にいて勉強したって面白くないからな。金持ちの家ならテニスコートにバスケのゴールはあったりするから」
「うーん、やっぱり違うね」
「それぐらい普通。お前の通う学校なら更に恵まれているさ」
「そう?」
「サーフィールズは中流が多い。下のほうが少なかったけど」
「上流は?」
「それなりにいたよ。お前の方は中流以上というか上流が多いんじゃないのか?」
「よく知らない」
「だよな。うらやましいよ。わざわざ引っ越すやついるぐらいだから」
「え、どうして?」
「そのほうが色々都合がいいからな。サーフィールズも変わっていったよ。日本人が増えて、黒人、ヒスパニックも少しいたからな。中国系も多かった。韓国がいたけど、俺たちなんか目の敵にされていた」
「え、どうして?」
「反日感情はあるさ、仕方ないよ。親がそう教育しているからね」
「どうしてかな?」
「日本人はのんびりしてるって言われるんだよな。戦争問題は必ず聞かれることがあるから、考えておけよ」
「そうする。でも、難しいよね。どう答えても」
「できるだけ話題にするのは避けたほうが無難だ。でも、逃げられない場合はどうするか。その答えはお前が出すしかないさ」と言われて、ため息をついていた。
「顔、ちょっと上げて」と言われて笑った。
「なんだよ?」
「言い方が優しくなった」
「そうかもな。俺、とんがってたかも。日本に来てからもやなことが続いたんでね」
「どうかしたの? ああ、聞いたらいけないならいいよ」
「いいよ、お前も知ってるじゃないか。一之瀬、前園、それ以外の噂好きの女と陰口叩く男子。数学で負けたからってうるさかった。『顔がいいからモテるだけ』とかいう前に努力しろと言いたくて、そういうことの連続。外国ってだけで偏見持ってて、あれこれ聞いてくる。恋愛関係は特にね。俺はそういう根掘り葉掘りは苦手だ。友達もそんなこといちいち聞いてこない。相手が言う事は話す。相談したい時は了解を得る。そういう基本的なプライバシーが日本はない」
「プライバシー?」
「自分の領域ってこと。立ち入ったらいけない部分はあるぞ。プライバシーは向こうはうるさいからな。親が離婚なんてざらだし、国籍、親がどこに勤めているとか、聞いてどうするんだよ」
「それは私も言われた事はあるよ。『お前、親がいないんだろう』って、何度か言われて、それが彼にどう関係があるのかが当時分からなくて。でも、向こうも継母だったから気になったようで、それ以外にも『それがあなたに何の関係があるの』って事を言われたりする。成績や拓海君との仲とか」
「ああ、それね。そういうことは日本人の学生はやってしまうんだよな。いきなり怒られて、びっくりしてた女子がいて、そいつは気が強くて、怒り出してね。でも、誰もその子の味方をしなかった。さすがにその子も後で気づいて謝ったけどな。『そう思うちゃん』と友達だった」
「そう思うちゃん?」
「『I think so,too.』を連発する女。だから、そう思うちゃん。二号がいて、『わてもそう思う』だったけど」
「関西の子だったんだ?」
「『me tooちゃん』もいた。メニューを決めたり、何か決める時、話を聞き取れなくて、周りに合わせておけばいいやで、簡単に『me too』を連発して、さすがにみんなが距離を置きだした。一部だったけどね」
「え、どうして?」
「しらけるだろう? 自分の意見を言えばいいじゃないかってのが、向こうなの。合わさられると、こいつって自分の意見も持ってないやつかと思われてしまうってこと。親切や子や優しい子がさすがに教えて、やめるようになったけど。最初に陥りやすいことだから気をつけろよ」
「日本だと普通のことが向こうだと通らないんだね?」
「だから、日本で言いたい事を我慢して押さえていたタイプはのびのびやってるよ。気が強いなんて誰も言わないし、言いたいことが言えるってね」
「じゃあ、やっぱり一之瀬さんは向いているじゃない」
「基本がないだろう? 自分も主張するってことは、相手の立場、意見も尊重するってことだ。ただ、自己主張だけしてたって嫌がられるだろう? 妥協するところはしないとな。言い合うだけならあいつは向いている。その後が駄目だ。お互いの意見を交換し合うことが大事なんだよ。自分の意見だけ通してたって誰も聞いてくれなくなるぞ」
「そういうものなの?」
「よほど周りに認められているやつでしっかりした意見を持っているなら別だけど、あいつの客観性ゼロの未熟な独りよがりな意見を誰が尊重するんだよ」うーん、日本とそこは一緒なんだな。
「人気者になるのはどこでも同じやつだよ。明るくて話しかけやすくて気さくでリーダー性もあって、気の利いたことも言えて、気配りもできるし、優しさもある」
「たくましいとかじゃないの? 強いリーダー力があるんだと思ってた」
「確かにそういうやつもいるけどな。勉強だけできても周りに人は集まらない。集まってたやつって頼りにはなってたよ。親切で優しくてしっかりしていて、運動も勉強もこなせてね」
「そうなんだ。日本と同じかもしれないね」
「それはそうだよ。一緒にいたくなるタイプはそうだと思う。ジョークばっかり言ってたやつとか、いたよ。ただ、条件がいいやつがモテるのは同じかもな」
「そうなの?」
「それはあるさ。女は将来性のある男が好きなんだろうな。クールでね」
「クール?」
「女はセクシー系がいいと言ってたやつもいたけど、俺は苦手」
「え、どうして?」
「ちょっとなぁ。セクシーなのはいいけど、お金が好きなタイプは駄目。打算的な女も駄目」
「じゃあ、どういう人がいいの?」と聞いたら、私を指差してきて、
「冗談はいいから、教えてよ。聞いたらいけなかったら、やめておく」
「ふーん、お前って、そういうのはどうしてそうなんだ?」
「なにが?」
「真に受けないからな。冗談にして終わらせるから」
「真に受けられないじゃない、半井君の場合は」
「篤彦と呼べ」とにらまれてしまった。
「無理」
「お前って、どうしてそう強情なんだ?」
「強情?」
「そうだ。俺の言う事を聞けよ。これだけお世話になっておきながら、まだ、他人行儀な」
「いいよ、なんだかね。そういうのは師弟なんだから、半井先生で」
「やだね。返事してやらない」と拗ねていて笑ってしまった。
「お前って、どうしてそうなんだろうな。いい加減、呼べよ。霧と違って、そういう部分が困るぞ。中々親密になれない」
「親密ねえ。霧さん、ロビンスさんとどうなっただろう?」
「無理だ。いくところまでいくさ」と言ったため、むせてしまった。
「うぶなやつ。山崎と進展しない訳だ」
「え、そう言われても」と恥かしくてうつむいていたら、
「うつむくな。それじゃあ、困るだろうに。向こうの男は積極的だぞ。デートに誘われたら、断り方考えておけよ」
「誘われないよ。もっと、かわいい子を誘うでしょう? 日本人はもてないって言ってたじゃない」
「日本人をいいなって言う、外人もいるんだよ。鼻が低い方がいいという人もいるからな。こっちの人が鼻が高いほりの深い外人に憧れるようなもんだろうな」
「大丈夫だって。さっき言ってたじゃない。セクシーがいいって」
「それはそいつがいいと言った話であって、みんながみんな、それがいいと思ってないぞ。ゴージャスがいいやつ、プリティーがいいの。ばらばら、俺はキュートでフェミニンがいいね」とウィンクしたので、びっくりした。
「そんなこと向こうでやってたの?」
「海岸でやると女が結構引っかかるからって、練習した」
「呆れるなぁ。そういうことして。どういう人なのよ。海星では話しかけられない感じで歩いているというのに」
「日本は駄目。一之瀬駄目。矢井田も駄目。話しかけてくるのはそういうのばかり。霧はよかったけど、あの件以来駄目だからな」
「あの件って?」
「お前が連れて行かれそうになったとき。ああいうのは駄目だ。どうしても」
「でも、私が迂闊≪うかつ≫だったから」
「お前が行ってしまったのは霧のためだろう? でも、霧はそういうこともよく分かってなかったと思う。未だにね」
「反省してたと思ったけど」
「あの後、俺に迫ってきてたぞ。呆れて追い返したし、断ったんだよ。はっきりとね」
「え?」
「そういうのは駄目だ。あいつとは親密になれない」
「え?」と言ってしばらく黙っていたら、
「何があんみつだよな。ああいうのばかり、ステディはステテコ、ノスタルジーはノストラダモス? ……だったっけ? カンパがアンパンで、精神論が天津飯に聞こえるんだ、あいつは」
「は?」とさすがに開いた口が塞がらなかった。
「だろ? おかしいだろ。ありえないよな。全然間違えそうもない間違え方するんだ。似たような自分が聞いたことがあるような言葉に勝手に変える。お陰でクラスでいつも笑われる。女子は特にね」
「なるほどね。あんみつってそれだったんだね」
「あいつは無理だよな。もし、霧があの場にいたら、俺はあそこまで動揺しなかっただろうな」
「え、どうして?」
「お前は違うからだろうな」
「なにが?」と聞いたら黙った。
「お前ってさ。クッキー作れるか?」といきなり聞かれて、
「何、突然?」と聞き返した。
「いや、バタークッキーが食べたくなったから」
「ホットケーキの次はそれなの?」
「いいだろ。家庭教師代。その内作れよ」
「呆れるなぁ。次から次へと。わがまま王子」
「王子返上した。俺は庶民だ」
「お坊ちゃまに見えるよ」
「見えないよ。俺はごく普通の男だ」
「嘘ばっかり。半井君って変わってる」と笑ったら、じっと見ていて、
「やっぱり、良く笑うよな」とうれしそうだった。

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