進路希望

 土曜日に、また半井君の家で勉強していた。
「放課後に問題集をやって、週末はこれですか」とため息をついた。英語の文法が弱いため、見直しをしていたけれど、中学生の英語文法だけだと足りないと言われていて、色々やらされている。
「そう言っている暇はない。お前だって成績上げるように母親に言われているだろう」
「そうだけど」
「私立に行かせたかったから、そう言ってたんだろうけど。公立に行くとしても、やっといたほうがいいのは確かだぞ。受験だけ考えたら無駄に思えるかもしれないけど、こっちでの勉強もやがて日本に帰ってきた時に必要になるかもしれないからね」
「そうかもしれないね」
「数学とかはそこまでやらなくてもいいのかもしれないが、中学程度はやっておいた方が高校から楽だから。英語は必要になるからやっておいた方がいいけど」
「そうだね」
「どうして、英語を習っていても話せないんだろうね」
「実践練習を積んでないからだ。子どもと同じだ。話したいと思っていて、好奇心旺盛で親の真似をしたりして覚えていく。周りがそれで笑ってくれるからいっぱい話したりしてね。そうやって成長しながら覚えていくしね。こっちはそういうことはしない。『スミスさんはマイクより背が高いけど、それがどうした』とそばの男子が怒ってた」
「うーん、なるほど」
「それより、電話の掛け方、初対面以外での挨拶とか、返事の仕方を一通り覚えさせ、実際に会話練習したほうが手っ取り早い気がする」言えている。
「疑問形に変えろ、過去形に変えろ、日常でそんなことしないだろう? あれは文法を覚えるためにすることで話すための練習じゃないからな。むしろ、返事はどうしたら、この場合はどう答えたらとかが必要になるからね。『これはペンです。あそこにあるのは机です』だけでは、会話は成り立たない」だよね。
「日常で使う単語もお前が言ってたとおり、日常生活おくるなら、生活用品などの単語を覚えていったほうが役に立つけどね」
「確かにね。それは思ったの。空港に行って、一応手順はガイドブックで読んでいたけど、広いし英語でいっぱい書いてあるし迷ってしまって」
「霧と2人だったら危なかったよな。税関とか手荷物預かり、到着、入り口、搭乗口、霧は全部分かってなかったし」
「そうだね。恩人です」
「その割にはお前は俺に冷たい」
「そう?」
「そうだ。それより、単語帳は覚えておけよ。気になった単語は全部書き出して」
「ああ、それはなんとかね」
「本当か?」
「英作文の方が苦手。すぐに英語で文章が思い浮かべられるようになるまでどれぐらい掛かるかな?」
「人による」
「だって、日本語ではあるけれど、英語にその表現がない場合、言い方を変えないといけないし」
「ああ、それね。慣れもあるぞ。それにね、今は英語を日本語に置き換えて、それから英語に直すとか言う作業を頭の中でやってるから時間が掛かる。その内、英語で考え英語で答えるようになる」
「どういうこと?」
「そのうち分かるさ」
「そこまでいくかな?」
「いくかな? じゃない、いってみせるだ」
「強気になれってことね」
「そうだ。お前はのんびりしてる。どうも心配だよな」
「ごめんね」
「いいさ、仕方ない。俺っていつから、こんな親切なやつに変わったんだろうな。身内意識があるのかも」
「身内意識?」
「いいから、やってろ」と言われて、また勉強を始めた。

 かなりやったあと、
「もう帰らないと」と言ったら、
「まだ、明るいけどな」と外を見て言われてしまった。
「だけど、夕食を作らないと」
「そうだけどな」
「洗濯物とかもあるし」
「お前さ。完全所帯じみてるよな」
「もう」と拗ねてしまった。中学生で言われたくないなぁ。
「家政婦雇えるだけの余裕がないとしても、少しはお父さんにやってもらえよ。今から、そうしないと多分、もめるぞ。そこまで何もしてない父親が一人暮らしできるのか?」
「会社の寮に入ってた時代もあったよ」
「なら、何でやらないんだ?」と怒っていた。
「そんなに怒らなくても」
「怒るさ。ちょっとな。お前以上に心配になるな」
「おばあちゃんにね、『ことあるごとに聞いていたから呆れた』と、母がぼやいていたの。でも、実体が分かった」
「マザコンか?」
「そうなのかな? おばあちゃんはしっかりしてると思う。お父さんもおじさんも会社では普通だと思うけど、家では気を抜いているみたいで」
「ふーん。日本の男って、父親の意識が低いって本当みたいだな」
「向こうとそんなに違うの?」
「父親としての役目を果たさないと怒られるぜ。向こうの女ははっきり言うからな」
「こっちと違うね。周りの子の話を聞いてもよく分からない。ドラマ見ても『あんなに優しくて物分りのいい父親はいない』と言ってた女の子がいたよ」
「それは仕方ないさ。ドラマであまり現実的な事を描いても見たいと思うか?」と聞かれて、それもそうだなと思った。
「漫画と同じだな」
「アメリカって、漫画はあるの?」
「あるよ」
「そう」
「でも、日本みたいに綺麗な絵で細かくは描いてないな。日本人って器用だなと友達に言われたことがあったけど」
「そう? 描ける子は描けるけど、私は下手だから」
「俺もみんなに言われたよ。綺麗な絵が描けていいねって。『じゃあ、描いてみれば?』と聞くとたいていが、『私なんて』と謙遜する。それは言わないほうがいいからな」
「え、そうなの?」
「『粗茶ですが』とか言う発想と同じだよな。やってみて自分で納得すればいいじゃないかというのが普通だぞ。他の人がどう言おうと先生が評価してくれなかろうとやってるやつ多い。うまい下手なんて関係ないと思う。好きならそれでいい」
「すごいね、それって」
「『粗茶ですが、どうぞ』と言われて、飲めるか? 『つまらないものですが』と言って受け取れるか? 『気に入ってるからどうぞ』と言ってほしいね。向こうはそういう発想」
「なるほど。謙遜しないんだ?」
「そういうこと。お前も『できないかもしれない』とか言うな。禁止」
「ハーイ。色々禁止事項があるなぁ」
「そのほうがいいさ。向こうに行ったら向こうに合わせ、こっちに来たらこっちに合わせろは爺さんの側近の話。学校によっても違いがあるみたいだからな。自己主張はしたほうがいい場合とそうじゃない場合、使い分けろってさ。俺はそういう事を教えられてきてるから。でも、できないけど」
「どうしてそういう教え方したんだろうね?」
「さあね。人間関係のあり方とか付き合い方とか教えたかったんだろうな。公式の場に出るには必要だから。挨拶、マナー、結構仕込まれた」
「え、そうだったんだ? 母さんが言ってたの。大人に囲まれていたから、しっかりしていて、挨拶とか態度とか使い分けられるって」
「友達と話す時はそういうのは必要ないからな。むしろ嫌がられる。お前もそういう部分は使い分けた方がいいね」
「なんだか、ごちゃごちゃしてきた」
「その内、決められるさ。自分の意見が持てるようになる。今はその訓練をしているだけ」
「訓練?」
「大人になるための教育ってことだよ。向こうだと勉強だけじゃ駄目だって言ったろ。色々覚えていくものなんだよ。日本とゴールが違う」
「ゴール?」
「日本だと大学に受かったら、その後の人生が決まってくるって聞いたことがあるぞ。もちろん、その後に勉強する必要もあるけど、いい大学に行って、受かった途端遊びまくるやついるらしいな。それほどは苦労せずに卒業できるから、大学を出たとしても社会人としては問題が出る場合が多いってね」
「そうなの?」
「挨拶もできないとか、人との関わり方とか、そういう部分で弱いらしいよ。日本の大学行ったあと、アメリカの大学院に進んだ人がびっくりしてた。向こうは厳しいからね」
「そんなに違う?」
「大学は特に厳しいんだよ。入学するのは書類審査で決まるし、日本と違うから。その後がドロップアウトが多いんだよ。大学によって違いはあるけどね」
「ドロップアウト?」
「退学になっちゃうんだよ。かなりの割合でね」
「そんなにいるの?」
「有名な大学は少ないよ。元々勉強熱心でやる気がある人ばかりだから、ほっといてもやっていくぐらいだし。でも、そうでもないところだとかなりの割合でいると聞いたな」
「なんだかびっくり」
「俺も日本の話を聞いて、向こうの方がいいと思ってたから、爺さんには言っておいたけど」
「そう」
「とりあえず、そういうこともあるってことだけは知っておけよ。勉強はずっと続く訳だから」
「そうだね」
「向こうに行ってから、特技を見つけたらいいさ」
「特技?」
「向こうだとそういうのも必要だからな。お前が出来る事を探せばいいさ」できることねえ、何かあったかな? 考えていたら笑っていた。
「笑う事ないでしょう? 色々出来るからって」
「違うよ。お前見てると、つい笑うんだよ」
「うれしくない言葉」
「懐かしい感じがする」
「どうして?」
「さあね。お前ってほっとするから」
「そうかな?」と言ったら笑っていた。

 日曜日にも半井君に家に行って、勉強していて、
「涼しいから眠くなる」と言ったら笑っていた。
「霧さん、今頃デートかな?」
「さあな。ほっとけ」
「冷たくない? 元の彼女なのに」
「あいつと付き合った覚えはないぞ」
「あれ、だって恋人宣言」
「勝手にしたのは霧。みんなの前で『恋人なの』と勝手に言っただけ。腕にまとわりついてきたから、『違う』と強く言って引き剥がしたが、面白がって勝手に噂してただけだ。霧はああいうところが困る。暴走して」
「すごいね。積極的でうらやましい」
「どこがだよ。俺は苦手。積極的なのはさすがに困るな」
「え、どうして? 向こうだとそうじゃないの?」
「確かにモテる男だと『ランチどう?』といっぱい誘われるし、デートに誘われるけど、中学は下校時間が早いやつも多いからな」
「え、どうして? 部活は?」
「俺は学校の近くだったから、自転車だった。小学校だとスクールバスか親が車で送り迎え。高校だと自転車も車もいるよ」
「え、どうして?」
「スクールバスだと帰宅時間が早くなるから、友達と遊べなくなる」
「え、そうなの?」
「起きる時間も早くなるから気をつけろよ。学校も始まるのは早いの。だから、スクールバスに乗る時間も早くてぼやいてた」
「そうなんだ」
「仕方ないさ。小学生が優先だから」
「どうして?」
「危ないからさ。小学生は一人で留守番させてはいけないとか制約がある。俺なんてほったらかしで、友達の所に遊びに行ってたけどね」
「大丈夫だったの?」
「それなりに大人びて見えたらしくて言われた事はなかったな。地域によるんじゃないのか? ニューヨークだと言われなかったし」
「え? そっちにもいたの?」
「転々としてたと言ったろ。ボストンにもちょっとだけいたよ。その頃はベビーシッターついてたり、家政婦がいたりしたよ。あの女が家に転がり込んできて、うっとうしくなって逃げていただけ。それで友達の家に遊びに行った。ライアンの家は金持ちでナニーがいたけど、うるさくなかったからな」
「ナニー?」
「乳母ってやつ。両親が家にめったにいない。俺たちのことも大目に見てくれていたよ。子ども預かり所みたいになってた。最も、他の家は親がちゃんと迎えに来てたのも多いけどね」
「どうして?」
「共働きの家だとそうするしかないからさ。俺は自転車で通っていて、一度捕まりそうになって、親切なアパートの住人に助けられて、それからそっちに行くようになった」
「そう」
「ライアンの家で宿題をやるのが多かったよ。ハイスクールに行ってるお姉さんがいた関係で、何人かと知り合ったね」
「そう」
「お前の場合は、友達と遊べなくなると困るな。自転車だと危なそうだから」
「そう言われてもそこまで考えていないよ」
「スクールバスだと帰宅時間が早くなるぞ。近所の人としか遊べなくなるな。そういう人が近くにいれば別だけど」
「そう言われても」
「週末ぐらいしか俺も帰れそうもないし」
「どこに?」
「お前の家」
「あれ、寮にいるんじゃないの?」
「クラブに入ってるやつは、試合とかするだろうし、寮にいて勉強するやつも多いかもしれないけど、それだと面白くないぞ。お前のことが心配だから、様子を見に帰るだろうし」
「帰るってすごい言い方だね」
「頼んだんだよ。向こうでの連絡先として使わせてほしいとね。もちろん、お前の家庭教師と交換条件」
「いつの間に」と言ったら、ウィンクしてきた。
「そういうのは頼んでおいたほうがいいからな」
「聞いていい?」
「なんだよ」
「半井君って、変わってきたね。ウィンクなんてしそうもない感じだったよ」
「向こうではそれなりにしてたよ。こっちで仏頂面になったのは面白くないからだよ。本来はこういう性格」
「分からないよ。どういう性格なのか」
「徐々に分かれよ」
「意味不明なこと言うし、よく分からないし、優しいんだか親切なんだか、わがままだし、強引だし」
「そうか? それぐらいは普通だぞ」
「そうかなぁ」
「お前の場合は取り残されそうだな。がんばらないと置いていかれるぞ。霧のようにしてたら、誰も助けてくれないからね」
「え、どうして?」
「自分のことは自分でやる。分からないことは自分で調べる。聞いたら手っ取り早いという考えも人による。『それぐらい自分でやれ』と怒られるかもな。日本だとあれでも綺麗だから、手助けはいくらでもしてもらえるが、向こうで通用するかどうかが不明だな」
「あれだけモテるのに?」
「いや、むしろ、お前のほうが助けてもらえるかもね。声もかけられるかも」
「どうして? もてないよ、私」
「男は女の子に声をかけるしデートの誘いも多かったけどね。お前と同じようにおとなしくて、かわいらしくてよく笑う子がいて、誘われていた」
「かわいくないよ」と言ったら笑っていた。
「一之瀬と逆だな、お前」
「そう言われても」
「男はぼやいていたよ。自分からいかないと無理だからね」
「そうなの? むこうは積極的だと思ってた」
「モテる男子は限られているぞ。こっちと同じ。俺は日本人の割にはモテてたし、栄太も同じだけど。それ以外はめったになかったぞ」
「また自慢ですか」と笑った。
「いいだろ、別に。それぐらい言ったって。お前だとつい言いやすくてね。本音で話せるの久しぶりだからうれしいんだよ」
「そうなの? 友達も多かったんでしょう?」
「親友というより悪友ばっかり。女の子だって遊びの子だけだな」
「真剣に付き合った子もいたでしょう? そう言ってなかった?」と聞いたら黙ってしまった。
「ごめん」
「いや、いいんだよ。そうだよな、いつか言わないといけないけど、ちょっと待ってくれ。俺の中でまだ整理がついてないんだよ。お前のお陰でなんだかやっと考えられるようになってきたから」
「私?」
「You give me a warm feeling.」といきなり英語で言われてびっくりした。込み入った話をする時は日本語にしていたからだ。
「what did you say?」と何とか聞き返したけど、
「それぐらいは聞き取れただろう。恥かしいから二度も言わせるな」と笑っていた。うーん、あなたは私に暖かい気持ちを与えてくれるって、どういう意味だろう? と考えていた。
「☆お前はずっと知り合いだったみたいに感じるんだよ」
「また使った」
「英語で言いなさい」と言われて、
「You said again. 」
「まだまだだ」と呆れられてしまった。

 2学期になると、男子は焦りからか、あちこち夏休みはどうだったか聞いている人もいたけど、女子はまだ、雑談ばかりしていた。
「でもさぁ、結局、多摩子はいいなぁ」と言われていた。
「念願の本宮君とデートを何度もできて」
「違うよ。一緒にお勉強を」とうれしそうに言っていたので、
「えー、すごいと言われていて」なぜか本宮君が逃げ出したそうにしていた。
「本当か?」と本宮君が聞かれていたけど、
「いや……」と歯切れが悪そうで、
「本宮もとうとう本命か?」と笑われていた。本宮君が浮かない顔をしていたため、
「やめろ」と拓海君が止めていた。
「えー、いいじゃないか。明るい話題なんだから」
「やぁだ〜!」と三井さんが笑ったら、
「お前の場合はこのクラスの評判を落とすからな」と言ったため、
「え?」とみんなが驚いていた。
「そうだよ。お前のせいで先生が怒られていたぞ。反省しろよ、いい加減」と男子が言いだして、手越さんがさっさと逃げていたためびっくりした。
「三井にしろ、手越にしろ、俺達のことで嘘言うなよ。絶対に」と言われていて、珍しいなと見ていた。

「模試のことで先生が怒られてしまったそうです」と碧子さんが昼休みに言った。
「どうして?」
「この間の件で色々と。私も聞かれて困ってしまって」
「なにを?」
「そばにいたために本郷君が確かめたんです。それで」うーん、困ったやり方だなと思った。
「かなりの数に聞いてしまったそうで、それが教頭先生の耳に届いてしまったようですね。本郷さんは困ってしまいますわね」
「あいつ、いい加減、気づけばいいのにね」と桃子ちゃんが言ったので、どういう意味だろうと思った。
「仙道さんといい、なんだか困るなぁ。中間まであるけど、男子は進路指導の紙、そろそろ決めないといけないから、あちこちで話してるよ。模試の結果が出たらそれも参考にするだろうし」
「決めたの?」とそばの子に聞かれて、
「まだだよ」と沢口さんが答えていた。
「そっちは?」と聞かれて、
「大体は」と碧子さんが言って、私もうなずいた。
「へぇ、詩織ちゃんってどこ?」と別の女の子に聞かれたけど黙っていた。
「言えないほどひどいって、あれは訂正した方がいいぞ」とそばの男子が言い出したため、
「え、どういうこと?」と聞き返したら困った顔をしてから、三井さんを見た。
「知らなかったんだ? 山崎君のことだと思うけど、ちょっとねえ」と女の子達が言いだして、
「三井はどこ狙ってるか知らないけれど。お前って、滑川か」と男子に聞かれて、
「どこ、そこ?」と聞き返したら、その場にいたほとんどが笑った。
「あれ、変なこと言った?」
「お前、あれだけ有名な学校を知らないのか?」と聞かれて、
「有名なの?」と聞き返したら、
「どうも違うようだぞ」と言われてしまった。小声で、
「一番下のランクの学校」と桃子ちゃんに言われて、
「へぇ、そう言えば聞いたことがあるような」と言った為に、みんなが笑った。
「やっぱデマじゃん」と男子が笑っていて、
「滑川は女子高だから知ってると思ってた。男子だと日栄だったよな?」と言い合っていて、そっちは聞いたことがあるなと思った。
「滑り止め、どこにした?」と男子が言い合っていて、
「俺もさすがに日栄じゃないぞ」と言い合っていて、
「親に怒られそうだよな。勉強しろって毎日うるさいって」と男子がぼやいていた。

 廊下に出てから、碧子さんが説明してくれた。裏で勝手に噂されていたようで、
「どうしていいか分からなくて、山崎君に相談したら注意してくれたそうです」まただ。とうな垂れた。
「あら、どうかしました?」
「どうしたら強くなれるかな」
「え、でも、それは関係がないと思いますけれど」
「拓海君に迷惑掛けなくて心配をかけなくてすむぐらい強くなりたいな」と言ったら、
「そんなことはないと思いますよ。ああいう方はどこにもいらっしゃいます。山崎さんが言ってくださるのは詩織さんが強くないという訳ではなくて、ただ心配なだけだと思います」
「でもね」
「気にしないほうがいいと、言われましたの。桃子さんも同じように言われているようですわ。男子も女子もこの時期からちょっとそういうことは言い合うそうです」
「困ったね」
「でも、がんばろうと励ましあっていますの。私もがんばりたいので」と碧子さんが優雅に微笑んだ先で本宮君がこっちを見ているのに気づいて、彼は目をそらしていた。
「円井さんとどうなったんだろう?」と私が小声で言ったら、
「あの方達は一緒に勉強したそうです。いいと思いますわよ。楽しそうですから」とごく普通に言った為に、
「でもね」と言ったら、
「円井さんはとてもうれしそうでしたから」と言われて、複雑なものがあるなぁと困ってしまった。

 拓海君に何度か聞かれても志望校は教えなかった。
「詩織って意外とそういうところがあるな」
「どうして?」
「言えばいいだろ。恥かしがる仲かよ」と呆れていて、
「ごめん」とうつむいた。
「詩織の場合はどうもそうだよな。もっと言えよ。そのほうがいいぞ」
「拓海君のように強くなれたらいいね」
「強く?」
「高校から」
「ああ、それはそうだけどね。お前の場合は心配になるよな」
「拓海君の行く学校ってきっと積極的な人が多いだろうね」
「え?……ああ、そうかもな。それは聞いている限りだとそうみたいだな。本宮の兄が梅山だし、桃子のお姉さんが光鈴館だし、あちこちの兄弟の話を聞いた限りでは自力でやらないと落ちこぼれるって」
「え?」
「そう聞いた。途中でやらなくなるやつはいるらしいよ。それで、浪人したりしてるって聞いた。高校じゃなくて、大学が重要だからと親も言ってるらしいね。俺はそれより、あの人には認めてもらわないと困るから」
「あの人って、まさか」
「そう全教科100点取ってから来いと言った人。そうじゃないとなんだか前に進めない」
「前?」
「いいよ、親にも納得してもらわないと。お前は誰が来るんだ?」
「お母さんは無理だって。お父さんだけど、色々あって」
「なんだよ、大丈夫か?」
「何とか間に合うといいけど」
「何が」
「えっとね、色々あって」とごまかした。


読めない名前

 調査の紙を提出したあとはうるさかった。
「えー、あちこち探りはいれない。それから、先生の前で喧嘩する前によーく話し合っておいてくれないといくら時間があっても足りないから、そうしておいてほしい」と先生が言ったため、みんなが笑っていて、
「笑い事じゃないんだ。毎年、結構もめる。親子喧嘩は家でしてくれよ」と言ったけれど、男子は笑っていた。笑い事じゃないぞ。と困っていた。

 昼休みに分からないところを先生に聞きに行く子が多くなり、職員室は人が多くて、私はプリントを集めて持って行ったら、
「佐倉」と呼ばれて、赤木先生だったので、
「どうかしました?」とそっちに寄って行った。
「どう読めばいいんだ?」と聞かれて、そうか、そう言われたらそうだったなと思った。
「悪いな、志望校の調査。一応、紙に集計を出さないといけないからな。お前のは別枠だから」と小声で言われて、
「えっとですね」と考えていた。
「読み方が難しいよな。学校名は大概は分かるが、これは……」と言われて、笑ってしまった。
「私も最初は読めなくて」と笑ったら、
「だよな」と先生も苦笑していた。
 
 ホームルームの前に、みんながひそひそ笑っているのが見えて、誰だろうと見たら、瀬川さんがこっちを見てほくそえんでいた。なんだろう? 
「読めないんだって」
「学校名読めないようなところを志望するなんて恥かしい」と三井さんが言ったためびっくりしてしまった。
「別枠だって。よっぽどできないんだよね」と手越さんに笑われてしまい、さすがにびっくりしたけれど、ちょっとむっとなってしまった。
「やぁだ〜! 怒ってるよ。学校名読めないような子がこっち睨んでる」と瀬川さんが聞こえるように言って、三井さんと馬鹿笑いしていて、みんながこっちを一斉に見ていて、
「やめろよ」と本宮君が止めてくれて、
「そんな言い方」
「聞いて、この子、学校名読めないんだって、バカだよね。学校名ぐらい誰だって読めるじゃん。漢字読めない〜♪」と三井さんが周りに聞こえるように言いだしてしまい困ってしまった。一之瀬さんがうれしそうに寄って来てしまい、
「そこまで駄目だったんだ」と笑ったために、困ってうつむいていたら、
「ふーん」と冷めた声が聞こえた。いつのまにか半井君がそばに来ていた。廊下側で話していて窓が開いていたため、気づいたようで、
「じゃあ、読めるんだな。お前は」と半井君が聞いた。
「当たり前よ。この辺りの学校名も読めないような人なんて」と三井さんと手越さんが言ったら、半井君が教室に入って来た。さらさらと黒板に英語で書いたら、
「読めよ」と言われて、
「え?」とさすがに驚いていて、
「そんなの読めるわけないじゃない」
「シュ、シュ、レンプ」と三井さんが何とか読もうとして、
「海老かよ」と半井君が笑っていた。
「読めないくせに人のことは笑うんだな」と半井君が言った為に、
「え、だって」と三井さんと瀬川さんが笑って、
「こんなの何の関係があるのよ」と加賀沼さんがいつのまにかそばにいて、そう聞いた。
「え、ひょっとして……」とそばにいた仙道さんがつぶやいたら、
「詩織ちゃん、転校するの?」と桃子ちゃんに聞かれてうつむいた。
「シェラ、マット、ランなんだ?」男子が必死になって読もうとしていて、
「この近辺にこんな学校あったか?」と男子が聞いていた。
「東京とか横浜とか?」と男子が言い合っていて、
「インターナショナルスクールだろう?」と本宮君に聞かれても黙っていた。
「転校するの?」とそばの女の子に聞かれて、半井君が黒板を消していた。
「お前らって最低だな。バカにする前に答案覗き込むのやめろよな。三井」と半井君が言って、こっちを見た。
「何の騒ぎだ?」と拓海君がやってきて、みんながこっちを見ているのを見て、
「何か言われたのか?」と聞かれて、
「別にいいだろ。どこの学校に行こうとこいつの勝手だろ。お前ら呆れるよ。学校名も読めないとか言う前に自分のことだけ心配してろ。山崎に振られたぐらいでこういう事をして」と半井君が手越さんを見た。
「え、そんなこと……」と手越さんが困っていた。
「瀬川は学校名は読めるんだってさ。滑川もいけそうもないって聞いたのに」と男子が言いだして、
「失礼ね」と睨んでいた。「そんな言い方ないでしょう」とすごい顔で怒っていて、
「人にはひどい事を言っておきながら、それかよ」と他の男子が笑っていた。
「やめろ」と拓海君が止めて、
「ほっとけよ。人がどこの高校に行こうと自分の心配だけしてたらいいんじゃないか。自分ががんばるしかないんだからね」と半井君が行ってしまい、
「その通りだけどなぁ。俺、気になる」と男子が言って、
「えーい、席に着け。なんだ、この集まりは」と先生がやって来て行った。
「佐倉のインターナショナルスクールの学校名が読めないって発言で三井達がまた例のごとく馬鹿にしてたんですよ」と男子が報告してしまい、先生が困った顔をしていた。私を見てから、
「みんな、人に言われたら嫌だと思うことは言わないように。志望校などで人のことは言わないほうがいい」と注意した。
「なによ、あれ」と三井さんが怒っていたけれど、みんな席に着いていた。

「ねえ、どこに行くの?」と先生が職員室に行ったあと、鞄にしまっていたら興味津々で三井さんが聞きに来た。何も言わずに黙々としまっていたら、
「ねえ、いいじゃない教えてよ」と言われても黙っていたら、
「やめたら、いいだろ」と本宮君が言ってくれた。
「さっき、注意を受けただろ」と他の男子も言って、
「気になるもの。みんなに報告しなくちゃ、こんな面白いこと」と言われて、呆れたけれど黙っていた。
「やめろよ」と須貝君が止めてくれて、
「言いすぎだろう?」
「いいじゃなぁ〜い」と三井さんが笑ったために、
「三井の志望校発表します」と男子が言いだして、びっくりした。
「第一志望、峰明、第二志望、刈穂」と言い出したため、
「え〜! やぁだ」と慌てて止めようとしていて、
「ちなみに峰明はかなり危ないそうでーす」と言った為に笑われていて、
「ひどーい」と三井さんが怒って男子を叩いたら、
「お前が先に言ったんだろ。人に怒る前にやめろよな」と周りの男子に言われたために慌てて逃げて行き、
「あいつらうるさい」と言っていた。鞄に教科書などを入れてから机に伏せていた。ただでさえ、父の説得に時間が掛かっているのに、煩≪わずら≫わしいことは嫌だなぁと考えていた。
「ねえ、どういう事よ。どこ行くのよ」と一之瀬さんの声が聞こえた。すぐ近くだった。
「ありえないわよ。どうして、あんなこと言われないと」と瀬川さんの声が聞こえたけれど、
「やめろ。さっき、言われただろ」と拓海君の声がした。足音が遠ざかり、
「詩織」と拓海君に言われて困っていた。
「さっきのこと……」と聞かれて、しばらく考えていた。
「詩織」と呼ばれて顔を上げた。
「お前……」と言われて、拓海君が何か言いたそうにしてから、周りを見て、
「後で話そうか」と小声で言われてうなずいた。

 帰る時に、なんだかぼーとなっていた。一番、嫌な形になったからだ。誰よりも先に報告したかったのに、こんな形でばれるのは困ったなと思った。とぼとぼと、ほとんど無言で歩いていて、
「インターナショナルスクールじゃないよな」と誰もいなくなってから言われて、仕方なくうなずいた。
「そうか、後にしよう。それであいつと話してたんだな」と寂しそうに言われてしまい何も言えなくなった。

「恥かいたじゃない」
「もう、ひどすぎるわよ。あの子のせいよ」と言っているのが聞こえて、半井君はため息をついていた。また、丸聞こえだ。あいつらはうるさい……と思いながら、鞄を持って立ち上がった。
 焼却炉にごみを捨てに行き、瀬川さんと加賀沼さん、一之瀬さん達がいるのが見えて、
「お前らかよ」と半井君が嫌そうだった。
「あんた、何か知ってるの?」と聞いた。
「やけに内緒話して、あんな子と」と一之瀬さんが食って掛かっていた。
「志摩子の告げ口して、最低」と瀬川さんが言ったら、
「ふーん、あれって俺のせいなのか?」と聞かれて、さすがに何も言えなくなっていた。
「あの学校って、どこにあるのよ」と一之瀬さんが聞いたら、
「学校名読めたら教えてやるよ」
「電話帳で調べてやるわよ」
「読めないのにか?」と半井君が笑ったら、加賀沼さんまで笑ったため、一之瀬さんが睨んでいた。
「どこにあるのよ。他の子に聞いても分からないのよね。関西の方? 東京?」と聞いた。
「だから、読めたら教えてやるよ。さぞかしスラスラ読めるんだろう。人の事をあれだけ言えるぐらいだからな」と半井君が素っ気無く言ったら、すごい顔で瀬川さんと一之瀬さんが睨んでいた。加賀沼さんは関係なさそうに鏡を出して自分の姿をチェックしていた。

 家に帰って、ジュースを出していたら、拓海君が寄って来た。それから、いきなり抱きしめてきて、
「え、あ、ちょっと」とびっくりした。ジュースを置いてすぐだったため、さすがに驚いて、
「拓海君?」と聞いた。
「お母さんの所に行くのか?」と聞かれて、仕方なくうなずいた。
「どうして言ってくれなかったんだよ」と怒られてしまい、
「ごめんなさい」と謝った。
「どうして、あいつは知っていて、俺に……」と言ってそこで黙っていた。
「ごめんね。どうしても言えなくて」
「どうして、どうして言ってくれないんだよ。大事な事だろう。何度もあいつと話していて変だとは思ってたよ、でも、そういう事情なんて」
「ごめんね」としか言えなかった。
「変だと思ってたよ。何度も何度も、あいつと話して、向こうの話を聞きたいからって、絶対変だとは思ってた、だけど……」
「ごめん」
「詩織はどこにも行くな」と強く言われて驚いた。
「俺のそばにいればいいだろう」
「でもね」
「どうして、アメリカに」と言われて、
「あのね、拓海君」
「今度は離れたりしない、そばにいる。そう決めてたのに」
「でも、高校に行けば会えなくなるし」
「でも、できるだけ会いに行くし」
「部活も勉強もあるんだよ」
「学校が遠くになったって、部活があったって、会える距離にいるのと会えない距離にいるのとじゃ違いすぎる」
「それは……」
「どうして言ってくれなかったんだよ」と抱きしめられたまま、何も言えなかった。
 かなりの時間、拓海君と2人で黙っていた。
「ごめんね」と言って、拓海君から離れた。拓海君がじっと見ているのに耐えられなくなって、横を向いた。
「本当に行く気なのか?」と聞かれて、うなずいた。
「断れないのか?」と言われて驚いた。
「お母さんのそばに絶対に行かないといけないのか?」
「違う」
「じゃあ、日本に残ればいいじゃないか」と言われてしまい、困っていた。
「お父さんと喧嘩でもしたのか? それとも、なにか」
「違うの。親の都合じゃないの」
「じゃあ、どうして?」
「私が決めたの。お母さんが薦めてくれたのは本当だけど、決めたのは、私。お父さんは未だに反対している」
「だったら、やめたらいい」と強く言われて驚いた。
「でもね」
「親の反対押し切ってまで行く必要があるのか? アメリカって、簡単に行けるようなところじゃないぞ。言葉だって、習慣だって、色々違うんじゃないのか? そんなところにお前が行ったら、どうなるんだよ」
「それは……」
「アメリカにお前が旅行に行っている間、俺がどれだけ心配してたか分かってるのか? 飛行機が落ちないだろうか、空港で迷子にならないだろうか、向こうで芥川が勝手に行動して振り回されていないだろうか、お母さんに無事に会えたんだろうかって、そればっかり考えて、心配して、帰ってくるまでどれだけ心配だったか」と言われて、驚いた。
「そんなに心配してくれたの?」
「当たり前だ。楢節さんとも約束したからな」
「約束?」
「したんだよ」
「そんなこと、だって、あの人は別に気まぐれで色々教えてくれていただけで」
「確かにそれもあったと思う。でも、お前のことは心配していたよ。あれでもね」
「そんなこと」
「ボタンもらっただろう? お守りだって言ってた。振り回されないように、自分はどうしたいかを決められなくて、迷いが多いお前のためのね。ああ見えて、それなりに心配はしてたようだぞ。だから、言われた。付き合う以上はお前が支えてやれって。色々見えている部分があるにも関わらず押しが弱くて、迷いやすくて一之瀬のような無責任に色々言ってくるタイプに振り回されてしまうから、そういう部分で支えてやれるような男になったら認めてやるって言ってた。俺の言葉を聞いて、そこまで言えるなら認めてやるって」
「言葉?」
「とにかく、俺は反対だ。絶対に」と強く言われて、
「私……」
「絶対に駄目だ。親がどう言おうと俺も反対だ。そばにいればいいだろう? 俺の目の届く範囲で」
「私ね、向こうに行きたい理由があって」
「なんだよ」
「私、強くなりたいから」
「無理だ。こっちでも引っ込み思案なのに、向こうにいけば一人で乗り越えていかないといけないぞ。一之瀬みたいなやつがいるかもしれない。言葉も通じないところにお前がいくのは無理だ」
「でも」
「そばにいればいいんだよ。どうして行く必要があるんだよ」とまた寄って来て抱きしめてきたので、困ってしまった。
「あのね、私」
「絶対に駄目だ。そばにいないと守れないからな。守るって決めたんだから」と言ってくれたので、泣き出してしまった。かなり泣いたあと、拓海君が頬に手を持ってきて、それから顔を近づけて、そっとおでこにキスしていた。
「昔、こうやっておまじないしたんだよ」
「おまじない?」
「泣き虫な女の子がいて、転んではビー、ぶつかってはビー、怪我したらビーって泣くんだ」と言ったため、さすがに、
「そんなに泣いてたの?」と恥かしくなった。
「泣いていたんだよ。それでいつも、おまじないと言って、泣き止むようにこうしていた」
「そんなに泣いてたんだ、私」
「ああ、泣いてばかりいたけど、その後、笑うんだよ。小さい手で、涙を拭いて、笑ってくれて」と言って私の顔をじっと見ていた。
「その子が、こうやって大きくなって、再会できた時、どれだけうれしかったか。懐かしくてうれしくて、それなのに気づいてくれなくて、寂しくて」
「ごめんなさい」
「俺は反対だ」
「でも」
「絶対に反対だ」と強く言われて、それ以上言えなくなってしまった。

 電話が鳴って、父だろうかと考えていた。出たくなかったけれど、しつこく鳴っていたので、仕方なく受話器を取った。
「大丈夫か?」と優しい声が聞こえた。
「あいつと話したのか?」一瞬誰だろうと思うぐらい、いつもと別人のような穏やかで優しい声だった。
「半井君」
「悪かったな。つい、カッとなってね」
「どうして、半井君が?」
「俺はああいうのは許せない。お前も言い返せば」
「拓海君に迷惑掛けたくない」と言ったら、彼が黙った。
「そうだったな。それを思い出せばよかったよ。俺も駄目だな。こういうのは駄目だ」
「ごめんね」
「なんで、お前が謝るんだよ」
「だって、なんだか巻き込んでしまって」
「違うだろう? あいつらが悪いんだよ。自分が面白くないことがあるからって、人をからかったり見下したりして、さすがに目に余るよ」
「でも」
「言い返せばいいんだよ。『やめてくれ』なり、『そんな事を言って楽しいか』と言うなり、もしくはまったく無視してさっさと移動するなりして」
「それをしたら、きっと……逆恨みするだろうね」とポツリと言ったら、
「そんなのあいつらが……」と最後は声が小さくなっていた。
「そうだったな。怒らせたって、益々付け上がるだけ、相手にすればするほど、あいつらは逆恨みしてひどくなっていくかもしれなかったな。悪かったよ」
「半井君のせいじゃないよ。いつかはばれちゃうものね。仕方ないよ」
「そうだけどな。せめてあいつに説明しておけば違っていたかもしれないな」
「それは後悔したの。まさか、ああいうことで気づかれるなんて」
「矢井田が聞いていたんだよ。お前が何か言われているのに気づいて、そばのやつに何を注意されているか聞き出して、それで志望校の名前の呼び方が分からないと言ってたようだ。廊下で自慢げに話していたからな」
「そんなこと」
「ほっとけばいいさ。あれは俺の志望校だと言っておけ」
「でも、私も書いたよ」
「そのほうがいいさ。俺も行くとばれるのは時間の問題だ。もう、はっきりさせて堂々としていよう」
「でも、拓海君が反対していて」
「あいつが反対したぐらいでやめる気か? そんなに簡単にお前は決めたのか?」となじるように言われてしまい、
「違うよ。やめるつもりはないよ。ただね。ちゃんと話し合いたいの。そのための時間がほしいから」
「だから、言っておけって言ったんだよ。他のやつより先に」
「でも……」
「そうだったな。あれがあったな。あいつには行かないさ。お前に嫌がらせがあったりしたら、俺に言えよ」
「半井君は関係ないじゃない」
「俺の責任だ」
「関係ないよ。半井君は私のために言ってくれたんでしょう? だったら、いいの」
「おまえ……」と言ってから、彼がかなり長い時間黙っていた。
「仕方ないよ。俺の責任だな。お前が一番心配していた事が起きるかもしれないな。瀬川って女が怒ってたからな。一人で行動するなよ」
「瀬川さんが? どうして?」
「一之瀬と一緒にいて、ぼやいているのが聞こえてね、嫌になったから帰ろうと思って、焼却炉にごみ捨てに行ったら、いたんだよ。3人でぼやいてこっちを睨んでいたよ。売り言葉に買い言葉でつい言いすぎた」
「また、やったの?」
「仕方ないだろう? あいつと相性が悪いんだから」
「もう」
「どうせ、いつかはばれるぜ」
「そうだけど」
「お前は強く気持ちを持てよ。そうしたら狙われにくい。隙を見せるな。怖がったりするな。堂々としていろ。それしか方法はない。隙を見せれば付け上がって狙ってくるからな」
「隙と言われても」
「はったりも必要なんだよ。向こうではそうしてきたよ。そのうちやらなくなるさ」
「それは半井君だからだと思うよ」
「関係ないね」
「私はむしろ、普通にしていたい。相手にするんじゃなくて、はったりで無理に虚勢を張るんじゃなくて、なんて言っていいか」
「無理だな。そういうのが通用する相手じゃないと思う。自分が面白くないからって、当たりやすいタイプにああいう事をするやつが、反省することはないんじゃないのか? 俺はそう思うね。一之瀬だって、変わってなかったぞ。恋人に振られたらすぐに機嫌が悪くなって誰かで晴らすかもな」
「そんなこと」
「一人になるなよ。何かあったら俺に言え。俺が決着つける」
「どうして、半井君が?」
「俺は許せないんだよ。一之瀬もああいう事を言うやつも」
「昔、何かあったの?」と聞いたら黙ってしまい、
「いいか、言うんだ」
「半井君だと、喧嘩しそうだね。それだと解決しないかもしれないね」
「なんで?」
「限がないから。負けず嫌いだけれど悔しい目に合わされて正当な手段で見返さない。そう言ったのはあなただよ」と言ったら、さすがに黙った。
「……そうだったな」
「テニス部の時もそうだったから、限がなかった。一度収まって、でも、また、不機嫌になり。みんながどこかおかしいと気づいて、さすがに問題が発覚して親に色々言われたから顧問が処分を考えて、一度反省したと思ったけど、駄目だったよ」
「俺は駄目だな。一之瀬の事はトラウマなのかもしれない」
「どうしたらいいんだろうね」
「そうだな。逃げるしかないんだよな。ああいうタイプはね。あの女と同じだった。あの女が……。俺は重ねていたのかもしれないな」
「え?」
「とにかく、お前は一人になるなよ。後はその都度考えていこう」と言われて、
「そうだね」と言ってから受話器を切った。

back | next

home > メモワール3

inserted by FC2 system