23

話題

 朝は眠くて、ぼーとしていたら、
「佐倉さん、しっかりして」と沢口さんに言われてしまって、近くのグループの男子が笑っていた。その中に須貝君がいて、
「あ、おはよう。ねえ、どうして、あの子と」と三井さんがそばにいて話しかけていて、語尾は聞けなかったけれど、
「え、それは……」と須貝君が困っていた。
「うるさい。三井、あっちに行け。お前のキンキン声を朝から聞きたくない」と隣のクラスの男子に追いやられていて、
「ほっとけよ」と須貝君に声をかけていた。私は欠伸をしていて、
「なんだか、あちこち噂が飛び交ってるから、朝から確認がすごいね」と小宮山さんが笑っていた。
「噂って?」
「詩織ちゃんは寝てたからね。色々男子の話題、誰と誰がくっつくかと言う話題」と桃子ちゃんが解説していて、
「女子はそっちかよ。男子なんて、誰がどこの高校を受けるとか、どれぐらいの成績の人がどこに受かったとかの話か、それか、女子のか」バシっと途端にそばの男子に叩かれていて、
「女子のか……?」と桃子ちゃんが聞き返したら、
「ああ、そういうことは、ほら……」とそばにいた男子が一斉に取り囲んでごまかしていて、須貝君やその周りにいた男子が心なしか赤い顔をしていた。
「男の談義は面白いぞ」と別のクラスの男子が笑っていて、
「俺たち比べっこ」
「やめろ」と慌てて口を押さえられていて、
「怪しい」と女の子が疑いの目で見ていた。
「枕投げしたクラスのそばに先生が張り付いていたから、談義に変えたんだよ。それだけ」と誤魔化していて、
「何を談義していたやら」とみんなが笑っていた。

「女子のか……に続く言葉って、なんだろうね」とご飯の後に言い合っていて、
「さっき、聞いたよ。胸だって」と三井さんが答えたため、
「えー」「やだー」と言い合っていて、
「『か』って、『身体』ってこと?」とみんなが顔を見合わせていて、
「足もあって、手も顔も言ってたらしいよ。かわいい子談義と言う意味と、身体と言う意味、どっちかだって」
「どっちも嫌だって」と言い合っていて、それはちょっと困るなと思った。
「比べっこって、それなんだね」
「ああ、違う。そっちは男子の」
「志摩子、それ以上言うと洒落にならない」と手越さんが慌てて止めていた。
「男子って変な事を比べたりするね。せいぜい、成績ぐらいにしておけばいいのに、どうしてそっちに話が飛ぶんだろう」
「その辺にしておこうよ」と桃子ちゃんが笑っていた。

 バスに乗って、あちこち乗ったまま説明を受けたあと、目的地に着いた。
「東大の赤門って、本当に赤いね」
「寝てたから、気づかなかった」と言い合っていた。
「でもさ。写真、結局撮ってもらえなかった。本宮君、今年は駄目だなあ」と言い合っていて、
「彼、去年までと態度が違うね。なんだか、寂しい」
「王子よりは愛想がいいじゃない」と言っていたら、
「おい」とそばの男子が注意してきて、振り向いたらすぐ後ろに半井君がいた。欠伸をしていたら、
「君の場合は欠伸の数を数えたくなるな」と言われてしまい、
「ははは」と笑って誤魔化した。
「霧は元気なのに、君は逆だな」
「体力がないもので」
「それじゃあ、負けそうだ」と言って、さっさと抜かして行った。そばにいた男子がなにやら話しかけていたけれど、淡々とした感じだった。
「何に負けるの?」と沢口さんに聞かれて、
「テニスでしょう」と言いながら欠伸したら、
「また、してるよ」とみんなが笑っていた。
 グループで固まってガイドの説明を聞いたり写真を撮りあっていたら、
「詩織」と呼ばれて振り向いたら芥川さんが手を振っていた。そばに行ったら、
「撮って」とそばの男子にカメラを頼んでいて、
「ああ、王子。一緒に写ろうよ」とそばにいた半井君に明るく言って、
「またかよ」と言いながら、そばに寄ってきて、間に入っていた。
「なんで、真ん中?」と聞いたら、
「一応、迷信を信じるヤツがいるから、面倒だから俺が真ん中になることが多い」と言ったので、そういう理由なんだと思いながら写真を撮ってもらった。
「いい加減なもんだって」と芥川さんは明るく言って、別の女の子に呼ばれて行ってしまった。
「そう言えば、お前とは撮っていないな」と半井君に言われて、
「え、どうして?」と聞いたら、しばらくしてから笑い出した。
「お前はつくづく他の女子と反応が逆になるな」
「逆……?」
「そういうところは楽でいいな」
「楽……?」
「そのほうがありがたいよ」と言いながらさっさと男子のグループに合流していた。
 戻ったら、なぜか拓海君が睨んでいた。
「あれ、どうかした?」
「なんで、あいつと」と言ったので、
「何か気に入らないことでもあった?」と聞いたら、近くの男子が一斉に笑っていた。
「鈍い」「いや、こういうタイプだから過保護になるんだろう」「過保護すぎ」とみんなが言い合っていて、
「過保護?」と聞いたら、
「つくづく鈍いよ」と拓海君が呆れていた。

 集合写真を撮ったあと、みんなが騒いでいて、先生に怒られている人もいた。
「それよりさあ、やっぱり気になるなあ。本宮君の相手」とまた噂されていた。
「その辺にしておいたら」と桃子ちゃんが見かねて止めていた。
「でもさ。あちこち春がきてさ。うらやましいから」
「友達どまりも多そうだよ。ただ話している程度にしか見えないね」と三井さんがケラケラ笑いながら、私を叩いたため、
「やだー」とクラスでも落ち着きのないグループが笑っていたけれど、ちょっと感じが悪くて、
「それぐらいにしたら」と仙道さんが見かねて注意したら、
「いいよ、別に、これぐらいねえ」と三井さんがまだ笑っていて、
「志摩子、逸子、うるさい。それから、瀬川さんと加賀沼さん、毎回抜け出すのはやめてよね。先生たちに聞かれたから、はぐらかすのに限度があるよ」と根元さんがぴしゃりと言ったため、シーンとなった。
「あなたももっとはっきり言ったらどう? 経験者だからって、何も言わないなら、意味ないわよ」と仙道さんにも言ってしまったため、周りがひそひそ言っていた。
「それぐらいでいいだろ」と拓海君が寄って来て止めていた。
「女子はちょっと目に余るね」と冷たい目で本郷君が見ていた。
「えー、あなたになんて言われたくないわよ」と三井さんが言いだして、
「なんだと」と本郷君が睨んでいて、
「やめなさいよ」と根元さんが止めて、
「ほら、あなたも間に入りなさいよ。だから、舐められるのよ」と根元さんが仙道さんを睨んでいた。
「成績じゃないみたいね。人望と仕切りの問題かもね」とそばの別のクラスの女の子がきつい言い方をしていて、
「あ、でも」と仙道さんが困っていた。
「そのクラスは何をしている。ちゃんとグループで点呼を取って、行動しなさい」と別のクラスが怒られていた。
「また、E組だよ。枕投げも夜の騒ぎもあそこばかりだよな。集合の時にいつも集まらないらしいよ」と言い合っているのが聞こえた。
「Eは学級委員が仕切りできないってことだろう?」
「違うよ、男子の一部と一之瀬達のグループが落ち着きがなくて問題が多いらしいよ。学級委員の田沼もあれじゃあな」
「あれ、弘通じゃないの?」
「弘通は押しが弱いからやってないという話。立候補したのが田沼。ただ、成績はいまいちだって噂」とそばの男子が言い合っているのが聞こえた。

 帰りのバスではうるさいグループと寝ているグループに分かれていた。わたしも碧子さんも寝ていて、
「なんだか、疲れちゃったな。本宮君といい、王子といい、写真が撮れなくて」と言っている声が聞こえた。
「お前らうるさい。三井達黙れよ」と後ろの男子がぼやいていた。
「志摩子も逸子もおとなしくしていてよ」と根元さんが言っているのが聞こえたけれど、後はシーンとなっていて、
「後ろのグループ、せっかくのテレビが聞こえないから静かに」とマイクから先生の声が聞こえて、笑われていた。

 眠いなあと思いながら解散の言葉を待っていた。誰も聞いてないのによく話すなあ……と思いながら校長先生たちの話を聞く振りをしていた。
「えー、ではくれぐれも気をつけて帰るように、解散」と言った途端、
「やれやれ、やっと終わったぜ」と男子があちこちで言ってしまったため、
「お前ら、もっと小声で言え」と先生に怒られていた。
「帰ろうぜ。荷物持ってやるよ」と拓海君が寄って来て、そばの女の子にひそひそ言われてしまった。見たら、三井さんたちで、
「なんだよ?」と拓海君が気づいて睨んでいた。
「山崎君ってつくづく過保護だね。佐倉さんを甘やかして、少しはこっちを優しくしてよ」
「おーい、タク、俺の荷物も頼む」「俺も」とそばにいた戸狩君たちが冗談で荷物を渡していて、
「やめろよ、お前らもからかってね」と拓海君が笑いながら避けていた。
「三井達、見つからなくて良かったな」とそばの男子が笑っていて、
「やばい」と言って慌てて逃げていて、そばにいた手越さんが気に入らなさそうに睨んでから行ってしまった。
「呆れるよな。あればっかりだ。もっとも、タクがもっと他の女子に優しくするか、佐倉への過保護をやめるかすれば減るんじゃないの」と戸狩君に言われてしまい、恥ずかしくなった。
「うるさい。勝手に言ってろ。あいつら、人の気も知らないで」
「お前が佐倉ばかり庇うから面白くないのは当然だ」と戸狩君が笑っていて、
「あいつら逆の立場の時、当然のような顔をして図に乗るタイプじゃないか?」と拓海君が言ったら、桃子ちゃんが聞こえたらしくて笑っていた。
「人がえこひいきされるのは気に食わないが、自分は優先してほしいのは女の子ならあるんじゃないのか?」と戸狩君に言われて、
「えー!」と桃子ちゃんと2人でぼやいた。
「確かに、ああいうタイプは自分のことは棚に上げすぎるけれど」と小声で付け足したので笑っていた。

「しかし、うっとうしかった」
「なにが?」と帰りながら聞いたら、
「写真。本宮が何度言われていたか分からない。反対にあいつらは女の子にすぐ混ざろうとして見境がない」
「あのね」
「堂島の友達だから話すようになった口だけど、落ち着きないよな」
「だれが?」
「鹿取たち。恵比須の方が見境がないほう」
「なるほど」
「お前はあまり話してなかったな。もっとも、沢口さんは本宮に話していたけどな」
「そうなの?」
「鈍い。つくづく鈍いね。あちこち、申し込みやら色々あったらしいぞ。夜はうるさかったな。碧子さんの話もいっぱい出てたぞ。デートが目撃されたようだけど、そう言えば、本宮と何かあったのか?」
「電話で話すね、ここではちょっと」
「家まで送ってくよ。何かあると困るし」
「いいよ、疲れているでしょう。それに荷物も自分で持つから」
「お前に持たせると、きっと、果てそうで心配なんだよ。体力がなさ過ぎて」
「そう言われても、なんだか、悪くて」
「勝手に言いたい事を言うヤツは言わせておけ」
「何か言われたの?」
「あいつらうるさいよな。三井が振られたのは知らないし、手越も円井もあちこちやってるよ。それに別のクラスの申し込みも断ったとか色々あったぞ」
「三井さんは誰?」
「王子だという話と、本宮だという話とごちゃ混ぜ」
「えー、嘘だ」
「あいつも言いたい放題だから、よそのクラスの女子に同じように言われただけだろうな。だから、デマだろう。じゃなかったら、二人の噂を流さないだろうから」
「噂?」
「旅行中はあの2人の噂があちこちで言われていたと聞いたよ。仙道も困ってたようだよ。本郷とは話し合えないらしいから、最初、戸狩と話していて、見かねて注意されて俺と本宮の所に相談に来てた」
「え、どうして?」
「元のクラスだから言いやすいという理由で戸狩のところに相談に行かれたら、本郷もC組の学級委員の女子も面白くないだろうからと戸狩が注意したようだ。当然だけど」
「そういうものなの?」
「でも、本郷は『小さい』とあちこちで言われだしてるよな。困ったもんだ」
「小さい?」
「器って事だろうけれど、もう、本人にばれるのは時間の問題だよな。受験もあるのに困ったよ」
「本宮君にも相談したんだね?」
「成績順だろ。本郷のは俺は知らないからな。戸狩は知っているようだけど、結果が出るまで言いそうもないよ」
「ふーん」
「お前は気にしなくてもいい」
「でも、最近は困るよ。拓海君はもっと自分を優先してくれた方が」
「いいよ、気にするな。俺の方が心配なだけ。そういう性分みたいだな、俺」
「え、どういうこと?」
「お前の心配するのが俺の役目ってことだよ。小さい頃からそうだから」
「そうだったの?」
「すっかり忘れているよな。困ったもんだ。あっちの学校ではどうだった? 誰か、面倒は見てくれたか」
「それを聞かれると恥かしい。太郎にも岳斗君にも、次郎にもお世話になった」
「やっぱり」
「太郎が運動系が多いよ。遊びもね。次郎は宿題を一緒にやったし、岳斗君は勉強方面の面倒を見てもらった」
「お前なあ」
「私って、そんなに心配になる性格なのかな?」
「見るに見かねて手伝ってしまいたくなるのは俺だけじゃないようだな」と言われてしまい、恥ずかしくなった。
「やっぱりそうなんだね。彼に言われたの。ちょっとね」
「彼って? まさかと思うが、女子の誰とも写真は撮らなかったくせに、芥川霧子だけは例外で応じていて、お前も一緒に写った、あいつじゃないだろうな」と言われて、困ってしまった。
「ついでに、英語もペラペラで外人に道を教えてやり、お前にもやたらと話しかけているのはどうしてだろうと噂のあの、彼か?」と思いっきり気に入らなさそうにしていた。
「お城に住んでいるという、噂の王子」と冗談で返したら、
「お城ねえ。お城に見えなくもないよな」
「あの人、不思議」
「ふーん」
「彼も言ってたの。『お前はつい心配になる』ってね」
「ふーん」となんだか機嫌が悪そうだった。
「本宮君みたいだよ。やめようよ」
「あいつもすっかり八方美人をやめたようで。あの方が俺はいいな」
「え、そうなの?」
「あいつはかっこつけてたのは、わざとかもよ」
「え、どうして?」
「本来の性格って、どこかで出るからな。あいつ、意外と親切みたいだし、ちゃんと女の子も見てる気がするな。ただ、意識しすぎなんだよ」
「誰を?」
「周りを。でも、戸狩が言うには違うってさ」
「え、どういうこと?」
「兄貴のせいだろうと言ってた。変態会長と争うのはやめて、生徒会は副会長に変更したけれど、人望もあるし明るいと評判の長男」
「へえ、そうなんだ?」
「生徒会長に立候補していても、いい勝負になったかもね。成績がちょっと届かなかったようで、路線変更したんだ。そういう部分でも兄貴の方が一枚上手かもね。読みがね」
「読み?」
「男の中には先の先まで読んだり、先生や大人の顔色を伺うのが上手なヤツはいるからな。結構できる生徒はそういう人が多いし、マルチにできるからね。人望もあるし。でも、本宮はそこまでできないからな。唯一勝っていると言えるのがあの美貌と色気だから」
「美貌? 色気?」
「三井やそこら辺の女子の真似しただけ」
「そんな事まで言ってるの?」
「お前はつくづく疎いね。クラス替えの後の人気投票で一位になったのは本宮だったから、その解説してた」
「そう言えば、やってたね。拓海君はどうだった?」
「お陰さまで2位だったからな。意外だよな。本命がいても落ちないらしい」
「本命ってね」と頭を抱えた。
「心配しなくてもいいさ。それより、あいつと話すのはやめた方が良くないか?」
「そう言われても」
「あいつ、ちょっと油断ならないよな」
「そう?」
「なんだか得体が知れない。気分屋だって噂もあるしね、お前が振り回される気がして」
「拓海君って、心配性なんだね」
「お前の保護者も兼ねてるからな、俺」
「え、どうして?」
「お母さんからくれぐれもよろしくってさ。お父さんは頼りにならないからと言い切られたのは困ったよな」
「ごめん。お母さん、お父さんとは何かあったのかもね。なんだか、困っちゃうな」
「話し合えたらいいんだろうけどな。うちは両親とも話し合いが多いよ。親が教師だから、そういう問題を話し合う機会が多かったらしくて、それを見て育ってるから、何でも話し合いで解決したいと言ってたよ。弟は聞いてないけど、俺も受け売りが多くて、説教する癖がついたから」
「なるほど」
「お前ものんびりして育って、ちょうどいい相性なんだろうな」
「そう言われても困るよ」と言ったら笑っていた。

「ふーん、なるほどね」と家に帰ってから本宮君の事を説明したら、考え込んでいた。
「ジュースを飲んで、いいよ、そのことはね。碧子さんははっきり決めてあるみたいだから、本宮君が納得するだけの話だと思うよ」
「無理じゃないか?」
「え、どうして?」
「意地があるに決まってるぞ。ああ、頂きます」と言ってジュースを飲んでいた。少し飲んでから、
「本宮がこんな気持ちになったのは初めてということは、今までと違うって事だろう。戸狩の予想通り、今までのは恋愛と言えることじゃなかったのかもね」
「そうなのかな? 噂はいくらでも」
「噂は当てにならないぞ。そこまで気がないのに、軽く応じていただけかもな。つまり、今度が初めての本気モードってことだろうな」
「そうなんだ?」
「だから、修学旅行中だというのに、見られる心配があるかも知れないのに言ったんだろうな。焦ってるって半井が言ったのは当たっているだろうね」
「冷静じゃないと言ってたよ。確かに表情が変で」
「普通じゃないってことだろうな。あいつも今までは演じていたのかもな」
「なにを?」
「フェミニストを」
「そうなの?」
「元々優しいのかもしれないとは思った。細かいところは気づいている気がする。ただ、それを演出していた部分もある気がしたな。そばにいてね」
「演出?」
「仕方ないさ。大人の目を気にするヤツはいくらでもいる。あいつ、土地持ちの金持ちだと聞いたぞ」
「南平林出身の人は良く知らなくて」
「俺も途中からだしね。海星もそうだけど、途中からのヤツは多い。ただ、本宮はかなり金持ちだと言う噂があったよ。母親の方が金持ちらしいよ」
「ふーん」
「そういうことも関係あるのかもな。お小遣いも結構もらっているという噂もあったから」
「え、どうして?」
「デート代が中学生だとお小遣いしかないからね」
「そう言われたら、そうだったね」
「俺たちも行きたかったというのに、中々行けそうもないな」
「いいよ、部活優先して。納得する形で終わりたいでしょう?」
「お前らの方はどうするんだ?」
「拓海君に言われて、小平さんから柳沢に一年生の指導を頼んでもらったけれど」
「そっちじゃなくて、お前らの方だよ。団体戦も負けそうだよな。一之瀬は自滅するだろうし、小平さんたちだって、あまり上手にはなっていないしね。お前たちのところは話し合っているとは言え、そこまでじゃないしね。加藤さんところは間に合わないかもな」
「え、どうして?」
「合わせるまでに時間が掛かる。基本が何とかまともになってきてラリーが続くようになった程度の弱小テニス部じゃ、結果が見えてる」……何も言えない。
「なんだか、あっちこっち止まって、回り道して順調にいかないものだね」
「方針が決まっていないからだ。何度も全国大会で戦っているような強豪チームの場合は顧問の方針がハッキリしている。それから中途半端なヤツは残らないから練習しないやつは辞めていくからね。お前たちはそのレベルじゃないから、それで当然だと思うよ。こっちも人のことは言えないが、少なくとも少しでも勝ち残りたい意識はみんな持ってるから、練習以外での妨害はしない」
「え、でも」
「元々、うちの顧問は問題を起こすヤツがいると、処分や注意をする人だった。前の部長が事なかれところがあって強く言えなくて妨害するヤツがのさばってた時期もあったけど、さすがに目に余ったから俺が言ったんだ。実情をね」
「え、そうだったの?」
「ついでにテニス部や他の部活でのことも引き合いに出したため、職員室で問題となり、話し合いがなされた。柳沢はそこで初めて問題を知ったんだよ。仲が悪いなということは分かっていたけれど、そこまで分かっていなくて放置して、あちこちに叩かれてね。それで、慌てて対処したんだよ」
「知らなかった」
「だから、その時に、それぞれの部活で同じ事は起こっていないかどうかを話し合いがなされて口頭での注意と確認が行われただけ。部長にもその話が伝えられたが、各部の部長によって対応がまちまちだった。マイペースな水泳部は、問題もそこまでなかったため、口頭注意で十分だったようだけど、あちこち軋轢があったところでも対応に差があった。永峯はああいうタイプだから後輩にも一人一人声をかけて聞いていて問題を対処した。他の部長は面倒な人は、仲良くしている人に確認する程度から、担当者を決めて体制を変えたところもあった。吹奏楽がそれ。女の子しかいない演劇部は配役で問題は起きるようで、派閥というかグループが分かれていて、話し合うにしても難しかったみたいだな。バスケは男子は練習熱心なヤツの方が多いし、負けず嫌いも揃ってるから軋轢があるのが当然と割り切ってるところがある。バレーはそれなりに強いし、部長がしっかりしてるからそこまでの問題は起きていない。ちんたらやって、テニスと似たようなレベルのバスケの女子はお前たちと同じように絶えずやりあってると聞いたよ。そのたびに中断して話し合っていたけど、それより、シュート練習しろと何度も言いたかった」
「え、どうして?」
「シュートが入らなかったら点数にならないから。連携やらチームの仲がどうとかより、シュートが入らなかったら、話にならないからね」言われてみれば。
「野球も同じだろ。ピッチャーのできで左右されるからな。守りをがんばっても弱いポジションはどうしても出てくるし、あそこも人数が少ないからそこまで手が回らないのが実情。テニスも同じ。後衛のサーブが入らなければ意味ないし、レシーブでちゃんと取れなければ、無理だ。基本は大事」
「基本か……」
「お前たちはそういうレベルだと自覚してやらないと何も始まらないのに、一之瀬は自分は強いと勘違いして、井の中の蛙」
「楢節さんに言われたよ、それ」
「そういうこと。テニス部で強くたって、そんなの玉に追いつくのが速いとか、学校の外を走る時にあまり息が切れないとか、乱打が長く続くとか、その程度で張り合ってどうすると言いたかった」
「良く見てるね」
「お前が心配だから見る癖がついただけ。水飲みに行く時に色々気づいたけれど、注意しても無駄だったな。あいつの場合は、耳から抜けていくだけだった。もっと早く気づくべきだった」
「え、どういう意味?」
「いるからな、ああいうタイプ。自分の考えが絶対だと思い込んでいて、勘違いしていて、ずれているのに気づいていないのに、言い張るタイプ。しかも修正できないから自分のやり方を押し通す。我が強くてポイントを押さえていないから、勉強もあまりできなかったりする」
「え、どうして?」
「記憶力が悪い人はテストで困らないか?」そう言われたら、そうだった。
「一之瀬も困ったもんだよな。どういうやり方がいいのかわからなくなった。親父に聞いたら、修正しようにもそこまで頑固だと無理じゃないかって」
「頑固なの? 違うんじゃないの?」
「確かに意見はその都度自分の都合いいものに変わっていくから頑固とは違うかもな。でも、親父が見放してしまったら、俺も誰に聞いていいやら」
「半井君なら慣れているかも」
「なんで?」
「言ってたの。君を見ているとつくづく思い出すって」
「誰を?」
「それは言ってなかった。ただ、その相手にも不快感を感じているようで、それで嫌がってる感じだったよ。でも、慣れているのかもしれないなと思ったの。挑発してテニス部に戻るように持っていったから」
「挑発には乗るかもな。でも、それじゃあ、難しそうだ」
「どうして?」
「言い合いしても解決できる相手じゃないぞ、あいつ。却って、優しく諭す弘通の方がいいかもな。でも、あいつは勉強をがんばっているからわずらわせるのが悪いし。永峯も今はクラスが離れているから、別の問題児を面倒を見ている気がするからな」
「なるほどね」
「様子を見るしかないか」と言ったため、それしかないかなと考えていた。

back | next

home > メモワール2

inserted by FC2 system