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ちっとも良くならない

 修学旅行から帰ってきて、なんだか気が抜けている人と、勉強モードになってる人と分かれていた。後は、
「絶対負けられない」と男子が言っていて、
「とにかく、一勝」と言った男子が笑われていた。
「校歌が聞ける日はいつだろう?」
「がんばれ野球部」と声を掛けられていた。
「引退する前にどうしてもがんばりたいよ」
「俺も出たい」とあちこちで言い合っていた。
「詩織〜!」と教室の外から呼ばれて見たら、芥川さんだった。
「なに?」と廊下に出た。
「あの組み合わせはなんだ?」と男子が不思議そうに見ていて、
「霧ちゃん、俺と撮ってくれたんだ」
「お前だけじゃない。彼女は気軽に応じるんだよ」と男子がやりあっていた。
「写真、できたから届けに来た」と言ったので、
「帰りで良かったのに」と言いながら受け取ったら、
「いいな」とそばにいた女の子に言われてしまった。
「なんで?」と芥川さんが聞いて、
「王子と一緒で」とぼやいていて、
「頼めばいいじゃない」と彼女が言ってしまったため、
「逃げられた」「シカト」「無視して行っちゃったの」と矢継ぎ早に言われて、唖然とした。結構、頼んでいたんだな。
「あいつ、無愛想だね。日によって違うらしいね。私、知らないしね」と芥川さんが軽く答えていて、
「あ、ちょうどいいところに」と別の誰かを見つけて話しかけていた。席に戻ってから、鞄にしまおうとしたら、
「見せて」と勝手に三井さんが見ようとしたら、さっと拓海君が写真を取り上げて、気に入らなさそうに見てから、
「しまっとけ」と私に渡してきて、
「えー、けち、見せてくれてもいいじゃない」と三井さんがぼやいていて、
「三井志摩子、修学旅行の神社でなにをしたか」と男子がからかったら、
「あー、だめ」と慌てて止めに行った。
「なんだろう?」
「神社にあるものを持ち帰ろうとしたんだよ。見つかって怒られたらしい」
「え、そんなことしていいの?」
「いけないに決まっている。あいつ、先生にばれてないと思ってるらしいけど、やばいと思うぞ。例の件も、あいつそばにいたらしいし」
「例の件?」
「お前は気にしなくてもいい。それから、そういうことはこれからは俺が許可してからにしろ」
「なにが?」と聞いたら気に入らなさそうな顔をしていて、
「そこまで束縛しなくてもいいんじゃないの」と近くにいた本宮君が聞いていたらしく、口を挟んできた。
「うるさい。こいつの場合は見張ってないと危ない」と言われて唖然とした。
「さすがにやりすぎだと思うよ。あちこち言われただろう?」と本宮君が言ったため、
「何を言ったの?」と聞いたら、本宮君は首をすくめただけだった。
「ねえ、なに?」と聞いても答えずにいて、
「とにかく、そうしなさい」と命令されてしまった。

 あちこちで、テストの順位の予想を言い合っていた。本郷君が一番で、本宮君が2番。3番が拓海君という予想だった。
「女子抜きか?」と聞かれていて、
「女子って誰が一番なの?」とみんなが顔を見合わせていた。
「一番が仙道さんっぽい。根元さんが二番かなあ? 桃子ちゃんが3番?」
「当てにならない予想だよな」とみんなが笑っていて、そういうことは言わないでほしいなと思った。
「聞いたか、三井の話、ばれて呼び出し食らってたぞ」と男子が教室に入りながら言い出した。
「あそこの石、持ち出し禁止だろ?」と言い合っていて、
「受験のお守りですって言い訳してたらしいよ」
「あれ、恋愛じゃなかった?」と女の子が顔を見合わせていて、
「どっちにしても、あれほど禁止だって先生も班長も言ってたのに、あいつらは困るよな」
「例のお土産屋の件って、謝ったんでしょう?」
「それって、本当なの?」と言い合っていた。
「お土産屋?」と別の男子が気になったらしくて聞いていて、
「確か王子に見つかって止められたんだろう? そばにいた本郷達にもばれて先生に報告されてたぞ。知らなかったのか?」
「男子は口止めされていて知らないヤツが多いはずだぞ。女子は口が軽いから」
「こっちの部屋では話してなかったよ」と言い合っていた。

 プリントが多すぎると思いながら運んでいたら、
「手伝ってやるよ」と横から手が出てきて半分を持ってくれた。顔を見たら半井君だった。
「部活は行かないのか?」
「行くよ。職員室に寄ったら、明日配るプリントを棚に入れておけと言われたの。明日にすればいいのに」
「プリントを勝手に持ち出すヤツはいないんじゃないか? 面白くもなんともないぞ。いたずらするなら、もっと楽しめる事をするんだろうし、そういうヤツは罰則食らってたし」
「罰則?」
「お前って、とことん疎そうだな。転校生か?」
「小学校のときのね」
「一年からいるんじゃないか。なんだか心配になるヤツ」
「ごめん」
「山崎病に掛かったよな」
「この間も言ってたね、それ」
「山崎病。女子が色々噂してたから勝手に俺が名づけた。幼馴染を心配するあまり、色々手を出しすぎる。もっとも、やっかみが半分以上入っている。あいつもモテるらしいな」
「あなたには負けるでしょう」
「俺の場合は見た目だけと言われたよ。男子にね」
「良く分からない印象だけど」
「それもよく言われるな。あちこちと摩擦を起こすなと言われてるからこれでも抑えてきたつもりだけど」
「抑えてねえ」
「それより、今度の日曜日に来いよ」
「何が?」
「あれ、聞いてないのか。霧がモデルやるからお前も誘うって」
「ちょっと待った。まさか、例の」
「ばか、さすがにそんなことしたら、俺も三井や佐分利のように罰則食らうぞ」
「そうだよね。びっくりした」
「秋の文化発表会用に絵を何枚か用意しておけと言われただけ。受験があるから3年生は引退前に用意しないといけないそうだ。もっとも、俺はずっと続けるから別にいいけどな」
「続けるの?」
「俺の避難場所だからな」とちょっと寂しそうに言ったので、じっと見てしまった。
「君と話すとついよけいな事まで言ってしまうな。気が緩むからかも」
「あのねー」
「ま、いいか。癒しペットだな」
「あなたも変態なの?」
「なんだよ、それ?」
「いや、似たような事を言っていた人が昔いて」
「ああ、あの変態元会長ね」
「転校生なのに良く知ってるね」
「そういう噂話してる女がそばにいたから、聞こえてきただけ。君と付き合った話も聞いた。もっとも、それは見せ掛けだけで陰でしっかり本命の彼女がいて、その彼女が言うには君のほうが遊びだったと言って」
「違う」
「なにが? 別にいいんじゃないのか? 今更、どう言われようとね。悔しいかもしれないが」
「ああ、そういう意味じゃないの。本命の彼女は言いふらしたりしない人。あの人、そういう部分は選んでる。言いふらしたのなら確実に遊びの人だと思うから、訂正しただけ」
「手厳しいな。もっとも、それが真相だろうな。俺もそう思ってたからな。でも、相手は悔しかったんじゃないのか。表に出られない分だけ誰かに言わないと気がすまなかったんだろうな」
「良く知らない。あの人と付き合ってたのか遊びだったのか、かなりの人数に嫌がらせと嫌味は言われたからね」
「ふーん、そういう経験はしてるんだな」と言いながら教室に入った。プリントを棚に入れてから、
「そういう女に色々言われた割にはすれてないよな」と半井君に聞かれて、
「すれる?」と聞いてしまった。
「ああ、一之瀬みたいにひねくれてないってこと。物事を素直に見るようだから」素直かなあ?……と首を捻っていたら笑われてしまった。
「山崎が心配になるわけだ。それだけ鈍くて疎くてね」
「そう言われても、良く分からない。テニス部にしてもなんだか結局振り出しに戻っただけで全然上達していないようで」
「そうでもないんじゃないのか? 確かに上達はすぐにはしないかもしれないけど、少なくとも風通しは良くなったかもな。膿は出さないと不満は溜まっていく一方だぞ。あいつがいればなおさらだ」
「そうかもしれない」
「前のクラスがそうだった。永峯は男子のほうを一生懸命やっていたが、女子にまで手は回ってなかったからな。問題が多くてもがんばってはいたけどな。俺だったら見放すような相手もとことん話し合う姿勢は好感は持てるけどな」
「そうなんだ?」
「とにかく、あいつが何か言ってきても逃げろ。今の君にできるのはそれぐらいだろうな。あいつじゃ、無理だ」
「どうしてそう言うの?」
「昔、俺も同じ目にあったからな」
「え?」
「そういうことで、霧と一緒に来いよ。じゃあな」と行ってしまった。どういう意味だろうなと彼の背中をじっと見てしまった。

 テニス部で、練習をしていた。ペアはもう決まってしまったため、個々の話し合いはそれぞれで行う事になっていて、話しているペアと、まったく話していないペアがあった。千沙ちゃんと美鈴ちゃんたちは話し合いをしていたけれど、どうも上手くいっていないようだった。
「どこも問題ありよね」と面白くなさそうに元川さんが言った。彼女は矢上さんと組んでいるけれど、すっかりやる気をなくしているようだった。矢上さんは勝気すぎてお互いに歩み寄れないようだった。
「うっとうしいからあっちにいってよ」と一之瀬さんに緑ちゃんたちが怒鳴られていた。そばにいた前園さんが睨んでいるのが見えた。前途多難だ。全然、風通しよくなんかなってないな。一難去ってまた一難……と心で思いながら眺めていた。
「練習をそろそろ切り替えた方が良さそうね」と小平さんが千沙ちゃんに相談していた。相良さんはこういう時は寄ってこないのに珍しくそばにきて、
「実践練習やらせてよ」とぼやいていた。
「でも」と湯島さんが困っていて、
「それより、あなた達はもっと連携をよくしないといくらやってもちぐはぐじゃないの」と小平さんが見かねて言い出した。
「どう思う?」と千沙ちゃんが美鈴ちゃんと私に聞いた。
「基本がなってないのに、進んだって」と美鈴ちゃんが言い出したら、
「えー、今更やっても意味ないじゃない」と相良さんがぼやいた。
「あっちが文句言いそうよ」と男子のそばで雑談していた一之瀬さんと元川さんを見ながら言ったので、みんながためいきをついた。
「しょうがない。メニューを分けよう」と言ったら、
「え、どうやって?」と千沙ちゃんに聞かれて、
「実践練習組と基本を押さえておきたい組と分けるってこと。もちろん、どちらに入るかは本人達の希望。最初の時間で基本練習。その後、コートを分けて実践と基本でメニューを変える。そのほうが良さそうだよね」
「ふーん、中途半端にならない?」と湯島さんに聞かれて、
「やりたいメニューがそれぞれ違うし、それぞれ練習しないといけない部分が人それぞれだから、苦肉の策だもの。他に方法があるの?」と聞いたらみんなが黙った。
「でも、ペアはどうするの?」
「最後に試合形式で締めればいいと思う。サーブもレシーブも自信がないまま進めたって不安じゃない?」と聞いたら、
「私、ボレーが」「あ、私もちょっと気になるところが」と千沙ちゃんと美鈴ちゃんが言って、
「日によってメニューを変えたほうがいいかもね。その辺は柔軟性を持たせたほうがいいかも。人によって重点的にやってほしい部分が違うから、居残りしてる時間もないわけだから、そうしよう」と言ったら、
「しばらくそれで様子を見たほうがいいのかも知れないわね。それは前から思っていたの。画一的に同じメニューをこなしても人によって進み具合が違うから、それぞれ苦手なままになっている気がするから」と小平さんが言ったためみんながうなずいていた。
「それで、メニューは具体的には?」と相良さんに聞かれて、
「それぞれの組でその日やりたい事を決めればいいと思う。今から決めておいても後から変更したくなるだろうから」
「そのほうが良さそうね。希望を取りましょう」と小平さんが言って、一之瀬さんたちを呼んだ。
「ふーん」説明を聞いて、一之瀬さんが気に入らなさそうだった。
「何か、言いたいことでも?」と小平さんが聞いたら、
「別に」と言って、
「いいじゃない、それで、私は文句ないわよ。やる気のない人が混じる方が気が散る」と元川さんが言ったため、
「じゃあ、希望を聞きましょう」と小平さんが聞いて、実践は一之瀬さん、元川さん、百井さんの3人だけだった。
「あら、これだけ?」と百井さんが不服そうだった。
「3人じゃ練習にならないじゃない」と一之瀬さんが怒ったら、
「人数合わせで、日替わりで誰か行けばいいのかもね」と湯島さんが言ったら、
「弱い人が来ても意味ないわよ」と一之瀬さんが怒っていた。
「その辺は妥協してもらうしかないわ。希望どうりにはいかないのは仕方ないわ。我慢してください」と小平さんが素っ気無く言って、解散になった。
「今までと反応が違うよね」と相良さんが驚きながらつぶやいた。小平さんは一之瀬さんに素っ気無くなった気がした。あのことがあったからかもしれないなと考えていた。

「気に入らない」と一之瀬さんが言ったら、
「でもさあ、勝手に決められていくから面白くない」と相良さんが言って、後ろで緑ちゃんと前園さんがべちゃくちゃ楽しそうに話していたため、
「選手じゃないからって気楽にしていないでよ」と一之瀬さんが怒鳴った。
「えー」と緑ちゃんが抗議したけれど、そばにいた前園さんはチラッと睨んでいただけだった。
「行こう」と緑ちゃんが逃げるように千沙ちゃんの方に合流していて、2人が行ってしまったあと、
「ふん」と気に入らなさそうに一之瀬さんが睨んでいた。
「なんだか分裂気味よね」と相良さんも逃げ出した。一之瀬さんが気に入らなさそうにしていたら、
「お前の場合はあれだけあっても勝気なままだよな」と拓海君が声をかけた。
「何よ、そんなところに隠れて」と言った。水飲み場の下の方にいたのを立ち上がったからだ。
「水飲んだ後に、靴紐直すぐらい自由だ」と言ったため、
「ふーん」とまだ気に入らなさそうだった。
「何があった?」と拓海君に聞かれて、
「練習のグループを分ける事になったからよ。それを勝手に決められて、意見が言えなくて」と思いっきり気に入らなさそうに言ったため、拓海君が笑っていた。
「なによ」
「お前って、人にやられると怒るんだな。自分のこと、よくそれだけ棚に上げて考えられるな。自分もちょっと前まで同じ事をしたくせに」
「なによ、それ」と睨んでいたけれど、今までの強気さがなかった。
「一度考えてみろって注意しただろう。周りを観察しろって言っておいたはずだ」
「したわよ」
「それで、感想は?」
「良く分からないわよ。なんだかまだるっこしくて、言いたいことも言えないくせに自分の方に都合よく話を持っていく人が多くて」
「お前の見方は自分本位だな」
「佐倉さんの事を言ってるのよ。勝手に口出して意見を言って」
「お前に客観性を期待した俺が駄目だったみたいだな」
「どう言う意味?」
「半井に聞いてみれば」と拓海君が笑ったので、嫌そうな顔をしていた。
「あいつ、訳が分からないわよ。聞いたら、『君にこれ以上教えても無駄だ』としか言わないのよ」
「じゃあ、それが今の結論だろうな」
「今の結論ってなによ?」
「『聞く耳を持たない女に説き伏せる時間はない』と言いたかったんだろうぜ。俺も同意見」
「なによ」
「おーい、タク。そんなところで油売ってないで練習にもどれ」とバスケ部の人に呼ばれて、
「今、行く」と拓海君が答えた。
「君の場合は自分を褒めてくれる言葉以外は聞けないようだ。俺も言うのはやめる方がいいのかもな」と言って、さっさと戻ってしまったため、
「どう言う意味よ」と一之瀬さんが睨んでいた。
「そのままの意味だろうね」と冷めた声がしたため、後ろを振り返ったら半井君がいて、
「あんた、なによ」と睨んでいた。
「水飲みたいからに決まってるだろ。そんな怖い顔を見たくて、ここに来る物好きはいない」と素っ気無く言って水を飲み始めたため、唖然としていた。
「あんたね、言いたい事を言って」と、ガミガミ言い始めたら、
「うるさいヤツ。テニス部の女子がここに寄らずに逃げるようにして帰ってたみたいだけど、気持ちは分かるね」
「なんですって」
「君の場合はそばに寄らないのが正解。わかりやすくていい」
「あんたなんて何よ。ちょっとカッコいいからってかっこつけて」
「お好きなように」と言って、行こうとしたので、
「あんたなんてね」
「ちょうどいいところにいた。おーい、バスケ部の女子、山崎に姫は王子と先に帰るから、よろしく言っておいてくれ」と言って私のそばに寄ってきて、勝手に手を持ってきて、そばにいたバスケ部の女の子に言ったので、
「えっと……、困る」と言ってみたものの手を離してくれなかった。
「俺も困ってるから、いいだろ。あいつの声を聞いて頭が痛いから、あんたが和ましてくれよ」
「あの、そういう場合では……」と一之瀬さんの方を恐る恐る見た。さっきからなにやらもめているのが見えたから、せっかく離れていたのに……とぼやきたくなった。
「そういうことでよろしく」と強く引っ張られて、
「えっと、半井君、あの……、ちょっと困る」
「俺が困ってるから人助けしろよ。さっき助けてやったろ」
「えーと、それはとっても感謝はしているけれど、でも、やっぱり……」と言いながら、無理やり帰ることになってしまった。

「あの……後ろが怖いのはどうしてくれるの?」と小声で言った。一之瀬さんがぴったり後ろに付いていた。会話を聞いている気がした。
「ああ、ほっとけよ。それより、なにかあったのか? テニス部で揉め事でも?」
「え、それは毎度の事で」と言ったら笑い出した。
「あれだけのトラブルメーカーがいたら当たり前だよな。あいつの場合は逃げるが勝ちだよ」
「うるさいわね」と聞こえたらしくて一之瀬さんが怒鳴っていた。
「おや、図星らしい」
「あんた、うるさい」
「お前に言ってないと言うのに、勝手に会話に割り込んで」
「そっちこそどういう関係よ、いい加減手を離したら」と一之瀬さんが怒っていた。半井君はさっきから何度も離れようとしても手を離してくれなかった。
「こうしないと、この姫は逃げる」
「あ、あのね」と止めようとしたら、
「何が姫よ、あなたと違って、そっちはお金持ちじゃないくせに」と一之瀬さんがばかにするように言ったため、
「お金があろうがなかろうが、そんなの何が関係あるのやら」と半井君が呆れていた。
「あるわ」
「君はそうかもしれないが、そういう人ばかりじゃないさ。よほど、そこが気になるんだな、お前」と言われて、さすがに一之瀬さんが黙っていて、
「あ、でも……」
「君は黙ってろよ。こいつ、裏で何を言いふらしてるか知らないようだ」
「黙りなさいよ」と一之瀬さんが怒鳴った。
「ほらね、図星だ。言いふらされたくなかったら、自分も言うのをやめたらいいのに」
「え?」
「こいつが言った分だけ、例の事件のついでにその話が流れたから、君に八つ当たりしたんだよ。みっともないよな。ことごとくそうだから」
「なんですって」と一之瀬さんが言ったけれど、分かれ道に来て、そこから曲がったら、
「覚えておきなさいよ」と一之瀬さんが怒鳴っていたけれど、半井君は知らん顔をしていた。
「あの、いいの?」
「あいつの家の問題が噂されている。それが気に入らなくてお前の事で色々言ったんだろうな」
「え、どうして、そんなことが?」
「あいつが前に住んでいたところにいたヤツが下の学年に転校してきて、言いふらされたようだな。ほっとけばいいさ。だから、君の事を言って晴らしている情けない根性だから」
「半井君ってすごい事を言うね」
「言ったろ。あいつを見てるとイライラして駄目。つい、よけいな事まで言ってしまう。もっとも、これぐらいの事は知ってるヤツも多いぜ。言いふらすヤツはどのクラスにもいるからね」
「そう」
「知らない方がよかったみたいだな。悪い。俺はあいつは駄目だからな。君のそばで言い合わないほうが良さそうだ」
「ごめん」
「いや、いいよ。配慮が足りないのかもな。それは言われたよ。日本流で行けと何度も言われても、俺はだめだからな」
「どうして?」
「意見の交換は普通のことだ。言い合ってお互いの気持ちの理解を深めるんだよ。そうしないと分かり合えないからな」
「そうなんだ、私にできるかな」
「慣れもあるから、外人の友達作れ」
「外人かあ」
「霧と一緒に行けば、少しは良くなるさ。君の場合は一人だと絶対にしり込みする」
「そういう事をはっきり言われると困るなあ」
「言った方が良さそうだ。場の空気なんて読むのは苦手。そういう事をしてるから、ああいうヤツに舐められる。女子は怖いからな」
「すごい事を言うね」
「俺は苦手だ、どうしてもね」
「誰かいたんだね?」
「母親だよ」
「え?」
「いたんだよ」と言われてもそれ以上は聞けなかった。
「どこに住んでるんだ?」と半井君に聞かれて、
「風見が丘」と言ったら、
「ああ、あっちね、結構遠いな。俺とは近くないんだな」
「そっちはどこなの?」
「お城」と答えたので笑ってしまった。
「ああ、場所を教えておいたほうがいいか。どうせ来るんだしちょっと付き合え」と言われて、
「お城に住んでたって噂はどうして出たのかな」と言ったら笑い出した。
「あいつらって勝手に尾ひれ付けてくれるよな。転校してきた時、あまりうるさく付きまとうから、冗談でお城と言っただけ」
「噂の出所は本人なんだね。なるほど、それで王子と言われたんだ」
「そこまで知らないよ。貴公子と勝手に呼んでくれたから、冗談でお城と言っただけ。勝手に言ってくれるよな。そばでさっきの女が噂してたの聞いて呆れたからな」
「何か、言われたの?」
「顔の談義やら成績、性格、家の事、想像だけで良くもあそこまで出鱈目≪でたらめ≫を言い合えるもんだ」
「出鱈目だったの?」
「『見た目から判断すると性格は繊細で神経質、お金持ちに見えるからきっと御曹司に違いない、国語は駄目だけと足が長いから許す』ってさ。許すもなにも、あいつらにその権限はない」
「そこまで言われると嫌かもね。でも、見た目だけでそこまで勝手に言っちゃうのはすごいね」
「お前も霧も同じだよ。あいつに掛かったら次から次へと勝手な話が足されていくぞ。尾ひれどころか、背びれ腹ひれ、ふかひれになりそうだ」
「それって冗談なの?」
「これぐらいはジョークなんじゃないのか? 爺さんの親父トークの受け売りだよ。日本に帰ってくるたびにそういう受けないジョークを聞かされて、いつのまにか俺も口癖になってるよ」
「ミイラ取りがミイラ」
「今のはよかったな」
「あれ、知らないの?」
「なにが?」
「ことわざとか、そういうのは」
「帰国子女にそれを期待するな。俺はあちこち転々とした口だから、ああこっち」と言ってまた手をもたれてしまい、信号を渡らされてしまった。
「日本人学校に補習に通っていたヤツもいるけど、俺は行かなかったからな。合わないヤツがいてさ。威張るばかりでうっとうしかったからね」
「現地の学校に行ってたの?」
「だから、日本人学校があるのは駐在員が多い地域ぐらいなものだぞ。留学生が多いところもあるからな。俺が最後にいたのはLAの近くだから」
「え、そこなんだ。じゃあ、近くかもね」
「なにが?」
「母が今住んでいるところ」
「西の方なんだな。てっきり、東だと思ったよ。ニューヨークとかそっち」
「地理も勉強します」
「おーい、それで大丈夫か? のんびりしてるよ。ああ、あそこに見えるな」と言った場所が、この間、拓海君と見学したところだった。
「すごいね」
「この間まで、一人暮らしだったけどな。さすがに親が先生に言われたこともあって、あそこに住む事にしたんだよ」
「一人暮らしだったの?」
「向こうにいた時だって同じだよ。親なんてほとんど会わないし、家政婦が家事はしてくれるけど、食事なんてまずくて食べられたものじゃないから、外に行くか自分で作るかしてたよ。だから、同じだ。洗濯は嫌いじゃないけど、掃除は苦手だからな。先生に言われなければ、今もマンションに住めたのに」
「マンションに一人暮らししてたの? すごいね」
「君相手だと、どうしてよけいな事まで話してしまうんだろうな、俺。まあ、いいや、言いふらしたりしないようだから」
「言わないよ。言ってほしくないだろうって分かるもの。よほど嫌いなんだね、おしゃべりの子」
「君も結構おしゃべりなんじゃないのか? 人見知りはするようだけど、仲良くなれば話すみたいだな。それに訂正するとおしゃべりは嫌いじゃない。明るい子は大丈夫だ。積極的な子もね。嫌いなのは一之瀬タイプ。陰口悪口大好きタイプが駄目」
「大好きってことはないと思うよ」
「日本人はそういう話は嫌でも聞いていないといけないと思ってるのか、逃げたり遮ったりしないようだな。でも、一之瀬は自分から言って歩くだろう。あの手は無理。どうしても駄目だ」
「彼女、あなたが気になってしょうがないんじゃないの?」と聞いたけれど、はぐらかすように、
「あそこまで歩くか?」と聞かれて、
「やめておく」と言ったら笑っていた。
「了解。日曜にあそこに来いよ。霧と待ち合わせてもいいし、別々でもいいな。あいつどこに住んでたっけ?」
「知らない」
「ふーん、まあ、いいや。それから、気になってしょうがないと言われても俺はお断り。機会があったら君からも注意してやれよ、じゃあな」
「おーい、絶対に言えないよ」とぼやいたら聞こえたらしく笑っていた。

 家事をしていたら、電話が鳴った。
「けたたましいね」と受話器を取ったら、
「何を言ってるんだ。姫ってなんだよ。王子が姫連れ去り事件ってなんだ?」と言ったため笑ってしまった。
「半井君が冗談で言ってただけ。ごめんね、今日はちょっと訳ありで」
「聞いたよ。一之瀬とやり合って、お前と一緒に帰ったと聞いた。何で、そういう事をするんだろうな」
「知らない。着替えてちょっと遅くなったら、ああなってたの。あの2人ってあれだけ言い合えるほどなのに仲が悪いみたいだね」
「犬猿の仲ほど、やりあうんじゃないのか? 無視できない相手なんだろう。お互いに」
「そういうものなんだね?」
「俺と同じかもな。無駄だと分かっていながら、つい、口を出してしまう」
「そうなの?」
「もう誰も止めようがないかもな。グループ分けってなんだよ」
「ああ、あれね。拓海君も言ってたじゃない。レベルが低すぎるって、基本がまだまだだって。その意識がある人とない人と分かれるから、その辺で分けただけだよ。そのほうがまだいいのかなと思って」
「ふーん。でも、あいつって自分の思い通りにならないとすぐ怒るみたいだな。自分はずっと言いたい放題してきたのに、人にやられると怒るタイプだともう手がつけられないかも」
「そうなの?」
「バスケの女子に一人いるからな。まったく、呆れるよな。練習方法なんて人それぞれ意見が違って当然なのにどうしても自分の方の意見を押し通そうとして、結局、できなくて怒り出すからな。ああいうのが一番困る。全体的な流れを把握できないのかもな」
「流れ?」
「手っ取り早く強くなろうとするタイプ。もしくは他の人の事情を考慮できない」
「そうなの?」
「一之瀬も同じだよな。まあ、いいや、ほっとけ。試合に負けようが八つ当たりされようが、これ以上は被害がひどくならないなら、そのまま行くしかないさ。あいつにかまけている暇はないから」
「そうだね」
「とにかく、王子には連れ去られるなよ。もしくは体育館の中に入って見学するか?」
「いいよ、あの人、結構面白い人ではあったよ。困った人でもあったけど」
「お前も興味が出てるじゃないか」と思いっきり気に入らなさそうな声で言ったので、
「拓海君、最近変だよ」と言ったら、
「当たり前だ。これ以上なにかあったらどうするんだ? 受験だって試合だってあるぞ」と言われて、困ってしまった。
「あのね」
「とにかく、お前のことは俺が何とかするから、お前は王子と一之瀬に近づくな」
「えっと、それはちょっと」
「なんだよ、不満か?」
「王子は聞きたいことがあるし、一之瀬さんは近づくなと言っても無理だと思う」
「まったくね……。お前も気をつけろよ。心配だよな」
「拓海君はどうしてそこまで心配するんだろうね」
「のんびり言ってないで、勉強も練習もしろ」と言って電話を切っていた。半井君の話題だと機嫌が悪くなるなあ。

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