27

先輩の作戦

 先輩の忠告を小平さんと千沙ちゃんに話したら、
「それで上手く行くの?」と聞かれてしまい、
「良く分からない」と言ったら、小平さんが考え込んでいたけれど、
「私はどちらでもかまわないわ。もう、彼女には関わりたくないというのが本音。いちいち、練習を中断されるのは迷惑だから、揉め事は困るだけ」と淡々と言われてしまい、完全に見放しているなと思った。千沙ちゃんが困った顔をしてから、
「掛布君と相談してみる」と言ってくれてうなずいた。

 昼休みに千沙ちゃんが緑ちゃんたちを呼び出しているのが見えた。前園さんも呼び出していて、何か頼んでいた。千沙ちゃんが何度か頭を下げていて、掛布君に言われた途端、緑ちゃんはなんだかうれしそうにしていて、うーん、あれで上手く行くのかなと見ていた。
「なんだよ、あれは?」と後ろから拓海君に聞かれてしまい、
「ちょっと」と言ってみんなから離れてから説明した。
「呆れたヤツ。ほっとけと言ったろ」
「美鈴ちゃんと小平さんの態度がさすがにね。顧問もあれじゃあ、多分、揉め事は起こるから」
「だからってその方法を使ったら、また、お前にとばっちりが来るぞ」
「そう言われても」
「前園さんが言う事を聞くとは思えないな。あの人、癖がありそうだぞ」
「もう一つ伝言されたけど、頼みにくくて」と言ったら、
「なんだよ?」と拓海君に聞かれて、渋々、説明した。

「勉強と部活と両立だと大変だろう?」とそばにいた本宮君に聞かれて、前園さんがうれしそうな顔をした。
「いえ、それほどでも」
「せっかく、がんばっているのに友達は選んだ方がいいよ」
「え?」と前園さんが驚いた。
「ちょっと不思議だったから、君だったら性格の優しい気配りができる子と一緒にいたほうがいいと思うよ。あの子はちょっとやめた方がいいね」と言って、歩いて行ってしまったあと姿をうれしそうに見ていた。

「あれでいいのか?」と本宮君に聞かれて、
「上出来。さすが、本宮、フェミニスト。俺にはどうしてもできないことも、お前がやると様になるな」
「そう言われてもね。最近、やってなかったからな。ちょっと疲れたよ」とため息をついていた。
「悪いな。他に頼むヤツがいなくて」
「別にいいさ、お前には借りがあるしな。あの例のことも男子に口止めしてもらったからな」
「あれは当然だろう。俺はああいう事を言いふらすのは、どうもね」
「でも、あれで彼女が俺に来たら、困るけど」
「その辺はうまくあしらってくれ。お前ならできる」
「簡単に言うなよ。俺もそういうことはやめようと思ってるんだからな」
「ふーん、お前も変わってきたな」
「俺も女の子に頼まれると逃げられなくなるタイプなのかもな。お前と同じかも」
「フェミニストと言うんだよ、それを」
「そこまで優しくないつもりだけど」
「結構、気配りできるくせにね。その部分を出していけばいいんじゃないのか? 無理しないでね」
「ああ、あれね。もうやめたよ。さすがにああ言われると堪える」
「何か言われたのか?」と拓海君に聞かれて本宮君がまたため息をついた。

 テニス部の練習に一之瀬さんが遅れてきたら、柳沢が注意していた。一之瀬さんはプイっと横を向いて緑ちゃんに話しかけようとしたら、逃げたため唖然としていた。室根さんも同様だった。
「なによ」と言ったけれど、懲りていなかった。練習中も誰も一之瀬さんと話さなかったので、さすがにびっくりした。休憩中も逃げるようにしていて、
「どういうことよ」と怒鳴って追いかけていたけれど、なぜか掛布君達のそばに行って、
「向こうに行けよ」と掛布君と結城君に追い払われていて、緑ちゃんがうれしそうだった。前園さんはなぜかご機嫌で室根さんと2年生と雑談をしていた。一之瀬さんが寄ってきたら、立ち上がって千沙ちゃんと小平さんのそばに行ってしまった為、睨んでいた。

「逆効果かもね」と美鈴ちゃんが言ったけれど、
「しばらく様子を見ましょう」と小平さんが冷めた感じで言ったため誰も何も言えなくなった。一之瀬さんは完全に腐ってしまい、
「どう言う事よ。逃げて」と睨んでいたけれど、みんな着替えてそそくさと帰ってしまった。
「まったく、呆れるわ」と一之瀬さんが水飲み場で言ったのを見ながら拓海君がやってきて、
「あなたの入れ知恵?」と睨んだけれど、何も言わずに戻ってしまったため、
「いい加減にしなさいよ」と怒鳴ったけれど無駄だった。
「呆れるわ。馬鹿にして、みんなして」と怒鳴ったため、体育館の外でたむろした人たちがそそくさと逃げ出した。
「なによ」と更に怒鳴っていて、
「そこまでされてもまだ気づかないんだ。君はどこまでも似ているな」と言う声がして一之瀬さんが振り向いてからそこにいた半井君を睨んでいた。
「どうして、そうなるか教えてやろうか?」と言われて、一之瀬さんが、
「知りたくもないわよ。あいつらが悪いのよ」と怒鳴ったので、体育館の入り口で見ていた人がひそひそ言っていて、一之瀬さんが睨んだため慌てて隠れていた。
「台詞まで同じだな」
「なにがよ?」
「同じ事を言った人がいた。その人がどうなったか教えてやろうか?」
「誰の事よ」
「その人はね。お金がなくなってしまった。それまで、結構な遺産をもらったのに、一文無しになったどころか、借金までできてね。豪華な洋服から宝石まで差し押さえられてしまった。その挙句」と一之瀬さんの顔を見た。
「どうなったのよ?」
「……誰もいなくなった」とポツリと言ったため、さすがに一之瀬さんが声も出なくなっていた。
「そうして、彼女は今……」
「今、どうしているのよ?」気を取り直して聞いたけれど、
「知らないよ。ただ、風の噂で酒を飲みすぎて体を壊したと聞いたよ。彼女はやりすぎたんだ。過信していたんだ。自分の力をね」
「力?」
「お金の力さ。でも、金でつながっていた連中なんて、金がなくなればすぐにいなくなる。旦那さえも逃げたんだから」
「え?」
「そういうことだ。金の力に任せて、言いたい放題やりたい放題やった。嫌がらせ、嫌味、嫌な噂を流す。人を平気で傷つけ、金で寄って来た連中とつるんで遊びすぎた。今の君と同じだよ。そういうつながりは一度力をなくしたら弱いからね。そうして逃げられたってことだ」
「何よ、そんな事、関係ないわ」
「関係あるね。君と同じ事をしていた。同じような事を言っていた。そういう女だった。君も同じだよ」と言って、半井君が行こうとしたら、
「待ちなさいよ。言いたい事を言って逃げて、卑怯よ」
「君のほうがよほど卑怯だよ」
「どういう意味よ」
「君のやり口は聞いている。誰かをけしかけて物を隠すことが得意だと」
「え、それは……」
「聞いたよ。佐倉にもしてたってね。それ以外も。結構、みんな言いたい事を言うよな。人がいないと思って、ああいう場所では言いたい放題」
「何のこと?」
「君のしてきた事は結構知ってるよ。ラケットを焼却炉に捨てて来いと命令したと。それを卑怯者じゃなくて、なんて言うんだよ」
「え、それは……」
「悔しかったら練習で見返せよ。いくらでも練習すればいいさ。君たちってどうして、ひねくれてるんだろうな。恋で負けようが、テニスで勝てないとしても、何よりもまず、弱い者いじめを最初にするんだね」
「私は負けてないわ」
「負けたくなかったら、正当な手段で見返せよ。裏でやらずに正々堂々とやれ。そうしたら、みんな認めれくれるさ。君がしてきたことへのしっぺ返しが来たからと言って、怒ってどうするんだよ。見返したいなら、テニスで練習するか、好きな相手に認めてもらえるような努力をするなりすればいい」
「あなたはどうすれば認めるのよ」と言われて、半井君が嫌そうな顔をした。
「そんな顔をしなくてもいいでしょう」と言ったら、半井君が歩き出した。
「待ちなさいよ」
「好きな相手が間違ってるぞ。俺は願い下げ」
「どうしてよ」
「笑顔の練習から始めてくれ。テニスも喧嘩するのをやめるところから始めてくれ」
「え?」
「なんで、ああいう事を聞いてしまうんだろうな。俺って、結局、人がいいよな。なんだかんだ言って巻き込まれてしまっているよ」
「何を言ってるのよ」
「怖いぞ。せめて笑顔で言えよ」と言われて、
「何とか言いなさいよ」と追いすがっていた。

「あれってさ。愛の告白だと思うか?」と拓海君に聞かれて、
「さあ、そうなのかもね」としか言いようがなかった。二人にばれないように体育館の中で話を聞いていたけれど、ミコちゃんが追い払ってくれたお陰で、戸狩君以外は聞いていなかった。体育館には空気の入れ替え口がついているため、そこから声が筒抜けだった。
「あいつらって、いいコンビかもよ」と戸狩君が笑った。
「それにしても、王子は早耳だな。驚き」と拓海君も笑っていて、
「あのねー、そういう問題じゃないと思うよ。なんだか、楢節さんの作戦って合ってるのかな」
「いや、間違ってないと思う。あのタイプは周りに人がいるから強気なんだよ。弱めてから言い含めるのも間違ってないかもな」と戸狩君が言った。
「終わったの?」とミコちゃんが寄って来た。
「王子と魔女って取り合わせとしては悪くないかもなあ」と戸狩君が言ったため、
「あのねー」とぼやいたら、
「前途多難だぞ。どう聞いてもかなり無理があるな。あの2人」と拓海君が笑っていた。

 帰る時に、拓海君が、
「あの後、どうするって?」と聞いてきて、
「聞いてない」と言ったら、
「それでどうするかが重要だと言うのに。どうせ、自分で考えろってことだな。仕方ない、最後の手段を使おう」
「最後の手段?」
「飴と鞭の使い分けだ。あいつに効くかどうかは微妙だな」
「なにするの?」
「あいつの場合は挑発して、その気にさせて、軌道修正は人格者にやってもらうしかないさ」
「人格者? まさかと思うけど、永峰君に頼むの?」
「前にそれで失敗したから無理。あいつは説教タイプ。優しく諭すタイプに頼もう。さすがにもう、本宮には頼めないし」
「え、何か頼んだの?」
「ちょっとね。あいつも結構、いいやつだよ。『それぐらいならしょうがない』と言ってくれた」
「まさか、例の?」
「そうそれ。仕方ないだろう。加藤さんが頼んでもすんなり聞きそうもないから駄目押ししておいた」
「なんだか、あちこちで色々してるね。彼もなにを聞いたんだろう」
「王子のことか? あれは、ある程度想像がつくよ」
「え、どういうこと?」
「この時間まであそこに残ってやっているのはあいつぐらいしかいないから、誰もいないと勘違いして噂話をしてたのかもな。あそこ、人どおりが少ないから。部活でごみぐらいは捨てそうだし」
「え、まさか?」
「そういうこと。目の前の部屋に窓が開いていなかったら、誰もいないと思いそうだしね。窓が開いていてもあそこは部員が少ないから物音がしなければ、誰もいないと勘違いして噂話も平気でするだろう」美術部で……ということなんだ。だから、いっぱい噂話を知っていたんだ。なるほどね。
「そう言われたら、あそこは教室から遠いから人が少なくて、気軽に話をできるかもしれないね」
「あそこでの内緒話はあいつには筒抜けになってたんだろうな。美術部は部員が少ない上に、残って描くヤツがほとんどいないと聞いている。展示する時に来る程度だと聞いたよ。だから、あいつぐらいしかいない」
「なるほどね」
「でも、あいつも意外とおせっかいだよな。巻き込まれてって、当たってるよな」
「そう言われたら、そうだね。彼は何一つ関係ないよね。一之瀬さんとやりあう程度で、今はクラスだって離れてしまっていて」
「一之瀬はこだわっているよな。余程気になるんだろうな。でも、結局、ああいうタイプを選ぶよな」
「え、どういう意味?」
「顔、背、スポーツ、成績などで騒がれるタイプ」
「なるほど」
「行事とかで騒がれるとそっちにいくと聞いたよ。堂島とかそうだってさ。俺も同じだと思うし」
「良く分からないね。今までとは違っているかもしれないけど」
「無理だよ。はっきり言ってただろう。似ているとね。その人のことが余程苦手だったんだろうな。だから、つい、声をかけてしまうんだろう。でも、恋愛に発展するには何かが足りないよな」
「なにが足りないのかな?」と聞いたら、こっちを見てきた。
「お前は引っかかるなよ。王子より、こっち」と言われて笑ってしまった。
「あの人は芥川さんと仲良しだよ。いつもじゃれ合っていて当てられちゃうの」
「ふーん、あの2人、友達としては相性は良さそうだ。でも、恋愛の相手としてはどうもね」
「え、どうしてなの?」
「さっぱり、明るく元気良く友達感覚で付き合うなら、芥川はいいんだよ。男子は結構気軽に話しかけているから、モテるのはしょうがない。ただ、王子の好みがそれかどうかは俺は知らない」
「え、どうして? みんな、好きなんじゃないの? ああいう美人で気さくな人」
「確かに、一人に集中しやすいよな。本宮にしても、彼女にしても綺麗なのに話しかけやすいからね。でも、好みかどうかは人による。桃子の須貝も結構、変わってると思う」そう言われたら、そうだなあ。
「戸狩だって、碧子さんの後もおとなしい子だったから、その辺はこだわりはあると思う」
「拓海君は?」
「聞くまでも無いだろう」
「え、どうして?」
「お前なんだから、それでいいだろう」
「どこがいいのと緑ちゃんと前園さんに聞かれちゃったの」
「あいつらに言われたくないぞ」と、途端に機嫌が悪そうになってしまった。
「えっと、そう言われても」
「好みの問題だけど、それ以外にもあるよ。お前の場合はそばにいるとなんとなく」
「なに?」
「内緒」
「えー、教えてよ」
「お前も言ってみろよ。ほら、好みのタイプは?」
「さあ、良く分からない」
「ほら見ろ、自分で説明できないだろう? 口で説明しろと言われてもなあ。俺も良く分からないんだよな」
「幼馴染だからかな?」
「それもあるんだろうな。でも、それだけじゃないからな。団地にいた時に女の子は大勢いたけど、いい思い出がなくて、走り回っていた程度しかね。あだ名ぐらいしか覚えてないよな。フルネームで覚えているのはお前ぐらいなものだ」
「そう言われたら、そうだよね」
「毎日、手紙を待っていたからかもなあ」
「そうだったんだ。ごめんね」
「『詩織ちゃんから手紙来た?』と毎日、聞いて帰っていたって、この間、母親に言われた。そう言われたら、そうだった気がする。けなげだよな」
「拓海君って、どんな子どもだったんだろうね?」
「思い出せ。少しぐらいはね」
「えー、そう言われても。まだ、何も思い出さないよ」
「シロツメクサをそばに置いておけ。それか、写真。ベットの横に飾れよ」
「それで思い出すものなの?」
「夢で思い出すかもね。俺も未だに見るからな。ビービー泣いて」
「もう、それはいいよ。恥かしいな」と言ったら笑っていた。


優しく諭す

 先輩の作戦は間違っていなかったのかもと思った。一之瀬さんがなんだか元気がなかったからだ。廊下に歩いている時もなぜか一人だった。放課後も練習に来なかった。
「大丈夫?」と声を掛けられて、窓から校庭を見ていた一之瀬さんが振り向いた。
「部活に行かなくてもいいの?」と聞かれて、
「無視されるのよ。本当にひどい」とぼやいた。
「そう、昔ね。同じ目にあった子がいたんだよ」
「ふーん、そう」気のない返事で外を見ていた。
「彼女の場合は、がんばって出ていたよ。君もそうした方がいいよ」
「面白くないのよ」
「何かあったの? 僕でよかったら聞くよ。話した方が楽になることもあるから」と相手が優しい笑顔で言ったので、その顔をしばらく見ていた。
「どうした?」
「違う。あなたって、分け隔てなく話してくれるから。みんな、同じように扱ってくれたらいいのに、あいつってば」
「そう、なにかあったんだね?」
「あいつと話しているとイライラする。でも、話さないともっとイライラする。なのに、あの子……」と言って黙った。相手は優しい顔で待っていた。
「なんだか、このところ上手く行かないのよ。成績が悪かったせいで親は急にうるさいし、あいつは変な噂になっているし、おまけにあの子は、山崎君と身の程知らずのくせに付き合って、あいつとまでいつのまにか仲良く話している」
「そう」と相手に穏やかに言われて、
「こんな事話してつまらないわね」と一之瀬さんが言ったら、弘通君が首を振った。
「言いたいことは言っておいたほうがいいよ。言いたいことが溜まっているのかもね。そういうのは上手く発散しないと」
「発散したかったわよ。こてんぱんにやっつけてやりたいのに、途中からサーブが決まらなくて、ペアの子も下手でイライラする」
「そう」
「おまけに練習方法を私に無断で勝手に変えて、言いたいことも言えなかったくせに生意気なのよ、あの女。佐倉し」と言いいかけて、弘通君がちょっと反応したのでやめていた。
「そう、それで」と言われて、
「そうねえ。聞きたくないか。あの女の話。振られたんだものね」
「違うよ」と弘通君はやさしく言った。
「ふーん、あなたって優しすぎない? あなたを利用したんでしょう? そう聞いたことがある。友達から取り上げて」
「違うよ。彼女はそういう子じゃないよ」と優しく言われたため、さすがの一之瀬さんも反論しようとしてやめた。
「笑顔ってどうやって作ったらいいのか、教えてよ。あなたのような笑顔になったら、あいつが振り向くかも」
「じゃあ、最初にやることがあるよ」
「なに?」
「深呼吸して」
「え、でも」
「まず、落ち着くといいよ。そのほうが素に戻れるよ。怒っていたら、いい笑顔はできないからね」
「それはあなただからできるのよ。私なんて、どうしても怒れる方が先で」
「違うよ。これでもね、納得できない事はあるんだよ」
「え、そうなの?」
「受け止め方の違いはあるのかもしれないけどね。僕の場合は心がけていることがある。怒る前に深呼吸。おじさんにそう教わったんだ」
「おじさん?」
「おじさんの仕事は、結構、ストレスが溜まるからすぐに気持ちを切り替えて冷静にならないといけないんだって。昔、学級委員というか、そういう事をしていた時に、どうしても対処できなくて困ってしまってね。その時に教えてもらったよ」
「そうなんだ」
「だから、結構、どんな場所でも使えると思うよ」
「どんな場所でもって?」
「テストとか、受験もあるからね。それから、緊張する時、発表とかで日頃の成果を出したい時、力が入りすぎると空回りして、普段どおりにできないと困るだろう? だから、そういう時の呪文。『力を抜いて、深呼吸』一度、試して見るといい。それから、笑った方がきっと、相手も喜ぶと思うよ」
「え、どうして?」
「どんなに綺麗な子や、かわいい子でもね。怒ってばかりいると台無しになっちゃうんだよ。君はかわいいと思うから、もっと笑った方がいいね」と言われて、
「やだな。お世辞を言って」と満更でもなさそうで、
「どうして? 嘘は言わないよ。笑っていた方がいいと思う。少なくとも僕はそうだから」と相手が優しく笑ったので、一之瀬さんもつられて笑っていた。

「何かが怖い」とそばで男子の後輩が言って、別の男子につねられていた。
「痛いって」と小声で言っていたのを田中君が笑っていた。
「一之瀬の変化は、やはり、恋だな」
「恋? 王子にか? しかし、あれはちょっとなあ」と言い合っていた。一之瀬さんがなぜか機嫌が直っていて普通にしていたからだ。
 女の子は今日は普通にしていた。さすがに昨日は露骨過ぎたから、逃げる事はやめた方がいいだろうと話し合ったからだ。二年生や一年生に聞かれて、『昨日だけの緊急の措置だから』と小平さんが答えていた。
「恋愛すると女は変わるとか?」
「一之瀬さんの場合は、難しいと思いますよ。すぐに怒り出す気がします」と結城君達が言って、
「お前ら、練習しろ」と掛布君が注意していた。千沙ちゃんに小声で何か言っていて、うなずいていた。緑ちゃんは何度も話しかけていたけど、掛布君は上手くかわしていた。
 休憩中に一之瀬さんが、小平さんに何か言っていて、
「どうしたんだろうね」と美鈴ちゃんが見ていた。やがて、こっちにやってきた。
「一之瀬さんも基本の方に混ざってやるそうだから。組み分けを変えましょうか」と小平さんが提案してきて、百井さんが、
「この間、やってみたのが感触がよかったから、取り入れてもらえるといいけど」と言ったため小平さんが湯島さんとうなずいていた。
「そのほうがいいかもしれないわね。そういうことで、顧問では役不足だから、時間がないので私、湯島さんが主にノートをつけるわ」と言ったため、
「なにするの?」とみんなが聞いた。
「欠点強化を取り入れたいの。一人一人メニューを変えて組み立てた方がいいと言われてね。もちろん、人に指図されたくないと言うなら、自己流でもかまわないわ。残り時間30分ぐらいを予定してるの。サーブならサーブ。レシーブ、ボレー、基本の徹底的見直しをしておいた方がいいということになったの」と言ったため、
「えー!」と言ったのは緑ちゃんだけだった。
「え、みんなは異論がないの?」と驚いていた。
「あなたは関係ないじゃない。どうせ、2年生と一緒でしょ」と元川さんが素っ気無く言ったため、
「ひどいなあ」とぼやいていた。
「それから、それぞれのペアで相手の欠点を直してあげてほしいの」
「え?」とさすがにそれには相良さんや一之瀬さんが驚いていた。
「他の人には言われたくないかもしれないけれど、一度、そういうことはしておいた方がいいと思う。本来なら顧問がやるべき仕事を私たちは自分達でやっていかないと回っていかないから。百井さんから、提案があってそれを取り入れたいの」
「ふーん、また、佐倉さんじゃないの?」と前園さんが気に入らなさそうにしていたら、
「こうこ、そういうことは言うのはやめたって言ったじゃない」と千沙ちゃんに注意されて、
「そうだったわね。ごめん」と謝ったので、本宮君効果はすごいなと思った。
「その話は前から私たちはやってたの」と百井さんが説明した。
「私たちの場合、直してほしいところ、相手のいい点悪い点をはっきり教えあおうと約束していて、試合や練習の合間に確認はしていたの。それから、欠点強化と実践で使える練習も個人にやってきていたの」と教えたため、
「えー!」とさすがにみんなが驚いていた。千沙ちゃんが、
「なんとなくそうかなとは思った」と言ったため、美鈴ちゃんがうなずいていた。
「ただ、それを部活全体のことにしていったほうがいいと思ったから、提案したの。前だと風通しが悪くて、そんな雰囲気にさえなかったから言わなかっただけ。そういうことでお願い」と百井さんに言われて、
「一部、異論が出てくるかもしれないけれど、修正はその都度していくつもり。ただし、裏での嫌味言いがかりはやめてください。後輩から苦情が出ています」と小平さんに言われて、一之瀬さんが、
「ふーん」と軽く言った。
「一之瀬さん、もう、そういうのはやめた方が」と千沙ちゃんが取り成すように言ったら、
「いいわよ、別に。怒るならやめてもらった方がいいと思う。雰囲気を悪くされるのは私には理解できない。練習したいなら参加、気に入らなくて引っ掻き回したいのなら不参加。ハッキリしてください」と珍しく美鈴ちゃんがはっきり言ってしまったため、さすがにびっくりしていたら、一之瀬さんも驚いていたけど、一瞬拳を握ったあと、
「やるわ」と言ったため、みんながほっとため息をついていた。
「悪かったわ。確かにこのところ機嫌が悪くて八つ当たり気味だった。ごめん」と謝ったので、
「え?」とみんながびっくりしていた。
「笑顔でがんばるわ」と言ったので、唖然としてしまった。

 拓海君に一之瀬さんの変化を報告したら、
「なるほどな。あいつに頼んで正解だ」と笑った。
「何を頼んだの?」
「試合で力が入りやすいから困っているとか、テニス部での態度が目に余る事とか、色々言った。とにかく、なだめてくれと頼んだんだよ。あいつにしか、もう、頼めない。しかもばれると困るから電話で頼んだ」と小声で言ったので、そういうことだったんだと思った。
「そう、じゃあ、聞かない。向こうにも聞かないほうがいいね」
「あいつは上手だな。その辺、永峯とは違うな」
「優しい人だもの」
「勉強しないといけないから、巻き込みたくなかったが、仕方ないよな。あの先輩の作戦は最後はどうだったんだろう?」
「多分、ほっとけと言ったかも知れない。そういう部分は冷たいよ、あの人」
「そうだろうな。そう言いそうだ。フォローなんてしないだろう。強さを弱めて、それだけだったのかもな。ただ、あいつの場合は安心できないよな。すぐに八つ当たりするようだから。また、気に入らないことが起これば同じことがあるかも」
「そうなの?」
「多分、お前と王子が一緒に帰ったからだぞ」
「そう言われても」
「面白くなかったんだろうな。家に行ったと言われたらね」
「素直に言えないのかな?」
「好きだとは言えないんじゃないか。よく、話しかけるようになるだけ。俺も堂島も戸狩も同じだったから」
「そう」
「告白はしないのかもな。するのは芥川タイプ」
「あの人、自分から言うの?」
「言いそうだぞ。王子に言ったのか?」
「ああ、そう言えば時間の問題だと言ってたよ。冗談かもしれないけど」
「ふーん、じゃあ、気があるのか。なら、いいけど」
「え、どうして?」
「お前は気にしなくてもいい。それより、成績表を見せてもらってないぞ」
「ははは、忘れましょう」と笑って誤魔化したら、
「俺のは見なくてもいいのか?」と聞かれて、
「うーん」と悩んでしまった。
「分かりやすいヤツ。今度、爺さんちで見せ合おうぜ。模試の結果も見せてもらわないと」と言われて、
「え、それは待って」と言ったら、
「なんだよ、都合が悪いのか?」と聞かれて、
「えっとね。もう少しだけ待って」と言ったら、
「なんだか、内緒が多いよな。お前、あいつには相談するなよ。俺に言えよ」と言われて困っていた。

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