35

結城君の頼み

「はあー」とため息をついたら、
「佐倉先輩、欠伸してる暇があるなら。見て下さい」とノートを持って結城君が立っていた。
「あの辺りの男子が睨んでるから無理だと何度も言ってるでしょう」と掛布君達がいる辺りを指差した。彼らは別に睨んではいなかった。笑っていただけだけれど、それでも困る。
「3年で結託してずるいですよ。後輩の指導は先輩の義務です」
「私は女子だよ」
「だから、治外法権でしょう」意味違う。
「そういうことでよろしくお願いします」と言われて渋々ノートを見た。
「ふーん」と言ったら、
「どうですか?」と聞かれて、
「これだけじゃ無理。実際の試合を見た方が早いね。この数字が分かってるなら、その辺の修正はしているでしょう?」と聞いたら、
「一応は。サーブも強くなるように筋力をアップさせましたし」
「ふーん。どの辺を?」
「え、腕の力ですが」
「腹筋は?」
「腹筋ですか?」
「背筋もね。結城君の試合、見た事ないからなぁ」
「見てくださいよ」
「後衛だと興味がないもので」と言ったら、
「えー、ちゃんと見て下さい」と言われて後輩の女の子がくすくす笑っていた。
「結城君、部長になるんだったら自分で考えていかないといけないと思うよ」
「分かってますよ。男子は掛布先輩と大和田先輩が仕切ってきたおかげである程度の膿は出しましたよ。女子とは違いますから。こっちも指導体制は前から強化してありますから、後輩のレベルもアップしてます」と言い切られて、なるほどねえと聞いていた。
「先生って、卑怯ですよね」と後輩の女の子が言いだして、
「なにが?」と聞いてしまった。
「『女子より男子に専念させてくれ。だから、別の顧問を探してくれ』と言ったそうですよ。逃げようとしたんです。問題をそのままほったらかした責任はあの人にもあるのに」と言ったためびっくりした。
「え、そうなの?」
「そうですよ。元川先輩が聞いたそうです。男子が話していたのを聞いて、問いただしたら田中先輩が教えてくれたそうで」
「オフレコだと言っておいたのに」と結城君が呆れていた。
「ということは本当のことなんだ?」と聞いたら、渋々うなずいていた。
「仕方ありませんよ。あの先生はあの問題の時に逃げ腰だったそうで、それで一之瀬先輩の処分の辺りでその話をしたそうですよ。もっとも、もっと前から頼んでいたそうですが、見つからなかったそうです。それでも問題が発覚したあとでは誰も引き受けないでしょう。あの先輩がいなくなれば別ですが」そういうことかもしれないな。だから、小平さんがああいう態度だったんだなと聞いていた。期待しない方がいい……それを知っていたならああ言うかもしれない。
「とにかく見てくださいね。もう先輩に頼むしかないんです。掛布先輩にはどうも見切られているようで」
「見切られているかもね」
「分かっているなら協力してください」と頼んできて、後輩の女の子が笑っていた。

 結城君に言われて、渋々、空いた時間に彼の試合練習を見ていた。確かに掛布君達に揺さぶられているなと感じた。掛布君が、笑って、
「まだまだ、甘いね」と楢節さんと似たような言葉を言っていて、
「くー」と結城君が悔しそうだった。
「ねえ、ちょっと」と言われて振り向いたら、相楽さんが睨んでいて、
「気が散るからあっちに行って」と言われてしまった。
「人数が減ったからってぼやかないでよ」とそばにいた元川さんも言ったため、そう言えば少ないような気がするなと見ていた。
「どうしてこんなにいないのかな?」
「雨が降ると思って休んだ人が多いのよ。きっとね」と湯島さんもぼやいていた。昨日は雨が降ったためグランドは使えなくて階段を走って筋力などの強化だけを練習したそうだ。
「なんだか、やる気がなくなるわ」と一之瀬さんも言っていた。
「ちゃんと集中して」と小平さんが注意していた。
「一之瀬さん」
「なによ?」と聞かれて、
「フォーム前のめりだから気をつけて。相良さんはラケットの面を返すのが早い」と言ったら、
「なによ」と一之瀬さんが睨んだけれど、
「あら、そう言えばそうかもしれないわ」と相良さんが考えていた。
「一之瀬さんは当たってると思うわ。もっと、体全体を使ってサーブを打ったほうが入ると思うわ」と小平さんに言われて、渋々やり始めたら感触が良かったようで、何度か打っていた。
 休憩時間中に結城君を呼んで、色々告げた。
「え、でも」
「そのほうがいいと思う。それは彼らだけに有効。それからね」と小声で教えていて、
「分かりました。でも、内緒ですよ」とうれしそうに離れて行った。男子ってつくづく負けず嫌いだな……と思った。
「疲れた。早めに切り上げよう」と元川さんが言った。
「えー、もう少しやりたいです」と矢上さんが言ったけれど、
「確かに雨が降ってきそうだから早めに切り上げましょう。この天気では無理よ」と小平さんが告げて、矢上さんは不本意そうだった。
「テストの点数が悪かったら、俺は脱落するからな」と男子が言っているのが聞こえた。
「えー、がんばったんでしょう?」
「選手として出られたら残りたいが、それも危ないから」
「最後までやりましょうよ」と後輩に言われていた。柳沢は男子の一年生につきっきりで指導していた。
「なんだか、贔屓されているみたいでおもしろくないね」と小声で女の子の一年生が言っているのが聞こえた。
「あの先生はちょっとねえ」と言っていたので、千沙ちゃんが聞こえたようで何か話をしていた。

 帰る時に千沙ちゃんが、
「柳沢が差別すると言ってたけど、どうしよう」
「差別?」とみんなが驚いた。どうも、飲み込みの早い子とできない子を区別するらしい。
「教える時間に差があるんだって」
「また、あの人は……」と元川さんが呆れていて、相良さんとうなずきあっていた。
「なんだか、あちこち出てくるわ」と湯島さんも困っていて、
「一応、話はしてみるけれど期待しないで下さい」と小平さんが淡々と言って、困った顧問だなと考えていた。
「小平さんと美鈴ちゃんね。柳沢の事、呆れているみたい」と千沙ちゃんが着替えたあとこっそり言いだして、そうだろうなと思った。言葉尻にそういうことはなんとなく分かっていた。
「あの発言を聞いたら信頼は失うだろうね。いっそのことやめてもらった方が」
「誰が教えるの?」
「明るくて優しいカッコいい先生」と後輩が言ったため、みんなが笑った。
「経験者を探すしかないわね。後輩、がんばれ」と千沙ちゃんが言ったため、
「えー、自力ですか?」と言ってから笑っていた。かなり後輩と仲良くなったようで、よくなってきたのかもしれないなと思った。

 拓海君を待っている間、勉強していたら、
「ふーん、英語のお勉強か?」と声がして、
「なんで、そんな怖い顔をしているの?」と聞いた。拓海君が気に入らなさそうな顔で立っていた。
「昨日休んだのは聞いたけど、あいつが来るとは聞いてなかったぞ」と言ったので早耳だなと呆れてしまった。誰か学校の子がいたのかもしれないなぁ。
「あの人は霧さんが恋人として呼んだ」
「なんだよ、それは」とにらまれてしまい、
「霧さんがそう言っていたの。彼女の親の同意が得られそうもないから恋人に来てもらっただけ。色々あったの」
「何を言ってるか、訳が分からないんだけど」
「いいの。それより、拓海君も勉強しないと怒られるの?」
「なんだよ、今度は」
「男子の一人が成績が上がらなかったらテニス部即引退なんだって」
「ちょっとひどいな。最後までやらせてあげればいいだろうに」
「のんびりしてる学校だから、違う学校に通ってる親戚の話を聞いて焦りだしたそうだよ。ここは確かにのんびりしてる気がするからね」
「それはあるだろうな。前の学校の方がそういう部分でPTAが厳しかった。勉強も部活も口出ししてたよ」
「そうなんだ?」
「それより、あいつまで会う必要はないだろう?」
「仕方ないよ。ちょっと聞きたいこともあるし」
「お前、どうしてあいつとそこまで関わる必要があるんだ?」
「教えてもらっているだけ」
「何か隠してないか?」
「拓海君……」
「なんだよ?」
「勉強がんばろうね。お互いに」と言ったら、
「ふーん、いいけど。相談しろよ。何かあったら言えよ。あいつじゃなく、俺に」
「どうしてそう言うの?」
「やきもちに決まってるだろう」と後ろから言われて、振り向いたらまだ練習中の戸狩君が笑っていた。
「覘くな」と拓海君が怒っていて、
「絆創膏を貼りなおしたかっただけ。それから、佐倉は鈍すぎる。王子と話しているのが面白くないのは恋人なら当然」
「え、そう言われても」
「面白くないだろうなぁ。楢節さんと帰っていた時期と同じ顔してるぞ、お前。やきもち焼くと、また女子がうるさいぞ。本命がいても、モテていいよな。ラブレターもらったり、告白されたり」
「うるさい」と拓海君が言ったのでびっくりしてしまった。
「おや、知らなかったんだ? まあ、いいや。佐倉ももう少し気が付いてやれよ。男と話していて彼氏は怒るのは当然。ましてや、あいつじゃあねえ」
「どうして?」
「取られる心配があるから」
「ないよ。霧さんと付き合うだろうし」
「ふーん、あの2人の場合は違う気がするな。まあ、いいや。お幸せに」と言ってまた体育館に入って行った。
「お幸せにって、どういうことだろうね」と、拓海君に聞いたけれど、
「さあな。ほっとけ」と素っ気無く言って睨んでいた。
「拓海君、機嫌が悪い」
「密会の噂が流れれば誰でもそうなる」
「密会じゃないよ」
「これで何度目だよ。廊下でも話して、いい加減、あいつとは関わるのは」
「拓海君は試合に集中してよ。彼とはちょっと相談ごとがあって」
「あいつとは関わるな。一之瀬が収まったとはいえ、まだまだ安心できないぞ」と言われて、確かにその通りだなと思った。

 家に帰って勉強していたら電話が鳴った。母からで、
「あさってには戻らないといけないから、手紙で連絡してよ。明日、また食事でもしましょう」と言われて、
「いいよ、無理しなくても。また、今度で」
「細かい事を決めておいたほうがいいし、色々心配でしょう。海外旅行は初めてなんだし、やはり彼も一緒の方が心強いわ」
「え、彼って」
「半井君、英語も出来るし、自分でチケットの手配とかしていたと言ってたじゃない。中学生なのに偉いわよね」
「よく知らない。大体、航空券だって高いんだし、きっと行かないと思うよ。中学生の男女が一緒に旅するのはいくら恋人でも」
「あら、あなたのためよ。ボディガードとしていいじゃない。背も高いしかっこよかったし、礼儀正しいし」
「日頃と態度が違ったよ。目上がいるとああも違うんだと驚いたぐらいだから」
「それだけ仕込まれているってことだし、大人に囲まれていたんじゃないの、彼」そう言われたらそうなのかも。
「しっかりして見えたわ。拓海君も中学生にしてはしっかりしている方だけど、彼は高校生でも通るぐらいちょっと大人びているわね」
「そうでもないよ。結構わがままだった」
「あら、そう?」
「強引だし」
「あらぴったりじゃない。詩織にはああいう人が付いていてくれると安心ね。英語も話せるし、いいわ」
「拓海君がいるからいいの」
「友達ならいくらいてもいいじゃない」
「無理。それに霧さんがいるもの」
「あら、大丈夫だと思うわよ。彼はあなたばかり見てたから」
「え?」
「そう思ったわよ。霧って女の子のことはほとんど見てなかった。私と話すときもあなたを見てたから、てっきり好きなんだと思ってたわ」
「ふーん、気のせいじゃないの?」
「いいわねえ。なんだか若いって、いいわ」
「お母さん、からかわないで下さい」
「それより、彼も旅行にいけるなら行ってもらいなさい。そのほうがいいわよ」と言われて、そう言われても困るなと思いながら聞いていた。

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