佐久間さん

 保護者説明会が終わったあとに3者面談が始まった。かなりの時間を取る男子も多かったらしくて、その話をしていた。
「志望校変えろってさ」とぼやいているのが聞こえた。
「俺も言われるかな」と言っているのを聞いて、父の事を思い出していた。先生の前で変なことを言わないといいなとため息をついていたら、
「佐倉はいいよな。決まったも同然なんだろう? 受験勉強しなくてもいい」と言われてしまい、
「英語の勉強があるじゃない。入ってからが大変なのよ」と根元さんが笑った。
「言われてみれば、そうだけど、さあ」
「英語で授業受けられるか?」と言い合っていて、私もその事は心配していた。この間、参加した会でもほとんど聞き取れなかったのを思い出した。
「詩織〜!」という声が聞こえて、霧さんだったので、そっちに行った。
「アダムがさぁ。会に参加しないのかって。今度別のところ行くんでしょう?」と聞かれてうなずいた。尾花沢さんは行っていないけれど紹介してもらったところに行くことにしていた。子どもが多いそうで主に一緒に絵本を読んだり遊んだりしているボランティアの会で、英語を話したいと思っている子どもも参加が多いらしい。絵本や歌を歌うため、初心者が気軽に参加して英語に慣れる感覚だそうで、
「楽しかったけど、まとわりつかれるからね」と笑っていて、彼女の友達がボランティアをしているそうだ。向こうでは高校生でそういう事をするのは普通らしくて、日本に帰ってきてからもしているようですごいなと思った。
「霧さんはどうするの?」
「子どもぱっかりでしょう? お前向けでちょうどいいって、篤彦が言うからさぁ。一応行くけど、その後待ち合わせしてるし」
「アダムさん?」
「そう、楽しいよ。友達も大勢でね。家でお酒飲んで」と言ったため睨んだ。
「私はジュース」と慌てていて、怪しいなと思った。
「あまり羽目は外さないほうが」
「だってさ、みんな勉強ばっかりでつまんないもん。サックス吹いたって聴いてもらえなくなって、家でも練習できないし。苦情来ちゃったから」それはあるだろうな。
「だから、いいの。ブルースプリング」
「青いバネ?」と聞き返したけれど、それには答えずに、
「詩織もがんばってね。また、あそぼーね」と行っててしまい、さすがにびっくりした。
「やらなくて大丈夫かな」と言ったら、そばの子が、
「赤点ばかりで無理みたいだよ」と言ったのでびっくりした。
「勉強してないから、また下がりそうだよね。余裕があるよね、この時期に」とA組の子が言い合っていた。

 英語の授業で当たってしまい、読まされてしまった。
「綺麗だな」と発音を褒められて、
「まぐれだって」と三井さんが笑った。
 途中で黒板にみんなが書かされていて、私もまた当たってしまった。何とか書いていたら、
「佐倉、その単語まだ習ってない」と後ろから指摘されてしまい、
「あれ、違った?」と言ったら先生が、
「そうだったか? いや、意味は同じだ。中3で出てこないはずだぞ。高校だろう」と言われて、
「書き直します」とやり直していた。

「詩織ちゃん、最近、変わってきたね」と桃子ちゃんに笑われた。
「でも、綺麗に読んでましたね。練習してるんですか?」と碧子さんに聞かれて、
「それなり」と答えた。
「佐倉に負けられないんだよな。一つ枠が空いたから」と佐々木君に言われて、
「そういうことは言わない」と根元さんに叩かれていた。途端に拓海君が機嫌が悪そうな顔でこっちを見ていた。さすがに気まずくてその話題は禁句だった。
「でも、本心はそう思ってるかもなぁ。内申俺に全部くれ」と言われてしまい、さすがにびっくりした。
「後何点足りないんだ?」とみんなに聞かれていて、
「もらえるなら何点でも」と言ってしまったために、
「おーい、欲張りだぞ」と笑われていた。
「A組のやつが言われたんだよ。俺と同じ高校狙ってて、内申が足りないってさ。俺も言われたら」と言い合っていた。

 帰る時に、呼ばれたような気がしてそっちを見た。半井君がいて、寄って行った。
「どうかした?」
「挨拶したいと言ってるから残ってくれないか」
「挨拶?」と驚いた。見たら、優しそうなおじさまで会釈してきたので慌ててこっちも会釈したら微笑んでいた。上品な感じだな。立ち居振る舞いに気品があった。
「いいけど、どうして?」
「爺さんの代理。色々聞きたいこともあるようだし、そうしてくれ」と言われて、私も挨拶しておいた方がいいんだろうかと首を捻っていたら、
「うるさい保護者が来たな」と言ったので後ろを向いたら拓海君が睨んでいた。怖い。
「籠に鍵でも掛けておきそうな保護者だ」と言ったため、
「また、そういう事を言う」とあきれていた。
「なんだよ」と拓海君に言われて仕方なく、先に帰ってもらうことなどを説明した。
「あいつと話すの禁止」と言ったため、困ってしまったけれど、
「挨拶しておかないといけないし、こちらも聞きたいことがあるから、お願い」と頼んだら、
「しょうがないな」と言いながら、思いっきり半井君を睨んでいて、
「拓海君、そういうことはちょっと」とため息をついた。
「高貴な人とは違うからね」と気に入らなさそうに戻って行った。

 教室にいるわけにも行かず、廊下で英語の勉強をしていた。英単語を覚えていたら、
「あれ、佐倉さんもお勉強なの?」と去年同じクラスの子に言われて、うなずいた。
「彼氏、待ってるの。きっと怒られるだろうから」と笑っていた。
「あ、それって検定試験のじゃない」ともっている本を見て言われてしまった。
「そうだけどね」
「どれぐらい?」と聞かれて、
「まだまだだもの」と言った。
「こっちもうるさいよ。親がね。模試の点数が上がらないからってね。霧みたいには無理だよね。あの子、余裕だよね」そうだろうな。
「がんばってね」と彼氏が来たらしく手を振って別れた。霧さん大丈夫かなと考えていたら、何かもめている親子が来て、
「だから言ったろ」と叩かれていた。あちこちうな垂れていたり、喧嘩している感じの人もいて、半井君だけは落ち着いて背筋を伸ばして隣の人と何か話をしているのが見えた。やっぱり相当お金持ちに違いないなと思った。さっきの人のお辞儀の仕方が丁寧だったからだ。彼もそういう部分では確かに挨拶などがしっかりしている気もした。親がそばにいなくてもああいう育ちだと違うんだなと見ていた。

「悪かったな」と半井君がやってきて、
「大丈夫。覚えないといけないし」と言って本を鞄にしまった。
「佐久間が車で来ているから」と言われてうなずいた。
 車まで行って唖然とした。
「もっと普通の乗用車で来いよ」と半井君がぼやいた。高級車だったからだ。この辺では見かけないようなものだった。
「仕方ありません。あいにく、これしかご用意できなくて」とうやうやしくお辞儀をしていた。上流の家庭に仕えている人という印象だった。
「坊ちゃま。どうぞ」とドアを開けてくれて、
「あれほど言ったろ。それは禁句だって。この学校うるさいんだよ」と半井君がぼやきながら、
「乗れよ」と言われて、
「篤彦様、そういう時は『どうぞ』とおっしゃって」と言われて、
「はいはい。うるさい爺やだ」と言ったのでびっくりした。爺や……? 
「ほら、早くしろ。あいつらに見つかるとうるさい」と言われて、見たら誰か近づいてきたので、慌てて乗り込んだ」
「坊ちゃま、どちらに」と聞いていて、
「俺の家のほうでいいよ。佐倉は後で送ってやってくれ」
「かしこまりました」と微笑んでいた。
「坊ちゃま……爺や……」と思わず小声でつぶやいたら、
「お前は言わなくてもいいの」と笑っていた。

 家に着いてから、リビングのソファでしばらく待っていたら、とても上品なカップとポットを持って、さっきの人が戻ってきた。
「坊ちゃまもそろそろいらっしゃいますから」と言われて、頭を下げた。高級そうなカップに紅茶を注いでくれて、つくづく違うなぁと見てしまって、相手が入れおえてから、こちらを見て微笑んでいた。
「坊ちゃまがおっしゃったとおりの方ですね」と言われてしまい恥かしくて顔が赤くなった気がした。
「坊ちゃまはやめろ。恥かしい」と半井君が着替えてやってきた。
「旦那様に怒られてしまいますから」
「爺さんだろ。ほっとけ」
「坊ちゃま。その言葉遣いは旦那様の前では」
「分かってるよ」と言いながらソファの隣に座ってから、
「紹介するよ。爺さんの側近、またの名を佐久間。前は爺さんの片腕として働いていたこともあるけどね。年とってから引退して、今は執事のような事をしているよ。それで、こっちが佐倉詩織。俺の彼女」と言ったため、持っていたカップをひっくり返しそうになった。
「違うでしょう」と慌てて言ったら、
「ああ、ガールフレンドじゃなくて、ただのフレンドみたいだ。今はね」
「ずっとなの」と遣り合っていたら笑われてしまい恥かしくなった。
「冗談ばかり言って、恥かしい」と言ったら、
「お噂はかねがね。坊ちゃまがお世話になって、これからもお世話になるそうで」と頭を下げられてしまい、私も慌てて下げていた。
「旦那様からご両親にご挨拶をしたいと申しておりましたが、とりあえず、私がご挨拶を」と言われてしまい、また頭を下げた。
「爺さんが俺がお世話になる家族に会っておきたいと言ってるらしいんだよ。お母さんって今度、いつ帰国するんだ?」
「当分、無理じゃないかな」
「できたら、向こうの家に言って視察しておきたいとか学校も見ておきたいとか言ってるけどな。アメリカはそう簡単に行けそうもないからと言ってるし。この間、仕事の時に来てたんだろう?」
「坊ちゃまも誰もいなかったと聞いておりますが」
「逃げただけだ。爺さんに見つかったらうるさい。俺、いい子じゃないからな」
「坊ちゃま」と佐久間さんが笑った。
「いいよ、どうせ、詩織は知ってるからな。爺さんだって、どうせ知ってるぞ。食えない人だからな」と言ったら佐久間さんが笑った。当たっているらしい。
「仕方ございませんね。お手紙を差し上げる形でよろしいでしょうか?」と佐久間さんが聞いていて、
「いいさ、そうしてくれ。気の済むように。俺から手紙は出してるよ。近況とか報告しないと心配するから、あのご両親が」
「いつのまに」と睨んだ。
「当たり前だ。向こうでの後見人代わりだぞ。お世話になる以上、こっちもちゃんと教えておかないと。英語がどれぐらい出来たかとか、後はテストの点数も教えろよ。報告しないと」
「えー」
「当たり前だ。俺はお前の家庭教師兼彼氏」
「違う。最後はいらない」と言い合っていたらまた笑われてしまった。

 しばらく話をしたあとに、「帰って勉強をしろ」と言われてしまい、送ってもらうことになった。彼も勉強をやっているようだ。試験勉強は大変のようだった。
「坊ちゃまも真面目にやっているようで安心しました。帰ってきた時と比べると明るくなって」と佐久間さんが車の中で言ってくれて、
「そうですか?」と聞き返した。明るいと言うんだろうか? 笑えないジョークを言ってるだけの気がする。
「あんなに笑っているのを見るのは久しぶりでございます。坊ちゃまは昔はかわいらしい方だったのですが」
「どれぐらい昔ですか?」と思わず聞き返してしまった。相手が微笑んでいて、
「そうですね。日本におられた時はとても無邪気に笑っていました。奥様が生きていらっしゃった頃は」うーん、信じがたい。今じゃあ、すっかり面影が無い。
「ホットケーキを食べたとそれはうれしそうにしてました。奥様が昔よく作ってらしたそうで」
「え、お母さんが?」
「そうお聞きしましたよ。東京にいらした頃のことでございますから、私は直接見たわけではございませんが」うーん、それで作れと言ったのか。結構わがままだと思ったら、そういう理由ね。
「お母さん子だったんですか?」
「奥様は優しい方で、お菓子をよくお作りになったそうでございます」
「そうですか」
「詩織様は、篤彦坊ちゃまはお好きですか?」といきなり聞かれてむせそうになり、
「え、それは好き? というか、なんと言うか、お世話になっているだけで」
「そうですか? 坊ちゃまが女の方の話をなされるのは初めてなので、旦那様もそれは気になっておいでで」
「そうなんですか? あれだけ、モテるのに変ですね」と言ったら相手が微笑んでいたので、なんだか恥かしくなった。


たんかを切る親子

 ミコちゃんが、
「絶対に受かってみせますと断言したけどね。親ってうるさいね。あちこち」と昨日見かけた保護者会での親子の風景を話してくれた。
「それはミコちゃんができるから言える話だってば。普通はがんばらないとね」
「え、そう? うちは反対だよ。言ったこともないね。親は一度だけ、どこを受けるか聞いて、それでおしまい。それも昨日保護者会の直前に報告したからね。即納得」
「うらやましい」
「そうでもないよ。周りからは、できて当然という風が吹いているからねえ」
「プレッシャーになりそうだね」
「ないね。ファイトが増すね。兄にだけは負けられない」強い。
「ミコちゃんの強気の半分分けて。パワーが足りない」
「詩織は大丈夫じゃないの?」
「先生の前で親子喧嘩しそう」
「そうなの?」
「お父さん、拗ねてるもの。お母さんに取られるとか意味不明。進学のこととか生活面で心配してくれる割合があまりに少ない」
「え、なんで?」
「そうだよね。普通は親ってそっちを心配してくれるんだろうね。あの人は違う。お母さんと張り合ってるというか、ジェイコフさんと張り合ってる」
「ジェイコフ?」
「お父さんって、どう考えても変だな」
「なんか複雑そうだね」
「よく分からないよ。会話少ないもの。買い物に一緒に行く話もすぐになくなって、いつのまにか出かけてるからね。そのうち、ストライキするかもしれない」
「なんで?」
「そうでもしないとあの人の場合はちょっとね」
「そうなの? 大変そうだね」と言われてしまい、確かに変な人だなとつくづく思った。

 半井君と帰ったことがばれてしまい、そばにいた人に色々聞かれてしまった。
「ちょっとね。色々聞きたいことがあったから」
「あの人って、お父さんじゃないよね」と好奇心旺盛で三井さんってつくづく懲りないなと思った。
「王子って、やっぱりお坊ちゃんじゃないの?」
「元王子でしょう?」と言い合っていて、拓海君が遠くから見ていて機嫌が悪そうだった。
「ごめん」と謝ってそっちに寄って行った。
「金持ちだって噂で持ちきりのようだな」と言われてしまい、
「知らない」と素っ気無く言ったけれど、凄く気に入らなさそうだった。困ったなぁと見ていたら、
「あいつ、どこ受けるんだ?」とそばの男子に聞かれたけれど何も言わなかった。
「そう言えばそうだな。あいつ、どこだよ?」と拓海君にまで聞かれてしまい、
「さぁ、知らない。いろいろ考えていると言ってたけど」とごまかした。さすがに言いずらいぞ。絶対に怒るなと思いながら拓海君を見ていた。

「書類は」と父に言われて、
「全部そろえてあるから。それから、お父さんはよけいなことは言わないで下さい」と言ったら、聞こえたらしく、そばで待っていた男子が笑っていた。
「え、いや、それは」
「色々、書類関係とか頼まないといけないの。お父さんは一切口出さないで」
「いや、しかし」と困った顔をしていたけれど、睨んだら、さすがに何も言えなくなった。それにしても前の男子時間が掛かってるなと思った。待ちくたびれていたらすごい音が隣の教室から聞こえて、
「いい加減にしてくださいよ」と啖呵を切っている声が聞こえた。嫌な予感、この声……。
「確かにうちの娘は出来が悪いかもしれませんよ。でも、そのことで人様に迷惑掛けた事なんてないんですよ」
「しかしですね」と中で必死になってなだめようとしている先生の声がした。
「先生、この子の可能性は無限ですよ。そんなテストがなんですか。あなたは自分の目でこの子を判断し育てていく義務があるんじゃないですか」と強く言われて、先生が、
「えー、それは」と困った声を出していて、ドアが開いて、
「行くよ。霧。こんな先生に教わることは何もないね。テストの点数が、赤点がって、それだけが生徒の尺度ですか? 愛想がよくて性格がいい。そっちの方が大事だよ。女は愛嬌が大事だ」と言って久仁江さんが出てきて、
「だけどさあ」と霧さんも出てきて目があった。
「あれ、詩織。ちょっとさぁ、聞いてよ、先生がさあ、赤点が」と言いだして、
「ああ、詩織ちゃん、久しぶり」と久仁江さんが笑った。すごいかも。
「佐倉、次だぞ」と呼ばれて頭を下げて、教室の中に入って行った。

「はあ、これがその書類ね。用意できるかな」と困っていた。
「見本を見て提出してください」とお願いした。母に頼まれた書類、手紙などを揃えて出して、
「大変そうだな。英文で書くんだな」と聞かれて、
「半井君の方も同じだと思うので」と言ったら、
「友松先生も困っていたな。あの先生と一緒にやるしかないが、英語の先生に添削頼まないといけないなぁ」と笑っていた。大体の事情を説明して、
「やっていけそうか?」と聞かれて、
「学校の見学などは済ませてあります。日常生活の問題は同じ高校に通っていた人に聞きました。帰国子女の人にも話を聞いています。後は英会話の勉強と向こうでの授業に付いていけるように準備はしていますから」
「え、あ、そうか」と先生が驚いていた。
「しかし、大変だな。俺は相談に乗れるといいが、何しろ初めての経験で」と言われて、
「授業内容や宿題の内容などがこちらと違うそうなので、経験者がそばにいるので、聞きながら準備をしていきますから」と答えたら、
「そうか、そのほうがいいな。半井も向こうに行くそうだけど、志望校が同じなのは一校だけだな」と言われて、
「シェルマットランプトンは、プレップスクールなのでテストなどがありますから、実際には受験しません」と答えた。
「え、しかし、ここに」と紙を見ていた。
「それは、一応、その時は書きましたが受験しないと思いますので。一番上の高校に決まると思います」
「ここね。じゃあ、受験は?」と聞かれて説明した。

 出てきてから、
「ほとんど話せなかった」と父がぼやいた。
「説明したじゃない」
「そうだけど、プレップってなんだ?」と聞かれて、
「逃げた人には教えない」と言ったら、
「うーん、そう言われてもな。危ないし」とまだ言っていたので、
「お母さんと喧嘩しないでね。お世話になるんだから」
「あいつが悪いんだ」とまた言い出したので頭を抱えていた。
 歩きながら、あちこちの親子の姿を見ていて、うちとは違うなぁと思った。

 保護者会での霧さんの話はあちこちで言われているようで、それ以外でも誰がどこの高校を狙っているという話が多くなり、私の噂はなくなってほっとしていた。
「うちも言われてしまいました」と碧子さんが言った。
「どうして?」
「もっとがんばらないといけませんの」と笑っていて、
「一緒に行けそうなの?」と聞いたら、恥かしそうにしていて、
「あちらは上の学校になりそうです。成績が上がってしまったそうで」と言ったため残念だなと思った。なぜかそばにいた本宮君が聞こえたようで、こっちを見て顔を戻していた。
「ねえ、本宮君」とうれしそうに円井さんが話しかけていてもどこか上の空のように見えて、あちこちあるなぁと思った。
「二谷さんが主役なんだって」という声が聞こえた。
「テストが始まるからそんな余裕ないよ」とみんなが笑っていた。確かにね。
「美樹ちゃん、かわいいだろうな」と男子がうれしそうだった。
「スィートってどんな女の子?」と桃子ちゃんに聞いたら、笑い出した。
「甘いってことじゃないの?」と言われて、キュートでスィートか、ああいうかわいい子が相手だったら誰もやっかまないし、あんなことにもならなかったんだろうかと思った。

「先輩のためにもがんばりますから見てくださいね」と廊下で言われて、拓海君が困っていた。
「そう言われても……」と言った為に相手が悲しそうな顔をしたため、
「あ、見るよ」と慌てて言った。
「先輩、あの噂は本当ですか?」と聞かれて、
「噂と言われても」と困っていた。
「あの先輩と別れる寸前で喧嘩していたと」と言った為に途端に拓海君の機嫌が悪くなって、二谷さんが、
「ごめんなさい」と慌てて謝った。
「詩織とは喧嘩してないよ。相談事があっただけだ。君もがんばれよ」と行こうとしたので、
「あの時の返事、また、聞いたらいけませんか」と後ろから言われて、拓海君は困った顔をしてから、振り向いて。
「同じだよ」と答えたために二谷さんが悲しそうな顔をしていて、
「俺はそう簡単に心変わりしないと思う」と言って、歩き出していて、二谷さんがその後姿を見ていた。

 周りが騒ぎ出して色々うるさくなったなと思った。テスト勉強があるため、そばの男子も休み時間も惜しんでやっている中、騒いでいるのはいつものグループだった。
「だってさぁ。それって、本宮君だったんじゃないの?」と言ったため、
「本宮君?」と円井さんが反応していた。
「あ、こっちのこと」とごまかすようにしていたけれど、
「なに?」と円井さんが必死になって聞いていた。
「二谷さんの相手。山崎君じゃないかって」と言ったためにびっくりした。
「え〜! 嘘〜!」とみんなが聞こえたらしくて言いだして、
「本当?」とこっちを見られたけれど困惑していた。初耳だったからだ。
「だって、あの時は本宮君だと聞いたよ。二谷さんを助けた縁で交際を申し込まれたって」
「あ、本宮来たぞ」と男子が今入ってきた本宮君を見て言った。隣に拓海君がいて、
「本宮、二谷さんとなにかあった?」と聞かれて、本宮君は、
「二谷さん?」と驚いていたけれどそれほど驚いていなくて、反対に拓海君が困った顔をしているのに気づいた。
「やっぱり山崎の方か?」と聞かれて、拓海君は黙っていた。
「だって、さっき話しかけられていて、何か言ってたって聞いたよ」と言われても、拓海君は黙っていた。否定もしていなかったので、
「おい、本当か?」とそばの男子が何人か立ち上がっていた。
「山崎と二谷さんか。ちょっと意外だ」
「お、これは佐倉が負けるね」と言われて、なんだか複雑だった。拓海君をじっと見ていたら、移動してしまいこっちを向かなかったので、どういう顔をしているのかは見えなかった。

「ここでいいんですか?」と碧子さんに聞かれて、
「あれ以上、教室にいたら勉強できないよ。ただでさえ、色々課題があるし、今度のテストは目標点数まで決められて」と廊下でぼやいた。
「あら、大変ですわね」
「あの先生厳しい」
「山崎さんは詩織さんの事を心配してるんですわ」そっちじゃないけど……とは言えなかった。半井君は受験勉強も忙しくて、宿題はノートを渡すことが多くて、彼の家には行っていなかったけれど、電話で色々アドバイスはもらっていた。中間テストの目標点数も勝手に決めてくれて、「守れなかったら罰を与える」としっかり言ってくれて、やっぱり厳しいなぁと思った。
「罰ってなんだろ?」
「罰ですか?」
「なんだか、問題が山積みで問題集も山積みでノートも山積みな気がする」
「あら、大変ですわね。でも、よかったじゃありませんか、数学など点数が上がりそうですわね」
「怒られると怖そうだな」
「あら、怒られるんですの? それは困りましたわね」
「碧子さんの家は厳しいの?」
「言葉遣いなど、生活面では厳しいですわ。高校のことはそれほど言われませんわ。姉も同じでしたし」
「そうなんだ」人それぞれだなぁ。霧さんの親もなんだか凄かった。確かにあの言葉も一理あるよね。でも、普通はああは言えないけど。
 お互いに単語を出し合っていた。誰かがそばに寄ってきて、
「とうとう、駄目になったんだって」と矢井田さんと一之瀬さんだったので、さすがにびっくりした。相手にもしたくなくて、そのまま黙って問題を出し合っていたら、
「振られるの時間の問題よ。二谷さんならねえ」と2人が笑った。
「あなたじゃ比べ物にならないわ」と言われても我慢していたら、
「比べるものじゃありませんわ」と意外にも碧子さんが言いだして驚いた。
「誰かと比べて選ぶ、そういう問題じゃありませんわ。お店で果物を買っているわけじゃありませんものね。人の価値観はそれぞれだと思いますわよ」
「やぁだ〜!」と矢井田さんが笑ったら、
「彼女の言うとおりだと思うよ」と声が聞こえて、すぐそばに本宮君がいた。
「彼女の言うとおりだ。人を比べてどっちにしようなんておかしいよ」と言われたために一之瀬さんが唖然となっていて、
「え、でも」と困っていた。
「やめた方がいいよ。また、山崎が怒る。佐倉さんのことでとやかく言うのはやめた方がいいね」と本宮君に優しく言われて、さすがに困った顔をしてから逃げるようにして行ってしまった。碧子さんを見たら、
「あなたにしては珍しい事を言うんですのね」と言ったけれど、すぐに英単語の本を見てしまい、本宮君が困った顔で見ていた。

 拓海君と帰る時に話したけれど、とても本当のことは聞けそうもなかった。あちこち、見られていたけど、
「気にするな」と言われてうなずいた。
「テストの方に集中しよう。俺もやらないといけないから」と言われてうなずいていて、
「詩織に言わなかったのは悪かったけど、言うほどのことじゃないからな」と言われて、何も言えなかった。

 テストになってさすがに目の色が変わっていて、みんな噂どころじゃなくなった。遊んでいる女の子のほうが肩身が狭くなり廊下に出ていることが多くなった。
「つまんないな」と言い合っていて、
「今更やってもね」と瀬川さんが気に食わなさそうにしていた。
 そうやって試験が終わったあと、半井君に言われて音楽室に久しぶりに行った。
「どれにする?」と聞かれて唖然とした。
「え、だって」
「出品する絵をどれがいいか、迷ってるんだよ。どれもいいし」とスケッチブックを見ていた。
「いつのまに、こんなに」と驚いた、私が寝ていたり勉強していたりするところも描いてあったからだ。
「ちょっとさらさら描いて、後で描き足しただけ」と軽く言われて睨んだ。
「いいだろ、お前の了解取らないとうるさそうだから、聞いておいてやるよ」
「私の言うことなんて聞かないくせに」とぼやいたら、
「そんなことはテストの点数クリアしてから言え」と言われて、うな垂れた。
「ギリギリかもしれない。ちょっと厳しいよ」
「お前にはあれぐらいでちょうどいいね。あれだけ問題集をやったんだから、さぞかし出来てもらわないと」と言われてうな垂れた。
「ふーん、罰ゲーム決定か?」
「それって何するの?」
「そうだな。課題を増やそう」
「課題なんてこれ以上増やさないでよ」とぼやいた。
「どれにしてもいいから、決めろよ」
「やだ」
「いいだろ、これなんてどうだ?」と言われて、
「絶対に嫌です」と睨んだ。顔がアップになっていて、
「もっと誰かわからないのにしようよ、それか霧さん」
「霧は一応一枚入れておくけど。隠れ蓑」
「は?」
「本命はこっち」
「ありえない」とスケッチブックを取り上げようとしたら、
「決めないなら、適当に決めておくよ」とひょいっと上に上げられてしまい、
「背が高いと思って」と睨んでいたら、
「あ、あの……」と入り口から声がしてびっくりした。布池さんがいて、
「課題の絵をどういう絵にするか報告してくださいって」と言ったため、
「分かったよ。じゃあ、そういうことで」とウィンクしたので思いっきり睨んだけど笑って行ってしまい、布池さんが不思議そうに見ていた。

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