嫌がらせ

 ミコちゃんがめでたく当選したため、その祝いを兼ねてみんなが集まっていた。票としてはそれぞれのクラスや身内の頼み込み作戦があったため、それぞれに入っていて、ミコちゃんはそれでも人気があったため、かなりの得票差があった。
「ダブルスコアがあとちょっとだったのに」と女の子が言っていて、
「えー、それではめでたく当選した観野さんに決意表明を」とやっていて、ミコちゃんが楽しそうに、
「まず、古い部室を何とかしたい」と言ったので、みんながうなずいていた。プレハブの校舎、木造の平屋の校舎もあって、部室は汚くて、あちこち直して欲しいとみんながわめいていた。
「後、花壇に花植えてよ」
「暖房を増やせ」
「扇風機を増やせ」とやりあっていて、
「職員室だけ扇風機が多すぎる」と言い合っていた。不満ならいくらでもあるだろうな。
「部活動の予算上げてよ。ネットが破れてて」
「ああ、限がないから。投書箱作ろうって思ってるからそのときにね」
「投書箱?」とみんなが聞いていた。
「部活動、クラス内、学校全体、先生宛で分けて考えているのでよろしく」とミコちゃんが明るく言った。そのほうが早いかも。限がないよね。
「だれが見るの?」
「生徒会、学級委員、先生達」
「えー、聞いてくれるかなあ」とやりあっていて、
「それでもそういう意見があると言うのを知るのからやらないとね」と明るく笑っていた。すごいなあ。うらやましい性格だ。私なんて自分のことで精一杯だ。あれから、加茂さんのせいなのか、靴がなくなったり、鞄が移動していたり、ラケットが変なところに置いてあったりして、困っていた。どうして、ああいうことをするのかがどうしても分からない。ミコちゃんは忙しいし、先輩に言うほどでもないしと泣き寝入り状態だった。

 部室に行ったら、また一之瀬さんたちが部室の中で話をしていて、
「いい加減、狭くて嫌よね」と言いながら、私の着替えを邪魔するように押してきた。それから、わざとひじを当てて、
「困るわねえ。狭いわあ。早く広くならないかしら」と何度も言われてしまい、困った人たちだなあと思った。その後、先輩が来たため、やめていた。こういうことは毎日になっていた。人前では絶対にやらない。私も言う事もできずにいた。言えばよかったけれど、なんだか喧嘩したくなかった。それ以上に……。
「早く着替えなさい」と先輩にまた怒られて、
「ドン臭いわよね。それでよく選手候補とかになれるわ」と加茂さんが言って、外に出て行った。
「あなたにも問題があるわよ」と先輩に言われてしまい驚いた。
「あの……」
「一度ぐらい言い返しなさい」と先輩に言われて落ち込んでしまった。先輩がため息をついていて、私は落ち込みながら外に出た。言い返せか。ミコちゃんに何度言われた事か。それでも言い返せないのは、怖いからだ。訳もなく怖くて仕方がない。どうしてなのかが分からなくて困っていた。
 それでも、部活では一緒にいることはないので、楽ではあった。話す子たちと離れてしまったため、そばにいる菅原さんと話すぐらいになっていた。菅原さんは先輩とすっかり打ち解けて仲が良さそうだった。私は先輩にタイミングを見てボールを渡したり、色々練習風景を観察する事に費やしていた。熱心に手取り足取り教えている先輩もいて、うらやましくもあったけれど、こういう先輩だから無理だなと見よう見まねで真似をするぐらいだった。

 帰るときに楢節先輩に部室で先輩に怒られたことを聞いてみた。
「ああ、一度ぐらいは言い返したほうが」
「言えるようになれますかね」
「なれるだろうな。少しずつね」
「先輩の性格って、いつからそうなんですか?」
「どういう性格だよ」
「自信満々で、何をやっても余裕を感じられる」
「そうか? お前もその素質はあるかもな」
「ないですって」
「この俺にその口の聞き方はありえないだろう?」
「それは当たり前でしょう。最初の出会いが悪かった」
「運が良かったと思え。俺と出会えてねえ」
「あれで?」と呆れてしまった。
「遅刻したのも。あの発言も、十分尊敬できない理由に当たります」
「そっちの方面は大目に見ろ」
「女の人と問題を起こしすぎですよ。中学でそれだと、高校、大学でどうなる事やら、お母様が嘆きませんか?」
「知らないだろう。うちの子に限ってというやつだ。先生だって、成績や運動、挨拶さえしておけば、その子の本質とか細かい所まで見られるヤツは少ない。余裕がない大人が多いさ」
「どうして?」
「閉鎖的だからだよ。世間が職員室の中しかないからな」どういう意味? 
「せいぜい保護者会のときに、親と話すぐらい。どうせ、宿題増やせ、もっとしつけてくれ、と毎年代わり映えしない意見しか出ないからな。しっかり対話だってしているかどうか、怪しいもんだ」元生徒会長だというのに、すごい事を言うなあ。
「そういうもんだよ。お前が知らなさすぎだ」と頭をなでた。
「そうやって、猫の子扱うようにしないで下さいよ」
「お前だとやりやすいよな。女に見える日が来ないだろう」
「お互いさま」
「お前、男性不信に陥っていないか?」
「いーえ、先輩だけですね。少しは夢を持ってますから」
「あいつか、山崎」と言ったので噴出してしまった。
「当たりか。あいつもなあ……」
「いいんです。そういうことはね。きっと、一生、恋はないですね。恋愛はできるとは思えない」
「なんでだよ」
「その余裕はないですよ。自分のことで精一杯で恋愛なんてとてもじゃないけれど」
「だからって、遠くから見つめてるだけじゃ進展しないぞ」
「一応恋人はいることになってますからねえ」
「時々、忘れるんだよな」と言ったので、
「ですよねえ。本当の恋人ってこういうことは言わない気がするなあ」
「少なくとも、その冷たい視線はしないぞ」と私が先輩を見ているのを見て、呆れていた。

 ミコちゃんが忙しくなって、碧子さんやみんなと話す事の方が多かった。文化系の部活は楽しそうでうらやましかった。私の性格なら、そっちの方が向いてるなと思いながら、我慢してやるほどの意味があるのかなと考えていた。いい加減、やめたくなってきた。加茂さんの嫌がらせもずっと続いていて、ミコちゃんにも言えずに悩んでいた。
「やめたいなあ」と窓のそばでぼやいていたら、
「テニス嫌いなの?」と碧子さんが聞いてくれた。
「碧子さんは吹奏楽好き?」
「楽しいわよ」
「色々、やっていそうだね」
「ピアノとかは習っていたけれど」私もやりたかったのに、反対された。それより、体力付けろとうるさくて、おじいちゃんに泣きついたけれど駄目だった。おばあちゃんどうしているかなあ? 一度会いに行かないと。あまり行かないように父に言われているため、行けなくて寂しかった。
「楽器とか弾いてみたいなあ」
「テニスも楽しそうだけれど」
「ラケットが一人で歩かなくなればねえ」とため息を付いたら、碧子さんが不思議そうに見ていた。

「それをどうするつもりだ?」と山崎君に声を掛けられて、その一年生が困った顔をした。
「何のためにそんな事をしているんだ?」と言われて、
「あの」と困っていて、
「とにかく、離せよ。これ以上、そういうことはするな」と怒られたため、その子が泣き出していた。
「なんだよ」と面倒くさそうに見ていて、
「お願いがあります」と言ったので、山崎君は困った顔をしていたけれど、
「なんだ?」と聞き返していた。

「大変」とそばにいた菅原さんたちが言い出して、また何かあったのかなと聞いていた。
「山崎君にとうとう、彼女ができた」と言ったため、びっくりした。きっと、武本さんだろう。体育館で何度か楽しそうに話しかけられていて、うらやましいなと見ていたからだ。
「相手は誰?」
「一年生。名前は知らないけれど、バレー部で」と言ったので驚いた。武本さんじゃないんだ。
「意外。かわいいの? 年下の方が良かったんだ?」とみんなが言っているのを複雑な気持ちで聞いていた。

 クラスでもうるさかった。昨日、山崎君が一年生の子と一緒に帰ったことはかなりの子が知っていて、根掘り葉掘り聞いていて、一之瀬さんが心配だったらしく、寄ってきていた。やっぱり、好きなんだろうなあ。
「だから、いきさつをさ」と男子が聞いていて、私は落ち込んでいたので、外に出た。とてもじゃないけれど聞いていられないなあ。好きになった人や憧れの人は何人かいたけれど、山崎君はそれ以上になんだか懐かしくて、私に取っては特別だった。どこがいいとか聞かれても答えられないけれど、いいなと何度も自然と見てしまっていた。だから、今度のことはショックでとてもじゃないけれど、聞いていられないなあ。先輩に何人女の人ができようが、そばで告白されようが、ラブレターもらっていようが平気だけれどねえ……とため息をついていた。
「また、うるさくなってしまったわね」と碧子さんも苦手らしくそばに寄ってきた。テンポが似ているせいか、ああいう乗りについていけないんだよね。
「碧子さんならいくらでもラブレターとかもらっていそうだね」
「そんなこと」
「一度でいいから、もらってみたいなあ」と言ったら、驚いていた。
「だって、あの先輩が」
「あの人は文章よりも口が上手だからねえ。しかも、私には憎まれ口ばかり」
「でも、うらやましいけれど」
「そう? 口を開けば怒られてばかりだよ。少しは優しく言って欲しいなあ」
「楽しそうに見えるけれど」
「楽しいと言えば、楽しいけれどねえ。あの人は甘い言葉とか、他の人にはいくらでも言うけれどなあ。ラブレターってどういう感じなんだろうなあ」とぼやいていたら、
「でも、いくら真剣に言って貰っても、気持ちはごまかせないけれど」と碧子さんが言ったので、誰か好きな人がいるんだなあと見てしまった。私もごまかせそうもないなあ。今度のことはショックだ。他の人となんだか違うなあとため息をついた。

 部室に行く前に、また、山崎君の話題で持ちきりだった。人気があるらしい。小学校のときに人気があった児童会長やそのほかの人たちは、今は影が薄くなっている。中学になっても勉強ができる人というのは稀≪まれ≫らしい。中学になるとより広範囲になるために「しっかりやっていないと難しいぞ」と先輩が教えてくれた。それにある程度素質に恵まれてやってこれても、中学は更に人数が増えるため、ライバルが多くて、男女の区別も付いてきて、色々変化してくる。恋愛話も増えて、「誰々君がかっこいい」という無邪気な発言から、「付き合いたい」とかその他具体的に「デートしたい、どこに行きたい」とか言い出して、なんだか会話が変化していた。恋愛ってどういうことなんだろうな? ……と思いながら、山崎君が付き合っている女の子ってどういう子なんだろうなあと考えてしまった。
 部室に行ったら、また嫌がらせさせられそうになって、つい機嫌が悪かったので、
「そっちがどいたら」と言ってしまった。いつもと感じが違っていたため、呆気にとられていて、
「邪魔よ」とはっきり加茂さんが手で押してきて、
「痛い」と払ったら、相手の目に当たって、「ひどい」と騒ぎ出し大事≪おおごと≫になってしまった。その後が大変だった。「私が悪い」と何度も怒って、部室に出てからもずっと言い続けて、そばで傍観《ぼうかん》している子達もひそひそやっていた。
「とにかく、謝りなさいよ」と加茂さんたちに言われて、
「ごめんなさい」と言ったあと、
「あなたも謝りなさいよ」と言ったら、みんながびっくりしていた。
「なによ」と睨んできて、
「『邪魔よ』と押しやって、毎日、毎日飽きもせず、『出て行け』と言われ続けて、もううんざりだ」と大声で言ったため、みんなが驚いていた。
「私がそんなこと言うわけないでしょう? 言いがかりよ」と加茂さんが慌てて訂正していたけれど、みんなが傍観していた。そうだ、この雰囲気だ。だから、嫌なんだよね。この部活は。
「なにをやってる」と男子の先輩達が来たけれど、うっとうしくなってさっさとテニスコートの方に移動した。ほかの子がひそひそと説明したけれど、「ふーん、そうか」と先輩はそれ以上は言わなくて、その場はそのままだった。
 けれど、次の日からひどくなった。口を聞いてくれる子がいなくなり、私は孤立してしまった。一人で黙々と練習するしかなくなって、先輩のそばについていて、加茂さんが満足そうに何度もほくそえんでいるのが見えた。

 その日から、教室でもひどくなった。何が起こったのかわからないけれど、的内君や加賀沼さんたちが嫌がらせしてきて、クラスメイトが避けるように話もしてくれなくなっていった。どうせ、加茂さんか誰かとつるんでいるんだろうなと思っていた。
 一週間ぐらい続いて、辛くなって部活に出たくないなあと考えて休んでしまった。家で泣いていたら、誰かがチャイムを鳴らしていた。誰だろうなと思って無視していた。そのうち、諦めたのか帰ったようで、でも、びっくりしてしまった。庭に誰かいたからだ。そっちを見たら、意外にも、
「やはりいたな」と山崎君が言ったので、顔をあわてて背けて、涙を拭きにいったあと、窓のそばに行った。
「どうして、ここに?」
「電話をいきなり掛けるのもなんだから、ついでに寄ってみた」と言ったので、ああ、そう言えば家を知ってたなと思った。
「とにかく、一度出て来いよ。爺さんがまた会いたいと言ってるから」と言ったので驚いた。
「出て来いよ」と言われて、家に一人でいても暗くなるだけだなと思って、出かける事にした。自転車の鍵を持って、外に出たら、
「ああいいよ。どうせ坂道だしな。歩いていこう。後ろに乗ってもいいけれど、きついしな。帰りは二人乗りだ」と言ったので、
「一応、学校では禁止だよ」と言ったら、
「固いこと言うなよ。守ってるヤツなんかいないぞ」と言ったので、
「それは男子だけだってば」と呆れてしまった。一緒に、おじいさんの家に行く間、ちょっと気まずくて黙っていた。
「気にするなよ」と言ったので、驚いた。
「どうせ、加賀沼か的内だろうからな。そのうちやめるよ」
「知ってるの?」
「嫌がらせだろう? ちょっとな。とにかく、お前は普通にしてろ。今日、部活を休んだだろう?」と聞かれて、困ってしまった。
「なんだか口も聞いてくれなくなってね。露骨になってた」
「性格が悪いヤツが牛耳≪ぎゅうじ≫るとああなるな」
「バスケ部はなさそう?」
「顧問がしっかりしている所はないよ。顧問と部員の間に溝があるとあるな」そうなんだろうか? 
「それ以外にも部長やその他、練習内容や色々な不満がたまっていて、上手く話し合えないとああなるよ。普通は性格が悪いのが残るってことは少なくなるんだけれどね。でも、顧問がほったらかしだとああなると聞いた事あるな」
「誰に?」
「爺さん。先生をやってたんだよ。最後は校長をやっていてね」
「あの人?」
「いや、母親の方の父親の方」なるほど。
「そっちが体壊して、看病のために引っ越したからね」
「そうだったの?」
「治ったから、こっちに戻る事になったんだよ」
「戻る?」
「昔、この辺りに住んでいた事があるからな」
「へえ、じゃあ、一度ぐらいなら会った事あるかもね」と言ったら、変な顔をしてじっと見ていた。
「あの……?」
「ああ、いいよ。昔のことって覚えていないのか?」
「覚えていない事も多いかも。いとこと遊んだ記憶しかない」
「小学校は覚えているんだろう?」
「そうだね、記憶力は良かったからね」
「そうなのか?」
「そうだよ。小学校はそれだけでテストの点数が取れて楽だったなあ」
「そうかもしれないけれど、俺も同じだったし」
「今でもいいじゃない」
「それなりだよ。あまり勉強熱心じゃないって親に怒られる」
「そうなんだ。うちは何も言わなかった。怒られもしなかったし、時々」
「時々?」
「なんでもない」言いづらいよね、腫れ物に触る感じで対応していたなんて。
「お前、いつぐらいの記憶ならあるんだ?」
「だから、小学校と、そのいとこと遊んだ記憶ぐらいかなあ。ここにいたときの記憶はないの」
「でも……」
「幼稚園に通う前だから、当たり前だけれどね」
「違うだろう?」と言われて、驚いた。
「え?」
「あ、いや、別に」と困った顔をしていた。
 おじいさんのところに行って、一緒に話をしたあと、バイオリンを引いてくれて、ピアノが置いてあって、少しだけ弾いてみた。
「久しぶりだから、忘れちゃった」
「好きだったんだろう?」と言いながら、隣に座って、彼が弾きだした。
「上手」
「母親の仕込だよ。ピアノの先生だからね。爺ちゃんの奥さん、つまり、ばあちゃんも好きでよく弾いてくれたからな」知らなかった。本当に上手で、
「もっと、聞きたいな」と私の席と代わった。色々弾いてくれて、お爺さんと合奏していた。拍手をしたら、テレていて、
「そういう顔もするんだね」と笑ったら、
「やっと、笑ってくれたな」と言ったので、心配してくれたんだなと思って、悪いなあと思ってしまった。きっと、今日ここに誘ったのも元気がなかったからだろうなと思った。色々ありすぎて、なんだか、悲しくなって、
「お庭、散歩してきます」と言って、外に出た。今日もしっかりお庭から入ったため、そっちに靴が置いてあった。
「だから、こっちからきた方が便利だろう?」と後ろで言っていて、笑ってしまった。シロツメクサのそばにいって、花を少し摘んで編んでみた。そばに山崎君が来てくれて、
「久しぶりだから、難しいな」と言ったら、取り上げて、
「出来てるよ、上手だよ」と言ってくれたので、なんだかうれしくなって、ちょっと悲しくなって泣いてしまった。
「泣くなよ」と言って、困っていたけれど、そのまま、ハンカチを出して、涙を拭いていたら、山崎君が突然、抱きしめてきてびっくりした。
「あの?」
「泣いていればいいよ」と言ったのでびっくりした。
「辛いとき、泣きたいときは誰だってあるからな。そういう時は思いっきり泣いた方がいい。そのほうが、その後に前に進めるからな」
「そうなの?」とそのままの体勢で聞いた。
「ああ、爺さんの受け売りで悪いけれどな」
「あのお爺さん?」
「違う、先生していた方」なるほど、
「そのほうがいいんだってさ。色々あるらしいよ。小学校と違って中学って、差が出てくるだろう? 中途半端で色々悩んで、どうしていいか分からなくなるし、自分の感情ももてあます。できる人に嫉妬したりとか、勉強が出来たり、モテたり、そういうので色々問題が起こるらしいからな。うっとうしいけれど」
「モテるからいいじゃない」
「うれしかないよ。うっとうしいぞ。『私と付き合って』と、気がない子に言われても、断るのに大変な事も多いぞ」と言ったので、
「あったね」と思い出した。
「ああ、あったな。転んでいて」と笑ったので睨んでしまった。
「いいんだよ、いっぱい経験しないと分からないんだよ。でもさ、その後は考えないとな」
「どうやって?」
「あいつらみたいに他人を攻撃して気持ちをごまかしたって、意味はないってことだよ」
「攻撃?」
「納得できないからやるんだ」
「それは本に書いてあった。自尊心とか、虚栄心とか、難しくって良く分からなかったけれど、コンプレックスがどうのって」
「ああ、本を読んだっけ? そういうことだよ。自分の未熟さから他の人に負けたと言う事実が認められないんだってな。俺もいっぱいやられたからな」と言ったので驚いた。
「そうなの?」
「あるに決まってるだろう? この学校もいっぱいだ。というより、この学校は人が多すぎるよ。だから、あぶれるんだろうけれど、テニスより熾烈《しれつ》だぞ。選手になれるのは一部、後は全部補欠だ。俺なんて一年で出たからうるさいし、裏では嫌味のオンパレード、うっとうしいぞ」と言ったので、びっくりした。
「バスケは仲が良さそうで」
「先生の前だけね」
「猫かぶるんだ?」
「そういうヤツはいるだろう? 取り入るのが上手。一之瀬だっけ? あいつと似たようなことをする。ゴマすり、いい子ちゃんの振りして、裏で嫌がらせ。性格悪いよな。呆れる」そうなんだろうか、山崎君でさえやられるんだな。それを聞いてちょっと安心した。
「俺は泣き寝入りしないからな。お前は初めて言ってみたんだろう? だったら、もっと言ってやれ。言って来なくなるまで言い続けろ、そうすれば変わってくるさ」そうだろうか? 
「このまま逃げても解決しないなら、やるだけやってみろよ。そういうことして楽しいかってね。それより実力で勝負しろって」
「負けそうだけれど」
「お前も練習しろ。裏でね」やりそうもないなあ。
「やれ」と命令されて、
「付き合ってやるよ。俺だって毎日走ってるからな。明日一緒にやろう」と言われて、びっくりした。
「え、でも、デートとか」と言ったら、
「あの先輩とか?」と聞かれて、
「違う。こっちはそういうことはないから。向こうは忙しい。一応受験生だし、それ以外に女の子で忙しいだろうし」と言ったら、変な顔をしていた。
「そっちがあるでしょう?」と言ったら、困った顔をしていて、
「来週いっぱいで終わるし、デートはないな」と言ったので、どういう意味? と考えてしまった。
「暇なんだろう? 明日迎えに行くよ。下の公園に一緒に行けばいいさ」と言われて、
「でも……」と言ったら、
「そうしろ。そのほうがいいな。坂道でハアハア息が切れているようじゃ、何のために運動部に入ったのか分からないからな」と言われて、うな垂れてしまって、彼が笑っていた。

 次の日に、しっかり迎えに来てやらされてしまった。一緒に走って、それから練習していた。テニスも日曜日に練習するけれど、今日は休みだった。
「バスケは練習はないの?」
「隔週だって。のんびりしているよ。体育館使いたいのに、バレーがその分土曜日に使わせてくれればいいのに」
「バレーは毎週だったっけね」
「でも、強くないんだよな。小学校って全国大会とか出るぐらい強いらしいね」
「みたいだね。近所のおばさんが何度も自慢してたよ。今年優勝したからってね。息子が主将なのってうるさいらしくて、私は近所は誰がいるか知らないけれどミコちゃんは家が色々世話人しているから、そういう情報がいつも入ってくるんだって」
「観野ねえ。あいつと同じぐらい強気になれるといいのかもなあ」
「彼氏もほしいってわめいてたよ」
「あいつに彼氏ができたらすごいぞ。あいつと対等かそれ以上でないと、蹴散らしそうだよな」
「そうかなあ? 守ってあげそうだよ」
「男が守られるのかよ?」
「だめなの?」
「変だろう?」
「よく分からないなあ。彼氏ってどういう感じなんだろう?」
「お前もいるだろう?」誰だっけ?……と考えてしまい、
「ああ、いたっけね。あの先輩が」と言ったら、呆れていた。
「お前よくわかってなくて付き合っていないか?」というより付き合っていないけれど、ただ、一緒に帰ってるだけで、ただの先輩後輩の仲だなあ。
「みたいだな。そのうち、泣かされるぞ」
「いいよ、それでも」
「もっと、自分を大事にしろって言っただろう」とちょっと怒りながら言ったので驚いた。
「あ、いや、そう驚かれても困るけれど」と困っていて、
「とにかく練習しよう」と2人でやっていた。

「簡単なものでいいかな?」とお昼ご飯を家に帰って作っていた。父が書斎で本を読んでいて、山崎君を見てちょっと驚いていたけれど、すぐに戻っていた。
「お父さん、日曜なのに仕事か?」
「まさか、いつもは釣りだ、ゴルフだっていないよ。今日は疲れたから、たまには本でも読むかって。珍しいの。めったに家にいないからね」というより、最近はあの話題に触れたくなくて逃げてたと思うけれど、
「聞いてみたのか?」
「聞きづらくて」
「でも、聞かないと駄目だろう?」
「あの人から電話はもらったの。でも、一度、戻るからって言ってた」
「戻る?」
「遠くに住んでいるんだって。あの車も友人から借りたらしいよ。そんなことを言っていた」
「ふーん、一度聞いてみればいいのに」怖くてできないんだよね。自分の母親かもしれないのに、人ごとのように感じてしまって、それが良く分からなかった。
「お前は色々不思議だよな」と言われてしまい、
「よく分からないな。普通の家ってどういうのなんだろう?」
「俺の家だってなあ。親父はうるさいし、母さんはピアノ教えていて俺のことはそれなりしか話を聞いていないしな」
「私の家って変なのかもね」
「変ねえ。太刀脇じゃあるまいし」
「そう言えば、からかわれなくなったけれど、話しかけられるようになったの。人がいないときに限って、禅問答なのか、「そもさん」とか言い出して」
「あいつがねえ」
「変だよね。的内君もよく分からない」
「加賀沼が関係あるな」
「どうして?」
「知らないのか? 的内は加賀沼が好きなんだって」嘘だー。ありえないぞ。彼女は美人ではあるけれど、
「同級生はつまらないわ。高校生以上でないと、しかもお金持ちでないとね。デート代は相手が払うのが当然よ」と言ったと聞いて、その高飛車さがうらやましいな……と思った。
「あいつも曲者《くせもの》だよな。俺にちょっかいかけてきて、戸狩もあの生徒会長も色々声掛けすぎだ」と言ったので、
「高校生じゃないという発言は?」と聞いたら、笑い出した。
「強がりだよ。見栄とプライドを守るためにああ言ったらしいぞ。声をかけても振られたとかいう事を言われて、そう言い出したって、武本から聞いた」
「そう言えば、彼女と仲がいいんだってね。てっきり、付き合うのかと思ったから意外だった」と言ったら、ジーとみられてしまった。
「なに?」
「そっちはどうして、あの先輩なんだ?」そう聞かれてもねえ。
「さあねえ」と言ったら、苦笑していて、
「やめておけよ」と言ったので、
「一応、付き合ってるからなあ」
「なんだよ、その一応って」他に言いようがない。
「だったら」
「恋愛できるだけの余裕がないのかもねえ」
「俺だって、余裕はない」
「彼女が悲しまないかな?」と聞いたら複雑そうな顔をしていて、それ以上聞けなかった。

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