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 千花ちゃんが落ち着かないと言うので、お店を変えて、古い喫茶店に入った。お店にはお客はほとんどいなくて、店の奥に店員が一人いるだけで、奥の部屋のテレビの音声と笑い声が聞こえるようなところだった。
「コーヒーを飲みたいと言ったのよ。それなのに、また、辺鄙なところを選んで」と千花ちゃんが怒っていた。コーヒーが運ばれているのを見ながら、花咲君が笑った。
「あら、なによ」と千花ちゃんが聞いた。
「いや、きっとまた、君は早く数えるんだろうなと想像しただけ」
「数えるって?」
「コーヒーを飲むときも君は楽しまない。時間をね」
「時間?」
「コーヒーで一息つくとき、君は一気に飲み干しそうだ。そう言う時間も惜しいと考えている。せっかちなんだろうね」
「そうかしら?」
「そう思えるよ。君は忙しなく動いていたい、考えていたいタイプ。回遊魚みたいだね。止まることを嫌がる」
「そう?」
「そう思えるよ。さっき、君は自分のほうが大橋より似合っていると断言した。でもね、それは君がそう思いたいから、そう思い込んでいるだけだと思える」
「回りくどい言い方ね」
「分かりにくく話してしまうのは僕の癖だ。君は話をできるだけ明確にしたがる。僕とは合わない」
「あら、価値観の違いなんて、誰でもあるでしょう?」
「テンポの問題かな。リズムと言うか、そういうものが違う。つまり、時間の流れが違う。前に教えただろう? 目をつぶって3分待つ。君は待てなかった。大橋なら待てるだろう」
「え?」
「彼女は素直だ。疑いもせずに、僕のことを信じて、待ってくれる。そうして、新しい発見をしてくれるだろうな」
「発見って?」
「君はあの時、時間の流れのゆったりさにイライラを募らせていた。僕の提案をつまらないものだと決めつけ、話をしたがった。あの時間の意味すら考えてくれなかった。今なら、少しは理解ができそうだと信じて、話してもいいかな?」
「どういう意味?」
「あの時間の意味を君はどう思ったか。今の君に聞きたいな。あのときは時間がもったいないとしか思わなかっただろう?」千花ちゃんが苦い顔をした。
「そうして、今、同じことをしてくれと頼んだら」
「えー、この店でやるのはおかしいでしょ」
「君は変わらないな。どういう店でも関係ないんだ。自分に流れる時間のことを言っているんだ。そう言う時間を君に感じてほしくて、僕は提案したんだ。もしもね、同じことを大橋にしてもらったら、きっと、彼女は気づいてくれただろう。そうして、もっと違う角度でも答えを出しているだろうな。そこから発展して違うことも考えてくれる。君にはそれはない。君は答えを一つしかださない。数学的な発想。数学の答えは、答えの導き方は一つじゃないけれど、君はその答えを出すには、計算式は一つしかないと思い込んで答えを出そうとする傾向がある気がするね。そこが合わない。それが僕の答え」
「は?」花咲君がにこにこ笑っていた。
「その意味深な笑いは嫌いよ。ちゃんと説明してよ」
「ほらね」
「なによ、『ほらね』って」
「大橋なら、とりあえず、自分なりに考えてみる。君は考えもせずにすぐに結論を聞きたがる。そうして、答えを欲しがる。答えが出たら、そこでそれ以上は答えは出さない。別の計算式はあてはめない」
「言っている意味が全然分からないわよ」
「アナウンサーにはなれそうもないね」
「どういう意味よ。私は出来る女よ」と言い切った。花咲君が笑った。
「笑うことはないでしょう」
「アナウンサーって、誰に向けて原稿を読むと思う?」
「え?」
「アナウンサーは大衆に向けて原稿を読むんだ。視聴してくれる人たち、老若男女、全ての年代の人に向けて、言葉を発する。君の言葉は一部の人にしか届かない。そういうことだ」
「え?」
「君はね、自分のことで余裕がない。余裕がない人の言葉は聞きづらい」
「そんなことはないわよ」と言ってから、花咲君が黙っていたので、
「そうね、そう言われるとそうだけれど」
「君はすぐに怒るね。そこに余裕のなさが出てしまう。怒ることを止める時間を考えてほしくて、あの3分を提案したんだ。そうして、君はその試験に不合格した。今も同じだ。今度、3分待てるようになったら、また、教えるよ。その時にまた話をしよう」
「今、言ってよ」
「せっかちだね」花咲君が笑った。
「分かったわよ。直せばいいんでしょ。だから言いなさいよ。ねえ、ねえ」とせがまれて、
「時間のことは教えられないけれど、……今、話せるとしたら、そうだな……」と千花ちゃんを見てから、笑い、
「笑わないでよ。なによ」
「いや、教えておいた方がいいことがあると思ってね」
「じゃあ、それを教えなさいよ」
「教えてもいいけれど、かなり聞きづらいことが続くよ。聞けるの?」
「聞けるわよ。大丈夫よ」と言い切ったけれど、花咲君が黙っていた。
「何よ、その態度は」花咲君が迷っているようだったので、
「大丈夫よ。聞いてあげるわよ」
「上から目線だね」と花咲君が笑った。
「言い直せばいいんでしょ。もう、これ、くせなのよ。こういう言葉がしみついて」
「たとえそうでも、これから先輩や上司や、いろいろな人とかかわりを持つことになる。その言葉を直すと言うのなら考える」
「もう、直せばいいんでしょ、これも。わかったから早く」とせっついた。花咲君が仕方なさそうに口を開いた。

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