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あてこすり

 半井君の噂が飛びかっていた。あちこち言い合っていて、でも、いつも率先して言う三井さんが言っていなかった。おまけに、
「あなたのせいだからね」と廊下で手越さんと喧嘩していたらしくて、
「今更、言ってもねえ」と女の子が噂していた。
「半井の人気が上がってきたのが面白くないね」とそばの男子が言った。
「ねえ」と美菜子ちゃんがこっちを見ていて、
「半井君、どうして面接に立ち会ったの?」と聞かれてしまい、
「チェックしてもらったの」と答えた。そう言うしかないよね。
「なにを?」
「英語の」と答えたら、
「英語?」と男子が驚いていた。
「英語って?」と碧子さんも聞いてきて、
「英語のスピーチをしないといけなかったから、そのチェック」
「英語の先生でいいんじゃないか?」と男子が笑った。でも、「先生でも無理じゃないだろうか」と言っていた。ハマチヨ先生が英語だけれど、『自分もそういう面接はしたことはないから言えそうもない』と職員室で内緒話してたと桃子ちゃんから聞いた。
「でもさぁ、そんなことしないといけないって意外と大変だね」とそばの子に聞かれて、
「いいんじゃないか。インターナショナルスクールで外人の彼氏できるかも」と保坂君が笑った。
「えー、無理だろ。言葉、どうするんだよ」と佐々木君が笑っていた。
「俺、緊張して話せないよ」と須貝君も言ったため、そうだよねと思った。

「何で、あの人の付き添いしたの?」と女の子に囲まれていて、半井君が困っていた。逃げようにも周りを取り囲まれていて、
「すごいんだね、空手やってるの?」という質問攻めにうんざりしていた。
「佐倉の場合はインターナショナルスクールだからと聞いたぞ」と男子が言い合っていて、
「いいよなぁ。受験無しで入れてさ。もれなく英語話せてさ。それなりの成績でもいいんだから」とそばの男子がぼやいていた。
「それなりって言ってもさぁ。どれぐらいなんだろうね」
「下の方だって聞いたぞ」とそばの男子が笑って、周りにいた女の子たちがちょっと馬鹿にする感じで笑っていて、
「ふーん」と半井君が言った。
「え、でも、俺、違う事を聞いたぞ」
「私も、桜桃女子を受けられるぐらいだって」
「え?」とそこにいた女の子が何人か顔を見合わせていた。
「ああ、それって言ってたね。受験校別に分けた時に成績順で入れたって。だから、桜桃女子の子と同じぐらいなんじゃないかって」半井君がおもむろに立ち上がって、
「悪いけど」と行ってしまったため、
「もう」そばにいた女の子達が気に入らなさそうだった。
「あいつ、佐倉のこと、好きなんじゃないの?」と男子が周りにいた女の子達にからかって言った。
「えー!」とみんなが一斉に言って、
「ないわよ、あんな冴えない子」とそこにいた女の子が言ったら、
「ありえる」とみんなが笑って、
「あいつらに言われたくないんじゃないか?」とちょっと離れたところで見ていた男子が困った顔をしていた。
「女って怖いよなぁ。自分が好きな相手が誰かと噂になる度に相手をこき下ろして、何が面白いんだか」と冷めた声で言っている男子がいて、
「面白くない気持ちは分かるなぁ。私も半井君に教えてもらいたいし、立場を利用して近づかれたらねえ」と女の子同士言い合っていた。
「立場?」とそばの男子が聞き返して、
「『英語教えてください。使わないといけないんです』とでも言われたら、むげにできなかっただけじゃないの」
「そうか? あいつ、結構いいやつだとは思うけど、その他大勢には冷たそうだぞ。さっきまで取り囲んでいたやつらだったら少なくとも教えてなかったと思うけど」と男子が言い合っていてうなずいていて、
「それはあるかもね。ああいう子たちは苦手に見えるね」と女の子が見ていた。

「よう」と半井君が廊下を歩いていたら、佐分利君がやってきた。
「珍しいな」
「出席がどうのって、うるさいからな、仕方なく来てやってるだけ」と言われて、半井君が苦笑していた。
「昭子、黙らせておいたからな。何かあったら俺に言えよ」と言って、肩をいからせて歩いて行ってしまった。遠巻きにひそひそ言っている生徒を睨んでいて、みんなが慌てて教室に引っ込んでいた。
「お前、あいつとなにかしたのか?」体育の時にボールをぶつけられた男子のグループがそばにいて半井君に聞いた。
「ああ、大丈夫だよ。別にね」と答えたのを見て、
「お前は怒らないのか? 重枡の態度」と他の男子が聞いた。
「怒ってるからああやっただけ。さすがに目に余った」と半井君が冷めた顔で言った。
「あいつらって、どうしてああ言うんだろうな」と困った顔をしていて、
「お前はお前のする事を優先しろよ。ああいう場合は、焦りからわざと言ってくるからね。自信のなさの裏返しかもな」と言って教室のほうに戻っていく半井君を見て、
「あいつのように腕っぷしが強かったら言えるけどなぁ」とその男子達が顔を見合わせていた。

「チョコどうする?」とみんなが話していた。入試とバレンタインが同じ時期だから買いに行っている暇がないとぼやいていた。
「作っている時間がないよ。でも、あげたい人はいるなぁ」と言い合っていて、私はもう買ってあった。買い物のついでに買っておいて、
「でもさぁ、今年はいくらなんでもねえ」
「一応、禁止にはなってるけど、注意程度だしね」
「先生に上げる人?」と聞かれたけれど、誰も手を挙げなかった。
「このクラスに挙げる人?」と聞かれてみんなが顔を見合っていた。
「詩織ちゃんは決まってるね」と美菜子ちゃんに言われて、
「本宮君とか後はだれかなぁ?」
「桜木君は?」
「無理じゃない。受かったらって約束してるらしいからね。もっと早く申し込んでおけば良かったね」と言い合っていた。
「他のクラスだと誰?」
「同じ学年だと学級委員か、おなじみメンバーだろうね」
「去年は誰だっけ?」
「ああ、あれは確かミコちゃんが一番だった」と言ったためみんなが笑っていた。
「チョコで差をつけたいけどねえ。半井君は人気が出てきてるし」
「見てみたかったな。空手やってるって聞いた」
「王子なのに意外」
「お坊ちゃまに見えるけど、やっぱりそうなの?」と言い合っていた。
「ねえ、何か聞いてない?」と聞かれたけれど、ため息をついていて、
「あれ、どうかした?」と聞かれた。まだまだ、先は長いなぁと考えていた。拓海君と離れる日が近づいてきているけれど、毎日、やることに追われて、考えている暇もないぐらいだった。そのほうがいいのかもしれない。下手に考える時間があったら、あれこれ悩みそうだ。
「俺にくれよ」とそばの男子が笑いながら言って、
「義理チョコ、『がんばってね』と贈ってほしい?」と聞いたら、
「ああ、それね。悲惨になったことがあったらしいよ。去年の先輩がさぁ、もらったあと、落として、中を開けたら割れてたんだって」
「おーい、そういうことは言わなくていいぞ」と男子が止めていた。

 碧子さんと一緒に雑談していて、拓海君は昼休みになると誰かに聞かれて教えていることが多かった。黒板に書いたりして教えあっていて、
「男子って、休み時間もやるんだね」と笑っている女の子がいた。
「詩織さん、あの本は?」と碧子さんに聞かれて、困ってしまった。しおりの意味を知ってから困って使えない。彼の気持ちは冗談だと流せなくなってきたからだ。今までは、冗談だと思っていて流していたけれど、ああいうものを贈ってくるということは、やはり、そういうことなのだろうか……?
「あのしおり。使ってあげなければいけませんわ。相手はそう思って贈ったのだと思いますよ」
「しおり?」とそばにいた須貝君が驚きながら聞いてきた。
「ええ、手描きの絵のしおりですわ。ああいうのは素敵ですわね。心がこもっていて」と言ったため、須貝君が考えるようにしていて、
「そんなの作ってる時間がない」と佐々木君が焦っていた。
「決めたんだろ。海星にするんだろ」と須貝君に聞かれて考えていた。
「親に怒られたんだよ。さすがにね。でも、その海星でもやらないと」と言っていて、
「俺、曾田を受けるけどな」と保坂君が強気だった。
「海星でも危ないって言われて、それでも受けるって強気」とそばの男子が聞こえたらしく言った。
「そういう人が何人かいたらしいから、俺もやってみたいだけ。笹賀も悪くないけどな。海星はみんなが行くし」と保坂君が言って、
「俺は危ない橋は渡れないよ」
「俺も」と男子は言い合っていた。
 恵比寿君も保坂君も先生とは何度も話し合っていて、でも、変更はしないようだった。
「俺、当日風邪引きそうだな」
「俺、今から緊張してるよ」と男子が言い合っていて、
「そういうことは言うなよな」と佐々木君が笑っていた。

「今日の帰りはテストだから。この間みたいのは駄目だ」と半井君に怒られた。大統領の名前を順番に覚えていたら、「何代目の大統領か、この事件の時の大統領は誰?」と聞かれてしまい、答えられずに悲惨な結果に終わっていたからだ。
「はい、先生。前向きに努力します」
「のんびりしてるからな。お前の場合はね」
「先生とは違います」
「ふーん」と言い合っていたら、廊下でみんなが半井君を見てひそひそ言っていた。
「なんだよ、あれ?」と半井君が呆れていた。
「チョコレートだと思います。先生、いっぱい届いていいね。紙袋持って来ておいたほうがいいよ」
「ふーん、いらない」と素っ気無かった。
「どうして?」
「ホットケーキがいいから」と小声で言いながら、ウィンクしていた。また、やった……。
「えーと、先生。ここは廊下なのでごみが入ったのなら、目薬でも注して」と言ったら、ポカンと叩かれた。
「痛い」と頭を押さえていた。
「お前の場合は全然分かってないよな。わざと聞き流すな。ぼけるな」
「いいえ、先生。『☆あなたはジョークにはジョークを返せと言いました』」
「☆微妙な言い回ししやがって。呆れるよな。俺はお前のなんだよ? 何で俺がお前を助けるか理解してないようだ」
「give-and-takeじゃないの?」
「お前は呆れるよな。何度言っても分かってない」
「そう? 先生の場合は未だに良く分からないし」
「ふーん」と気に入らなさそうで、そばの子がこっちを見ながらひそひそ言っていた。
「先生のそばにいないように拓海君に注意を受けたから、これで退散します。いっぱいもらえる事を祈ってます。じゃあ」
「お前は頑固だよな。柔軟性がないね」と言われたけれど、そのまま教室に戻った。

「英語で喧嘩してたって、本当?」と碧子さんのそばに行く前に女の子に聞かれて、
「ああ、あれは怒られていただけ」と言って逃げた。
「英語で喧嘩できるわけないじゃん」と通りすがりに男子が笑っていた。

「えー、では願書を持って行ってもらう代表を決めてくれ」とホームルームで先生に言われて、
「赤瀬川は磯辺でいいな」と言い合っていた。グループで話し合いをしていて、
「半井、お前も混ざれよ。非協力的だな」と磯部君に言われて、
「当日は風邪を引くやつとかいるかもしれないが、十分気をつけるように、人数確認をしておいてくれ」と先生が言った。
「人数を教えてください」と代表になった男子が先生に聞いていた。
「えっとだな」と先生がノートを開いて教えていて、
「人数が間違ってます。赤瀬川が一人足りません」と磯部君が言った。
「え、そうか、えっと……人数合ってるぞ」と言ってから、名前を挙げていて、
「半井が抜けてる」と男子が教えていて、
「あ、いや、半井は受けないから」と先生が言ったため、
「え?」とみんなが一斉に驚いていた。先生が困った顔をして半井君を見て、
「俺は受けない。それだけだ」と半井君が答えた。
「どうしてだよ?」とみんなが一斉に聞いていて、
「赤瀬川じゃ落ちるからだろ」と重枡君が小声で笑った。
「おい、言いすぎだ」とあちこちから声が出ていて、
「えー、静かに。静かにしろ。半井は受けない。それでいいだろ」と友松先生が止めたら、
「なんで?」
「そうだよなぁ」と言い合っていて、
「半井は決まっいてるんだ。もう」と先生が止めた。
「えー!」とみんなが驚いていた。
「なんだよ、それ。じゃあ、何で面接練習をやったんだよ?」
「赤瀬川の面接練習に無理やり入れて贔屓しすぎだね」重枡君が言ったら、
「贔屓じゃない。面接は受けたいと言ったから、成績順で赤瀬川に入れただけだ。それから、こういうことでいちいち色々言わない」と先生が困っていた。
「どこに決まったの?」と女の子が興味津々で聞いていて、教室がうるさくなった。
「静かにしなさい」と先生が止めても煩かった。
「どこだよ」とそばの男子も聞いていた。光鈴館を狙っている男子でライバル心がむき出しの顔だった。半井君がため息をついて、
「向こうに戻るだけだよ」と答えた。
「えー!」「アメリカってことか?」「すごいな」と男子は言い合っていて、
「えー! やだー!」と女の子はぼやいていて、
「静かに静かにしなさい」と先生が注意していた。
「なんだよ、それ、心配して損した」
「早く言えよな」
「何で黙ってたんだよ」怒り出す男子もいた。
「いいだろ、別に」と半井君が素っ気無くて、
「お前、言えなかっただけじゃないか。アメリカから逃げてきたんだろ」重枡君がほくそえんでいて、
「なんでよ。篤彦はそんなやつじゃないって。詩織だってアメリカに行くけど、2人で一生懸命勉強してるのに、なにさ」と霧さんが怒り出した。
「え?」と近くにいた前園さんが驚いていて、
「篤彦に謝ってよ」と霧さんが男子の制服の胸の辺りを掴んでいて、
「やめろ」と半井君が立ち上がって引き離していた。
「お前は言いすぎだ」
「佐倉さんもアメリカなんですか?」と、なぜか先生に女の子が聞いていて、先生が困った顔をしていた。
「インターナショナルスクールに落ちたんじゃないの?」
「成績不良だからでしょう」と一部の女の子たちが意地悪く笑っていたため、先生が、ため息をつきながら、
「落ち着きなさい。インターナショナルスクールに行くとか、成績が悪すぎてそこにしか入れない、もしくはそこも落ちたというデマが飛んでいるそうだが、そういうことは一切ない」
「じゃあ、どうして、そういう話になったんですか?」と男子が聞いていて、先生が仕方なさそうに、半井君を見て、彼がうなずいてから、
「こういう例はなかったために、偏見などがあったり、こういうデマ、もしくは問題が起きるかもしれないとの配慮から黙っていただけだ。父兄からの要請があり、前に問題が起きていたため、内緒にしていただけ。だから、そういう噂は一切流さないように」
「えー!」とみんなが一斉に言った。
「どういうことですか?」と磯部君が聞いた。先生が困った顔をしていて、
「佐倉は最初からアメリカの学校に行くことは決まっていたってことだ。だから、その後の噂は噂好きの連中が作ったデマという事。本人と父兄の希望で林間学校の時の事件もあって、やっかみから、また何か起こってもいけないという配慮から、内密にしていただけだ。それだけのことだ。内密にしたくなる理由は分かるね。その間に良く知りもしない言いふらす連中が話に尾ひれをつけて、あることないことを言いふらして、『学校名も読めない』とか『行く学校がないのだろう』という悪意があるとしか思えない噂を流し、嫌味嫌がらせを受けていたようだからな。俺の場合は別にばれてもかまわないが、うるさくなるだろうと想像できたから言わなかっただけ。それだけだ」と半井君が言ったため、先生も困った顔をしていて、あちこちひそひそ言い合っていた。
「お前たちは受験があるのだから、他の生徒のことであれこれ言わないように。それから、内申にあれこれ書かれるかもしれないという心配から俺にゴマすり、肩もみしてきたりするのはやめてくれ。そういうことで判断は変わることはない」
「処分、注意を受けた生徒はどうなりますか?」と女の子が聞いた。
「一部に、昔受けた処分、注意はどうなるかという問い合わせが相次いでいるが、そういうことは気にしなくていい。それより、テストをがんばってくれ。滑り止めだからと言って舐めて掛からないように」と先生が言って教室を出ていた。半井君がみんなに囲まれていて、
「なんで言わなかったんだよ」
「いいなぁ、俺も行きたい」
「どこに行くの?」
「アメリカの学校は楽しそうでいいね」と矢継ぎ早に言われて、半井君は素っ気無く、
「別に」と答えていた。

「え、そうなの?」とあちこちで言い合っていて、女の子が寄って来た。
「アメリカの学校に行くって、本当?」と聞かれて驚いた。
「え?」とそばにいた子たちが寄って来てしまい、どう答えようか迷っていたら、
「いいだろ、受験もあるし、そういうことは」と拓海君が間に入ってくれた。
「えー、だって気になるじゃない」となぜか緑ちゃんまで混ざっていた。うーん、聞きたがりだなぁ。
「友松先生が言ったんだって。半井君と佐倉さんはアメリカの学校に行くって」とそこにいた子が教え合っていて、そうか、それでね……と拓海君と顔を見合わせた。
「えー、半井君、そっちなの?」と美菜子ちゃんたちが心配そうに聞いていた。
「知ってた?」と聞かれてしまい、
「ごめん」としか言えなかった。
「なんだ、知ってたんだ?」と言われて、
「そういうことは彼のことだから言えないから」と断って、教科書を入れていたら、
「アメリカのどこ? え、どこよ」と緑ちゃんが何度も聞いていて、
「さっさと帰る。日立女子の勉強してろ」と拓海君が追い払っていて、
「日立女子なのか?」と男子に聞かれて、
「さようなら」と緑ちゃんが逃げて行った。
「あいつらうるさいよな。学校名分かってから、あちこち、また言いふらしていてさあ」
「佐倉もほっとけよ」と男子が言ってくれて、
「桜木なんて一目散に帰ってるからな。俺もやろう」と男子が何人か帰って行った。
「お前らも帰れ」と拓海君が睨んでいて、女の子たちが渋々離れて行った。
「大丈夫か?」
「いいよ、しばらくうるさいかもしれないけれど、試験がすぐなんだから」
「半井もうるさいだろうな。せっかく内緒にしたのに先生もばらすことないよな」
「さあね。いつばれてもおかしくないんだもの」
「そうだけどな」と拓海君がため息をついていた。

 美術室に行こうとしたら、人だかりができていて、ウーン、近づけないと思った。
「ねえ、どうして教えてくれなかったの?」という声が聞こえた。仕方なく、教室に戻った。あの分じゃ、当分近づかない方がいいかもねと思った。

「いつもは一目散に噂するのに」と女の子に言われて、うなだれている集団がいた。一之瀬さんは、
「もう帰る。あなたたちといるとこっちにとばっちりがある」と逃げるようにして離れて行った。
「あの子、先生に『書かないで』って頼んだらしいね。先生もどうするんだろうね」
「知らない」と素っ気無かった。
「三井、矢井田。いつもは駆けずり回って言いたい放題してたのに、そのしけた顔を見てるとうっとうしいよ」と言われていた。
「先生に、『内申書に今までの嘘並べておいたから』って言われちゃったんだってば」と矢井田さんが言って、
「さすがにおとなしくしてなさいって親に言われたの」とぼやいていた。
「私なんて、先生に直接呼び出されて、何のことか聞いたら。親が電話で怒ったらしくて、反対に言われた。『お前は親にちゃんと事実を話しなさい』だって。親が『先生は厳しすぎる、ちょっとぐらいのことでうるさい』と怒ったらしいの」と三井さんがうな垂れていて、
「あんたの親ならありえる」とみんなが呆れていて、
「でもさ、『あまりひどい場合は書かざるを得なくなるから反省するように』って、釘さされた」と三井さんが怒るようにぼやいていて、
「じゃあ、今までのはセーフ?」と周りの子が聞いていた。
「『更に問題を起こした場合は考えておく』って意味深に笑った」
「脅しだね、それって」
「冗談でしょ。適当に言ってるだけだって。あいつらの方も困るでしょ。『学校の評判は落ちる。自分の指導力も疑われる』って聞いたよ。お母さんが教えてくれた」
「それって、どこまでが本当よ」
「知らなーいー」気がない声で言ったので、
「もう」と叩いていた。
「痛いなぁ」
「他人事のように言わないでよ」
「知らないもん。私、関係ない」と素っ気無かったので、また叩いていて、
「先生も知らないこと、ばらすよ」と怒っていて、
「やだよ、もう」とやり合っていた。

「気にするなよ」とひそひそ言われていたり、じろじろ見る人を見かけるたびに拓海君が言った。
「なんで、ああも興味本位かな?」
「ストレスが溜まってるから、興味本位」
「うーん」
「自分も結構しんどい時だと、噂をすることに対して罪悪感は少ないんだろうな。自分もやられたら困るから言わないという子も多いけれど、ああいう子もいるだけという話だよ。気にしないほうがいい」
「罪悪感か。楢節さんに、昔、教えてもらった。自分が幸せだったら他の人は攻撃しない。自分が辛いから、他の人で晴らす。満足感があるって聞いた」
「俺はそういう考え苦手だな」
「同じく。満足感があると言うのが分からない。『「ざまあみろ」と思ってるんでしょう』と一之瀬さんに前に聞かれたことがある。でも、半井君は大概の人は人を傷つけたあとはそう思わないと言っていた。それは一部の人だけだって」
「俺もそこは同感だな。嫌味言っていたり、嫌がらせしてるやつに注意したくなるからな」
「彼も同じなのかもね。人を傷つけて晴らしたところで自分の心が納得する訳じゃないよね。そういう人ってどうしてそう考えてしまうのかなぁ?」
「周りの人にそういう考え方をする人がいると刷り込みはあるかもな」
「刷り込み?」
「罪悪感を持つか持たないか、人の価値観は親とか、周りの人の影響は大きいと思う。人に傷つけられた事のある人が、別の人に返していくと聞いたことがあるよ。言葉の暴力だよ」
「怖いね」
「やり返したらやり返せと思ってるのかもしれないけど、俺は好きじゃない。やり方が間違ってるよ」
「でも、直らなかったね、彼女」
「さあな。今はさすがにやらないさ。『内申に書かれたら嫌だ』とぼやいてたようだけどね」
「そう」
「ほっとけばいいさ。そのうち、それどころじゃなくなるから」と言ってくれたのでうなずいた。

 家で勉強してたら、
「何で来ないんだ」と半井君から電話があった。
「あの状況でいけると思う?」
「お前が来てくれたら追い払えるのに」
「逆です。色々言われるだけです」
「うっとうしいよな。付き合ってると公表すればよかった」
「おーい、違う」
「霧がばらすからうるさくなった。口止めしておいたのに」
「あれ? 先生じゃないの?」
「先生は仕方なく説明しただけ。もめたからな。うちのクラスの男子はあちこちで意識しあっていて、言い合いがあるんだよ。俺も勝手に巻き込んでくるだけ。関係ないというのに」
「光鈴館と霧さんがらみだっけ?」
「そうかもしれないけれど、知らないさ。『自分のことに集中してくれ』と言いたいね」
「そう……でも、しばらく、そばに行くのはやめておくね」
「おい、そんなこと言ってる場合じゃないぞ」
「いいよ、また、起きたら嫌だもの。人気が出てきている人のそばにはいないほうがいいと思う。前も同じだったからね」
「やだね。俺は堂々と話しかけてやる」
「先生、向きにならなくても」
「人の言いなりになって、たまるか」
「先生、怒ってるの?」
「うっとうしいのが苦手。俺に根掘り葉掘り聞かなくなって安心してたのに、すぐ、あれだ。俺は苦手なんだよ。興味本位で近づいてこられるのはね。俺自身に興味があるんじゃなくて、俺に付随しているものに興味があるのはすぐ離れるからね」
「え、そうなの?」
「そういう連中は多いよ。爺さんのそばにいて、そういう大人の事情を垣間見てきているよ。裏表がある連中も多い。俺に興味があるならともかく、アメリカに興味があるなら、本でも読めばいい」
「だから、転校当初も嫌だったんだ?」
「どうせ、すぐいなくなるさ。興味がなくなれば違うやつに話しかける。そういう連中とは長く付き合うことはないからな」
「冷めてるんだね」
「そういう経験はいくらでもしている。引っ越してばかりだからな」
「そうかな? 初めのきっかけはそうでも、中には仲良くなれる人も」
「そういう人はすぐには馴れ馴れしく近寄ってこないね」
「伊藤栄太さんは?」
「あいつはそつないね。最初はそれなりにしか接してこない。いきなり馴れ馴れしくはしないさ。様子を見る。俺はそういうタイプの方が気が合う場合が多かった。相手の表面だけで判断してるやつらと仲良くなれるわけがないさ」
「表面?」
「見た目、成績やスポーツ、そういうことで注目されているだけで行くんだろ。俺にはそういうのは駄目だ」
「そうかな? そういう部分から入っても、どういう人なのかを知りたくなる時があるかも」
「ふーん、生憎、俺はああいうので懲りてるから無理。馴れ馴れしくいっぱい聞かれるのは苦手」
「それは分かるけれど」
「堂々としてればいいさ。あのお嬢様と本宮と同じだ。そのうち言わなくなるさ。それか本当の事を言うとか」
「どういう意味?」
「お前と俺が仲良しで、後ちょっとでガールフレンドに昇格しそうだという話だね」
「ありえません」
「少しは考えてもいいだろ。デートもして、いっぱい話せば事情だって」
「いいえ、先生は先生です。私には拓海君がいるんだし」
「ゴッコの恋愛でよく言うよ」
「いいの。あなたには関係ないからね」
「お前たちの場合はいつ壊れてもおかしくないね。一応、仲直りした程度じゃなぁ。話し合いもあまりしてないようだし、お互いのことも分かり合ってないかも」
「そういうことはあなたには関係ないの。私たちはゆっくりとやって行きます」
「離れたら危ないかもと言ったの、お前だろ」
「信じてるからいいの」と言ったら黙った。
「ふーん、心境の変化があったようだな。なにがあった?」
「先生はがんばって、チョコレートでも食べる準備しておいたら、その中から好きなだけデートに誘ってあげたらいいでしょ」と言って電話を切った。また、かけなおしてきたけれどほっといた。


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