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解釈の違い

 周りはうるさかった。あちこちで色々聞いていた。面接の練習をやっている子、テストの予想を言い合っている男子も多かった。
「でもさぁ、バレンタインどころじゃないよね」とみんなが言い合っていて、私はノートを見直していた。今日の帰りにも、また居残りでやらないといけないため、怒られそうだなぁと思いながらやっていたら、
「あれ、なにそれ?」と聞いてくる子もいた。前までは教室では遠慮して広げていなかったノートも出していたからだ。
「英語ばかりだね」と言いながら自分の席に戻って行った。
「俺、余裕ないよ」とあちこちうるさかった。
 先生が来ても、
「緊張する」と言い合っていて、
「静かに、静かにしなさい。落ち着いて、体調が悪いやついないか?」と見回していた。
「あまり緊張しても良くないからな。がんばるだけだ」と励ましていて、
「へーい」と返事をしたのは男子の一部だった。いつもだと大声で笑う三井さんが静かで、
「三井が静かなんですけど」とそばの男子がからかった。
「うるさいわね」と言った声が元気がなかった。

「あの方、先生に注意されたそうですわ」と休み時間に碧子さんが教えてくれた。
「当然だよ。揉め事起こしすぎ。挙句があの例のお前の答案見たのだって注意だけだったらしいぞ。甘すぎるよ」とそばの男子が教えてくれた。
「それより、ここ教えてくれ」と佐々木君が数学の問題をやっていた。
「お前、熱心だな」とみんなが笑った。
「海星を受けるにしても時間がないんだよ。最後の追い込み」と言っていて、須貝君も真面目にやっていて、
「蘭王のやつ、受かるのかな?」と桜木君のグループが言い合っていた。先輩だってかなりやっていたようだし、弘通君とか一部が受けると言う噂はあった。磯部君はやめたそうで、本郷君も受けていない。
「あそこ難しいからな。でも、受かってもその後も続くぜ」と言い合っていて、半井君も同じかもしれないなと聞いていた。

 帰る時に先生が色々注意点を話していて、ぼんやり聞いていた。みんなと離れるって結構寂しいなぁ。他の人と違うということで聞いていない人は少なくて、明らかに下向いて、面白くなさそうにしていた瀬川さんとか一部の女の子が欠伸をしたため、
「欠伸するなよ」と男子に怒られてにらみ合っていた。ちょっと怖いなぁと思いながら見ていて、拓海君は先に帰り、私は例のごとく美術室に行った。今日はさすがにいないよねと思ったら、竹野内さんと一部の女の子がまた来ていた。
「学校名はどこ? どこに住むの?」とまた聞いていた。
「悪いけど、帰ってくれないか。やらないといけないから」と私が立っているのを見て言った。
「ふーん」と女の子が面白くなさそうで、
「まさか、この人とは付き合わないわよね」と一人の子が言いだして、半井君が口を開こうとしたので、
「ありえない。この先生はかわいい子や美人が好きだから」とすかさず答えたら、
「え、そうなの?」とうれしそうな顔をした子と、
「えー、それはちょっと」と言った子がいて、
「いいから、帰れ。美人かどうかは別にして、うるさいの苦手なんだよ。気配りしてくれるとありがたいね。それから、『☆私は今まであなた達のようなうるさい人たちに会ったことがない』」と言ったのでびっくりした。
「あら、なんて言ったの?」と女の子がうれしそうで、
「あなた達のようにとても……優れている人に会ったことがないって」と、途中でつまりながらも私が答えたら、半井君が苦笑していた。
「あら、そうなの?」とうれしそうで、
「☆別の意味で優れているけどね」と半井君が言った。
「今のは?」と聞かれて、
「さぁ、聞き取れなかった」とごまかした。彼女達はうれしそうに帰って行き、
「お前の訳はこういう時はいいよな。間違っていてもね」と半井君が笑った。
「うるさいはひどいと思うよ」
「その前に言っている内容と呼応しているというのに気づかないもんだよな」
「あのねー、誰かわかったらどうするのよ」
「いいさ、大丈夫だ」と笑っていた。

 日記のチェック、宿題のチェックの後に、
「時制がどうも弱いな」と言われてしまった。
「そう言われても」
「明日徹底的にやったほうがいいな。文法もちょっとなぁ」
「そう言われても」
「言い方だって、色々あるしな。言葉丸ごと覚えても相手によって使えない場合があるって、この間教えただろう?」
「丁寧な言い方のときだよね。目上に使う時に『Will you』は使ったらいけないって」
「そういうこと、結構気軽に『Coffee please.』とか言うけど、相手によっては言えないんだよな」
「この間ね。外人のお母さんが子どもに、『何か飲む?』と聞いたときでも、『Would you like something to drink?』と言っていたの。目上だけどどうしてかな?」
「しつけだ。ジェイコフさんもお前に注意していただろう? 砂糖取ってくださいも、『Please』つけるだけじゃなくて、『Would you』をつけろと注意されただろう? 子どもにもそうやって使う人もいるさ。見本を見せるためだろうな」
「なるほど」
「あの会には参加してるのか?」
「あれから行ってない。なんとなく行きそびれて」
「行っておいたほうがいいかもなぁ。俺とばかり話していても上達しないぞ。霧はかなり上達してるようだ。聞き取りとか、自分で言う方も」
「え、どうして知ってるの?」
「電話する時についていただけ。通訳としてね。でも、結構上手だった。耳だけで覚えてるんだろうな。文法はいい加減だろう。相手の言った言葉をそのまま真似して使ってるのかも知れないが、意外だったから」
「すごいね」
「恥をかくって意識は少ないんだろうな。だから、どんどん使って身につくんだろうね。間違えても、『ソーリー』だけですませる。友達ならそれでいいかもね」
「すごいね」
「でも、あいつが向こうで暮らすのは困るかもな。そばに誰か英語ができる人がいないとね」
「それはそうだろうけど」
「俺たちに頼られても、お前は関わるなよ」
「でも」
「あの時のようになったら困る。禁止だ」と強く言われてびっくりした。
「当然だ、あんなことは、もう」と下を向いていたので、
「何かあったの?」と聞いてはいけないとは思いながら気になって聞いてしまった。私の顔をじっと見てから、
「明日話すよ」と言ったので驚いた。
「学校で話せる内容じゃないからな」と真面目な顔をしていた。

「英語で話すときって、何を考えてるの?」と一緒に帰りながら聞いた。
「なにって?」
「例えば、相手の顔を見ているとか、出だしの言葉に注意しようとか」
「慣れたら、そういうことは無意識にやってるよ。雑談だとどこに話が転ぶか分からないから、心の準備なんてせず気楽に聞いてる。相手によっては聞いていない場合があるのは日本語と同じだぞ」
「おーい」
「そういうことはあまり考えてないかもな。言葉を組み立ててとか、ここはこう言って文法はどう、そうやって考えて日本語を話してないのと同じ。もう、頭の中に、ある程度言葉が入ってる状態なら、自然と出てくるだろ。そういう感じだな」
「なるほどね」
「別にそこまでじゃなくてもいいと思う。慣れてくれば自然にそうなっていくけど、頭で考えるより、霧のようにやっていくと言うのもあるけどね。お前には無理かもな。恥なんていくらでもかいておいたほうがいいぞ」
「そうだけど」
「明るく笑ってくれる人もいるからね。ただ、相手の言葉が分からないのに笑ってごまかす、相手が質問している内容を笑ってごまかす。日本人がそれやると、変なやつと思われる。こっちではあいまいにして逃げる部分を、向こうではあいまいにしないことが多いからね。表情を見て、どっちなんだろうと困るらしい」
「うーん」
「日本人はそれが染み付いているやつがいるから、お前も切り替えた方がいい」
「あいまいに笑う。確かに自然とやってるかもしれない」
「意思表示ははっきりとしておいた方がいいんだろうと思う。英語が話せないんだから、よけいだ。誤解されると困るからね」
「なるほどね」

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