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バレンタイン

 朝、先生を見かけたらなんだかそわそわしていた。でも、男子の方がもっとそわそわしていて、周りを見回していた。
「チョコ、来ない」と男子が言い出した。そういう事をやっている女の子が少ないようで、
「前の学校、盛んだった」と言っている女の子がいた。海星はのんびりしているためにそういうことで盛り上がりに欠けるところがある。山神なんて、チョコを渡すという雰囲気にはなりそうもない。男女区別なく仲良く話していて、一部の男子と女子があまり話していないぐらいで、みんな仲良しだったからだ。兄弟も多く、先生も学年を超えて名前を知っていたりするわけだから、いじめとか嫌がらせしても止める人が多かった。太郎なんて、上の学年なのに私がやられたと聞くとクラスまで乗り込んできたことがある。岳斗君が止めてくれたけれど、自分が一番最初に私にこっぴどくやってた張本人だというのに、忘れたんだろうか……と呆れるほどだった。でも、私があまりにひどく泣いたあとからやらなくなった。そういうところは弱いようで、そのことで近所の人や次郎、三郎に「未だに言われる」とぼやいていた。
「チョコ、チョコ」とあちこちで言っているけれど、誰も動いていない。それらしい紙袋を出している子もいなかった。帰る時に渡す子、ひっそり呼び出して渡す程度だろうと思った。
「下の学年、すごいって。今の一年生、積極的だね。特に平林出身」と教室に戻ってきた子が報告していた。
「俺たちの学年にこそ、そういう張り合いがほしいと言うのに」と男子がぼやいていたら、
「あのー、ここに桜木先輩は」と後輩の子がやってきて、
「なんだよ」とそばの男子がぼやいていた。
「一年って積極的だ」
「私たちの代と違うね」と言い合っていた、
「山崎、呼び出し」という声が聞こえたので拓海君の方を見たら、困った顔をしていて廊下に出ていた。
「悪いけれど受け取れない」と廊下に出てすぐに言ったため、相手の二谷さんが悲しそうな顔をした。
「話ぐらい聞いてやれよ」とそばの男子がやっかみ半分怒っていて、
「詩織にあれこれ言うのはやめてくれよ」と言った為に二谷さんが困った顔をしていた。
「言いたいことがあるなら、俺に言ってほしい。それに受け取る訳にはいかないんだよ」と言われて、
「でも、せっかく作ってきたんですよ」と一緒に来た友達が言いだして、
「気持ちがないのに受け取るのは」と言い合っていたら、
「受け取ってやればいいんじゃないの」とそばにいた戸狩君が笑った。ちょうど半井君が通り過ぎ、
「そっちでくっつけば」と小声で言ったため、拓海君が睨んでいて、
「それはないだろう。タクの場合は筋金入りだからなぁ。幼稚園児から続くのはすごいよ」と戸狩君が笑った。
「あ、あの……」と女の子が寄って来て、半井君が一年生や二年生に取り囲まれていた。
「一番人気はお前かよ。本宮負けたな」と男子がからかっていた。
「良かったら、食べてください」と言われて、
「thank you」と軽く受け取っていたので、
「結構、軽いやつ」と男子が驚いていた。
「お前も受け取ってやったら? その子、いつまでも帰れそうもないぞ。そのまま持って帰れと言うのは残酷だぞ。でも、そんなに気軽に付き合えないけどね、俺」と拓海君に言いながらも、周りに釘さしていた。
「もったいないよなぁ」と男子がぼやいていて、
「仕方ないさ。じっくり観察してからじゃないと無理」と半井君がクールに答えていた、
「アメリカに行くって本当ですか?」とチョコを渡したあと輩に聞かれていて、
「ああ、それね。本当だよ」と答えたため、みんながうな垂れていた。
「手紙書きます。住所を」
「無理。決まってないよ」
「えー、でも」と言い合っていて、意味深に拓海君を見ていて、
「仕方ないな」と拓海君が渋々受けとっていた。
「おーい、一番人気、今年は半井みたいだぞ」と教室に戻ってきた男子が報告していた。
「本宮は?」と男子が聞いていて、
「いや、いいよ。俺は、そういうことは、もう」と本宮君がさっぱりした顔で言ったので、
「もったいない。せめて受け取るだけ受け取って俺にくれ。お腹空いた」と男子が言ったので、
「まだ、朝じゃん」とみんなに笑われていた。
「バレンタインってさぁ。あまり盛り上がらないよねえ。前の学校にさ。男子3人に同時にあげた女の子が誰も釣れなかった。全部本命だって言うんだから、呆れるよね」とそばの女の子が言いだして、
「ちょっと、それなぁ」と男子も言っていた。
「俺はそれでもいいからくれ。甘いものが好きだ」
「夜食にいいな」と言い合っていて、
「気持ちがこもってるのに、そういうことは言わない」と根元さんに怒られていた。

「ねえ、半井君の学校はどこ?」と隣のクラスの女の子に聞かれてしまった。
「聞いても教えてくれないんだよね」とそばの女の子も答えていた。言うべきか言わざるべきか、
「ねえ、知ってるんでしょう?」と聞かれてしまい、
「To be or not to be, that is the question.」
「は?」とその子たちがびっくりしていた。
「なんだよ、それ?」と聞いていた男子が笑った。
「ああ、シェイクスピアだね。ハムレットだよね?」と仙道さんに言われてうなずいた。
「半井から授業受けると、そういうのもやるんだな」と男子が驚いていた。
「いいなぁ、特別授業が受けられて」と女の子にうらやましがられたら、
「え、結構きつい事を言われてるって聞いた。厳しくて、『駄目』と何度も言われると聞いたよ」とその子達に言われて、
「確かにそうだけれど」
「教えてくれてもいいのに」と言われても何も言わなかった。
「そういやあ、前のあの学校名って、なんだったんだ?」と男子に聞かれた、あれこそが彼の行く学校と言いたかったけれど、やっぱり教えなかった。
「サルマッチだっけ?」と男子に聞かれて、
「いや、セルマッタじゃなかったか?」と言い合っていた。
「そう言えば、佐倉の学校名聞いてないぞ。大体、どこに住むんだ?」と保坂君に聞かれた。
「そばで話すな。気が散る」と佐々木君が勉強していて、須貝君も真面目にやっていた。碧子さんとのんびり話していて、
「学校名も英語でしたわね」と言われて、
「スペルとか覚えないといけないからね。住所もやっと書くのになれた」
「英語で手紙出すと結構面倒だよな。ちゃんと届くか心配だよ」と保坂君が笑っていた。
「慣れたけどね」
「なんで?」と聞かれて、
「手紙のやり取りしないといけなかったから」とごまかした。そう言えば母が向こうにいることは内緒にしてあったんだっけ。
「適当」と言ったら、周りが笑っていた。

 半井君が廊下でチョコレートを渡されているのを目撃して、
「あの、向こうに行ってもがんばってくださいね。手紙書きますから」と言われていた。でも、
「悪い。まだ決まってないよ」とまた断っていた。
「いいよな。顔のいいやつだけ、ずるい」とそばの男子がぼやいていて、
「何を言ってるんですか? 英語も話せて、数学もできて、絵もバスケもお上手で、おまけに武道にも通じていて、素敵じゃないですか」と女の子が抗議していて、
「そうですよ、先輩は何か得意なものはありますか?」と聞かれて、その男子がたじたじになっていて、
「あったっけか?」
「いや、ないな。顔は……?」とそばにいたクラスメートが言い合っていて、
「俺だって、それぐらいあるぞ」とその男子が言い返していて、
「なんですか?」と女の子達に聞かれていて、
「駄洒落」と半井君が代わりに答えていて、
「ああ、それがあったなぁ」とそばの男子が笑っていた。
「えー!」と女の子が抗議していた。
「半井君、明るくなったみたいだね。憑≪つ≫きものが落ちたみたい」とそばのA組の子が話していた。

「浮かれている。受験だと言うのに」とそばの男子がぼやいていた。
「碧子さん、チョコレートはどうしたの?」と遼子ちゃんが聞いていた。
「一応、渡しましたわ。お返しは手作りを作りたいけれどとおっしゃって」
「へぇ」と言い合っていた。
「でもさぁ、ああいうのって成功率低いんだって」と美菜子ちゃんがぼやいていた。
「え、どうして?」と遼子ちゃんが聞いたら、
「だって、チョコレート渡しても反応無しで終わるらしいよ。記念で終わるって感じ」うーん。
「モテるやつにだけ贈るからだ。俺だって待ってるのに」と保坂君がぼやいていた。
「彼女とか別の本命がいる相手に贈るんだからなぁ」とそばの男子も言いだして、
「山崎にしろ、本宮にしろ、桜木にしろ、相手いるじゃないか」
「それはあるけど、最後だから渡したいんじゃないの?」と遼子ちゃんが言って、
「誰もくれない寂しい日にしたくないぞ」と保坂君がわめいていた。
「実際は中々そうはいきませんものね。うまくいく確率は10%以下だとお聞きしましたわ」と碧子さんが言った。
「え、そうなの?」と遼子ちゃんが慌てて聞いていた。
「桃子ちゃんのお姉さんの話。学校でアンケートして統計取ったらしいよ。そうしたら、10%に満たない。モテる人の場合は更に確率が低い」と美菜子ちゃんが教えていた。
「なるほどね」
「その中の誰とも付き合わないってやつだっているだろ。半井なんて可能性は低いね」とそばの男子がぼやくように言いだして、
「ねえ、あの噂は本当? 綺麗な子じゃないと無理だって」と美菜子ちゃんに聞かれて、
「さあ」とごまかした。言えるわけがない。昨日、真剣な顔をして告白されて、なんだか、まだ考えてしまう。あの人のことを表面だけ見て……と言っていたけれど、私も同じかもしれない。言葉だけを鵜呑みにして、ああいう過去があることに気づいてあげていなかった。そういう部分があるから、時々寂しそうにしていたんだろう。寒いのに美術室で勉強している理由も親のああいう姿を見たくないからかもしれない。不器用だと言っていたけれど、そのとおりかもしれない。私は何も分かってないのかもしれないな……とため息をついた。
「あら、どうかしまして?」と碧子さんに聞かれてしまった。
「英語が分からない」
「そりゃ、お前、日本人だから当たり前」と佐々木君に言われてしまった。日本に住んでどうやって日本語を覚えてきたかと聞かれてもうまく説明できないのと同じで、向こうの人もそばに英語があるから自然と身につくんだろうか……。
「ラブレターは駄目だけれど、チョコレートとカードならいいと思って、渡したけれど、数多くもらっていたみたい。何か聞いてない? 好みのタイプとか」と美菜子ちゃんに聞かれて、
「無理じゃないかな」と須貝君が言ったので、みんなが一斉に見た。
「どうして?」と美菜子ちゃんが聞いていて、
「好きな子じゃないと無理だと感じただけ。多分ね」と答えたため、
「えー、そんな人いるの?」と私に聞かれてしまい、
「霧さんとどうなったんだろうね」と遼子ちゃんが聞いていた。

「元気ありませんのね」と碧子さんに聞かれてしまい、
「え?」顔を上げた。自分の机でぼんやりしていたら、碧子さんがそばに来てくれて、
「あちらに行きましょうか」と廊下に出て行った。
「なにか、あったんですか?」と聞かれて、
「ちょっと……」と言葉を濁した。
「告白でもされましたか?」と聞かれて、どうして分かったんだろう……と思わず驚いてから、慌てて顔を戻そうとしたけれど笑われてしまった。
「詩織さんは正直ですわね」
「そう言われても」
「あの方の気持ち、気づいてなかったんでしょう?」と聞かれてうなずいた。
「でも、なんとなくそうじゃないかと思ってました」
「え、いつから?」
「最初からですわ。あの方が話しかけるのは詩織さんだけでしたから」そう言われたら、そうだったかも。
「心配そうにしていらしたもの。何度もそう思いました。あの方が厳しくなさるのも、詩織さんのためだと思います。そうでなければあれほどは心配しませんわ」
「そう言われても」
「あの絵は素敵だったですものね」
「え?」
「ソファで寝ている絵ですわ。きっと、詩織さんをイメージしてお描きになったんでしょう」
「え、でも、あれは……」
「私にはそう見えましたわ。愛情が感じられました。詩織さんがあの絵を不思議そうに見ていたので、それで気づきました。確かに若すぎるような気がしましたからね」うーん、碧子さん、侮れない。
「どうするか迷っているんですか?」
「迷うもなにもあの人は先生で」
「私、後悔しましたの」
「え?」
「あの方の言動で勝手に決め付けていたところがありますわ。私に一生懸命話しかけてくれて、周りの人にも気を使っているのも気づきました。先入観を持つのはよくありませんね。そう思いましたの」
「本宮君のこと?」
「あの方と話さなければ気づかないことがいっぱいありましたわ。話してみないと分からないものですわね。だから、そういう部分でちゃんと話していきたいとお伝えしましたの。友達として」
「彼は、なんて言ったの?」
「何も。『それでかまわない』とおっしゃっていました。『私は橋場さんのことをもっと知りたいと思いますし、あの方のそばにいたいと思います』とはっきりお伝えしました。『それでいい』とおっしゃってくださいました。誤解していて悪かったと思いましたわ。ああやって言って下さることが勇気のいることだと気づいてあげられませんでしたものね。昔のあの方では考えられない。変わったようですわ。少なくともあの方は変わる努力をした。そこは認めないと」
「私には分からない。本宮君の前の姿を知らないから。彼の場合は誤解されていると拓海君が教えてくれた程度で知らないし。ただ、彼のやっていることは確かに部分的には間違っていた時もあったのかも知れないけれど、私の知らない部分があった」
「なんですの?」
「表面だけで判断される事を嫌がっていたという事。そういう部分を碧子さんはしっかり見極められるから好きになったんだなという事。そういうのは聞いてみないと分からないね」
「私も同じかもしれませんわ。詩織さんもじっくり考えてみれば大丈夫だと思いますよ」と言ってくれたのでうなずいていた。

 掃除の後にごみを捨てに行く途中で、一之瀬さんたちが雑談していた。
「もう、全然、言ってくれないの。好きだって、普通なら言うじゃない。でも、肝心の事を言わない」
「なにを?」
「『I love you』と言ってくれてもいいじゃない。何度も聞いても言わないの。チョコまで渡してるのに」とぼやいていて驚いた。
「へぇ、外人ってすぐ言うんじゃないの?」
「そうだよねえ」
「違う」とそばにいたロザリーが言いだして、
「どうしてよ」と聞いていた。
「その言葉は付き合ってすぐに使いません」とはっきり答えたのでびっくりした。
「なんで? だって、リッキーの友達とかいっぱい言ってたけど。初対面でも平気で言ってた」と一之瀬さんが抗議していた。
「ああ、それは本気じゃないからです」とロザリーが言い切って、
「えー!」とそばの女の子達が驚いていた。
「本気じゃないのに言うの?」とみんなが言い合っていて、
「日本人の女の子だと喜ぶから使っているのかもしれません。でも、最初は『I think about you.』などを言います」と言ったので驚いた。そう言えば彼も言っていたかも。
「付き合って何度も会話して、相手のこと、分かって、好きになって初めて使います」と言ったため、
「へぇ、知らなかった」とみんなが驚いていた。
「じゃあ、リッキーが言わないのは」
「昭子ともっと分かり合いたいと思っているからです。だから、そのうち言ってくれる、と思います」とロザリーに言われて、みんなが、
「そうなんだ」と納得していた。

 美術室に入るのに少し躊躇したけれど行ったらいなかった。仕方なく席に座って待っていた。
「なんだよ、来たんだな。つかまって遅れた」と半井君が紙袋を抱えて入ってきた。
「モテるね」
「でも、全員断った」
「え?」
「仕方ないさ。気持ちに応えられるわけじゃない。すぐ好きになれないからね。一目ぼれはしたことがない」
「そうなの?」
「そういうやつもいるけど、俺はできないな。気軽に付き合えなくなったからな」
「そう……」
「なんだよ」
「ちょっとね」
「お前は分かりやすいな。昨日のことか?」
「あのカードはなに?」
「シェイクスピアぐらい知ってろよ」
「え、あれがそうなの?」
「『真夏の夜の夢』だよ。もう一つもその分じゃ知らないな」
「知らない。二つ目がちょっと」
「『The first sympton of true love in man is timidity, in a girl it is boldness.』ユーゴーだ。ビクトル・ユゴー」
「なんとなくは分かったけれど」
「お前は……色々選んだというのに」
「最後のはなに?」
「あなたがいてくれて良かったと書いたんだよ」
「なるほど」
「意味分かってなかったのか。まったく……。シェイクスピアでもポエムでも原文で読んで勉強しろ」
「それより、あなたは物知りだね」と言ったら、鞄から例の本を出していた。カバーが掛けられていたので、題名も知らなくて、
「女性心理とか恋愛の運び方とか、まぁ、そういうことが載っている本」と言ったので唖然とした。
「親父の本棚から失敬した」
「あなたという人は」
「いくら俺でも、女の子を口説く時、あまりそういう言葉は使ったことがないんで、ちょっと勉強しただけ」
「嘘ばっかり」
「本当だ。栄太の受け売りばっかり。友達でそういうのを教えあってたけど、中学生でそこまで言うかよ」
「そう? いっぱい言ってきた気がする」
「真剣には言ったことはない」と言ったため頭を抱えた。
「そこが変なんだよ。普通は遊びで言わないの」
「本宮と一緒、それまで好きになったことがないんだろうな。本気でね」
「そういうものですか? モテる人は違うね」
「仕方ないさ。そうでもしてないとやりきれない時期だっただけだ。親父も爺さんもおじさんも女性には熱心だから、そういうのでためらいがなかったから」
「自慢にならない」
「真実の愛の兆しは臆病さで……とさっき言ったろ。そういうことだ」
「そう言われても困るよ。今の私には重荷だ。受け止められるものがない」
「そうか?」
「人にそういう事を言われたことがないもの」
「田舎じゃ言わないよな」
「戯言≪ざれごと≫ならあったよ。嫁に来い、もらってやる、そういうのばっかり」
「なるほど」と笑っていた。
「だから、真剣に言ってもらったことなんて」
「山崎は?」と聞かれて黙っていた。
「ふーん、あまり言わなさそうだな」
「あなたが気障過ぎるだけ。『日本人は言わない』とクラスの男子が言ってたよ」
「俺も日本人だ。英語だから言えるということもある」
「そう?」
「人前で言えないね。バスの中で英語で言ってもちょっと抵抗があった」
「そういうものなの?」
「環境だ。向こうじゃそういうのは結構あちこちでやっていても、こっちでやってるのは見たことはないからな」それはあるなぁ。
「2人っきりだから言えるんだよ」
「なるほどね」
「ゆっくり考えたらいいさ」
「それより、どうして気に入ってくれたの?」
「なんで?」
「なんだか分からない。小学校の時は瀬川さん、一之瀬さんとか馬鹿にされていたから、冴えないとか未だに言われるし」
「ああ、あれはくせだ」
「は?」
「ああいう子たちは向こうでもいる。いけてないとか平気でこき下ろすタイプだろう? それって、分かれるんだよ。言う人と言わない人とね。強気な子が割と言うかもしれない。お前だと言いやすいからそういうタイプに言われるだけだ。でも、あの手のタイプはほかの子にも裏では言っているだろう。学級委員が言われているのも何度も聞いた。仕方ないさ。怒られたり気に入らないことがあった時に反応が分かれるって分析してたやつがいた。『人が喧嘩する理由』『グループで問題が出る原因』そういう課題のレポートを書かされた高校生がいてね。もめてたぞ。意地が悪い人がいるから起こるとか色々。その後、そういう人は周りには多いと言い出し、そういうタイプのことで色々言っていたよ。悪口を言うとか、性格が悪い、生い立ちが悪いとかね。でも、一人の女の子が言い出した。その子が言うには、分かれるそうだ。反応が」
「どんな反応?」
「嫌な事、対処できない事など、問題が起きた時、最初にどう捕らえるかということだよ。例えば一之瀬タイプだと、相手が悪い、私は何も悪くないのにどうしてこんな目にあわないといけないの……と怒る。そういうタイプも居れば、お前のように、自分が何かいけないところがあったんだろうか、対処法が間違っていたんだろうか……と悩むタイプ。方向性が違ってくるんだよ」
「そうなの?」
「ところが、その後の反応もまた分かれる。最初はなんて不運だと怒っていたり、もしくは嘆いていた人も、やがて何とかしようと考えていく人、いつまでもくよくよする人、八つ当たりする人に分かれるんだ。どこに問題があったのかという事をちゃんととらえられないタイプで、そのことから逃れようとして別の誰かに当たる事で晴らすような人は、誰かの悪口を言ったり、いじめ、嫌がらせに走る。嘆いていた人の中で、いつまでもくよくよ悩むタイプがターゲットにされやすいってさ。そういう意見もあるんだと、俺は結構納得したね」
「すごいね、その人」
「向こうだとそういう課題はいくらでも出るさ。自分で考え自分で答えを出していかないといけないわけだから、みんなしっかりしてくるからね。バイトも早くからやってるからかもな」
「なるほど」
「嘆いても不運だと怒っていても、気を取り直して乗り越えていくタイプが一番いいわけだから。お前もそうしていけばいいさ。進むスピードはカタツムリでもね」と言ったので、
「それを付け加えるから、変な人になるの。せっかく、ちょっと見直したのに」
「だから、ああいう事を言う人のことは気にしなくてもいい。多分、ずっと言い続けるだろう」
「え、そうなの?」
「一之瀬の親が似てるってことは、その年まで直ってないって事だろう?」そう言われたら、そうだった。
「大人になってもそういう事をする人もいることは確かだ。分かれるみたいだな。今も同じだろう? お前たちのようにそういうことは極力言わずに勉強や雑談で楽しく話している人たちもいれば、一之瀬達のように言いたい放題、言われた相手のことなんて考えた事もない一緒に悪口を言い合うグループ」
「すごい事を言うんだね」
「俺は言いたい事をつい言ってしまうんだよ。でも、あそこのグループはくっついたり離れたりが一番多い。話題が合う子と仲良くなるにしても移り変わりが早いと思ったら、結構、仲間内でも言い合ってるみたいだな。いなくなると悪口を言うらしくて、それで怖くなって抜けたやつが多いって」
「え、そうなの?」
「そういうやつらと一緒にいたとしても、そのうち自分がやられるとなったら怖いんだろうな。だから、今は減ってるみたいだな」
「ふーん」
「受験もあったしね。少しは大人しくなったようで」
「内申書のためらしいね」
「無理だね。素行が悪かったのは学校の人がほとんど知っているから、大きくなっても言われるさ。だから、あまりやらない方がいいのは確かだな」
「どうして?」
「就職の時に調べられると聞いたよ。A組の男子の親戚の近所で聞き込みがあったって。それで変な事を言う人もいるから注意したほうがいいと聞いた」
「え、そんなことまで調べるの?」
「お前の片親もハンディだって言われたろ。俺も言われるかも、あの親、ピアノや歌などでうるさいから近所からの苦情が多くてね。俺に言われても、困るというのに」
「困っちゃうね」
「お前も言われてもめげずに生きていけるように、がんばれ」
「そう言われても。カタツムリ」
「少しは進むさ」と言われて睨んでしまった。

「3.14」「Three point one four」
「五分の二」「two-fifith」
「球」「え、それ、なんだっけ?」「sphere」「あ、それ」
「台形」「ちょっと待って思い出すから」「trapezoid」と素っ気無く言ったので、もうと思ってしまった。
「最大公約数」「えー!」「greatest common divisor」と冷たく言い放った。うーん、こういう人だよね。
「長さ」「lengthだよね」
「重さ」「weight?」半井君が笑っていた。
「面積」「知りません」「area」「へぇ、そう言うんだ?」
「体積」「分からないよ」「bolume」
「円周」「はあ〜?」「Circumference」
「半径」「さあねえ」と言ったら思いっきり睨みながら、「radius」と強めに言っていて、
「角度」「知らない」「angle」
「なるほどねえ」と言ったら、
「全然駄目じゃないか。授業で使う言葉だぞ。いちいち、辞書引いてたらきりがないぞ」と睨まれてしまった。
「ごめんなさい」
「Find the area of this figure.」
「何それ?」
「図形の面積を求めよ」
「なるほどね」
「この分だと、授業で苦労しそうだな。授業用用語のノートは?」
「専用のは作ってないよ」
「じゃあ、作っておけよ。お前の場合はそれを作っておいても危ないな。最初は先生が何を言ってるか分からないだろうし、宿題出されても分からないかもしれないから、周りに確認するように」
「はい」
「なんだか心配だ」
「ごめん」
「困ったやつ」と言われてしまった。

「さすがにこの時間は残ってるやつ少ないな」と帰りながら半井君が言った。拓海君は先に帰ってもらっていた。
「お前の場合は、のんびりしすぎていて心配になるよ」
「そう言われてもね」
「チョコレートは渡したのか?」と聞かれてうなずいた。
「俺のとどうせ差があるんだろうけれど」と嫌みったらしく言っていた。
「あなたの場合はそれだけもらったんだから、満足でしょう」
「そうか? いくらもらったとしても、この中で俺自身を好きになってくれる子なんていないかもな」
「どうしてよ?」
「いとこがそうだった。蘭王に行っているけれど、あそこに通っていて、家柄がいいと言うのは多いため、結構モテるらしい。そのため、いとこも素性がばれているから、かなりもらうらしい」
「そういうものなんだ?」
「でも、いとこと言ってもおばさんの子供は公立に行き、素性は知られていないため、そこまでモテたことがないそうだ。俺には大差はないと思うけどね。見た目ならね」
「勉強は?」
「蘭王の方は母親の自慢だよ。弟がひがんでるけどな。俺のことも悪く言うよ」
「え、どうして?」
「仕方ないさ。一族の中でも爺さんが誰に目をかけているかと言うので区別がある。そういう部分で嫉妬が生まれる」
「そんな」
「どう言う訳か、爺さんは、おばさんと俺とさやかを気に入ってくれている」
「さやか?」
「おばさんの子供。『優美子の方が顔では勝っている』とよけいな事を言っているけれど、かわいがっているからね。俺もそうだから不思議だけどな。佐久間も同じように色々気を使ってくれるし」
「どうしてなんだろう?」
「母親のせいじゃないかって、おばさんに教えてもらった。俺の母親はおとなしいが優しい性格で佐久間とも爺さんともやさしく話していたらしいからな。おばさんはそうでもないが、優美子の母親はつっけんどんだからだろうと言っていたよ」うーん、よく分からないなぁ。
「まぁ、そういう家で夏休みなどを過ごすと色々気を使うし、色々見えてしまうだけだ。だから、今日話しかけてきた子が、本当の俺を知ってから好きになってくれるとは思えなくてね」
「本当の半井君と言われても」
「お前に見せている部分だよ。俺はどうも素直に出せないから、霧だって分かってないだろうと思う。あいつに家の話なんてしたこともないからな」
「そう……」
「お前だといつのまにか自然に話している。そのまま聞いてくれるから、楽なんだろうな」
「どう言う意味?」
「その後の反応だって変わらないってことだ。爺さんの家に行っても変わってないから安心した」
「え、だって、明るいおじいさんだったじゃない。確かに笑えなくて困って」と言ったら笑い出した。
「ほらな。普通は付き合って損はないと思うようになり、気を使ったり態度が変わってしまうらしいぞ。だから、いとこの実彦も言ってないようだ。そのほうがいいからな」
「うーん」
「友達でも金持ちかどうかで付き合い方を変えるやつもいるってことだ。だから、アメリカにいたやつらもおれの爺さんの家のことは話してないから」
「そうなんだ」
「お前の場合は気楽だよ。打算的じゃないところがね」
「打算?」
「相手の地位やお金を持っているか、そういう条件を気にしないからだよ。取り入ったりしないから、話していて楽だからな」
「うーん、よく分からない」
「そういう女もいるからな。相手が金持ちだと態度がころっと変わるやつ。俺は苦手」
「私も無理だなぁ」と言ったら笑っていた。

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