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環境

 眠いなぁ、とぼんやりしていた。
「だからさぁ、ここの公式が」とそばでやりあっていた。あの人は私のことを問題片付け機と間違えてないだろうか? あんなにも宿題をどっさり出さなくてもいいのに……と考えていたら、
「でも、ここで」と須貝君とそばで言いあっていて、
「お前、そんなんで、曾田大丈夫か?」と保坂君が言われていた。
「誰かに聞いてこようぜ」とそばの男子が立ち上がっていて、見かねて、
「ここに線を引いて、こことここを」と説明したら、
「なるほど」と男子が一斉にうなずいたけれど、
「なんでお前に教えられないといけないんだ」と、一人の男子が怒り出し、
「そうだぞ。お前より俺たちの方が上の学校だろう?」と男子に言われて、
「笹賀、うるさい」と保坂君が睨んでいた。
「あれ、佐倉って海星ぐらいだろう?」と佐々木君に聞かれて、
「え、そうなの?」とそばになぜか緑ちゃんがいて、その奥に三井さんがいたけれど、やっぱりいつもの調子に戻っていて近づいてきた。
「違うでしょう? だって、私より上のグループだから、市橋か曾田だと思う」と遼子ちゃんが教えてしまっていた。
「なんだとー!」男子ににらまれてしまい、
「え、嘘!」と緑ちゃんがのけぞっていた。
「ふーん、そう思えないけど」と三井さんが言っていたら、
「三井、言わないほうがいい」と佐々木君が止めた。
「え、だってそれぐらい」
「お前の点数と順位がばらされてるから、今更言ってもな」と保坂君が言ってしまい、
「え、なんのこと?」と聞いていた。
「多分、そうだよなぁ」と男子が言い合っていた。
「でも、あれって違うって聞いたよ。三井さんの点数にしては良すぎるから、宮内さんじゃないかって」と女の子に言われていて、三井さんが睨んでいたけれど、慌てて誰かに聞きに行った。
「俺、あちこちから聞かれちゃったよ。でも、あいつ、意外と疎いな。あれだけ噂になってたのに」
「あの子たちにだけは言わないように気をつけてたらしいよ」と小声で言い合っていた。

「詩織さんはいつのまに勉強したんですか?」と碧子さんが数学の問題が解けなくて男子に教えてもらっていた。結局、本宮君がそばに来て教えてくれた。途中で、「こういうやり方もあるよ」と別解答を教えたら、そう言われてしまった。
「まぁ、あれだけやらされたら」と言ったら、
「あら、数学もやらされたんですか?」と碧子さんに聞かれて思わずうなずいて、
「山崎ってすごいな」と男子が言っていて、
「ひょっとして、半井のほう?」と本宮君が気づいてしまった。うーん、
「嘘だ、あいつの方だったのか?」と男子が慌てていた。
「そうか、あいつの方か。どうも変だと思った」と男子が言い合っていた。
「なるほどな、あいつも数学できたからな」
「どれぐらいやらされるんだ?」と佐々木君に聞かれてしまい、
「まぁ、それなりに」と答えたら、
「かなりの問題をこなしたんだろう? 夏休みの間に」と須貝君に聞かれて渋々うなずいた。
「その頃からやらないといけないのか。そうか、半井のほうだったのか、迂闊≪うかつ≫だった。英語だけじゃなかったんだ」と男子が言いあっていた。

「頼む」と半井君のそばに男子、女子が何人か寄って来ていて、
「だから、俺に教えてくれ」
「俺にはどれを勉強したらいいか教えてくれるだけで」
「どの問題が出る?」と矢継ぎ早に聞かれて、
「何で今更俺に聞いて来るんだ?」と半井君が驚いていた。
「佐倉に特訓したんだろう? あいつの点数、かなり上がったと聞いた」
「俺にも教えてくれ」
「そうだ、あいつにもできるなら俺にも」
「お前、峰明で言うな」と男子が笑っていた。
「俺に言われても困るね。あいつに教えた事はない。宿題をどっさり出しただけだ。あいつは自力でやってくる。そういう方式だ」と半井君が呆れながらもそう答えたため、
「え、そうなの?」と女の子達が驚いていた。
「よく文句言わないな?」と男子に聞かれて、
「そういう部分は素直だ。課題を出したら出した分だけやってくる。素直で聞き分けがいいから、教えているだけ。問題集、参考書をすぐ変えるやつ、問題をこなす量が少ないのに『そんなにできない』と文句が先に出るやつ、理解力が少ないやつは無理。他を当たってくれ」と答えたため、
「えー!」と男子と女子がぼやいていた。
「それぐらい自力でやらないといつまで経っても伸びないぞ。そういうものだ。最後は自力」と半井君が笑っていて、
「お前、できるからいいじゃん」と峰明を受ける男子が嘆いていた。
「俺だって苦手な科目はいくらでもあるさ。でも、得意なやつの勉強の仕方を真似したりして工夫してやってきただけ。人の事をうらやましがるより努力するしかないだろ」と半井君が呆れていた。
「いいじゃん、あれだけチョコもらってね」
「俺もほしかった。顔のいいやつには負ける」
「背だろ」と言い合っていて、
「そうかな? 半井君の場合は今まで見えてなかった部分が見えてきたからだと思うよ。佐倉さんに教えてるのを見ていたら、私も教えてほしいって思ってる人は多かったと思う」と女の子に言われて、
「そうか? いじめて遊んでるだけだろ」とそばの男子が笑っていて、前園さんが聞こえたらしくて、ほくそえんでいた。
「飲み込みがいいから教え甲斐があるだけ」と半井君が素っ気無く答えた。
「飲み込み?」と男子が聞き返していて、
「覚えるのが早いの。それに、一つの事を聞いて色々な角度から考えてみたり、別の解答方法を探してみたり、自分で工夫してやっていくタイプ。駄目だったら違う方法でがんばってやっていこうとするんだよ。不器用ながらもね」と半井君が言って、
「出そうな問題を丸つけて」と男子が差し出した問題集を、
「ここから、ここまで」とページに丸をつけていた。
「明日までにやってこいよ」と言われて、
「えー」と男子が抗議していた。
「あいつはそれぐらいやってくる。お前も根性見せろ」と半井君に言われて、
「手っ取り早くやりたいのに」とぼやきながら戻って行った。
「あんなにやるの?」と女の子に聞かれて、
「俺はこういうタイプ。他の親切な人に頼んでくれ。苦手なんだよ。一度に来られると」とぼやいていて、
「でも、お前、変わってきたな。前だったら仏頂面していて、丸さえ付けてなかったからな。そのほうがいいぞ」と男子に言われていた。

「ねえ、詩織ちゃん。あんなにやってるの?」と遼子ちゃんに聞かれた。
「なにが?」と言いながらノートを見直していて、
「え、そんなに書いてあるの?」と英文のノートを見て驚いていた。
「仕方ないよ。それぞれ目的別にノートを作っておきなさいと言われて」
「厳しいんだね、半井君」と聞かれて、彼が「これぐらいはみんなやっている」と簡単に言っていたのを思い出した。現地校と補習校を両方行っている人だと休日も勉強するらしい。
「そうか、そういうのをいっぱいやるから点数が上がるんだね」と遼子ちゃんが考えていた。
「桜木もいっぱいやったらしいぞ。あいつ、言わないからなぁ」とそばで男子が言い合っていた。拓海君の言ったとおりだった。
「そういうもんだろうな。言わないさ。どういう勉強をしてるなんてね。佐倉だって半井が家庭教師だとずっと内緒にしていて、ずるい」ずるいと言われても困るなぁと考えながらやっていた。

 美術室は寒かった。けれど、相手の表情の冷たさの方が心にしみた。ノートを見ながら、次々聞かれて、すぐ答えないとにらまれるからだ。
「爪きり」「Nail clippers」
「ほうき」「Broom」
「扇風機」「Fan」と大きく言ったら笑っていて、
「蛇口」「Faucet」
「元栓」「Main cockです」
「まな板」「cutting board」「発音駄目」と言いなおしてくれた。
「消しゴム」「eraser」
「物差し」「measure」「それもちょっとな」やっぱり発音がおかしいようだ。
「信号機」「traffic……light」と言ったら、「お前ってちょっとな」と言われてしまった。
「自動販売機」「vending machine」
「すりおろす」「さあなんだろう?」「grate」と素っ気無かった。
「学期」「Term」
「小テスト」「small test」「あほ、quiz」「クイズ?」と驚いたのに、素っ気無く次にいってしまった。
「校長」「principal」
「80点。発音が微妙。言うから真似しろ」と言われて、全部言い直されてしまった。最近は発音の方も直されることが多かった。
「覚えるのは早いようだ。但し、発音が駄目。通じないと意味がないと心してかかれ」
「はい、ボス」
「お前ね」と呆れていた。
「ジェイコフさん、園絵さんにも頼んでおく。本来ならやはり日本の方がお前向きだな」
「そう言われても」
「俺も山崎の心配が移ってきたな。お前、一人で大丈夫か?」
「そう言われても……」
「心配になる。一人で学校で対処していかないといけない。レベルがまだまだ。聞き取りは少しできるようになった程度。英単語は足りない部分が多い。教科ごとの単語、たとえば関係代名詞などの英語関連や、理科系、新聞関係の単語、全部書いておけ」
「☆わかった」
「やっぱり心配だよ。まぁ、お前の場合は挫折しても戻ってこられるからなぁ。でも、向こうの方が条件がいいという複雑さがある」
「条件?」
「環境だよ。母親の方がお前の事を心配してしっかり教育していこうという意欲がある。お金だってありそうだし、父親がほったらかしの環境にいるより、向こうの方がいいかもしれないな」
「やっぱり、そう思う?」
「お前が何を持って向こうに行きたいかは知らないが、アメリカ人にもヒスパニック系だろうとアジア系だろうと差別的態度を取られることも重々承知して生活しろよ」
「差別ね」とうつむいた。
「カリフォルニアでもあるからな。白人ばっかりの町だと多いみたいだな。でも、都会だともうごちゃ混ぜだし、お前の住む町がどの程度なのかは知らない。ホームステイと違って家族と暮らすわけだし、ジェイコフさんが父親と言う面があるから、駐在員よりはマシかもしれないが」
「どう言う意味?」
「仕方ないさ。黒人、黄色人種を下に見る人たちもいるという事を覚えておくこと。反日感情がある人たちには話し合っても解決がつかない場合もあるってことだからな」
「半井君はどうしていた?」
「嫌味を言われても嫌味で返してた時もあったが、栄太のように冗談にしたり、受け流した方がいいと判断して途中でやめた。おつりを間違えたりしても謝らない場合も多い国だから、自分に落ち度があっても言い逃れする人もいるしね。差別を持っている人だとよけいにやられる場合もあるらしいから、お金を払うときなどに『100ドル』と口で言いながら渡していたからね」
「そう」
「そういう部分で自衛する必要がある。だから、相手の性格素性を良く知らないうちから遊んだりはしないこと。約束だ」と言われてうなずいた。
「評判が悪いやつはいるからな。みんなの話を聞いて、日本人に妙に愛想が良くても警戒心は持っておいたほうがいい国なんだよ。置き引きも多い」
「そうなんだ」
「日本は安全と言われているらしいな。日本人の子がそう言っていた。まぁ、分からなくもないな。海星はのんびりしてるな。鍵をかけない地域に住んでいた子がアメリカに来てね」
「そう」
「でも、向こうだと鍵を掛けておいても危ないし、車上狙いも多いしね、そういう国だからな」
「うーん」
「そういう顔をするな。慣れだ。どっちの国もいいところも悪いところもあるということだ」うーん。
「まぁ、徐々にわかってくるさ」と言われて、よく分からないなぁと思った。

 帰りながら、
「半井君は向こうの方が気楽だと言っていたね」と聞いてみた。
「うるさいのが苦手だからだよ。根掘り葉掘り聞かれるより、ほっといて俺のペースで行きたいからね」
「そういう人向きなんだ?」
「ああ、そうだと思う。お前の場合はだから心配だ」
「そう言われても」
「でも、やってみるしかないさ。お前がやってみたいなら、やってみて、駄目だったら諦める。そういうやつだっていくらでもいるさ。やる前から諦めるよりはいいのかもな」
「どう言う意味?」
「そのほうが納得できるという話だ。目が出ないのにドラマなどのオーディションを受けながらバイトしていたやつもいくらでもいるということだ。でも、成功するのは一握り。それでも夢を追ってるのは楽しそうにやっているよ。俺はそれはそれでいいと思う。お前が失敗してもお前の責任。そういうことだと思うから」
「そう言われても、その割にはみんなに心配かけているね。なんだか悪くて」
「ほっとけないんだろうな。それでいいと思うぞ。家族が助け合うのはいいんだよ。ただ、俺達は見守るしかできないけどね。俺もそうだけど、最後は自力でやるしかないんだよ」
「自力。確かにそうだけど」
「お前の点数が上がったから、『じゃあ俺も』と便乗されてもね」
「ごめん、ばれちゃって」
「それは時間の問題だろうから、別にかまわない。でもな」
「なに?」
「そいつに問題出したけど、さて、やってくるかどうか」と言ったので、どういう意味だろうなと思った。

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