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とらえ方

 ミコちゃんに、どうなるか聞いてみたら、
「収拾がつくまで時間は掛かるけど、多分なし崩しだろうって」
「どうして?」
「優先されることがあるからね。だから、そのままにして終わり。お母さんが嘆いていた。その代さえ無事終えればいいという考えだから、結構困るって」
「どう言う意味?」
「先生は転勤がある。親は担任の先生たちとは一年の付き合い。その中で時間の制約があり、受験生だとそちらを優先する。だから、それなりの対処しかしないだろうって。方針が決まっていないとよけいにそうなるみたい」
「うーん」
「仕方ないよ。問題が起きても、それを真剣に取り組む先生は少ないと思うよ。あの子たちのように言っても聞いてくれないタイプだと難しいだろうからね。この時期に言っても、多分、そのまま」と淡々と言ったので、半井君と同じだなと思った。
「前の学校ではそういう話を聞いてないから、私が知らなかっただけなのかな? それとも、問題が起こるところまで行かないんだろうか」
「ああ、それね。あると思うよ。横のつながりがある、親戚が住んでる。助け合っていかないといけない地域だったんでしょう?」と聞かれてうなずいた。
「そうなるとさ、一之瀬みたいなタイプのほうがのけ者にされる。そうすると困るのは自分だから、ある程度抑えるようになっていくんだと思う。性格が悪いと損だから」
「こっちだと違うのかな?」
「中途半端だから無理だって、お母さんに聞いた。新興住宅地がいくらでもできていて転校生が多い。そのために地域のまとまりが弱い。新しい人たちがいくらでも入ってくる状況だと元から住んでいた人たちだってどう付き合っていいか分からないからね。地域によって格差も微妙にあるからね」
「なにそれ?」
「お母さんが言ってたよ。団地とか一戸建てとか、バラバラだからだと思う。それに教育熱心な人が少ないから、のんびりしてるし、悪意のある噂を流すような困った人たちにも、どう付き合っていいか分からなくて、そのままそれなりで付き合っていて、一之瀬なんて裏では結構言われてたらしいね。本人達は知らなかったのかもしれないけど、一之瀬と話していた子が言いふらしたらしくて」
「誰?」と聞いたけれど教えてくれなかった。
「そのせいでやっかみが生まれるのかもね。例えば文房具一つにしても、すぐに買い換える子もいるでしょう? 新しいのを買ってもらいたいのに買ってもらえない子もいるじゃない。おもちゃにしても他のものにしても同じ。そういう部分で妬む子もいるってこと」うーん。
「でもね、それで普通は、いいなぁ……で終わるんだけど、そうじゃない子もいるってことなんだろうね。ほっとくしかないよ。『その子が大人になるまで無理じゃないか』と兄貴に言われた」
「え、どういう意味?」
「うちの場合はそれなりに金があると見えるらしくて、裏で言われるらしいね。でもさぁ、そういうので言われても、私は今更状況を変えられるわけじゃない。その子たちに言われても、どうしようもないから」確かにね。

 結局、三井さんたちはまだ別の場所で勉強しているらしく来ていなかった。
「あの子たち、処分されないんだって」
「ふーん、なんだか、ずるいね」廊下で言っている声が聞こえた。内心はそう思いながら口に出せなかっただけかもしれない。今はその話題で持ちきりになり、結構すごい事を言われているらしくて、でも、碧子さんも桃子ちゃんも話題にするのは避けていた。
「受験優先させてくれ」海星を受ける予定の佐々木君がぼやいていた。
「一つランク下げておけばいいだろ」と周りにからかわれていたけれど、
「嫌だね」と言ったので、
「お前ってがんばるんだな」とみんなに言われていた。
「実際、がんばらないとやばいのは確か」と言って、やっていた。
「落ち着かない、この状況じゃ、俺はやらないね」と保坂君は余裕がある態度だった。
「お前って、やっぱり心臓に毛が生えてるよ」
「バリケードなやつ」と言われていた。

「やだー、それって本当?」とトイレに入っていたら聞こえてきた。ひそひそ話はあまり好きじゃない、でも、逃げる訳にも行かずに、出るに出られなくなって、
「だってさ。ひどいこというよね。洋子」
「あの子の親、夫婦喧嘩が多くて離婚寸前なんでしょう? 例のことで警察が来てたって」
「シー」と言い合ったあと、トイレから出て行った。やっと外に出てから、廊下に行って、また、更に別の話が聞こえた。
「あの子達さぁ、修学旅行で」と言いあっていて、ここぞとばかりに言われているようだった。

 碧子さんのそばにいても落ち着かなかった。
「女子って、結構すごい事を平気で言うんだな」とそばの男子が言っていて、
「仕方ないよ。内緒話が全部出てきてるだけ。内輪で出回っていたのが表に出てきてるだけみたい。今までの我慢がここに来てはじけたのかもねえ」と女の子が言い返していた。
「言わないほうがいいぞ。いつか、自分たちに跳ね返ってくるし」と佐々木君がぼやいていた。この状況じゃ落ち着かないかも。
「反対じゃない。あれだけ嘘を言いふらしておきながら、その親が『うちの子が傷ついている』なんて言うのはちょっとね」
「私も結構言われて」
「私も」とあちこちから声が上がっていた。
「あまり言わないほうがいいんだろうな」と男子が止めていて、
「無理だよ。三井さんたちのことはさすがに目に余ったもの。佐倉さん、よく怒らないね」と聞かれてしまい、何も言えなくなった。

 あちこちで学校名を挙げて、誰がどこを受験するかを言い合っていた。三井さんたちの話題が多いようで、
「おい、女子うるさい」と男子が止めていた。廊下を歩きながら、なんだか忙しないなと思った。一之瀬さんがどこを受験するかを言い合っている男子の横を抜けながら、教室に戻ろうとしたら半井君がいた。
「あちこちの噂がひどくなってるな」と言ったのでため息をついた。
「デマじゃないの?」
「ほとんどそうだろ。問題は言われているのが今までと逆だと言うことだ。あいつらは泣き寝入りしないタイプ。反省しないだろうから怒るだろうな。逆に言われてね」そうかもしれない。
「どうなるの?」
「さあな。そろそろ戻すんじゃないのか。いつまでも、あのままにしておくわけにはいかないさ」そうだろうけれど。
「ただ、デマとしても出所が問題だよな」
「出所って?」
「お前は疎いみたいだな。敵は本能寺にありってことだ」と笑って行ってしまった。信長の敵は……うーん、ということは……。

 ホームルームで先生の耳に入ったらしくて、叱られてしまった。
「そういうことは言わないように」と言われても、納得していない人もいた。
「三井達は、いつ、こっちに来ますか?」と男子が聞いていて、
「明日は一緒にということになっている」と言ったら、あちこちひそひそ言い合っていた。
「変な話があちこち出回っているが、そういうことは言わないように。勉強で大変な時期なのだから、そちらに集中して」
「でも、処分に甘さがあったから、こうなったんじゃないんですか?」と男子が聞いていた。先生が苦い顔をしていた。
「それは、そうだが……」と先生がそれ以上言えなくなっていて、
「それなりの処分をしておけば、違っていたんじゃないですか」とその男子に言われて、
「いや、それは」と先生が言葉に詰まっていた。
「勉強に集中。今はそういう問題を話し合っている時期じゃないわよ」と根元さんに言われていた。
「でもさ。納得できないよ。今まで、結構ひどい事を言われて、面倒になるから抗議しなかっただけなのに、なんであいつらから反対に文句言われないといけないんだよ」と男子が言い出した。
「俺も泣き寝入り」「俺だって言われたよ」
「自分さえ我慢しておけばってところあったかも」とあちこち言いだして、みんなそう思っていたのに我慢してただけなんだと聞いていた。
「静かに。分かった。お前たちの気持ちは分かったから、悪かった」と先生が頭を下げていたので驚いた。
「え、それは……」とさすがの男子も気まずい顔をして顔を見合わせていた。
「こういう事態になったことは俺のせいだな。悪かった」と深々と頭を下げたため、
「顔を上げてください。僕たちは先生にそういう事をしてもらいたくて発言したわけじゃない。そういう気持ちがあったから、聞いてほしかっただけです。彼女達の反省の言葉を聞くまで、みんなは納得しないかもしれませんよ」と本郷君が立ち上がって言った。そうしたら、
「それはあるな」と男子が言い合っていた。先生が考えていて、
「明日、そうしてもらう。そのほうがいいだろうから」と言ってから成績表を配っていた。
「げ、俺落ちた」「俺も」とあちこち言いあっていた。

「俺たちが話し合って出した結論だ」と拓海君が教室の隅で説明してくれて、さっきの本郷君の意見は仙道さんと桃子ちゃん、本宮君、根元さんなどが話し合って出した結論らしい。それで、けじめをつけようと言い合ったらしい。
「そう、それで納得するかな?」
「多分ね。そういう部分ではなし崩しよりはいいと思ってるだろう」そうかもしれないけれど。
「これが反対だったら、無理かもしれないが、クラスのほかの連中はそれで渋々納得してくれると思う。テニス部の時と同じだ」
「え、どういうこと?」
「一之瀬ならそれでも怒るかもしれないが、他の子たちはそういうことはしてなかっただろう? 謝った時点で、渋々だが納得していたからね。ただ、更に問題が重なったら分からないけれどね」うーん、そう言えばそうだったかも。
「みんなは場の空気を読んでいるところがあるから、そこまで強く言わない人も多かったしね。この辺で収めようとか、揉め事は好きじゃない人の方が多かった。攻撃的な性格の人はそれほど多くないと思うから」そう言われたら、そうかもしれないなぁ。テニス部だとそう言えば、一之瀬さんと喧嘩するような人はいなかった。
「だから、謝ってもらえばそれ以上は言わないかもしれないしね。しこりを残したまま卒業するのはみんな嫌だと思うから」と言ったので、そういうのはあるかもしれないなと聞いていた。

 半井君にまたもや、成績表を見て怒っていた。
「呆れる性格だ。まったく、言った分しかやらないというところにのんびりさが見えるな。お前の場合は、負けず嫌いな部分とかないのか?」とにらまれた。
「先生はそういう部分をお持ちで?」と聞いたら、
「やられたらやり返す。それぐらいでなくてどうする」と言ったので、だから、この人は一之瀬さんと喧嘩するんだなと見ていた。
「その何か言いたそうな顔はなんだ?」と聞かれた。
「☆攻撃する者は誰かによって攻撃される」
「☆微妙な言い回しだな。何も言えないな」
「☆なぜ?」
「☆俺は攻撃者ではなくディフェンダーだ 」
「ディフェンダー?」
「守るってことだよ。自己防衛してるだけ。俺は自分から攻撃はしない」そう言われたら、そうだったかもしれない。
「拓海君が言っていたの。クラスのみんなは謝ってもらったら、渋々は納得するって。でも、一之瀬さんが同じ事をされたとしたら怒ったままだと」
「そうだろ。そう考えるから攻撃できるんだろう。普通は自分から率先して傷つけたりはしない。海星はのんびりしてるからね。日本人って、結構フォローしあったりする、チームワークを大切にするところがあるようだから」
「向こうは違うの?」
「人による。誰かが失敗したら自分にチャンスが回ってくると考える人もいるだろうな」そうなのか。
「お前や、学校の人たちはそういう考え方はするやつが少ないと思う。のんびりしてるんだよ。でも、一之瀬達は仲間と言えるかどうかは別にして、今、一緒に話している同士で傷つけあってるところがあるらしいよ。お互いの事を結構言ってるらしいから」
「なにを?」
「鈴木洋子が言ってる」
「え?」
「一之瀬はさすがに身内を言うと困ると思ってるのか言ってないようだが、彼女はそうでもないらしいな。三井と喧嘩した手越は一緒にいなかったときにやはり言っていたようで、その辺の話があちこちで語られている。だから、喧嘩したようだ」
「だから、本能寺?」と聞いたらうなずいていた。
「仕方ないさ。あいつらの場合は自分の事を優先するだろうからね」
「そうなんだ」と考えていた。
「それより、ノート」と言われて慌てて出した。日記のチェックを終えてから、
「前置詞のよく使うものの、主な使われ方は書き出したようだけど、どうだ?」と聞かれて、
「よく分からないの。東から日が昇る。なぜ『form』じゃなくて、『in』?」
「ああ、それね。感覚が違うんだよ。英語の感覚に馴れることが大事かもね」
「感覚ね。よく分からない」
「日本人と違う部分が多いからね。空間のとらえ方、時間の流れのとらえ方が違う。そういう感覚を理解することも大事なんだよ」
「そうなんだ、そう考えたことがないかも」
「仕方ないさ。慣れてないからだと思う。そのうち慣れると思うから」と言われて、そうかな?……と考えていた。
「壁にカレンダーを貼る。前置詞はなんになると思う?」と聞かれて、
「えっと?」と考えていた。彼が部屋の絵を描いて説明してくれた。
「ここでも、ここでも『on』」とあちこちに丸を書きながら言ったので、
「え?」と驚いた。意外な場所に丸を打っていて、日本人の感覚だとありえない位置にも付いていた。
「そういう感覚。『in』はこんな感じ」と言いながらノートの隅に書き込んでくれた。
「どっちになるか迷う場合もあるんだよな。その辺も徐々に覚えておけ」と言われて、難しいなぁと見ていた。
「迷う事はないの?」
「どちらでも使えるという場合もあるからな。『come』と『go』の使い分けは?」と聞かれて、
「説明文は読んだ。でも、迷う」と言ったら、笑っていて、
「そういう感覚を覚えていけばいいさ」と言われて、そう言われても、難しいなと考えていた。しばらく勉強してから、
「そろそろ帰るとするか。罰ゲームの方だけれど」と言われて、
「えー!」と言ったけれど、
「エッセーの方を増やそう」と言われてため息をついた。書かされてはいるけれど、下手だのなんだの、めちゃめちゃ言われているからだ。
「仕方ないさ。慣れていくしかない。読む、書く、聞く、そういうので慣らしていくしかない」
「そうだね」
「ラブレターを書け」と言われて、
「はあ?」と思いっきり呆れてしまった。
「そんなの恥かしくて、あなたに読まれたくない」と言ったら、
「お前、ひょっとして山崎宛にするつもりか? 呆れるなぁ。そんなものは俺も読みたくないぞ。俺宛に決まってるだろ」と言われて、うぬぼれが強いなぁと頭を抱えた。
「卒業式の後に渡せ。俺も渡すものがある」と言われて、
「ボタンならいらないよ」と答えたらにらまれた。
「お前の場合はどうも俺の扱いが悪いな。これだけ尽くしている男心が分かってない」
「さあねえ、あなたの場合は分かりにくいから」と言ったら、笑っていた。

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