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先入観なしで

 この会に来るのが今日で最後だと言う人が何人かいて、お別れを言い合っていた。アダムさんもその一人で、霧さんと楽しそうに話していた。ロビンスさんが来ていて、
「シオーリ」と呼ばれてそっちに行った。隣にいる人を紹介してくれて、
「彼が聞きたいことがあるって」と言われてその人を見た。
「☆霧は一緒に行くと言っている。止めなくて大丈夫か?」と英語で聞かれて困ってしまった。
「☆アダムの事、俺はよく知らないが、知り合いが良くない噂を聞いているんだよ」と言ったので、聞き間違いだろうかと思いながらロビンスさんの顔を見た。彼がうなずいていて、
「ずっと会っていなかったから、知らなかったけれど、霧はアダムを頼りに渡米するんだろう?」と言われて、
「☆そう、だと思う」と何とか返事をしたら浮かない顔をしていた。
「☆気のせいならいいが、多分……」と言葉を濁していた。
「☆何かあるのですか?」と聞いたら、
「☆彼は向こうに恋人がいる。そう聞いたことがある」と言ったので、驚いた。現在完了形を使ったので、
「☆今もいるということですか?」と何とかたどたどしく聞いたら、困った顔をしてから、
「☆そう、だと、思う」と言われて、
「☆どうしたら……」としか言いようがなかった。ロビンスさんも困った顔をしているだけだった。

 霧さんは早々とアダムさんや知り合いと先に帰ってしまい、結局、聞くことも忠告することもできなかった。ロビンスさんと友達もあれ以上は知らないようで、他の人も知らないようだった。浮かない顔をして、座っていたら、
「そんな顔をして、どうしたのよ?」と声を掛けられた。韓国の女の子がそばに座った。
「ちょっとあって……」と言葉を濁した。
「ふーん。あちこち、さよならを言い合ってたわね。あなたの友達とか言う子も、そうだって聞いた。もう来ないらしいわね。あなたも?」と聞かれて、
「それはそうだけれど」と言ったら相手が黙った。
「ふーん」と気に入らなさそうだった。
「どうかした?」と聞いたら、
「せっかく、話せたのにね」と少し寂しそうだったので驚いた。
「そういう顔もするんだね」と聞いたら、
「別に」と途端に元の顔に戻っていたので笑った。
「失礼ね」と言ったので、
「プレーン」と言ったら、
「なによ、それ」と睨んだ。
「先入観無しで物事を見ろと注意されたの。もちろん、先入観というか、知識は持っていたほうがいいけれど、人を見る時はそういう部分をなくした方がいい場合もあると思っただけ」
「何が言いたいの?」といつもの高飛車な態度に戻っていた。
「私ね。自分の事を分かってなかったの」と言ったら、
「そうでしょうね」と馬鹿にするような態度が一之瀬さんと重なって、また笑ってしまった。
「何よ、失礼よ」と睨んでいた。
「あなたを見てると思い出す人がいるの」
「誰よ」とすごい剣幕で聞いてきた。
「彼女は人を見た目で判断していたところがあった。そうして、その判断に偏りがあった」
「私が一緒だと言うの?」と突っかかってきた。
「違う。あなたの状況を私は知らない。あなたが学校でどうなのか、私は知らないもの。でも、このグループでの状況は少しは知ってる」と言ったら黙った。
「その子はね、ある人に言わせると気づかないままいくだろうと言っていた、そうすると成長しないってことになるんだろうね。でも、あなたは違う形になってほしいと思っただけ」と言ったら驚いていた。
「少なくとも人と関わりたい、話したいと思ったからここに来てるんでしょう?」と聞いたら黙っていた。
「だから、今もここに座ってるんだよね」
「あなたに何が分かるのよ……」と怒っていたけれど、最後は声に力がなくなっていた。
「私ね、そういうことも分からなかったの。人にいっぱい教えてもらってばかり」
「そう見えるわ」と決め付けるような言い方に、やっぱり一之瀬さんとそっくりだなと思いながら見ていた。
「あなたのそばにいる人はあなたの様子を見てるだろうね」
「どう言う意味よ」と睨んでいた。
「笑ってほしければ笑った方がいいんだなと思っただけ」
「笑う?」と怪訝そうな顔をした。
「あなたと似ている人はあまり笑っていない事に気づいたの。それで一人の男の子がその人たちは苦手だと言った。笑顔で話してほしいとね」
「ふーん」とちょっと考えていた。
「先入観はなしで話せたら良かったね」と言ったら、相手が考え込んでいて、
「無理よ」と言った。
「そうかな?」
「だって……」と困った顔をしてから、
「いいわ。元気で」と言ったので、
「あなたも」と言ったら、相手が立ち上がった。それから歩き出して、しばらくして振り返り、
「私ももう少し話したかったわ」と言ったので驚いた。
「さっきのこと、ちょっとは考えてあげてもいいわ。あなたがそう言うならね」と言ったので笑ってしまい、
「失礼ね」と言いながら行ってしまった。素直にはなれないタイプなのかも知れないなと見ていた。

 帰る時に半井君の家に寄った。寄るように言われていたからだ。
「元気ないな?」と顔を見た途端言われた。
「上で話す」と言ったらうなずいていた。
「賑やかだね」と部屋に行くまでに言ったら、
「客が来てるからな。いつも、ああだ。さすがに日曜だと逃げ場が早々ないな」と半井君が言った顔を見ていた。

 コーヒーを飲んだ後、ため息をついた。
「言うつもりか?」と聞かれて、
「迷ってる。でも、自分だったら教えてほしいと思うし」
「やめておけ。あいつの責任だ」
「でも……」
「たとえ恋人がいようと、あいつは向こうに行くだろう。確かめないと気がすまない性格だから」と言われて、そうかもしれないなと考えていた。
「だとしたら、よけいなお世話になるぞ」
「でも」と言ったら、
「しょうがないな」とため息をついて、
「俺から言ってやるよ」と言ったので驚いたけれど、
「いいの。これは私が言うよ。私が聞いたのだから」
「大丈夫か?」
「伝えるだけしかできないよね。その後の判断は彼女だと、あなたはそう言うだろうけれど」
「よく分かってきたな」
「違う。楢節さんと同じになるから、多分そうだろうと思って」
「完全に一緒にしてくれているよな。誤解だぞ」
「でも……」
「いいか、その話には立ち入ってはいけない」と言われて、困ってしまった。
「本宮たちと同じだ。当事者同士の話し合いが何よりもまず先だと、桜木が言ったそうだな」
「それはそうだけれど」
「俺も同意見だ。当事者でなければ事情は分からない。第三者が出る幕じゃない。最後にもつれた場合で、相手が助けを求めている時だけ考えてやればいい」
「でも、そんな割り切れないよ。霧さん、楽しみにしていて」
「言ったろ。また、ああいうことになるぞ」と強く言われて、何も言えなくなった。
「俺が言う」
「でも、それは私が聞いたことだから、私が」
「今のお前にその問題を割り切って言えるだけのものはない。俺が言うさ」
「半井君は関係ないじゃない」
「俺が言ったほうがいいと思う。お前だと無理だ」と言われて、困ってしまった。
「桜木と幼馴染がうまくいかなくなった話は聞いたか?」と聞かれてうなずいた。
「あそこの場合は、結構仲良くやってきていた。友達のことが心配だったから、つい、言いすぎただけかもしれないが、そこで価値観が変わってきたために、相手と溝ができてしまったと言われているらしいな」
「そうみたいだね」
「でも、実際は違うらしい」
「どういうこと?」
「昔から、あの子はつい庇ったりする部分があり、再三注意を受けていたにもかかわらず、また、やってしまった。でも、桜木は今度は許せなかった」
「どうして?」
「小学生じゃないからだよ」
「どういう意味?」
「自分も同じような目にあったことがあるらしいな。男子の何人かは経験しているようだ。女子に囲まれてなじられるということをね」
「それは聞いたけれど」
「経験者だからこそ、ああやって間に入ると当事者同士がギクシャクしたりこじれたり傷ついたりすることが分かっていたんだろう。良かれと思ってしていることが大げさになってしまって、却って、当事者の女の子が傷ついてしまったことがあったらしくてね。それで怒ったそうだ。桜木がそう言っていたと聞いたよ」
「あいかわらず地獄耳」
「仕方ないさ。そういうことは噂にはなるからな。お前と霧の場合も距離を置くことが下手だからな」
「そう言われるとそうだけど」
「お前は押し切られてしまう。立ち入ってしまうからね。だから、俺が言うよ。そのほうがいい」
「でも」
「霧は言うことは聞かないさ。普通に言ったらね」
「そうかもしれないけれど」
「それより、用意とかは?」と聞かれて、
「徐々にやってる」と言ったら、
「そうか」と考えていて、
「山崎とちゃんと別れておけよ」と言ったので睨んだ。
「そういう意味じゃないさ。ひとり立ちしろってことだよ」
「できるかなぁ?」
「ほら、弱気だ。『してみせる』と言え」と言われて、
「あなた相手だったらいくらでも言えるんだけど」と言ったら、叩かれて、
「その違いがどうも腹が立つんだよな」と怒っていた。

 半井君にエッセーを読んでもらって添削されていた。
「お前って、どうも弱いよな。仕方ない、書くしかないな。多くの文章に触れて、多くの文章を書くしかないか」と言ったので、
「それって、人との関係と同じだね」と言ったらこっちを見た。
「多くの人の考えに触れて、少しずつ自分の言葉にしていく。そのうち、自分の考えが見えてくるかな?」
「そうかもな。何もないところから、自分の意見なんて持てる訳ないよな。色々な意見を聞き、色々な経験を積み、色々な人に触れ合って、初めて、自分はどうしたらいいか分かってくるのかもな」
「私はその部分が弱かったんだろうね」
「そうか?」
「色々な人に心配はかけていたけれど、人に合わせることばかりに必死で自分の意見とか考えている余裕がなくて」
「そんなの結構多いんじゃないのか? 余裕がないやつなんて多いだろうし、わがままなやつも、いくらでもいるだろ。俺も人のことは言えないね」と言ったので笑った。
「失礼なやつ」
「あなたは色々な経験があるから、私より周りのことが見えるのかもしれないね」
「そうでもないさ。お前が言ったんだろ。色々な考え方があるってね。経験なんて人それぞれ、気になるところも人それぞれ違うから意見が違って当然だろ。そういう部分をどう話し合って解決していくかということだろうな。『向こうの意見ばかり通って面白くない』って裏でぼやいていた女の子達がいてね。俺は好きじゃなかった。『言いたいことが言えない雰囲気だろうとなんだろうと、言えばいいだろ』って思ってたけどな。でも、お前と知り合って少しは変わってきたんだろうな、俺」
「どうして?」
「言い出せないやつの気持ちなんて分かりたくもなかったけど、結構、『あれこれ考えすぎて言えないやつもいるんだろうな』とは思ったね。でも、お前の友達のあのお嬢様はちょっと意外だったな」
「どこが?」
「結構、ちゃんと自分の意見があるんだなと思った。予想外だからな。橋場とくっつくことが特に」
「あなたまで、そんなこと」
「でも、見た目や条件の良さで選ばない子もいるんだな。そういうことはわかってなかったかもな」
「どうして?」
「どこかで冷めた目をしていたからな。だから、ちゃんと見てなかったのかもしれない。お前に話した例の事件の相手も最初は先入観を持ってお互いに誤解していたからね。でも、彼女に言われた言葉は意外だった。責めなかったからね。そういう相手に出会えて、俺は良かったんだと思ったよ。お前に出会えたこともね」と真面目に言われてびっくりした。
「でも、それは……」
「お前に出会えなかったら分からなかったことが多かったな。実際に聞いてみないと分からないことがあった。自分で勝手に予想したり、勝手に決め付けていた部分があったよ」
「あなたが?」
「ああ、そうだな。予想を裏切る事は結構起きたからね」と笑ったので、
「どういうことがあったの?」と聞いたら、私を見ていて、
「人を好きになるなんて、この俺に起こることはないと思い込んでたから」と言われて、そう言われても困るなぁと、目をそらした。
「例のものは書けたか?」と聞かれて、
「無理だよ。好きでもない相手に書けないよ」とぼやいたらにらまれた。
「だいたい、好きな相手にも書けそうもないよ」
「山崎にもか?」
「書きたいことが多すぎて書けない」
「俺は?」
「書きたいことが思いつかない」と言ったら頭をこづかれて、
「痛いよ」とぼやいたら、
「その扱いは不当だよな。あいつとどこが違うというのか」とぼやいていて、
「だって」と言ったら、
「お前は俺の事を分かってくれてないよな」と睨んでいた。

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