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卒業

 みんなが卒業ソングを歌っているのが聞こえた。黙って聞きながら、この中の誰とも会えなくなるんだなとぼんやり考えていた。
「でもさ、やっぱり、卒業式だとこの歌が」
「俺、あっちの歌の方がいいね」と言い合っていた。
「半井君の住所、教えてもらえなかった」と美菜子ちゃんがぼやいていた。
「詩織ちゃん、向こうで会うこともあるんでしょ?」と聞かれて、あいまいにうなずいた。
「手紙出すから渡してね」と言われて、そう言われても読みそうもないなぁと考えていた。
「そう言いながら、高校に行ったら、カッコいい男に鞍替えするね」と保坂君が笑った。
「商業高校だと男子が少ないの」と美菜子ちゃんがぼやいていて、
「じゃあ、近くの高校の男子にしておけ」と佐々木君がからかっていた。
「佐倉の青い目のボーイフレンドがどうなるやら」と言われて、
「そうか? あいつが近づけさせないと思うけどね」とそばにいた桜木君が笑った。
「山崎か? むこうでも束縛、過保護できるのか?」と佐々木君が笑ったら、
「そっちの意味じゃないけどな」とそばにいた谷垣君が意味深に笑っていた。ばれてる……困った。
「いいんじゃないの。別にね」
「市橋受かったら、林原とお付き合いね、いいよな、お前。春がいっぱい来て」
「spring has come」とつい言ってしまったら、
「絶対に来る」と保坂君が笑っていた。

 碧子さんと桃子ちゃんと話していて、仙道さんが桃子ちゃんを呼びに来て行ってしまった。
「なんだか、色々ありましたけれど、詩織さんと話せて良かったですわ」
「碧子さんはどこに行ってもちゃんと自分の考えを見つけ出せそうだね。うらやましい。私はまだまだ流されそうだ」
「そうですか? でも、色々な人がいますわ。助けてくれる人もいるし、一緒に考えてくれる人もいるし、お互いに足りない部分を教えあっていければいいのではないかと」
「橋場君は優しそうな人だもの。こっちの先生は厳しいからなぁ」
「あの方の厳しさは優しさの裏返しですわ」
「そうかもしれないけれど、言葉が優しい方がいいな」と言ったら笑っていた。
「高校に行ったら、料理を少しはやらないと」と碧子さんが言ったので、
「どうして?」と聞いた。
「私もちゃんと特技を見つけないといけませんから」
「上品だし、優しいし、色々習っているじゃない」
「お稽古事は自分でやりたいと思って始めたものがありませんの。だから、自分でやりたい事を探したくて」うーん、そういうことか。確かに大変かも。
「特技か。何もないなぁ」
「英語は上達したんじゃないんですか?」
「難しいと思うよ。中々身に付くものじゃないって脅されてるし」
「でも、楽しそうに会話してらっしゃいますよ」
「不毛な会話だよ。喧嘩してばかり。同じ内容を繰り返しているだけだなぁ」
「でも、言葉がすぐに出てくるのは素敵ですよ」
「半井君の真似だもの」
「そういうところから覚えていくんでしょうね」と言われて、まだまだ先は長いなぁと考えていた。

 体育館の中ではざわめいていたけれど、先生が席につきだしてからは徐々に静かになっていった。練習と違って、やはり本当の卒業式はなんだか違っていた。今日で、この学校の生徒じゃなくなるんだというのはちょっと感慨深かった。一之瀬さんとか色々ありすぎて、最後までばたばたしていたせいで、考える時間もなかったけれど、さすがにしんみりしてしまった。
 式が始まって、何度か立ったり座ったり、先生の話を聞きながら、男子もさすがに寝ていなかった。
 最後の方になってくると、さすがにすすり泣く声が聞こえてきた。「あおげば尊し」の辺りにはかなりの人数が泣いていて、さすがに私もしんみりとなった。拓海君ともう会えなくなるなと考えていた。
 式が終わったあと、かなりの人数の女の子が泣いていた。意外にも、
「三井が泣いている」と言ったので、そっちを見たら、三井さんが泣いていて、根元さんに肩を叩かれていた。あちこちの女の子が泣いていた。更に意外だったのは、
「一之瀬の涙、初めて見た」と男子が言ったので、そっちを見たら、彼女まで泣いていた。そばにいた女の子達の泣いていて、もらい泣きだろうかと見ていた。

 教室に戻る間、泣いている子もいれば、けろっと笑い顔に戻っている子がいて、
「これでお別れなんだな。この教室とこの学校とさ」とそばの男子が言っていた。
「佐倉、アメリカのどこの学校?」と何度目かの質問を聞き流していた。半井君の命令で、学校名を教えていなかったからだ。前は決まっていないとはぐらかしていたけれど、最近は何も答えていなかった。
「半井の学校。海老なんだって」とそばの男子が笑っていて、
「海老?」と聞き返した。
「『シュリンプ』って学校名」と言ったので、むせてしまった。
「あれ、違うのか? 半井自身がそう言ってたらしいぞ。海老だってさ」わざとふざけたんだろうなと思って、あえて訂正しなかった。

 先生が教室に来たため、みんなが席についていた。一人一人に卒業証書を渡して、その後、言葉を言ってくれた。
「今日でお前らとは最後になる」と言われて、女の子がうつむいている子がいた。
「色々あったな。井尻、三井」と言われて、みんなが笑っていた。
「みんなとこの場で会うことは最後になるが、色々あったことは忘れないと思う」
「やだー」と三井さんが言って、
「お前の事は忘れてやるから安心しろ」とそばの男子と言い合っていた。
「みんなに取っては、これからも勉強は続く。進む進路は違っていても、それは同じだ。ここで学んだ事を糧にして、進んで行ってもらいたいと思う」それから色々言っていたけれど、そばにいた三井さんがうるさくなって聞こえづらくなった。
「三井」と先生に呼ばれて、
「え、やだ」と言って、ケラケラ笑ったあとにやっと静かになった。
「反省って、お前に辞書にないのか?」とそばの男子に聞かれて、
「ない」と別の男子が答えていて爆笑になっていた。ちょっと馬鹿にするような雰囲気があったのに、「やだー」と三井さんがうれしそうだったので、やっぱりその感覚が分からないなぁ……と見ていた。

 先生と一緒に写真を撮っている子も何人かいて、みんなと写真を撮りあっていた。その後、話をしていて、
「タク、ちょっと」と桃子ちゃんが拓海君と外れたところに移動していた。
 碧子さんと話していたら、橋場君が近づいてきた。
「橋場さんが来ましたので、これで。お元気で、お手紙お待ちしてますわ。英語は苦手なので日本語でお願いしますね」と言われて、
「そうする。碧子さんも元気でね」と手を振って別れた。橋場君と楽しそうに寄り添うように話していた。
 
「ちょっとひどいと思う」と前末さんが怒っていた。
「せっかく、勇気を振り絞って言った言葉を、そうやって受け止めずに帰るのはひどいよ」と言われて、拓海君が困った顔をしたあと、
「じゃあ、どうすれば良かったと言うんだ?」と聞いていた。
「詩織が言われた言葉は俺も怒ってるからな。あれだけの言葉を聞き流せる訳ないだろう。『行ける学校がない、余程駄目のようだ。俺が付き合ってるのは要領が悪すぎて、ほっとけないからだろう。俺とはつりあってない。裏で抜け駆けするのが得意』お前たちが言った言葉だろう。容姿のこととかひどい事も言っていたようだし、俺の耳に入ってきてないのもいくらでもあると思うけれど」と拓海君が睨んでいた。
「それは……」とさすがに前末さんが困った顔をした。
「言われた方がどれだけ傷つくか、想像したことがあるのか? 言われた人の身になって考えたことが一度でもあったのかよ」と聞かれて、後ろにいた手越さんがうな垂れていた。
「だって、それは……」と前末さんが何か言おうとしたら、
「あいつらがああ言い出した理由、お前も知ってるじゃないか。半分は一之瀬や小山内などのやっかみ、テニス部がらみ。残りは俺と付き合ってるのが面白くないと思っていた宇野が言い出したことだ。そうして、想像だけで勝手に決め付けて言いふらしてたようだな。言われた方がどれだけ嫌だったか考えたことがあるのか?」と聞かれて、さすがにその場にいた人が黙った。
「それに俺はどうも駄目だ」と拓海君が言ったために、
「なにが?」と前末さんが怪訝そうにしていた。
「『うらやましかった』と言ってたよな。昨日、『かばってもらえるのがうらやましかった』と言っていた。それって、俺を好きだと言う気持ちと違うと思う」
「どう言う意味?」と前末さんが聞いた。
「かばってもらえる、詩織の立場がうらやましかった。その立場に憧れていただけだってことだ」と言われてみんなが黙った。
「そう言われても俺が困る。気持ちを受け止めることはできない。詩織があれだけあったからよけいだ。それから、前末。お前は帰ってくれないか」と言われて、前末さんが唖然としていた。
「大事≪おおごと≫にしたくない」と周りを見回した。あちこち、遠巻きにひそひそ言われていた。
「こういう日に、語り草になるような噂話になるような話し合いはしたくない。俺と手越には困るから」と言われて、
「そんな」と前末さんが怒るような顔をしていたら、
「前末、やめろ」と桜木君達が離れたところにいて、そばに本宮君がいた。
「前の時にね。ちゃんと話し合いたいとは思っていた。ただ、教室で碧子さんまで巻き込んで、却って噂になるような結果になって、円井さんには気の毒な結果になったと思うから、そっとしておいてあげてくれないか」と本宮君に頼まれて、渋々、前末さんがうなずいていて、離れて行った。そばには手越さんと友達だけが残っていた。
「悪いけれど、ここまで聞こえてしまったよ。それに気になったから言わせてもらうけれど、君も、ちゃんと考えてあげたほうがいいよ。君が山崎に憧れていたのか、守ってもらいたかったのかはよく分からないけれど、でも、山崎の気持ちの方も考えてあげてほしい。本当に好きならそういうこともできるはずだよ。好きな相手の立場を分かってあげないと」と、本宮君に優しく言われて、手越さんが驚いていた。
「自分が好きな相手の事を悪く言われたら、悲しいだろう? そういう事を言った相手をすぐに許せるかと言ったら、俺も許すのは難しいと思うよ」と優しく言われて、手越さんがうつむいていた。

 拓海君が戻ってきて浮かない顔をしていた。
「大丈夫だったの?」
「今度は前末が来て、結局、桜木と喧嘩してた」
「え?」
「一緒に帰りながら喧嘩してた。幼馴染って色々だ」うーん。
「本宮が代弁してくれて、何とか収まったけれど、どうも、苦手だ。詩織の立場に憧れていた。円井さんと同じだな」
「どういう意味?」
「その立場がうらやましいんだよ。俺が好きだったのかどうかが分からない」
「好きだったと思うけれど」
「だったら、その相手が嫌がってる事を平気でするのはちょっと」
「そういうことが分からなくなるぐらい、好き?……とか?」
「さあなぁ。俺は苦手だ。気持ちがどうしても理解できない」私も同じだなぁ。
 一緒に帰りながら、
「今日で、こうやって帰るのが最後だな」と言われて、ちょっとしんみりしていた。
「色々ありすぎて大変だったよな。部活もクラスも結構色々あったし」
「今度は優等生が多いから大丈夫でしょう?」
「そうでもないみたいだぞ。確かにできがいい人は多いけれど、その中でも差が出てくるし、ライバル扱いしてくる人もいるだろうし」そう言われたらそうかも。
「お前と同じだよ。新しい環境になるのはね」
「そうだね」
「ちょっと心配だな」
「そう言われてもね」
「別の意味でも心配だ」
「どうして?」
「絵のモデルはやるなよ」
「そう言われても、あの人は強引な先生だしね」
「連絡先は教えてないみたいだな」
「寮になるから、学校名教えてなかったみたいだね」
「でも、お前の家にも遊びに行くんだろう? 学校って、そんなに離れているのか?」
「車だとそんなに掛からないって」
「車?」
「免許を取るんだって」
「早いな」
「そうだね。お坊ちゃまは違う」
「お坊ちゃま?」と拓海君が聞いてきたので、
「ああ、いいの」と、慌ててごまかした。
「お前の学校名は呼びにくいよな。シェンブルンだっけ?」
「シェンブルーム」
「海老よりはいいよな」と、拓海君までが知っていたので、
「海老ねえ……」と笑うしかなかった。

 家に帰ってから、一緒に卒業証書を持って写真を撮ってから、くつろいでいた。卒業アルバムを2人で座って見ていて、
「詩織」と呼ばれて拓海君を見たら、
「卒業、おめでとう」と言って、おでこにキスしてくれた。
「拓海君って、そういうことを平気でできちゃんだね」
「そうか?」
「照れたりしないのかな?」
「しない。誰もいないし」と笑っていて、
「お前は恥かしがり屋だよな」と言いながら、頬に手を置いてきてキスしていた。

 ソファに座りながら、今後の予定を教えていたら、拓海君が髪をなでていた。
「離れちゃうんだな。寂しくなるな」と言われて、拓海君にもたれた。
「詩織がそばにいないと俺が寂しいよ」と言われて驚いた。
「拓海君が?」
「当たり前だろう? 俺の方が駄目かもな。お前とそばにいるのが当たり前だったのに、いきなりいなくなるって寂しいぞ。置いていかれたほうはね」
「そう言われたらそうかも。でも、お互い、環境が変わって、それどころじゃないかもね」
「そのほうが気は紛れるかもしれないけどね。俺は無理だな。詩織がいないとね」と言いながら、肩を抱き寄せていた。
「そう言われると困る。なんだか、離れたくなくなる」
「行くな」
「そう言われても」
「行くなって言いたくなる、お父さんの気持は分かるな」
「私も離れたくないな」
「最初からそう言えよ」
「でも、強くならないと困るものね。ああいうことが起きたら、困るし。ああいうやっかむ人って、なんにでもやっかむのかな?」
「そうだろうな」
「強い人には行かないんだろうね」
「強い人がいると、それに立ち向かっていくやつもいるぞ。俺みたいにね。根元も同じだから」そう言われたら、そうだな。
「詩織がいなくなったら俺のほうが駄目だな」
「なぜ?」
「そばにいたいから。お前はつくづく分かってないな」と言われて、拓海君にもたれて考えていた。
「そばにいてこうやって話しているだけで落ち着けるんだよな。そういうことができなくなるって、やっぱり寂しいと思うから」
「そう? あまりデートしてないから、実感がない。ただ、拓海君が教室にはいないんだ……とは思うけれど」
「そうだよな。他の人とも会えなくなるわけだけど、でも、そっちはそれほどでもないんだよな」
「え、そういうものなの?」
「いつかまた会えるだろうと思ってるしね。ずっと、そばにいてほしいのは詩織なんだし」うーん。
「拓海君は私のどこが好き?」と聞いたら、
「俺が付いていないと危なっかしいところかな」と言ったので、
「もう」と拗ねた。
「後は、そうだな。よく笑ってくれて、こうやって話していて、なんだかほっとするから」
「それはあるね」
「詩織だけ、どうして違うんだろうな」と言われて、
「拓海君の声を聞くとほっとするのはどうしてだろうね」と私も言った。
「俺も同じだけどな。高校はバイトできそうもないからな。大学まで待っててくれよ」
「なにが?」
「そっちに遊びに行くから」
「え、だって、お金掛かるよ」
「分かってるよ。心配だから見に行きたいけどな」
「拓海君と一緒に遊びに行けるように語学の勉強しないとね」
「車は運転するなよ。危ないから」
「そんな余裕はないの」と言ったら笑っていた。

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