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重い言葉

 卒業式の次の日に、半井君に呼ばれて仕方なく家に行った。
「拓海君とデートしたかったのに」と玄関を開けてくれた時にぼやいたら、
「第一声がそれかよ。生意気」と怒っていた。
「先生とは嫌でも会えるから、今度にしてよ」
「お前の場合はすぐにそれだな」
「終わったら、会おうって約束してるから、早めにお願いします」と言ったらにらまれた。
「山崎の発表まで遊ぶ気か? 勉強は?」
「しばらく休ませて。家でやるから」
「ふーん。仕方ないか。残り少ないしね」と言いながら二階に上がった。
「あいつらも泣いてたのは驚きだよな」と言いながら、コーヒーを持って半井君が戻ってきた。
「あいつらって?」
「卒業式で霧は泣いてたけど、すぐ泣きやんだ。でも、三井とか矢井田とか泣いてた」
「なるほど」
「結局、一連のことは大丈夫のようだったけれどね。あいつら、あれだけやっておきながら最後は慌てふためいていたらしいよ。男子がそう言ってた。廊下でぼやいていたらしくて」
「ふーん」
「ああいう事をすれば、その後どういうことになるのか……そこまでの想像力が欠如してるんだろうな」
「よく分からない」
「俺も同じだな」
「それより、用件はなに?」
「山崎って、女の子とトラブル起こしたのか? 前末たちに囲まれていたらしいな」
「ああ、違うの。手越さんって言う女の子が卒業式の前日の朝に私に謝ってくれたの。わだかまりは残っていたけれど渋々謝罪を受け入れたという形で終わったんだけれど、その日の帰りに拓海君に告白しようとしたから、怒っちゃったの」
「俺なら、逃げるね」言うと思った。
「ちょっと、むしが良すぎるな。その子、お前のことをあれこれ悪く言っていた子だろ。自分は謝ったから、今度は告白か。それならトラブってもしかたないな」
「それで、結局、本宮君がなだめてくれて、桜木君が間に入ろうとした前末さんと喧嘩して、それだけ」
「なるほどね。そういう事だろうと思ったけどな」
「『もっと早く謝ってくれたら違ってた』と拓海君は言っていたけれど」
「違うだろ。その子は卒業前に心残りを一気に片付けたかっただけ。お前たちの気持ちなんて二の次だな」
「え?」
「俺にはそう見えるね」
「シビアだなぁ」
「だって、そうじゃないか。結局、自分の気持ちを優先してるだろ。山崎にしてみたら、朝、謝罪したその口が下校時間に告白する。それって、ちょっとな」そう言われたら、そうだな。
「散々、自分の彼女をこき下ろした同じ口が告白するんだぞ。俺なら嫌だな」
「あなたは手厳しいね」
「仕方ないさ。十分反省したのなら分かるけど、同じ日に言うのは無神経だね」そう言われるとそうだけど……。
「それで、また、前末がしゃしゃり出てくるのがよけい困るんじゃないのか?」
「桜木君と喧嘩しながら帰ったらしいけれど」
「ふーん。また、復活したのか?」
「よく分からない。『幼馴染って色々な形がある』って拓海君がしみじみ言ってただけで」
「なるほどな」
「それより、先生、用は何?」
「せっかちなやつ。そんなにあいつに会いたいのか?」と聞かれて思わずうなずいたら、睨まれてしまった。
「待ってろ」と、半井君はどこかに行ってしまった。
 部屋でボーとしていたら、戻ってきて、大きな紙包みを持っていた。
「佐倉」と呼ばれて、
「なに?」と聞いた。
「渡すものがあるから立ってくれ」と言われて渋々立ち上がった。
「☆佐倉詩織。あなたは何とかがんばって英語の勉強をしたので、その努力だけは認めることにして、ここに、卒業の記念品を贈りたいと思います」と英語で言われて、
「半分しか聞き取れないよ」とぼやいたら睨んでいた。
「☆おとなしく聞いてろ。それで、この絵は、特別に時間を掛けた自信作だから、大事にしろよ」と言って、紙包みから絵を取り出していた。
「はい」と渡されて驚いた。
「すごい」綺麗な絵だった。私が笑っている姿で、いつ描いたんだろうと驚いて半井君を見た。珍しく優しい顔をしていて、
「☆お前と出会えてよかったと思う。そうでなければ、俺は違った道を歩んでいただろう。そして、今、自分の気持ちに正直に言うよ」と言われて、早口だったので、さすがに聞き取れなくて、
「ごめん、聞き取れない」と困っていたら、
「☆他の誰よりもお前を大切に思う。……愛してる(I love you)」と言われて、びっくりした。さすがに何も言えなくなって、半井君がそばに寄ってきて、抱きしめてきたので、
「えっと、あの……」と戸惑っていた。困った、えっと、どうしたらいんだろう?……と考えていたら、体を離してくれて、でも、頬に手をおいてから、
「☆笑っているお前が好きだな」と言ってからキスしてきたのでびっくりしてしまった。でも、絵を持っていたので、とっさに抵抗できずに離れようとしたけれど、手で押さえられてしまった。かなり経ってから、やっと離してくれて、
「あの……」と何が起こったか分からなくてぼんやりしてしまい、
「詩織」と優しい声で言われて、
「あの……困る」と言ったら、
「素直な気持ちを打ち明けただけだ」
「でも、そんな、あんな……」
「好きだから」と今度は日本語で言われて、思わず顔を見た。
「さっきの言葉は……」
「ああ」
「あれって、だって、そんなにすぐには言わないって……重いって……」
「言いたかっただけだ。伝えたかっただけだから。絵とともに受け取ってくれ」と優しい顔で言われてしまい、戸惑ってしまった。

 部屋でぼんやりしていた。彼はどこかに行ってしまったため、絵を眺めていたら、彼が戻ってきた。
「どうした?」と聞かれても何も言えなかった。
「そういう顔をするな」と言われても何も言えず、
「そんな顔をしてほしくて気持ちを伝えたんじゃないぞ」
「でもね。私はあなたの事を、そういう風には思えない」
「だったら、それでいい。今は、それでね」
「でも、あなたとはこれからも接していく訳だから、どうしていいか」
「今までと変える必要はないさ。あのお嬢様もそうだったろ」
「そうだけど」
「思いを秘めたままにしているやつもいると思うけどね。手紙渡してきた子もいるし、告白もされたけどね」
「昨日?」と聞いたらうなずいていた。
「何度も聞かれたよ。『学校はどこ? 住むところはどこ?』と聞かれた」
「だからって、『海老』と教えなくても」
「『海老』と読んだのは俺じゃない。だから、便乗しただけ」と言ったので、この人は……と呆れて見てしまった。
「それでいいさ。英語で喧嘩して仲がいいんだよ。俺たちはね」そうかなぁ?……と考えていたら、半井君がうれしそうに笑っていた。

 ラブレターを渡したあと、一度家に帰ることにした。
「綺麗な絵だね。どこに飾ろうかな」
「日本に置いておくのか?」
「そのほうがいいと思う。この絵の場所はあそこの方が似合うから」
「そうかもしれないな。新しく描けばいいか」と言われて、
「言うと思った」と呆れていたら、
「さてと、ゆっくり読ませてもらわないと」半井君がうれしそうにラブレターをひらひらさせていた。
「先生宛なんて初めて書いたから」
「なんだか心配だよな。読みながら怒りそうだ」
「先生は厳しいからね。内容で却下しないでね」
「ラブレターは内容が重要なんだよ」と笑っていた。

 家に戻り、絵をとりあえず置いてから、拓海君に電話をかけて、
「終わったのか?」と聞かれて、ちょっとさっきの事を思い出してしまった。
「なんだか、疲れた」
「ふーん、卒業しても授業があるって大変だな」
「いいよ。どこに行こう?」
「そっちに行くよ」
「外に出かけないの?」
「それでもいいよ」と笑ってくれてほっとしていた。

「まったく」と半井君はソファにくつろぎながら笑っていた。手紙を読みながら、
「全然駄目だな。まだまだ教えないと。どう考えても、日本語から書いたんだろうな」と言いながらため息を付いていた。
「俺が人助けをするようになるとはね」と言いながらぼんやりしていた。

「拓海君のそばだと眠くなる」
「誰といても同じだろ」と笑っていて、一緒にお茶を飲んでいた。
「爺ちゃんもそんな顔するなよ」とおじいさんを見た。
「詩織ちゃんが引越してしまうからなぁ。寂しくなるなぁ」と言われてしまい、なんだかしんみりしていた。
「詩織の手紙見せてやるから」
「えー、ちょっと恥かしい」と拓海君と言い合っていたら笑われてしまった。
「そうやっていると、あのころを思い出す。詩織ちゃんが泣きながら拓海とくっついていて、一緒にお風呂に入って、それは楽しそうで」とおじいさんがうれしそうに懐かしそうな顔をしたけれど、
「えっと、恥かしいからやめてください」
「子供ならいいだろ」と拓海君が笑っていた。
「お別れの日に一緒にお布団に寝るか? あの頃のように語り合うのもいいよな」と言われてさすがにむせてしまった。
「詩織はうぶだなぁ。女の子の方がそういうところは耳年増だと言うのに」
「無理だよ。碧子さんとはそんな話は」
「だろうな。それより、明日はどこに行こうか」と言い合っていた。

 近くだと言うのに家まで送ってくれて、
「拓海君の過保護」と笑ったら、
「仕方ないだろ。転んでビービー泣くといけない」
「もうそれほどは転んでないもの」
「痣はあちこちにできるくせに」
「もう」と拗ねていた。
「もう大丈夫そうだな」と言われて、
「え、どうして?」と聞いた。
「元気がなかったからな」
「色々ありすぎただけ」と言ったら、
「そうだよな」と拓海君がしみじみ言って二人で笑っていた。

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