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合格発表

 拓海君と一緒に出かけることにして、バスに乗りながら話をしていた。
「おばあちゃんが越してくる予定だったけれど、遅れそう。予定ではもう来てるはずだったんだけれど」
「そうか……」
「私が先に向こうに行くことになりそう」
「いつ、行くんだ?」
「拓海君達が高校に行くぐらいだね。半井君はもっと早く行く予定だし」
「なんで?」
「学校に早めに編入するって聞いた。単位とかはどうするのかは知らないけれど、慣れておいたほうがいいからって」
「ふーん、なるほどな」
「お金持ちの子が行く学校だから安心なのかと思ったけれど、色々あるかもしれないって言ってた」
「お金持ちの学校なのか? あいつ、すごいな。じゃあ、噂どおりのぼんぼんなんだな?」と聞かれて黙っていた。
「あいつと何かあったのか?」と聞かれて、
「何もないよ」と窓の外を見ていた。
「詩織のその分かりやすさが困るな。しょうがないよな。好きだと言われたのか?」と聞かれて驚いたけれど、顔を見るのをやめたら、
「当たりか。桃が桜木たちに聞いたらしいな。半井が体育館で言っていた内容。それで、『宣言してるようなもんだよな』と言っていたらしいけれど」うーん。
「それも当たりか。なんて言ったんだよ」
「えーと」
「分かってるんだろ。聞き取りはできるようだからな」
「そこまでは無理。短いフレーズでやっとだからね。しかも人によっては癖があるから、分かりにくい人もいるし」
「そんなに違いがあるのか?」
「それはあるよ。日本語を知っている人と話すのと違いはあるし」
「ふーん、それで?」と聞かれて、ため息をついて、
「教えないといけないみたいだね」と言ったら、
「気になるに決まってるだろ。あの後、女の子が『分からない』とわめいていた。疎外感があるからなぁ」
「そう言われても練習していただけだもの」
「面白くないのはあるさ。女の子にしてみたら、お前はライバルなんだから」
「そう言われても」
「でも、そう思いたくないからああいう噂を流したりするって、桃が言ってた。俺は良く分からない」私も分からないなぁ。
「それで?」
「体育館の方は、どうして学校名を教えるんだと怒られただけ。『内緒にしていたのに』とぼやいていて」
「それだけじゃないだろ」とにらまれて、仕方なく、
「俺の彼女はお前……と言うような事をちょっと……」
「なんだと」と怒り出した。
「それで、昨日は?」と聞かれて仕方なく絵を受け取った事を説明した。
「例のやつか?」と聞かれてうなずいた。
「なるほどな。後で確認させろ」とにらまれて、
「だって、怒らない?」と聞いたら睨んでいた。
「拓海君、ほら、笑って笑顔で話そうね」と言っても機嫌が悪そうだった。
「それだけであれだけ、ため息をつくのか?」と聞かれて、
「ごめん」としか言えなかった。まさか、ああ言われると思っていなかった。この間の向こうでの話もびっくりする話だったけれど、昨日はあの言葉を使うことに驚いていた。彼は何を思って、ああいう言葉を使ったんだろう……?
「そんなに何か言われたのか?」と心配そうに聞かれて、
「大丈夫。碧子さんも普通にしてたものね。私も拓海君が大事だし」と言ったら、
「ちょっと心配だな。あいつ、向こうで色々してきそうだな」と言われて、
「そんな暇はないと思うよ。お互いにね」と言ったけれど、
「ちょっとなぁ」と気に入らなさそうだった。

 2人で歩きながら、
「詩織とこうやって歩くと楽しいものだよな。ずっとそばにいてほしい」と言われてしまい、何も言えなかった。
「一緒にいたいよ。ずっとね」
「でも、高校に行けば会えなくなっちゃう人も多いと思うよ」
「他の人とは違うさ。戸狩とはライバルになるわけだし」
「そういうものなの?」
「無理して受けているのは俺とももう一人いるよ。戸狩はほぼ大丈夫、ミコは確実と言われているけれど」
「そう」
「詩織は大丈夫なのか? いきなり英語になるんだぞ」
「ヒアリングは難しいね。聞き取りって難しいと思った。半井君はゆっくり話してくれるから何とか聞き取れる。でも、多分、最初は無理だと思う」
「そうか」
「でもね。幼稚園児だと思えって」
「なんだよ、それ」
「聞き取れないのが当たり前。むしろ、言葉を覚えて通じたら喜べばいいし、駄目だったら、まだまだだなと思うだけでいいって」
「ふーん」
「挫折する人も何人かいるらしいよ。聞き取りだけじゃなくて、言葉が通じないってことにね。発音、アクセント、人によっては通じないだろうって。相手が親切で優しければ何とか聞いてくれるけれど、それほどでもなかったら、それなりだって」
「それはあるかもな。同じクラスでも話さないやつもいたからな」
「そうだね」
「やっぱり心配だよな」
「拓海君もがんばるんでしょう? なら、私もがんばるから」
「そうだよな。お互い、自分の場所でがんばらないとな。あの人に怒られそうだし」
「あの人って?」
「楢節さん」と笑っていた。

 合格発表まで一緒に過ごしていて、発表の日は緊張していた。電話を待っていて、やっと掛かってきた時は慌てて出てしまった。
「あの」と言ったら、明るい声で、
「受かったよ」と言ってくれたのでほっとした。

 歩きながら何度も、
「良かったね」と言ったら笑っていた。
「戸狩たちからも電話がかかってきたよ。あちこち色々話をしていたけれどね。駄目だったやつも何人かいるそうだ」
「そう」
「桃もミコもそういう話はいくつか聞いたようだ。戸狩も知っているみたいだけれどね」
「そう」
「恵比寿は受かったけれど……」と言葉を濁していた。
「なに?」
「保坂は駄目だったようだ」
「佐々木君は?」
「さあな、それは聞いてない。駄目だったやつは少ないから、噂になっていないなら多分大丈夫だろう」そうか、あれだけ自信満々だったけれど、駄目だったんだなと思いながら歩いていた。

 彼の家に行って、家族に挨拶していて、さすがにちょっと恥かしかった。
「龍二は部活があるからいないけれど」と拓海君が言いながら、
「何度も話は聞いていたんだよ」と拓海君のお父さんが笑いながら話しかけてくれて、なんだか恥かしかった。色々話を知っていて、部活の話や色々話したあとに、拓海君の家を出た。
「うれしそうだったよな。親父も母さんもね」
「そう?」
「詩織の両親には会っているから、こっちも会ってもらいたかったからな」
「なんだか、恥かしかった」
「いいだろ。親にちゃんと紹介したかったから」と言ってくれてうれしかった。
 公園に移動して色々話をしていた。
「桃が驚いていたよ」
「なにが?」
「詩織が変わったからね。碧子さんと言い合っていたようだ。詩織が発言するようになったし」
「そう? 噂されてばかりだね。三井さんにも一之瀬さんにも」
「ああ、そう言えば噂になってるな」
「なにが?」
「三井の番号がなかったらしい」
「何のこと?」
「受験。三井の受けた学校はギリギリ、もしくは無理かもしれないのに受けているやつが何人もいる。三井の番号はなかったと噂になっているそうだ。一之瀬も同じだ」
「え?」
「一之瀬は最初から無理じゃないかと言われていたらしいからな。水沼は遠いため、無理して刈穂を受ける人も多いらしいと桃から聞いた」
「そう」
「俺もがんばらないといけないよ。多分、相当がんばらないと」
「どう言う意味?」
「下のほうになるだろうからね」
「え、でも」
「学校でもトップクラスの連中が来ている。無理して俺みたいに受けているやつもいるだろうけれど、学力が高いできるやつが集まっている中でがんばらないといけないからな。俺は学級委員していないし、ミコのように生徒会役員だった訳じゃない。だから、がんばらないとな」
「そうだったね」
「仙道は嵯峨宮だし、本郷だって、同じだ。根元は梅山に決まったようだしね。本宮は内申が足りないから、嵯峨宮だしな」
「そう」と考えていた。

 家に送ってもらって部屋でくつろいでいた。
「詩織と離れるのは嫌だな」と言われて、拓海君の肩にもたれた。
「どうした?」
「拓海君と離れたくないから言わないで」と言ったら、
「どうしたんだよ?」と頭をなでてくれていた。さすがに離れる時期が近づいて、寂しくなった。
「大丈夫だよ。自分で決めたんだろう?」と聞かれて、
「そうだね。ごめん、弱音を吐いて」
「詩織が強くなるなら、俺も強くなるよ。詩織を守れるように強くならないとな。少なくともあいつにだけは負けられない」
「戸狩君?」
「違う、絵の上手な男」と言いながら、上の方を見ていたので、そっちを見たら、絵が飾ってあるところで、
「彼って強いのかな?」
「強いんだろうな。噂になってたぞ。空手やっているって。バスケが上手なのは怒れたけれど」
「そう? 性格には問題があるよ」
「でも、テニスもできて絵も描けてちょっと面白くない」
「拓海君の方が優しいよ」
「そういう問題じゃない。あいつにだけは負けたくないな」
「負けず嫌いだね。そういうところがいいな」と言ったら笑い出した。
「詩織って、やっぱりかわいいよな」と言ってキスしていた。
 抱きしめながら頭をなでてくれて、
「ずっとそばにいるとお互いに成長しない時期なのかもしれないな」と言われて、
「そうだね」と答えた。
「詩織が帰ってきてくれて、俺も強くなって、お互いにその時が来たら約束を実行しよう」と私の顔を見ていた。
「今度はずっとそばにいたいから……一緒に暮らそう」と言ってくれたので驚いた。
「そばにいたいから、ずっとね」と優しく言ってくれたので、
「そうだね、今度はずっと一緒にいようね。ずっと」
「そうだな。俺が大学に行って、卒業して、10年後ぐらいだな。そのときは……」と言ってくれて、
「10年? 25歳だね」
「女の子なら適齢期だろう?」
「そうなの? よく知らないから」
「まだまだだよな。詩織ちゃん」と言いながら笑っていた。

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