幽霊からの電話

「それは何かあるね」とミコちゃんに言われて、そうだよね……と考えてしまった。
「お母さんは、亡くなった。詩織はそう聞かされてたんでしょう?」
「そうだけれどね」母は、もうかなり昔に亡くなったと聞かされていた。それでお墓の場所とかも教えてもらっていなくて、その話をすると父が嫌がるので、いつもそれ以上は聞けなくなっていた。
「それにしても変な話よね」とミコちゃんが考えていて、
「おばあちゃんも何も言っていなかったのに」とぼやいてしまった。私は引っ越す前におばあちゃんと一緒に暮らしていた。つい、3年前のことだ。その少し前までおじいちゃんも一緒だったから、寂しいと感じることもなかった。かわいがってくれていたからだ。ただ、なんだか腫《は》れ物に触るような態度をする事があって、それがいつも不思議だった。昔、何かあったんだろうか? おばあちゃんが病気になって、一緒に暮らせなくなったため、引っ越した。そして、近くに住んでいたミコちゃんが私の世話を焼いてくれるようになって、それからの付き合いだった。
「ま、それは聞くしかないね」と言われてうなずいた。
「それよりさあ。見てよ。もらっちゃった」とまたラブレターを持っていて、
「朝、郵便ポスト開けたらね。弟がやっかんで」
「彼もかわいいじゃない」
「だったら、あげるよ。最近、生意気だ」
「お医者さんになるなら、それぐらいの方が」
「あいつがなったらすごいかもね」優しい子だと言うのに、ミコちゃんとはあまり相性が良くないのか、喧嘩《けんか》ばかりしているらしい。
「困ったなあ。聞きずらいなあ。幽霊の話はしたくないなあ」
「生きてるんじゃないの?」
「そうかもねえ」と悩んでしまった。

 クラスについてからもうるさかった、誰が誰に入れたとか勝手に盛り上がっていて、私はいつも一緒にいる氏家《うじいえ》さんと一緒にいた。
「碧子《みどりこ》さんがどうして少ないの?」とみんなに言われていた。そう言われても仕方のないくらい、綺麗だったからだ。
「でも、私は……」とうつむいた顔が白くて上品で綺麗で、これぞ、『the お嬢様』という感じだった。男子はてっきり、こういうお嬢様が好きなんだと思っていた。
「碧子さんなら、きっと上級生に人気が」と言われていて、
「そんなこと……」と困っていた。
「それより、意味不明なのが、佐倉だ」そう言われても、
「ドジ痣女《あざおんな》のどこがいいんだ? おーい、入れたヤツ名乗れ」とそばの男子に言われてしまい、私も意味不明だなあ……と考えていた。
「俺が入れた」と太刀脇君がふざけて言い出して、
「お前だけはありえないだろう?」とみんなが笑っていた。
「ひどい」と一人の女の子が離れたところで騒いでいて、なんだろう?……と、みんなが見ていた。
「何よ、そんな言い方」と言ったのが、加賀沼《かがぬま》さんだったので、まただ……とみんなが呆《あき》れていた。加賀沼さんは、自分の容姿に自信があるらしく、でも、勝気で強気な性格で、女の子からは敬遠されていた。かくゆう私も苦手だったので一度も話したことはなかった。
「どうして、この私があんなドジな子と比べられないといけないの」と指を指されてしまって、困ってしまった。うーん、この甲高い声を聞くとこの間のことを思い出すな……と別のことを考えていて、
「お前も、自分なら当然なんて言うなよ」と周りの男子が言い出して、
「こんな人と同列に扱わないで」と加賀沼さんが怒鳴っていて、困ってしまった。
「やめろよ」と弘通君が止めようとしてくれて、
「何よ、私のほうが数倍勝ってるわよ」とにらまれてしまった。
「お前、山崎を何度か見てただろう? その程度でなあ」と的内君が付け足したため、うつむくしかできなかった。何もこのタイミングで言わなくても、
「山崎、何とか言ってやれよ。今月に入ってから、モテるよな」とそばの男子に言われていて、
「俺は……」と山崎君が困っていて、
「山崎君が相手にするわけないわよ。山崎君は武本さんなんだから」と廊下にいた、一之瀬さんたちのグループが言い出して、山崎君がかなり困っていて、
「えー、そうなの? なんだ。やっぱり」とみんなが笑っていた。そうだろうな。武本さんはかわいいからな……と考えていた。そうだろうと思ってけれど……ちょっとショックだった。
「お、佐倉が困ってるぞ。当たりらしい。身の程知らずだよな」と太刀脇君達に言われてしまい、困って外に出た。聞きたくなかったな。どうせ、そうだろうと思ったけれど、はっきり分かると困るなあ……と考えていた。

 それからというもの、加賀沼さんのグループや太刀脇君達にからかわれてしまい、山崎君と少しでも近づこうものなら、騒がれてしまったため、困ってしまった。すぐに廊下に逃げるようにしていて、あるとき、一人になりたくて校舎の裏でぼんやりしていたら、
「ふーん、もう一人ため息付いてるヤツがいると思ったら、お前か」と楢節≪ならふし≫先輩に言われたので、内容を説明した。
「なるほどね。しばらくうるさいだろうな」と笑っていて、それから、おもむろに、
「いい提案があるよ」と言い出したので驚いて見てしまった。
「なんですか?」
「一石二鳥の解決方法。ついでにお前も鍛《きた》えてやるよ。色々とね」と言われて、なんだろうなと考えていた。

 困った、乗るんじゃなかった……と後悔するぐらい、じろじろ見られた。何しろ、楢節先輩と並んでいるため、さっきから物珍《ものめずら》しそうに何度も見られていた。
「先輩の隣で帰ることになるとは思わなかった」
「これぐらいすぐ慣れるさ」
「でも、不思議です」
「なにが?」
「違和感がない。言いやすいからだろうか」
「お前、俺のこと、尊敬していないだろう?」と聞かれて、思いっきりうなずいたら、笑っていた。
「だろうな。そういう相性だろうな。その方がこっちも都合がいい。どっちにしても人見知りするのは減らさないとな」
「そっちはいいですってば」ついでに鍛えると言うから、何かと思ったら、「人見知りするのを矯正《きょうせい》してやる」と言われてしまった。そう言われてもねえ……。
「恋愛ってしたことあるか?」
「ないかも、というより、一生縁がないかも」
「情けないやつ。何とかしてやるよ。俺と別れたあとに、本当の恋でもしろ」
「しかし、契約っていうのは」
「大きな声を出すな。利害が一致したんだ。今更、後に引けるかよ」
「武勇伝《ぶゆうでん》に泥を塗る事になりますよ」
「武勇伝ね。くだらない」と先輩が笑っていた。

 次に日にうるさかった。ピーチクパーチクよく話す事があるなあ……と黙って聞いていた。よりによって、今まで話したこともない人が話しかけてきたからだ。クラスで「回覧板」と呼ばれている子だった。寝堀り歯堀り聞いてきたのは、みんなに言って歩くためとしか思えないなと思い、あいづちも打たずに黙って聞いたあと、逃げ出した。ミコちゃんからこうするように注意されていたからだ。「話を聞いても、絶対に相槌《あいづち》も何も打っちゃ駄目だよ。逃げるんだよ」と言われていて、「相槌を打ったが最後、聞いていた相手が言ったかのように言いふらすタイプだからね」と断定されて、確かにその通りの性格だったため、私は辟易《へきえき》してしまった。変な人だよね。露骨。自分のやっていることに自分で気づかないで、本人には矛盾はないらしいということを、この間、本を読んで勉強した。困った性格の人との付き合い方という内容の本で、色々ためになる事も多かった。相談する相手がミコちゃんか父しかいないため、つい、本を頼ってしまう。父はあれから、母の話をすると逃げる。いったいどうなっているのか聞きたかったけれど、でも、怖くもあった。
 教室に着いてからもうるさかった。「いつのまに」とか、「どこがいいのか」とか色々だった、でも意外だったのは、
「私も付き合ってみたいかも」と何人かに言われたことだ。
「どうして?」と目の前で女の子同士が言いたい放題言い合っていて、困ってしまった。今日も一緒に帰るんだよね。しばらくうるさいかもねえ……と窓の外を見ていた。

「お前さあ」と山崎君が戸狩君に話しかけられて、びっくりしていた。
「武本とどうなってる?」と聞かれて、
「何もないよ……」とため息をつきながら答えていた。
「そのため息はなんだよ?」と聞かれて、
「別に……」と答えていて、
「仏頂面《ぶっちょうづら》だな。この学校が嫌いか?」と笑われていた。
「バスケの試合のことを考えていただけだよ。先輩達もちょっとな」と怒っていて、
「しかし、だからって、武本と噂流されて黙ってるなよ。あの先輩達も何でああいうことするんだろうな」と戸狩君に言われて、
「さあな。大方、武本の様子でも見たかったんだろうな。好きなんだろうけれど」とうっとうししそうに答えていた。
「そういう顔をするなよ。それにしても」と校庭の方を見ていて、
「あのカップルは意外すぎるよな」と私と楢節先輩が話しているのを笑って見ていた。
「ああ……」と山崎君も見ていて、
「さて、今度はどれくらい長続きするのか」と呆れていた。
「とっかえひっかえするのは分かるけれど、まさか、その列にあいつを加えるとは意外」
「そういう言い方は」と山崎君がたしなめていた。
「違うよ。そういう意味じゃない。あいつが付き合うって事が意外だと言ってるんだよ。OKするとは信じられないからな」
「ああ……」
「なにかあるね」と戸狩君が言ったため、山崎君が驚いて見ていた。
「なにかって?」
「あれだけ冷やかされたあとだ。だから、それを打ち消すためにわざとだってことだよ」と言ったので驚いた。
「きっと、かなり気にしてたんだろうな。もっとも、太刀脇がからかうのは理由がありそうだけれど」
「どんな?」
「さあな。とにかく、加賀沼には気をつけろよ。お前狙いの女は多いよな。あの一之瀬とかいう隣のクラスのおしゃべりな子もそうらしいぞ。モテるよな」
「お前もモテるくせに」
「俺は学級委員だからだろうけれどね」
「それだけでモテるかよ」
「お前も少しは女と話せよ。楽しそうにね。カタいな」
「そういう訳じゃないよ」
「もっとも、あのナンパな人みたいになったら困るけれどな」と楢節さんを2人が見ていた。

「先輩と帰るのに慣れたなあ」と言ったら、楢節さんが笑っていた。
「いい加減、名前で呼べよ。ショウでいい」
「『勝』と書いて、『まさる』と呼ぶんでしょう? どうして、ショウ?」
「そのほうがカッコいいから」と軽く言っていて、そういう人だよね……と見ていた。
「先輩って、あだ名ないんですか? かわいいの。なら漬けちゃんとか、節目とか、かつどんとか」
「お前、適当につけるなよ」
「面白いじゃないですか、なにがいいかな」
「勝手につけるなよ。ショウでいい。どうせみんなもそう呼んでいる」
「でも、それは同じ年の人でしょう? 一コ上だしねえ」
「お前は好きに呼べよ、しょうがないなあ」と笑っていた。
「先輩って今まで何人と付き合ってきたんですか? 聞いただけでも」と指折り数えた。
「そんなにあるかよ。全部、がせだ」
「嘘だあ。だって、いっぱい言われましたよ。注意してくれた女の人は数え切れず」
「俺は有名人ってだけだよ」
「街で声をかけるときってどういうんですか? やっぱり、『そこのお嬢さん』とか言うんですか? 『茶でもしばこう』の、『しば』ってなんだろう?」
「関西人じゃないぞ。奥歯もガタガタいわせないし」
「先輩って、熱烈な恋をして振られたために遍歴《へんれき》を重ねているって本当ですか?」
「誰に聞いた?」
「テニス部の部長」
「福本か。呆れる。ほっとけ。俺は一人の女に縛《しば》られないんだよ」
「そうかな? その説もあるかも。光源氏の女性遍歴は幼い時に母親と死別してという説がありましたよね」
「それと同じだと言うのか? 俺の母親は健在《けんざい》だ。しかも、PTA会長なんてやってるぞ」
「そう言えばそうだった。なら、きっと忘れられない人がいるんですね」と言ったら黙ってしまった。
「あ、また、ですか。すみません」
「お前は時々、勘がいいから困る」
「そうですかねえ。今読んでいる本に感化されてるんです。今やっと『ナルシスト』のページになって」
「変なの読むなよなあ」
「噂を流す人の心理ってなんですかねえ」
「やっと止まったんじゃないのか?」
「しばらく、このままでお願いしますね」と笑ったら、
「俺もその方がいいけれどなあ」とため息をついていた。

 家で勉強していたら、電話が掛かってきた。
「もしもし」と言ったら相手が黙っていた。
「いたずら電話ですか? 勧誘ならお断りです」と言って切ろうとしたら、
「あの、もしかして、詩織?」と聞かれて、
「どちら様ですか?」と言ったら、
「ああ、そうね。名乗っていなかったわね。私、園絵よ」と言われて、園絵って誰だっけ?……と考えてしまった。
「立木園絵。あなたの」と言ったところで、そう言えば、園絵って聞いた事あるなと考えていて、
「え?」と驚いてしまった。
「ああ、そうね。話すのは久しぶりですものね。立木園絵。あなたの母です」と言われて、唖然《あぜん》とした。お母さん? えー、死んだんじゃなかったの?……としばらく受話器を見つめてしまった。
「一度話したいのだけれど」と言われたけれど、
「何かの間違いじゃ」と思わず言ってしまった。
「そうね、突然こんな電話をしてしまって」
「あなた誰なんですか?」
「だから、あなたを生んだ母親です」
「母は死にました。父からそう聞かされて」
「そうなの。あの人らしいわね。とにかく、そう言ったのは間違いだったのよ。私は生きていますから」そう言われても、なにがなんだか。
「一度会えないかしら?」
「はあ、でも、よく知らない人に付いて行ったら駄目だって」と言ったら、苦笑していた。
「とにかく、一度会いたいの」
「父に聞いてみます」
「だめよ」と急に切羽詰《せっぱつま》った声で言われてしまい、
「あの」とびっくりした。
「あの人に聞いたら、きっと、駄目だと言うわね」そうかもしれないなあ。
「でも、よく知らない人と話すのは困ります。たとえ、あなたが母だと名乗られてもすぐには信じられないし」
「そう。しょうがないわね。でも声を聞けただけでも良かったわ」と言って、電話を切っていた。うーん、本当に母親なんだろうか?と考えてしまった。

 父に聞いたら、案の定、
「いたずら電話だ」と言い放った。
「だけれど、あまりにうそ臭くて却《かえ》って本当なのかもと思ったけれど」
「いたずらだ。そうに決まっている。あの女、性懲《しょうこ》りもなく」
「いたずら電話なのに、相手を知ってるの?」とつっこんだら、
「いや、ちょっとそう思っただけだ」と言って、逃げるように部屋に入っていった。うそ臭いなと思ったけれど、今の態度で実は本当なのかもしれないなあと見てしまった。

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