部活の色

 期末を何とか乗り切って、部活に出たあと、先輩のそばで立っていた。カバーをかけたラケットで顔を煽《あお》っていたら、
「団扇≪うちわ≫代わりに、ラケットで扇ぐな」と怒っていて、
「風は冷たいけれど手が疲れる」と言ったら、
「当たり前だ」と笑っていた。
「先輩の恋愛は夏が本番ですか?」
「なんだよ、それ?」
「今日、クラスの女の子がそう言っていたの。恋の季節だって」
「恋愛なんて年中無休でいいんだ」
「恋愛できるような余裕が欲しいなあ。暑くて無理だ」
「お前の場合は温度じゃなくて、心構えの問題だな」
「無理ですよ。告白した事もされた事もありません」
「俺から言ってやろうか?」
「薄っぺらそうだなあ。どう言うんですか?」
「お前の場合は気づかないという事もありえるな。お前、分かってるのか?」
「なにが?」
「あいつ……」と先輩が何か言いかけた時に、思い出したことがあって、
「あー、そう言えば、先輩のこと好きだって子が新たにいましたよ」と大声を出したら、呆れていた。
「そんなの山ほどいる」
「頼むから譲ってくれって、だから、そろそろ身を引きましょうか?」
「無理だ。俺の両親も先生たちもすっかり、このスタイルに慣れきっている。もう少し継続しろ」
「いいですけれどねえ。先輩の本命はどこなんですか。そろそろ教えてくださいよ」
「お前、少しは尊敬してくれるなら教えてやるよ」
「尊敬ねえ」
「その前に、少しは気づけよな」
「何をですか?」
「お前じゃ無理か」と先輩がしみじみ見ていた。

 教室で先輩を待っていたら、弘通君がやってきた。
「この間のテストはまたできたんでしょう?」と言ったら、笑っていて、
「そっちはできた?」と聞かれて、
「数学以外はなんとか」と言ったら、
「教えてあげるよ」と言ってくれたので、うなずいておいた。
「弘通君ぐらいできると親にも強気に出られそう」
「そんなことはないよ。まだまだだね」
「嘘だー。弘通君だったらなんにでもなれそうだね」
「一応、目指しているものはあるけれどね」
「早いね」
「そうだね。自分のことだからね」と笑っていた。2人でしばらく、雑談をしていたら、
「なんだよ、楽しそうなカップルだと思ったら、お前らかよ」と的内君がからかってきた。やだなあ、この人苦手。
「そういう言い方は」
「お前じゃないのか? あの一票」と的内君がおかしそうに言って、でも弘通君が黙ってしまった。
「とにかくさあ、俺の碧子さんと話すのやめろよ」と言ったので、びっくりした。
「加賀沼さんじゃないの?」
「だれが、あんな女王を好きになるかよ。俺は上品で綺麗なほうがいいんだ」
「知らなかった」
「だから、からかってたんだね?」と弘通君が笑っていて、
「ああ、それもあるけれどな。やめろって山崎に止められたからな」そんな事を言ったんだ。
「それに太刀脇に言われたからやってたけれどなあ。あいつ、お前のことを気になってたみたいだぞ」と言い出したので意外だった。
「もっとも、現在は別の母親がいない女に鞍替《くらが》えしたけれど」太刀脇君はしばらく前から、一年生の女の子と付き合っていた。そういう理由だったんだ、絡んできたの。
「あいつも不幸な女が好きだからなあ、親がいないとああなるのかねえ」
「え、でも……」
「知らないのか? あいつの母親は継母《ままはは》だぞ」そうだったんだ。
「だから、母親がいないお前のことをからかってたらしいけれど、山崎に怒られたらしいぞ。裏でね。俺もやられたけれど」私は弘通君と顔を見合わせた。
「ま、あいつ、正義感が強いからな。バスケの一年生が裏でいじめられてて、顧問に部活の体質改善を提案していたからな。そのせいで、あちこちの部活が変わったらしいな。もっとも、あの投書があったかららしいけれどな。先生、驚いてたらしいぞ。すごい数がまた次から次へと投書されてね。さすがにほっとけなくなった所へ、山崎の提案があってね。それで、毅然とした態度に出ることにしたらしい。お陰であぶれたヤツらがぼやいてるけれどな」
「そうなの?」と弘通君に聞いたら、うなずいていた。そうだったんだ。そういう事があったなら、そう言いそうだよね。
「あいつも、そういうところがモテるのかねえ。俺にはどこがいいのかわからん。榊田《さかきだ》先輩の方がよほどいけてるな」と言って教室を出て行った。
「意外すぎる。碧子さんが良かったとは。弘通君もやっぱりご令嬢が好き?」と聞いたら、しどろもどろになりながら、
「僕は……そういうのは、ちょっと……」と言ったため、
「あれ、違うんだ? うーん、気になるなあ。戸狩君のはこの間、分かったの。山崎君は未だに教えてくれないんだよ。誰に入れたのかなあ?」と考えていたら、
「僕は君に入れたよ」と言われて、びっくりした。
「あの……?」
「お弁当を……前にくれたから、それで……」と言われて、納得した。弘通君に土曜日にお弁当を作ってきた事がある。一年生の時にお世話になって、そのお礼で作ってきた。居残りで勉強を友達と教えてもらっていた。そのときは遠くのクラスだったけれど、友達が憧れていて、それで、一緒に教えてもらいたいと言って、丁寧に教えてもらったため、その次の週にお礼を兼ねて、彼女の分も合わせて作ってきた。
「それでだったんだ。てっきり、いたずらかと思って気にしちゃった。お礼の意味だったんだね。優しいね」と言ったら、困った顔をしていた。
「あの……」と言われて、なんだろうな?……と見てしまった。
「その……あの先輩と……」
「え?」
「あ、いや……、いいのだけれど。でも……」と言ったので、
「弘通君はモテそうだよね」と言ったら、
「そんなことはないけれど」と困っていた。
「前にね、もらったの、ラブレターを。でも、名前も何も書いてなかったの。困っちゃって」
「ど……どうして?」と異常に驚いていた。
「あ、だってね。『返事してくれないからひどい』と、後輩の子がこの間泣いていたの。そういうのもあるんだってびっくりしちゃって。返事しないといけないのかなあ?」
「それは、だって、宛名も書いていなかったんだろう?」
「でも、うれしかったの。初めてもらったから。ちょっと落ち込んでいた時期だったので、そう見えたらしくて、励ましの言葉も書いてあったから、とてもうれしくて。せめてお礼だけでも言いたかったの」
「そう、きっと分かってると思うよ。そういう気持ち」
「そうかな?」と言ったら、弘通君が穏やかに笑っていて、いい人だなあ……と私も笑っていた。

 部活の方は引退試合が近いため、先輩達変わってきていた。男子の方が切実で、まだ選手が決まっていない状態でもめていた。
「試合やらせて組ませればいいじゃないか?」
「そんな悠長なことを言っている時間はない」
「多数決で決めろよ」
「まとまっていないのにどうするんだよ?」とやり合っていて、大変そうだなと見ていた。
「男子ってもめてるねえ。2年生を多く出した方がまだいいかも」と一之瀬さんが意地悪く言った。一部の3年生の男子はあまり強くないという話を聞いた事がある。もっとも、こっちも強くない人もいて、大林さんは2番手に繰り上がってしまったけれど、そのまま付いている人は変更はしないことになった。2番手の前衛の女の子、相楽さんが嫌がったため、そうなった。女子の先輩はやはりグループに分かれている。8人いたけれど、この間また一人やめて言ったため、7人になってしまった。受験を優先するためだろうと言う話が聞こえてきていた。親から言われたらしい。
「美穂があぶれちゃうじゃない」と試合に出られない先輩の友達がぼやいていた。練習試合のときにも先生に言われて、出してもらえなかった。そのときは2年生も出させられて、私まで出たため、美穂と呼ばれた、山田先輩が睨んでいて困ってしまった。山田先輩は言いたいことを言えずに、裏で色々ぼやいている人だと聞いた事があった。そのときも、後でひどいことを言っていたらしい。ミコちゃんが見かねて怒ってくれたらしく、
「言いたい事があるなら、表で言ったらどうですか?」とやったらしい。それもあって、加茂さんの時に、見て見ぬ振りしたんじゃないの?……とミコちゃんに言われて、そんなことでそうするだろうか?……とびっくりしてしまった。楢節先輩に聞いたら意外にも、あっさり、
「その通りだろう」と言ったため、呆気に取られた。
「なんで?」
「やっかみだ。自分で言いたいことは言えないが人には言って欲しい、そういう心理もあって、ああ言う事を裏で言うんだ。しかし、あいつのために先生や部長に言ってくれるようなおせっかいなヤツも親切なヤツもいない。悪口を言いふらしてくれる一之瀬が、あることない事、尾ひれをつけて言うぐらいで引っ掻き回して終わり、だから、女子は仲が悪い。自浄《じじょう》作用がない」
「なんですか、それ?」
「ああ、なんて言ったらいいのか。深刻になる前に、誰かが止めるってことだよ。問題が起こってからじゃ遅い場合もあるからな。女子は特に嫉妬とか嫌がらせとか、すっきりしない粘着質なところがあるからな。バレーの観野みたいな性格のヤツが仕切ってたら、そういうことも少なくなるが、言いたいことも言わず、お互いの腹を探り合ってるような嫌〜な雰囲気の部活だとそうなるんだよ。でも、クラスの女のグループであるからな。それと同じだ。裏で言い合って、仲間はずれにしたり、嘘を流したり、そうやって晴らしていて、本人はやられた方の気持ちに気づいていないからできるんだろうけれどな。後ろめたさは少しはあるようで、指摘されると逆切れするから手に負えない」よくわからないなあ。
「変ですね?」
「傍観しているだけのヤツが多いからな」
「私も人のことは言えない」
「お前はそれでも、何とかしたいなあと考えちゃうだろう? それより、下手に口に出して迷惑になったらとか、前に言っていただろう? 考えすぎちゃうんだよ。それでも、逃げるよりはまだマシだけれどな。問題を見て見ぬ振りして考える事からも逃げてるヤツが多いと、ああなるんだ。だから、ねちねちしてて、どうもすっきりしない」
「そう言われると当たっているような」
「そういう人が多いと、そういう人ばかりが残るようになる。そのグループの体質を作っているのは顧問と部長か、仕切っている人のカラーによる。それに染まっていくんだよ。柳沢は顧問として、去年は不熱心だったから、バスケの守屋に言われたらしいぞ。去年まで3年生の担任だったから、しょうがないけれどな。今年は2年生だろう? 普通は一年生に戻るらしいけれど、新卒の先生や不慣れなのが多いから、そうなったらしい。来年そのまま持ち上がりになるとまた問題が起きそうだから、気をつけろよ」
「どうして?」
「受験生担当の担任は忙しいんだよ。それ以外にも色々あってね。2年生だって色々あるし、面倒だけれどね。プレッシャーもあるらしいからな。守屋と同じ学年になったのは初めてだから、競い合ってるらしいけれど、まあ、お気楽だよな」
「先輩、色々知ってますね」
「PTA会長の母親が家にいると、家でもPTA役員が来て、おしゃべりだから」それで職員室情報とか詳しいのか。
「なんだか、裏事情に詳しくなると困りますね」
「いいんだよ。どうせ、一之瀬とかも適当に話していそうだな。加茂とは決別したようだから」
「加茂さんって、来なくなりましたね」
「正式退部だよ。当然だな」
「そうですか」なんだか、後味が悪い。
「男と遊んでいるという噂もあるからな」
「え?」
「気をつけろよ。あいつも根に持ちそうだ」
「そう言われても」
「そう言えば、お前、少しは練習しろよ。もっと力付けろ」
「苦手だなあ」
「苦手なものが多すぎるな」と笑っていた。

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