幽霊の話

 バスケの練習試合があって、休憩時間にちょっとだけ見に行った。すごい人が多くて、応援の声がうるさかった。体育館は広くないため、男女、2面で分かれてやっていた。それでも、あまり強くないのか、女子は大差が付いていて、早々と終わっていた。男子はタイムも多いし、盛り上がっていて、試合時間も残りあと少しで、負けていた。うーん、大変だ。山崎君ががんばってやっているのが見えて、みんなが応援していた。バスケって動きが激しいなと見ていて、
「山崎先輩〜!」という黄色い声援があって、人気があるんだなと思った。
「やっぱり、かっこいい」と一之瀬さんが言ったため、好きなんだなと思った。武本さんもすごい大きな声で応援していて、すごいなあと見てしまった。最後時間がなくなったのか、山崎君がロングシュートをしていて、いくらなんでもその距離は無理だろう?……と思っていたら、吸い込まれるように入っていたため、すごい拍手になっていて、終わった。
「一点差かよ。危ね〜」と男子が言っていて、戻ろうとしたら、山崎君のそばに武本さんが寄っていって、でも、山崎君は普通にしていた。苦手って言ってたけれど、そうは見えないなあと思った。
 テニスコートに戻ったら、先輩達が睨んでいた。怖いぞ。
「詩織」と呼ばれて、見たら、ミコちゃんが他校であった試合から戻って来ていて、
「勝ったの?」と聞いたら、手でガッツポーズをしていた。
「疲れたよね」とみんなが言っていて、あっちは活気があるなあと、うらやましかった。山田先輩が、また、ぼそぼそやっていて、なんだか、ちょっと困るなあと思った。
「試合に出られそうもない」と言ったため、それはそうだろうなと思った。彼女は人一倍細い上、力もないし背も高くない。後衛では非力なため、前衛なんだけれど、それでも今の一年生とやっても負けそうだったからだ。
「なんだか、バスケもバレーもがんばってるのに」と言っていて、テニス部ってそれと比べれば確かにすっきり感はないなと思った。人の悪口ばかり言っていたから、一頃、なくなったと思ったら、裏で言いまくっている人もいて、一之瀬さんと山田先輩は未だに言っているようだった。福本さんの前で言わなければ、それでいいと思っているのかもしれない。
「言うなと言われても言う事がくせになっているから、やめられないんだよ」と楢節先輩が言っていたけれど、その通りかもしれないなと思った。

 夏休みの予定表を渡されて、帰ることにした。先輩を待とうと思ったら、「デート」と言ったので、
「はいはい、程ほどにね」と笑ってしまった。仕方ないので、一人で帰ることにした。一之瀬さんたちはとっくの昔に帰っていて、みんなも同じだった。校門をくぐったあと、見た事のある外車が止まっていて、あれ?……と思ったら、中からあの人が出てきた。
「詩織」と呼ばれて、困ってしまった。あれから、後悔はしていたけれど、決心はついてはいなかった。戸籍を見たら、確かに離別になっていたので、幽霊ではないと言うことは分かっていた。
「あの……」
「時間、あるかしら? 話したいの」と言われて、うつむいた。話を聞きたい気持ちはあった。でも、なんだか父に悪い気がして、
「お父さんとは話したの?」と聞いたら、困った顔をしていた。
「あの人は、相変らずよね。わからずやよ」そう言われても困るぞ。例え、母親かもしれない人でも、父のことを悪く言ってほしくなかった。
「なにしている?」と後ろから声がして、山崎君が寄って来た。
「あなた?……」と母らしい人が見ていた。
「どうかしたのか?」と聞かれて、
「あの……」と困ってしまった。どう説明したらいいんだろう? 
「話をしたいの。あなたの事を、私、何も知らないから、聞かせてもらいたいと思って」と相手が言ったので、そう言われても何を話していいのかと戸惑った。
「彼女はあなたの存在を知らなかったようですよ」と山崎君が言ったため、
「話したの?」と母らしい人が私を見た。
「ちょっとだけ」
「そう」と相手が考え込んでいた。
「いいわ。説明するわ。あなたも来て」と山崎君に言ったため驚いた。
「そのほうがいいなら、そうするよ」と言ってくれたのでびっくりした。
「聞きたい事もあるしね」と言った横顔をじっと見てしまった。

 車に乗って喫茶店に行った。さすがに制服で近所の喫茶店に行くわけに行かなかったので、少し離れたうちの生徒も先生も来なさそうなところを選んだ。オーダーしたあと、しばらく気まずくて黙っていた。
「そうね、こっちが聞きたい事もあるけれど、まず、こっちの事情から話したほうがいいんでしょうね。その前に教えて、彼はボーイフレンド?」と聞かれてむせてしまった。
「ボーイフレンドって?」なんだか、すごい言い方だなあ。
「ああ、クラスメイトです。今年から同じクラスで、山崎といいます」と山崎君が自己紹介した。
「山崎?」と母がちょっと考え込んでいたけれど、
「あなたのお名前は?」と彼が聞いていた。
「そうね、私の自己紹介からしないと無理そうね。あの人、何も言っていないようだし。立木園絵。昔、佐倉と結婚していた。今は、アメリカに住んでいるわ」え? 
「ああ、言っていなかったわね。この間は、用事があったからついでに会いたくなって会いに行ったの。滞在日数が限られていたから焦っていて、ごめんなさいね。よく考えたら、久しぶりに会ったのに、いきなり押しかけてね」そう言われても。
「今度はしばらくいられそうだからね」
「そうなんですか?」
「仕事の都合でね。こっちの仕事を引き受けたの。いい機会だからね。あなたとも話したかったし」
「そうですか」
「仕事はなにを?」と山崎君が聞いてくれた。私はどうも聞きにくくて駄目だ。目の前にいる人が綺麗だってのもあるし、現実と思えないくてなんだが、ぼーとなってしまって、冷静じゃなかった。
「そうね、その話もしないと。アメリカに移ってからはプレスの仕事をしているの」
「プレス?」
「そう、その前も別のブランドのマーケティングの仕事をしていたけれどね。ヘッドハンティングされて」よく分からないぞ。
「そうか、知らないのね。とにかく、こういうブランドの広報の仕事をしているの。広報って分かるかしら?」それなら、なんとなく分かる。母にもらった名刺を見て、
「すごい所にお勤めですね」と山崎君が言ったけれど、私はその名前は知らなかった。
「詩織は分からないようね。とにかく、仕事の都合で日本にしばらくいられるから、よく話し合いましょう。私の近況としては、結婚して仕事をしていて、こっちに戻ってきたというぐらいね」
「結婚していらっしゃるんですか?」
「5年前にね。向こうに渡ってから、しばらくしてから知り合った人と」
「子供は?」と山崎君が聞いてくれて、
「いないわ。仕事が楽しいからね。向こうもそれは了解してくれているわ。詩織と別れて、さすがに子供をまた作るのはね」うーん、そう言われても。
「詩織の方は?」と聞かれて、何も言えず黙っていた。
「日本を離れた理由はなんですか?」と山崎君が聞いていて、
「前の仕事をやりたかったからよ。チャンスがもらえてね。それで、仕事を取ったの。あの人がことごとく反対していて、それで、離婚か仕事かと迫られて、仕方なく、そのまま離婚したの」それが、離婚理由なんだろうか。
「その後、彼女には会わなかったんですね?」
「会わせてもらえなかったの。あの人の両親も反対していて、特にお母様が」うーん、おばあちゃんが嫌がったのか。
「それで、どうして、突然、会おうと思ったんですか?」
「それは、この子だけに話したいの」と言われて、山崎君が黙っていた。
「学校はどう? 楽しい?」
「楽しいといえば、楽しいけれど」大変と言えば、大変だよね。色々と。
「こっちの中学の事情は聞いてるわ。なんだか、色々あるらしいわね。日本って、閉鎖的だから」そう言われるとそうだろうなあ。
「アメリカはいいわよ。国も大きくて、大雑把だし、フレンドリーだし」そう言われても、ドラマしか知らないなあ。
「一度来なさいよ」と軽く言われて、呆気に取られた。
「ご主人は知ってらっしゃるんですか?」と山崎君が聞いていて、
「話したわ。色々相談に乗ってくれる優しい人よ。あの人とは違うから」と言った顔が、さっきと同じで、なんだか困ってしまった。
「何でもいいわ、話して」と言われても、何を話していいのかなあと考えてしまった。
「離婚されたのはいつですか?」と山崎君が聞いていて、
「保育園のときよ。そうね、今中2だから」と答えたので、
「保育園?」と聞き返してしまった。
「そうよ」と相手がごく普通に言った。
「幼稚園じゃないの?」
「それはその前よ。私の事情もあったから、反対されたけれど、途中から保育園に変わったのよ。覚えていない?」と聞かれて、びっくりした。覚えていないのだ。
「私が送り迎えしたわよ。もっとも、あの人も時々はやってくれたけれど」覚えていないぞ。全然覚えていない。というより、この人と暮らした事すら覚えていない。
「あら、忘れちゃったの?」と言われて、山崎君もじっと見ていた。
「ごめんなさい。覚えていない。おばあちゃんと一緒に公園に行ったこととか、いとことそこで帰りに遊んだ記憶ぐらいしか」
「あら、ないわよ、そんなこと」
「でも」
「確かなかったわよ。公園に行ったとかはないはずだわ。だって、向こうの母親とは年1,2回しか会っていないはずだったし」
「1、2回?」
「そうよ、お正月と、後お盆の墓参りぐらいね。私がいたときはそうだったわよ」
「そうだったっけ?」
「その後は知らないわ。小学校に上がってからは、引っ越したと聞いたから、そのときのことね」
「え、だって、引っ越したのは幼稚園生の時で」
「違うわよ。それは覚えてるわ。近況を教えてくれてたからね。引っ越したのは小学校に入る直前だったわよ。そうしないと詩織が戸惑うからと言う理由だったと聞いたわ」全然違うじゃない。確か……と頭を抱えた。
「大丈夫か?」と山崎君がびっくりしていて、見ていた。
「よくわからない」と言ったら、
「考えなくてもいいぞ。無理するな」と言ってくれたのでうなずいた。
「変ねえ。保育園のことは覚えていないの? よく迎えに行くと恥ずかしそうに待っていてね。園を出てから甘えてきて、そういう子だったけれどね」そう言われても、
「きっと、昔のことだから忘れちゃったのね。しょうがないなあ。そのうち思い出すわよ。ゆっくりでいいわ。とにかく、また会えるかしら。また来るわ。電話してもいい?」と聞かれて、うなずいた。
「そう、良かった。もっと話したいけれど、今日はよした方が良さそうね。あなた、この子をお願いね。人見知りもするし、引っ込み思案でねえ。あまり変わっていないようだけれど」
「今日は緊張していただけでしょう。いつもはもっと良く話します。幽霊に会ったから戸惑っていると思います」と山崎君が言ったため、
「永井君が驚いてたわ。幽霊にされてるぞって。あの人に怒ってくれたけれど、聞いていなかったようで」
「父と永井さんって知り合いなの?」
「だって、大学の時の知り合いよ。みんな同じ大学だもの」そうだったのか。
「永井君も心配してたのよね。とにかく、幽霊なんて言わないでね。こうしてちゃんと生きてるんだからね」そう言われても、なんだか、よく分からなかった。

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