真相

 山崎君に話を聞いてもらった次の日から気持ちを入れ替える事にした。悩んでいても悔やんでいても起きてしまったことを受け入れるしかないと考える事にした。それより自分が今できる事をするしかないなと無理やり切り替えた。それでも、時々、これ見よがしに、
「よく平然としていられるわね」とかの嫌味を小声で一之瀬さんに言われたけれど、それも聞き流そうと努力した。でも、動揺していたけれど。
 山崎君とはあれ以来、話すこともできなくなってしまった。表立って声をかけることはとてもじゃないけれど、できない。バスケ部の女の子達が睨むからだ。「あなたのせいで試合が出られないのに、よく自分だけ練習できるわね」と言われてしまい、その通りだったため、そっちで休憩する事もできず、外れた位置でぼんやりしていた。
「登校日の日でしょう? 行こうよ」と言っているのが聞こえた。
「その日は部活が休みだからさあ」と言っていて、
「その前は?」
「こっちの部活休もうかな、うるさいから」と一之瀬さんが言っていて、小平さんとの仲があまりよくないため、部活のムードもぴりぴりしていた。
 部活でも話をしてくれる子が少なくなり、後輩は時々、ひそひそやっていたけれど、私は気にしないように努めた。犯人が捕まらなくても私を突き落とした人はきっと今頃後ろめたさでいっぱいなのかな? それに、山崎君は相手が誰か知っているようだった。誰なんだろう? あの声に聞き覚えがあったなと思ったけれど、その後のショックで誰の声だったのかさえわからなかった。それより、あの時、聞こえた「詩織」と呼んだ男子の声の方が気になった。どこかで聞いた事のある、懐かしい感じがした。「詩織」って呼ぶような人は父ぐらいしかいない。そう言えば前の学校ではひどいあだ名だった。トマトが食べられなくて、トマトと呼ばれていた。仲が良くはあったけれど、一部のガキ大将がそういうことを言っていた。あいつ、どうしているかなあ? 意外と優しい所もあって、逆上がりを教えて貰った。「詩織」って呼んだのはそのときの人たちだけだなあ。彼らがあそこにいるわけはない。この学校だと、「佐倉」って呼び捨てだしなあ。「詩織」って呼ばない、先生だって。

 その日の夜に不思議な夢を見た。シロツメクサを編んで追いかけっこをしていて、相手が、「詩織ちゃん」と呼んできて、時々、「詩織」って呼んでいた。私は相手のことを、呼ぼうとして分からなくなり、「置いてかないでよ」と怒っていたりして、懐かしい感じだった。「ほら、遅いよなあ。お前はすぐ転ぶ」と言ったところで目が覚めた。今のなんだったんだろう? うーん、思い出せない。大体シロツメクサって向こうの学校で編んだっけ、そんな女の子の遊びってしていなかったなあ。川や山で遊んでいて、木登りもそうそう、手作りでブランコ作ったり、探検したり、いっぱい遊んだ。毎日泥んこで、今じゃ考えられない。スカートで崖から飛んで遊んで、階段で飛びっこして、毎日一段高いところから飛んでいて、怒られても平気で、あれ? いったい今のはなんだったんだろうな? と考えた。
「近所で遊んだのは、太郎に次郎に、岳斗《やまと》君とか、それから、中川の家の兄弟。男ばかりだったなあ。年上なら女の子がいたけれど、もっと下ならいたけれど、そう言えば男ばかりだ。あれ、誰ともそんな事していないなあ」と思わずつぶやいてしまった。そうだ、写真を見れば分かるかも……。そしたら、きっと、昔のことも……。
 その日、父が出て行くまで落ち着かなかった。開かずの扉の鍵を探して、父の書斎に行った。鍵は案外簡単に見つかって、開けてみた。そろそろ学校に行かないといけないなと思ったけれど、気になったので、写真を探してみた。うーん、ほこりぽい。昔、違う部屋だったんじゃないだろうか? じゅうたんにベット置いたへこみがある。二つ。意外と広いなあ。今は本棚と古いタンスが置いてあった。その辺を探したけれど、見つからずに帰ってからにする事にした。

 その次の日から、その部屋の戸棚や押入れを引っ掻き回す毎日だった。そしてとうとう見つけた。暗かったので、自分の部屋に戻って綺麗に拭いてから、見ることにした。ところどころくっついていて、めくるのに一苦労だった。でも、昔の写真は小学校のがいっぱいあったけれど、幼稚園のはなかった。これじゃあないのかもと思い、何度か探して、やっとお目当てのを見つける事が出来た。それにしても重いよね。手が疲れたと思いながら部屋でゆっくり見ていた。
「あれ?」それを見て、びっくりしてしまった。この男の子? 幼稚園の制服を着たものがいくつかあった。母が一緒のものが多くて、おばあちゃんとのもあった。それ以外男の子と一緒にうつっているのがいくつかあった。何人かの男の子と一緒のもあったけれど、一人の子だけ、何枚かあって、思い出そうとしても覚えていなかった。隣におばあさんとお母さんらしき人が奥に立っていて見覚えがなかった。綺麗な人だなあと見てしまった。誰だろうなあ? 保育園のほうは探したけれど、一枚も残っていなかった。結局出てきたのが、この数枚だけだった。その中の一枚を丁寧に剥がして引き出しに入れておいた。何か思い出すかもしれない、そう思った。

 バスケの試合が行われて、応援に行くと言っていた一之瀬さんたちがいなかった。そのため、のんびりとした感じで楽だった。小平さんも心なしか、ほっとしているようで、意外だなあと驚いてしまった。
「いないと気が楽」
「でもさあ、彼女達にこういうところがばれたらやばいよ」
「だれが言ったのかな? 前のとき、やっぱり詩織ちゃんが」と言っているのが聞こえてびっくりして顔を上げた。水を飲んでいて、見えない位置だったらしく、私に気づいてばつの悪そうな顔をしていた。
「あの、今の」
「なんでもない」と言って、その子が逃げるようにして戻って行った。一人残った小平さんがため息をつきながら、
「彼女達が前に一之瀬さんたちのことをちょっと悪く言った事を本人達に聞かれたらしいわ。あなたがつげ口した事になってるようよ」と言われて、驚いた。だから、あんな態度になったんだろうか? よそよそしくなって……。
「間違いだと思うけれど、訂正しておいた方がいいわよ」と言われて、首を横に振った。
「どうして?」
「例え間違いでも、それを訂正するとしても、今は無駄だと思うから」
「言ってみればいいじゃない」
「今のこの部活の状態だと、同じ事がまた起こると思う。お互いによそよそしくて、ちょっとそういう風に言われたぐらいで誤解したりして、仲が悪くて、牽制しあって、どんなに練習しても気持ちがかみ合っていないもの。私がいなくなればとか人のせいにしていたけれど、そんなの憂さ晴らしでしかない。表面上仲が良くたって、チームワークは最悪だと思う。気持ちがバラバラで」と言ったら驚いていた。
「個人でやっていく方がまだいいのかもと思ってるの。信じてもらえないなら、それも受け入れるしかないと思う」
「そんなこと……」
「バレーはそういうことは表で言え、不満はその日のうちに解消しようって体制が出来てると言ってたよ。ミコちゃんがね。この部活にそれはない。裏で隠れてこそこそ言い合って。その体質が直らない限り、同じような誤解が起こるたびに犯人探しして、牽制して、なんだかすっきりしないもの」と言ったため、後ろの方にいたあと輩が聞こえたらしく、びっくりしていた。
「裏でね……」と小平さんが言って、なんだか考え込んで歩いて行った。そうだ。この体質があるからこそ、強くならないと言った守屋先生の言ったことは正しいのかもしれない。言いたい事があるなら、本人に言った方が、いい気がするなあ。

 登校日に、ひそひそまたやられてしまい、碧子さんが気を使って、何度か、「大丈夫?」と声を掛けてくれた。
「いいの、ちょっと開き直る事にしたの。みせしめのようで、なんだか面白くないけれど、私がああいうことを起こしたのは事実だもの。それから逃げない方がいいと思うの。辛くてもね」
「変わってきたね」
「そうかな?」
「そのほうがいいかもね。きっと、そのうち犯人が見つかるわ」
「知ってるらしいの」
「だれが?」
「山崎君。でも目撃者が出ないと無理だろうって言ってたの」
「そう、彼、今日試合なんですって、応援に行くの?」
「行きたいけれど」
「行った方がいいんじゃないの?」
「そうだね、行けたらいいけれど」と考えていた。明日の試合には絶対出たいと言っていた。今日はどうなるかは聞いていない。でも、無理はしてほしくないなあと考えていた。

「良く、そこに座れるわよね」と加賀沼さんに言われてしまい、困ってしまった。けれど、聞こえない振りをして座った。
「偽善者よね」と言ったため、みんながくすくす笑って、
「やめろよ」とまた弘通君が庇ってくれた。
「ひゅー」と言われてしまい、困っていたら、
「やめなさい。外まで聞こえる。何度言ったら分かるんだ。佐倉のせいでも誰のせいでもないぞ」と先生が来た。みんなが渋々座っていて、一人の子が何か言いたそうな顔で廊下にいたけれど、やがて教室に戻って行った。
 先生の話が終わったあと、
「今日は出られるの?」と山崎君に聞いている子がいて、
「今日は待機だよ」と答えていた。
「えー、出られないの? 嫌だ」と私を見たので困ってしまった。
「本当、応援に行きたいのに。良く、平気でそこに座っていられるわ」と廊下から一之瀬さんが言って、
「のうのうと」と宮内さんが言ったあと、クスクス廊下で笑っている子もいたけれど、
「もうやめてよ。反対でしょう?」と一人の子が言ったため、みんながその子を見た。
「知ってるのよ。佐倉さんに石を投げてからかってやろうって言ってたの」と言ったため、みんなが驚いていて、
「だれが?」と戸狩君が聞いた。
「そこに座っている人と、この人」と一之瀬さんを指差したため、途端に一之瀬さんが動揺していた。
「ふーん」と山崎君が聞いていて、
「嘘よ、出鱈目よ」
「聞いちゃったもの。キャンプファイヤーであなたと宮内さんが『困らせてやりましょう』と言っていて、その後、『一人になったところで石を投げて』と悪巧みを話し合っているのを」と言ったため、みんなが一斉に見ていた。宮内さんが困って、下を向いて、一之瀬さんが逃げようとしていて、一人加賀沼さんだけが平然としていた。後は加わったらしい、そばにいた人も動揺していて、
「どうも、話を聞いたほうが良さそうだな」と、戸狩君が言った。
「え、嘘だって、でたらめで」
「そうよ、あなた、どうしてそんな嘘を」
「嘘つき」と彼女達が反撃しだして、どっちが本当なんだろうという顔になったあと、的内君が、
「お前の嘘つきは有名だから」と言ったため、「なんだデマか」という顔がみんなに浮かんで、座りだした。
「本当だってば」と何度か言っていたけれど、言えば言うほど、みんな嘘なんだと言う顔をしていたときに、
「本当よ」と廊下から、別の女の子がやってきた。知らない子だった。
「しょうがないなあ。本当は山崎君に頼まれなければ言う気もなかったけれどね。これから、先生に報告に行く所だからついでに言っておくわ。私も目撃者よ」と言ったため、
「だから、嘘だってば、そんなことは言っていないわよ」と一之瀬さんが言ったら、
「私は聞いたんじゃないの。あなた達が石を投げたあと、逃げる所を目撃しただけ。はっきり見えたのは、あなただけだったから同じクラスだし問題になるのは嫌だしと思ってね、関わりにならないように言うのはやめようと思ったの。でも、言わないのもいけないなと反省した所に山崎君に説得されてね。それで」と言ったため、宮内さんが慌てて、「私は知らない」と言い出して、
「見苦しいぞ」と戸狩君が言ったため、みんなが一斉に避難の目を向けた。
「それから、的内君。この子は嘘つきじゃないわよ。その話を聞いたのは他にいくらでもいるわ。そうよね」とそばにいた子達何人かを見て言った。みんなが目をそらしたりしていた。
「密かに噂にはなっていたの。告発する子はいなかったってだけ。だって、佐倉さんみたいな目には誰だって、あいたくないものね。自分が狙われたら困るもの。本当なら言わないほうが楽だもの」と言って、その場を去っていた。
「なんだ、あいつ?」と的内君が面白くなさそうにしていて、
「宮内たちを庇った理由はなんだ。あの子を嘘つき呼ばわりしてまでね」と、戸狩君が聞いたため、的内君は「しまった」という顔で逃げていった。
「呆れるよな。ああ、君も先生に報告した方がいいな。一緒に行くよ。後は弘通頼むな」と言って、戸狩君が廊下にいる一之瀬さんや宮内さんたちも連れて行ってしまった。加賀沼さんは怒った顔をして睨んでいたけれど、みんながよそよそしい目で見ていた。
「とにかく、そういうことだから、みんなもこれ以上は言わないように」と弘通君が言ってくれて、ミコちゃんと仙道さんが驚いた顔をして戻ってきた。
「試合、あるんでしょう? バスケ部。移動しなさいよ。バレー部も練習よ」と言ったため、何人かが教室を出て行った。
「ごめんね」とそばにいた女の子が謝ってくれた。
「私、知らなくて」
「ごめん、私、その話聞いてた。でも、本当かどうか分からなくて」
「係わり合いになりたくないからだろう? そういうヤツが多いから、こういう問題が起きたとき正常な判断が下せないんだよ。悪くない方が泣き寝入りしてね。そのことはよく考えてくれよ。今後一切、佐倉にそういうことは言うな」と山崎君が言ったため、みんながうな垂れていた。
「お前が悪いんだろう? 佐倉ばかり庇うから」と太刀脇君が山崎君をからかっていて、
「お前がハッキリすればいいじゃん。弘通と付き合えば、即解決」と私にも言われてしまい、びっくりした。
「どうして、そうなるの?」
「だってさあ」「え、そういうことじゃないの?」うーん、どういうことなんだ? 
「佐倉って弘通が好きなんじゃないのか?」
「尊敬はしているけれど」
「なんだよ、それ?」
「え、みんなも同じなんじゃないの?」
「そういうことじゃなくてさあ。好きか、嫌いかを聞いている」
「違うよ、詩織ちゃんは」と桃子ちゃんが言い出して、夕実ちゃんに口を押さえられていた。
「何か知ってるな?」
「知らない」と桃子ちゃんが慌てて逃げていった。呆れるぞ、桃子ちゃん。
「いいから、ほっとけよ。梁井、河合に告白しろ、原武、渡辺に言えよ」と山崎君が言って立ち上がって行ってしまって、
「えー!」と一斉に言い出した。
「それは、初耳だ」「なるほど、そっちだったか」と言い出して、さっきまでやじっていた2人が逃げ出していた。うーん、そういうことはしっかり知ってるんだなあと驚いていた。

 その日の夕方、相手の親から電話があって、謝罪したいので明日来ると言ったため、
「え、明日なの?」と聞いてしまった。
「明日は日曜だから、しょうがないだろう? 用事があるのか?」と父に言われて、今日のバスケの試合に勝ったため、明日来てくれとさっき山崎君から電話があった。
「だって、明日の午後」
「話は午前中だからな。午後からなら大丈夫だろう」
「そう、ならいいけれど」
「とにかく、お茶とか用意しておいてくれよ」
「茶菓子がないよ」
「買いに行けばいいさ。10時に来るそうだから。9時に開いてるところにすればね」開いてる所あったっけ? と考えていた。

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