演劇部

 次の日、部活がお疲れ休みで、みんなと話をしていた。教室の隅で絵を描いている須貝君達を手伝っていた。
「しかし、こんな絵でいいのか? 美術部に頼むとか」
「頼んだのは背景だけだもの。細かい部分はやってくれないの。個人レベルでしか頼めなくて、あそこの部長はうるさい」と演劇部の部長がぼやいていた。隣で演劇部が台詞を言っていて、
「しかし、君たちは」
「待ってください。そうやって相手を責めていても」
「時間は待って」
「違う。そこは時間が過ぎていくことは止められない。台詞は正確にね」と部長さんに注意を受けていた。
「張り切ってるよな。ああ、弘通、そろそろいいぞ。お前、勉強しないとなあ」と光本君に言われて、
「今日はいいよ。疲れ気味だから」と弘通君が笑っていた。
「あれで間に合うのか?」と演劇部の方を見て言っていて、朋美ちゃんが、
「ここはこの色の方が綺麗」と須貝くんと話していた。そうか、朋美ちゃんも須貝君だったんだなとなんとなく分かった。この間の林間学校のテントの中で桃子ちゃんが「須貝君がいい」と言ったときに動揺したから、どうなんだろうなと考えていた。みんなは戸狩君と桃子ちゃんが仲がいいので付き合うのではと言われていたけれど、違うだろうなあと考えいていた。
「ここ、どうしようか?」と光本君のほうを手伝っていた。
「お前は不器用だな。俺がやってやるよ」と光本君が言った為、任すことにした。
「手伝わない方がいいのかも。私、不器用だ。また間違えた」
「え?」と須貝君がびっくりしていて、
「違う。隣。ああ、時間を過ぎていくことは止められない。しかし、その時間の大切さこそ何より大事で、今を生きる事が大切で」と言ったため、みんなが驚いていた。
「あれ? 間違ってた」
「お前、そういう事を聞いてるなよ」と光本君が怒っていて、
「覚えちゃうよ。さっきからの稽古で聞いていて覚えちゃうなあ。人の時間は逆らえない……っていいなあ、昔に戻れたら思い出せそう」
「何をだよ?」と聞かれて、
「覚えてるなら、参加して」と夕実ちゃんが寄って来た。
「えー、無理。こっち手伝ってるから」
「お前、向こうを手伝え。どうせ、やることはないぞ。後で参加しなおせ」と光本君に言われて渋々、そっちに行った。
「立ってるしか出来ないよ」と言いながら、相手役代わりに立っていた。その子が補習で来れないらしい。
「赤点取るから」とみんながぼやいていた。
「間に合うかなあ。大体、男子が誰かほしいなあ」と夕実ちゃんが光本君達を見てて、彼らが慌てて目をそらしていた。当たり前だろうね。
「ああ、わたし達のその時間を返してください」
「現実に戻ったときに」とそばでやっていて、立ってるだけでも疲れるなあと思っていた。
「違う。道に外れた」とつい間違った台詞を言った人につっこんでしまった。
「あれ、そうだった」
「おーい、台本持っていない佐倉に突っ込まれるなよ」とそばに来た元部長さんに言われていた。彼ともう一人が残り少ない男子部員だったらしい。今は登録はしているものの幽霊部員になっている人が多いらしくて、でも誰も来ていなかった。
「そこも違う。夢と現実と」
「おい、佐倉の方が覚えていないか?」とみんなが笑っていて、
「詩織ちゃんがどうして覚えてるの?」と聞かれて、
「そばで聞いてるとやることないからねえ」
「だからって覚えるなよ」と元部長さんが笑っていた。
「佐倉、代わりにやれ」
「無理です。大きな声がでません」と断ったら、みんなが笑っていた。
「それは当たり前だって、発声練習からやらないとさ」とみんなが言い出して、
「しかし、お前たちそれで間に合うのか?」とその部長さんが呆れていた。

「疲れた」
「詩織ちゃんの方が、よほど台詞入ってたね」
「たまたまだよ。ずっと聞かされて、夢に出てきそう」
「佐倉たちもまた手伝ってくれよ。当日までに仕上げるからさあ」と光本君に言われて、
「部活の合間を縫って行くよ」と言った。
「部活といえばさあ。吹奏楽の方はいいのか? 、弥生そうだろう?」と聞かれて、
「もう大体終わってるよ。個人でやってるの。パート練習は私は一年生とだから、向こうが忙しくてぶっつけ本番になりそう」
「すごいかも」とみんなが笑っていた。
「それじゃあねえ」とみんなと別れて帰ることにした。朋美ちゃんと弘通君、須貝君たちは東門から帰るからだ。光本君と私が西門だったので、そこで分かれた。
「しかし、露骨だったなあ。俺当てられそう」
「なにが?」
「須貝と弥生、お前と弘通」
「なにそれ?」
「あれ、気づいてると思ってた。弥生は須貝ばかり見ててねえ。もっとも須貝はアニメの女の子が好みだから難しいかも」それはライバルとしてどうなんだろう? 
「弘通もお前に言えばいいのになあ。お弁当をうらやましそうに見てるだけでさあ。まだ、言っていないだろう?」と聞かれてしまい、困ってしまった。
「あいつも真面目だからなあ。一生言わないかも。医者になるなんてすごいけれど」
「そうなの?」
「あれ、聞いていないのか? じゃあ、内緒だ。あいつ、それで勉強がんばってるんだよ、お前も付き合ってやれ。将来、有望だ」そう言われてもねえ。
「なんだよ。やっぱり山崎の方か? あいつの昔の女は実はお前だという噂があった。お前も前の学校にいたからそこで知り合ったという話はデマでもないのか?」
「なんで、そうなるの?」
「今川じゃないのか?」
「山神だよ」
「聞いた事もない名前だな」
「田舎だしねえ。それに、知らないと思う。でも、楽しかったけれどね」
「なんだ、違うのか。ま、いいや、お前も付き合ってやれよな。高望みしていないで」
「高望み?」
「山ちゃんといい、変態会長といいさ。やめておけ。身近にいいのがいるんだから」すっかり、変態会長になってるなあ。
「お奨めだ。あいつはいいやつだ」
「知らない人はいないよ。うちのクラスでお世話になっていない人はいないってば」
「そうだったな」と言って、校門の前で別れた。反対方向だからだ。それから、歩き出して。そのうち、誰かが走ってくる音が聞こえた。
「意外と足が速いな」と言われて振り向いたら、驚いてしまった。山崎君だった。
「あれ? まだ練習してたんだ」
「居残り。しょうがないさ。シュートが決まらないヤツが出てきてね。俺もあいつらも居残ってやってた」
「なるほど」
「お前が帰るところ見かけて、慌てて着替えたというのに、結構追いつくのに時間がかかったな」と言ったので、笑ってしまった。
「そこまでしなくても」
「一之瀬がうるさい」
「ああ、どうだった? なにか言ってきた?」
「いじめっこか。来るに決まってる。せっかちだからね。でも、まだ教えなかった」うーん。
「あいつはまだ分からないのかもしれないな。自分が周りに迷惑を掛けているということをね」
「嘘だー!」
「客観的に自分を見られないんだよ。そういうタイプもいる。自分にしか興味がないタイプもいるし、周りのことばかり気になるヤツもいる。人のせいにしか出来ないヤツもいてね。あいつがそうだ。お前は意外と自分を責めやすいからな。客観的なタイプなのに」
「え?」
「いいよ、その辺は俺が直してやるから。俺の方にしておけよ」と言われて、困ってしまった。まだ言えない。どう言おう。
「なんだよ、その顔は? 大体、最初に俺に票を入れてくれたんじゃないのか? お前が入れてくれてうれしかったというのに」
「それは、そうだけれど」
「だったら」
「そっちは?」
「今更聞くな。俺と弘通の2票で決定だろう」
「へ?」
「なんだよ、とっくの昔に気づいてると思った。入れたのはその二人。俺はすぐに分かったぞ。お前がからかわれている間、あいつ、心配そうに見ていてね。それに」
「だって、彼は誰にでも優しくて」
「だからって、自分から声を掛けるのは少ないぞ。お前が一番多かった」
「そうだっけ?」
「鈍いヤツ。だから、一度言ったほうがいいなと思って、ようやく告白したというのに、お前全然分かっていないみたいだな」
「そんなこと……」
「あいつはまだ言っていないのか? そう言えば、ラブレターの返事はどうした?」
「言える訳ないよ。相手がわからないのに」
「ばか、分かってると思ってた。呆れるなあ。つくづく鈍い。あいつだろう、きっとな」
「誰の事?」
「だから、弘通。そうじゃないのか? 字で調べてみろ。分かるはずだ」嘘だ。そうやって考えていなかった。そうなんだろうか? 
「これだから、鈍くて困るなあ。詩織ちゃん、もう少し成長してくれ。小さい頃と変わってなくて、うれしいよ」
「そんなことを言われても」
「とにかく、考えておいてくれよ。ちゃんとね。それにあの人にも言われたけれど、そのほうがいいと思うからな」
「なにが?」
「また嫌がらせが始まるといけないから、しっかり自分を持ってほしいんだよ。自分の価値観を。それに等身大の自信をね」
「そう言われると自信ないなあ」
「がんばってただろう? 試合もね。そうやって一つ一つこなしていけばいい。ハードルをゆっくり一つずつ越えていけばそのうちしっかりしてくるさ。テニス部と同じだよ」
「そう言われるとなんとなく分かるけれど」
「一緒にやっていけばいいさ」
「どうして、私なの?」
「なにが?」
「いくらでもいるじゃない。他の人にいっぱい申し込まれて、いくらでも綺麗でしっかりしていて、山崎君に似合う人が」
「拓海と呼べ、そろそろな。そういうのは却下。俺にはお前が合ってると思う」
「どうして?」
「会話していて楽しいからね」
「そうかな? 桃子ちゃんとか、ミコちゃんとか、仙道さんとか」
「確かにあの辺も楽しめるけれど、お前といる時が一番自然だし、一番楽しいしね。楽だし。そういうことだよ。それに他のヤツは心配にならないんだよな。不思議だ」
「先輩が言っていたの。山崎君は、意外と面倒見が良くて心配する性格で、正義感が強いから、私みたいにいじめられたりしやすい子をほっておけなくて」
「確かにそういう傾向はあるけれどなあ。お前は他のヤツと違うからなあ」
「どうして?」
「その辺は俺も不思議だけれどな。でも、そういうものだろうな」
「幼馴染というだけで、どうして、そこまで心配してくれるのかなと思って」
「それもあるけれど、それ以外にもあるんだろうな。そういう相性だと思うぞ。きっと、観野や桃が幼馴染だとしても付き合いたいとは思わなかったと思う」
「どうして?」
「その辺は上手く説明できないけれどな。お前だけは違うんだよな。どうしてもね」よく分からないなあ。
「とにかく、あの先輩はやめておけ。変なこと言われてお前が変態になったら困る」
「感化されないよ。あの人変だもの」
「分かってるなら」
「もう少し待って。ちゃんと返事するから」
「ふーん、なんだかよく分からないけれど、ちゃんと言えよ」
「そうします。卒業できそうもないなあ」
「卒業試験ってなんだ?」
「普通の試験のほうが楽だ」
「なんだよ、教えろよな」と彼がぼやいていた。

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