永峯君

 次の日、一之瀬さんがなぜかテニス部に来なかった。さすがにみんなが困っていて、
「どうする?」と言い合っていた。
「練習試合まで間がないというのに」と掛布君が怒っていて、
「来なかったら、別の人を出すわ」と小平さんまで言いだして、びっくりした。
「それはちょっと」と前園さんが言ったら、
「そうすべきだったのよ。謹慎期間を取るべきだったと判断したの。先生が今度の試合は出すかどうか迷っていたけれど、今日、来なかったし謝りにも行っていないでしょう?」と小平さんに言われて、
「え?」と驚いた。
「永峯君に聞かれてたよ。何度もね。さすがに昼休みに長々と話していて気になったけれど、聞きにいけなくて」と緑ちゃんが言って、
「永峯君にさっき事情は説明してもらったわ。きちんと謝罪するようにと言ってくれたらしいの。あなたにもテニス部の男子にも謝罪するようにってね」
「あの一之瀬さんが言うかなあ」と後輩が小声で言っているのが聞こえて、そうだろうねと思った。

「学年末の結果によっては、あの先輩に認めてもらわないとな」と拓海君が言ったので、
「まだやってたの?」と呆れてしまった。
「一応、認めるっていうのは面白くないぞ」
「ほっとけばいいよ。蘭王に受かってね。あの人は、マイペースでどこでも生きていくだけ。私と付き合おうと言った理由も判明したよ」
「なんだよ」
「先生にばれちゃったの。隠れ蓑の話。その先生にね、女生徒の親から問い合わせがあったらしいの。『うちの娘と付き合っているようですが、どういう生徒なんですか』ってね。それで、先生が楢節さんの噂を知っていたから『一人に絞れ』って言ったらしいよ。『そういう誠意を見せろ』と言われて。それで、私と付き合っている振りをして裏でいくらでも」
「呆れる人だよな。それでお前とは学校で、後の人とはそれ以外でってことか?」
「当たり。しかも、本命彼女も判明したけれどね」
「本命ねえ」
「絶世の美女の人妻だって説明してたけれど、どこまでが本当か微妙」
「だろうな。あの人は変だしな」
「高校ではさすがにやらないだろうと思ったら、『時々隠れ蓑になれ』と命令していたから、先生がすごく怒ってたの」
「当然だろう? 男子校で、その必要があるのか?」
「『二股とか、別れづらいケースで役に立つ』と言ってた。意味がわからないよ」
「懲りない人だよな」
「そうだよね。別にいいけれどね。色々勉強になりました」
「あの人と付き合ってもなあ。お前の評判が悪くなるぞ」
「『武勇伝の一人に加えられるだけ光栄だと思え』と言ったから、『汚点だ』と言ったら、先生が笑ってたよ」
「当たり前だ。ああいう人はずっと、ああかもな。親は知っているのかどうかね」
「上手そうだよ。その辺はね」
「上っ面は優等生って訳だな」
「それより、一之瀬さんの方はどうしよう?」
「ほっとけよ。あの女が反省するならくるさ。しないなら来ないだけ。でも、負けず嫌いだから、練習試合だけは来るさ」
「そうかなあ?」
「そういう女だよ。けじめはつけさせるんだろうけれどね。永峯はそういうところは融通はきかないぞ。あいつはまっすぐで真面目でね。誠実過ぎて、生真面目だ」
「そうは見えた。ああいう人も好きなんだね」
「違う。全部、顔と成績だ」と言い切ったので、そう言われるとそうだったかもと思った。
「葛城先輩に、堂島君、戸狩君に、拓海君、永峯君、全部そうだね」
「その前もどうせそうだろうな。でも、無理だよ」
「どうして?」
「全員、あいつは苦手だと思う」
「なぜ?」
「性格は大事だよ。男は顔も見るけれど、性格も見る。でも、あいつはその辺がわかっていないんだよな」
「よく分からないなあ」
「もっとも、俺は両方とも好みじゃないからね。テニス部でも勝手に言ってたらしいけれどな」
「なにを?」
「男子が集まると必ずやるんだよ」
「だから、なにを?」
「お前はつくづく疎いね」と言われてしまい、
「いいの」と拗ねてしまった。

 学年末の結果が戻ってきて、あちこちうるさかった。男子は特に色々言い合っていて、私はぼんやり考えていた。来年の今頃は、もっと大変だろうな。どうやって、説明しようかなと考えていた。父は口も聞いてくれなくなり、あの分じゃ、母のときも同じ反応だったのかもと呆れてしまった。今更ながら、母に同情してしまう。時々子供っぽいのかもとは思っていたけれど、そう言えば、記憶の時だって、おばあちゃんに相談していて、前も同じかもねと考えていた。
「ということで、参加メンバーに入れておくぞ」とそばで光本君が言っていて、
「え?」と聞き返した。
「動物園のメンバーだよ」と言われて、
「駄目だ。春休みは練習試合があって、次の日から、おばあちゃんの家にも行くし、引越しの手伝いもしないと」
「引越し?」と弘通君が驚いていて、
「ああ、知り合いがちょっとね。とにかく、練習もあるから無理だね」と断った。
「あちこち断ってきて、女が弥生しかいないのはなあ」と言ったので、
「碧子さんは?」
「駄目だって、用事があるらしい。夕実も松平とデート。須貝と弥生だけカップルじゃあなあ」と言ったため、
「ち、違うよ」と須貝君が慌てていて、朋美ちゃんが少しだけ悲しそうな顔をしていた。
「知夏ちゃんは?」と聞いたら、弘通君が困った顔をしていて、
「違うヤツとデート」と遠藤君が佐々木君を見ていた。
「へえ」と言ったら、
「違うよ。俺が橋渡しするように頼まれてね。先輩に頼まれただけ」と言ったので、色々やってるなあと聞いていた。
「後のメンバーで女の子の知り合いはいないのか?」と聞いていて、
「男子のメンバーなら候補がいるけれどね」とぼんやりしながら言って、
「山崎は却下。あいつと一緒に行ったら、説教される」と遠藤君が嫌そうに言った。
「お前が悪いんだろう」と須貝君に言われていて、
「でもよお」と気にいらなさそうだった。

 次の休憩時間に、朋美ちゃんに木下君から頼まれた事を言ったら、困っていた。
「『一応、聞いてみるけれど』と言っておいたけれど、断っておくね」と言ったら、以外にも、
「私が返事をするわ」と言ったので驚いた。
「どうしたの?」
「須貝君、どうも好きな人がいるようなの」
「誰だろうね?」
「桃子ちゃんだと思うわ。よく話しているからね」と悲しそうで、何も言えなくなった。
 碧子さんに相談したら、困った顔をしてから、
「桃子さんは何も言っていませんでしたけれどね」と言って、
「碧子さんも忙しいんでしょう? 困っちゃったね」と言ったら、顔を赤らめていた。
「あれ?」と言ったら、
「いつかご報告しようとは思ったんですけれど、実は」と説明されてびっくりした。橋場君と付き合うことにしたらしい。
「だって、彼とは」
「ええ、断るつもりだったけれど。でも、かなり真剣に頼まれてしまいまして、とりあえずお友達からですね」なんだか、すごいことになってきたなあとまじまじと見ていた。

 昼休みにぼんやりと窓の外を見ていた。この教室は寒いから、普段はあまりやっていなかったけれど、少し冷静になりたかった。隣のクラスでは、騒ぎがうるさくて、下のC組はもっとうるさかった。来年からは鉄筋の校舎になるから、寒くはないだろうな。アメリカの学校ってどんな感じなんだろうなと思った。パンフレットを見た感じでは、中々良さそうだった。でも、不安もあるなあ。お父さんとも話し合わないとと考えていたら、
「どうしたんだ?」と珍しく教室で拓海君が話しかけてきた。
「ちょっと考え事」
「あの先輩が卒業するからか?」
「もうすぐ発表だね。その後、卒業式だしね。私たちもクラス分かれちゃうかな?」
「それで心配になったのか?」と聞かれて、
「そういう訳でもないけれどね」と言っていたら、そばにいた女の子に、
「ねえ、付き合ってるって本当?」と聞かれたので、
「幼馴染としてね」と答えたら、
「えー!」と面白くなさそうだった。拓海君は私の顔をじっと見ていた。

 部活であちこちうるさかった。先輩達のボタンをもらいたいと言っている人もいて、
「詩織ちゃんはどうするの?」と聞かれて、
「もらう人はいないしね」と言ったら、
「えー、あの先輩は?」と緑ちゃんが興味本位な言い方をしてきて、
「その前に言うことがあるでしょう?」と美鈴ちゃんが怒っていた。
「え、でも」と逃げ腰になっていて、
「いい加減、もう、そういうのはやめたほうがいいよ」と千沙ちゃんまで怒っていて、なんだか雰囲気が変わってきてるなと思った。前園さんがコートにやってきて、室根さんと話していたけれど、機嫌が悪そうだった。
「こうこさんはどう?」と前園さんが聞かれていた。彼女は康子と言う名前で、そういうあだ名がある。ロザリーがそう呼んだらしい。
「どうってなにが?」と怒っていて、
「え、だから、先輩のボタン」と聞いた緑ちゃんが困っていた。
「ふーん」と気に入らなさそうだったからだ。
「ボタンか」とつぶやいた。向こうって、そんなものはないだろうなと考えていて、
「先輩は、楢節さんのボタンをもらうんですか?」となぜか結城君に聞かれた。
「え?」とさすがに驚いた。みんなが一斉に見ていて、
「もらうって、別にそういう間柄じゃないし」と言ったら、
「その辺をはっきり教えてよ」と言われてから、ああ、付き合っていたと思われてたなあと考えて、ぼんやりしていた。
「適当」と言ったら、
「なんですか、それ」と結城君が驚いていて、
「それより、何でそんなことが気になるの?」と後輩の子が寄ってきて、聞いていた。
「当たり前です。僕はあの先輩が目標ですから」と言ったため、唖然とした。
「あのって、もしかして、楢節さん?」と後輩がかなり驚いていた。
「何を驚く必要があるんですか? テニス部で目標にするなら、あそこまでいかないとね。学業優秀、スポーツ万能、何をやらせても抜きん出ていて」
「でも、あの口が」と緑ちゃんが笑ったら、
「そう言いながら、あの先輩が会長になったとき、『ちょっといいかも』と言ってたのは誰よ」と前園さんが明らかに面白くなさそうだった。
「ふーん、やっぱりこうこも狙ってたんだ?」と緑ちゃんに言われて、
「え、そんなことはないわよ」と言いながら、動揺しているように見えた。なるほど、あちこちあるなあと聞いていた。

 今日もやはり、一之瀬さんが来ていなかったため、小平さんは、「ほっておきましょう」と言っていたけれど、意外なことに、
「離してよ」と永峯君に手を無理やり引っ張られて制服のまま連れて来られていた。
「な、なによ」と言っていて、
「ほら、謝らないと何も始まらないよ。君は間違いを犯したんだ。その償いをしないといけない。クラスの子だって、謝ったんだから、この人たちにも」と言い合っていて、小平さんが寄って行き、掛布君と結城君もそばに行った。
「全員集まってくれないか」と永峯君が言ったため、顔を見合わせながら、渋々そばに寄って行った。
「練習中悪いね。もっと、早く来させるはずだったけれど、裏の方で話し込んでいて」と永峯君が頭を下げていた。
「ほら、君も謝るんだ。さすがに、これだけあったら、見過ごすわけにも行かない」
「あなたに何の関係があるのよ」
「あるよ。クラスの問題を放置していたからね。再三の注意では駄目だったようだし、まさかそこまでひどいことを繰り返していたとは気づかなかったよ。裏でやっていて、ここにきて、あちこちからの苦情が集まってきたよ。そういう時期だからかもしれないね」と言ったので、どういう意味かなあと聞いていた。
「ちゃんと償いをしないといけない。そのためにも謝らないと何も始まらないよ」と永峯君に言われたため、一之瀬さんはかなり嫌そうだった。
「謝る必要なんて」と言ったために、永峯君は真っ直ぐ一之瀬さんを見ながら、
「必要はあるよ。間違いをしたのなら、正す必要がある。人を傷つけたなら、謝る必要がある。お互いに誤解していたなら、話し合う必要がある。君はそれら全てをする必要があると思うよ。そこから逃げていたら駄目だ」と大きな目で見られて、はっきりとした大きな声で、誠実な態度で言われて、さすがの一之瀬さんもたじたじになっていた。
「男らしい」と後ろで後輩の女の子が小声で言って、あちこちうなずいていた。
「さあ、謝ろう。言いにくいなら、僕も一緒に頭を下げるよ。昨日話してくれたことが本当なら、謝って、それから話し合う必要があると思う。テニス部で問題ばかり起きているとは聞いていたけれど、全部君の責任だとは知らなかった。そういうのはよくない。そうやって晴らしたって、何の意味がある。それより、強くなりたいなら、そうはっきり言うべきだ。自分の主張は、正当な手段で訴えるべきだ」と言ったため、かなりの人数がうなずいていた。
「みんなが私の言うことを聞いてくれないから」と一之瀬さんが言いだして、
「言うことを聞いてくれないと言う前に、お前がやったことの方が問題だろう? そういう部分があるのに、自己主張されたって、誰も聞かないよ」と掛布君に言われて、一之瀬さんが驚いて見ていた。
「僕もそう思うよ。君の言い分もあると思うけれど、訴え方が間違っている。君のやり方は卑怯だ。弱い者をいじめている事となんら代わりはない」
「いや、そのものでしょう」と結城君が嫌そうに言った。
「そうだよな」「あきれるよ」と男子が言ったため、
「また、そうやって勝手に男子を味方につけて。やり方が卑怯よ」と一之瀬さんが言ったため、びっくりした。
「ろくな考えかたしませんね。僻みっぽいようですね」と結城君が言って、
「誤解しているようだから、はっきり言うよ。前々から、俺達は疑問に思っていたんだ。どうして、佐倉にあれだけあったのかってね。その噂は聞いてはいたが、聞きたくなかったから、お互いに話題として避けていた。ロザリーが知らなかったのも、そのせいもある。お前とよく話していたから、女子は注意する人もいなくてね。佐倉と同じ目にあいたくないから、言えなかったと聞いたよ」と掛布君が言いだして、そう思っていたんだなと黙って聞いていた。
「でも、僕は許せなくなったんですよ。全部聞きましたよ。田中先輩からね。二谷さんに取り入るために、彼女の友達がテニス部だから、その話題も出てね。先輩のクラスでのひどい話まで話していて、さすがに聞いていて呆れました。他にもいっぱいあるようですね。とにかく、佐倉先輩は今度のことは知らないと思いますよ」
「どういうこと? また、山崎君に頼んだんじゃないの」と一之瀬さんに言われて、
「頼むって?」と私が言ったら、一之瀬さんが苦々しそうな顔をしていた。
「だから、山崎君に頼んだんでしょう? 私に嫌がらせされているとでも嘘をついて、泣きついて、幼馴染の立場を利用して、私を何とかしろって、色々」と言い出したため、唖然とした。
「え、そうなの?」と緑ちゃんが言ったら、後ろの方から、
「これだから、お前は呆れるよ」と拓海君の声が聞こえた。いつのまにか聞いていたようだ。
「何のこと?」
「詩織がそんなやり方すると思うのか? お前らの数々の嫌がらせ、ラケット隠したり、靴隠すように後輩に指示、加茂さんに嘘吹き込んで、制服をどぶに捨てるなんてひどいことをされても、無視するようにテニス部でやられても、こいつは裏で泣いていただけだ。俺には一言も言わなかったぞ。黙って、家で泣いていて、俺が見かねて、お前にやめるように注意しただけだろう? 被害妄想もいいところだ。自分が周りを味方につけて、追い出すようなやり方をしてきたからって、こいつも同じことをすると思い込んでいないか? 自分がそうだからって、誰でも同じやり方すると思うなよ。そういう卑怯な手を使うのはお前ぐらいだよ。このテニス部ではね。強い人や、実権を握りそうな人には取り入って、気が強い人がいたら、そばに寄っていき、そういうやり方をするのはお前ぐらいしかいないんだよ。でも、テニス部では前まで止める人は誰もいなかった。当然だよな。詩織と同じ目にあいたくないって、誰でも思うからね。そういう、ことなかれな雰囲気があったため、詩織がやられていても誰も止めなかったから、俺が見るに見かねて口出してしまっただけだ。お前が考えているような事情じゃない」と拓海君が言ったため、周りがざわめいていた。
「それはありましたね。僕も目にあまりましたから。でも、佐倉先輩が楢節さんと付き合うようになって、変わっていったから、だから、少しは変わるかなと期待していました。それまではいつやめようかなんて思っていましたよ。向上心のない部活なんて意味はありませんからね」と結城君が言ったため、みんながかなり驚いていた。
「お前」と後ろで木下君がかなり困った顔をしていた。
「とにかく、そういう事情なら、君はまず謝るべきだ。どういう理由であろうとひどい嫌がらせをしてもいいことにはならない。そんな言い訳をしても見苦しいだけだ。自分を正当化するような言葉を言われようと僕は、それは間違っていると思う。相手がどうであろうと、自分が間違った事をしたのなら謝るべきだ。その上で、話し合って、お互いの誤解を解くべきだ。だから、謝ろう。僕も一緒に謝るよ」と永峯君が言ったため、一之瀬さんが困った顔をしたあと、永峯君が深々と頭を下げていたため、渋々一之瀬さんも頭を下げていた。かなり長い時間、頭を下げていて、何度か一之瀬さんが永峯君のほうを見ていたので、後輩が後ろでくすくす笑っていた。永峰君は真剣だったけれど、一之瀬さんは永峰君の様子ばかり気にしていた。これじゃあ、反省しているとは思えないだろうねとは思ったけれど、誰も、何も言わなかった。その後、残りの人は練習を始めて、私と拓海君、小平さんと掛布君と結城君と千沙ちゃん、そして、永峯君が隅の方で話をしていた。
「ふーん、やっぱりね」と拓海君が事情を聞いて、嫌そうな顔をしていた。一之瀬さんはまだ、私が卑怯だとか横入りしてとかの言葉を時々はさんで怒りながら説明していた。結城君がそのたびに、「ろくな考えかたしませんね」と言ったため、嫌そうな顔をしていた。
「被害妄想もいいところだな。お前。それじゃあ、テニスも上手くならない訳だ」と拓海君がかなり呆れながら言って、小平さんと千沙ちゃんが顔を見合わせていた。
「なによ」と一之瀬さんが食って掛かっていて、
「大体、私がこれだけ思っているのに、佐倉さんなんて何一つ努力も何もしていなかったのに横から来て勝手に山崎君と仲良くなりだしてひどいわよ。テニスだっていい加減にやっていて」と言われて、びっくりした。
「それは全員そうだったから、人のことは言えないわね」と小平さんに言われて、
「目的が違うんだから、その辺は言うのはちょっと」と千沙ちゃんが言いだして、
「そういうことだ。お前はテニス部で一番になりたい。認めてほしいって意識が強いだけだ。こいつは体力づくりとテニスをそれなりに楽しみたいだけ。お前とは目的が違うんだよ。そんなのはばらばらだぞ。どこの部活だってね。もっとも、勝つ事が何より優先のバスケとバレーは違うけれどな。水泳部だってタイムをあげたいヤツ、泳ぐのが好きなヤツと分かれるって、一部で水着の女の子を見るためと言う不純なヤツもいたけれど」と拓海君が言ったため、みんなが苦笑した。
「その辺が自分と違うからって、即怠けているとか、やる気がないとか思い込みが激しいよな」と拓海君に言われて、私も落ち込んでいた。そういう風に見ていたのか。拓海君が心配して何度か私の方を見ていたらしくて、一之瀬さんが思いっきり睨んでいるのに気づいて、
「あの、さすがに目にあまりますから言わせてもらいますが、僕には横取りしたとも、怠けていたとも見えなかったんですよね」と結城君が言ったため、みんなが驚いていた。意外と発言するなあ。
「佐倉先輩が言いたいことも言えないぐらいショックのようなんで、言わせてもらいますが、佐倉先輩の事をよく見ていないようですね」と言われて、一之瀬さんが思いっきり睨みだして、
「その辺はあるよな。お前の思い込みの激しさは会話していても困る。いくら説明しても理解できない。自分の意見が絶対だと思うのは勝手だが、その思い込みで逆恨みして、嫌がらせするのはちょっと目にあまるぞ」と拓海君が言いだして、
「そうですね、さっきから聞いていたら、全然分かっていないなと思いましたよ。弱いと決め付けて、やる気がないと決め付ける。先輩って、全然見えていないんですね」と結城君に言われてたため、
「あなたには言われたくないわよ」と一之瀬さんが怒り出した。
「あなたにも言われたくないと思うわよ」と小平さんがため息をついていた。
「さすがにそこまでの思い込みがすごいとは思わなかった。人の意見ってよく聞かないと駄目ね」と小平さんが困っていて、
「何が言いたいのよ。私のことを馬鹿にしているわけ。大体、私と組まないなんて馬鹿にしているわ」
「それはちゃんと説明したでしょう?」と小平さんが困っていて、
「プライドの問題なの?」と聞いたら、すごい顔で一之瀬さんが睨んできて、
「拓海君に聞いたの。自分が一番じゃないと気に入らない、認めてもらいたい意識が強い、だから、ペアも一番上手な人で自分が認められるだけの力量がないと納得できないってね。本当なの?」と聞いたら、
「当然でしょう」と言ったため、みんなが一斉にため息をついていて、
「なによ」と一之瀬さんだけが気に食わなさそうにしていて、
「お前はそれだから、負けるって何度言えば分かるんだ。冷静さが足りない」と拓海君に言われて、
「僕が前衛だったら、たとえ一番手でも絶対組みたくないですね」と結城君にまで言われて、でも、一之瀬さんは納得していなかった。
「人には相性がある。合わせられる人と、人に合わすより勝気で自分からどんどんいく人もいる。それに、目指す方向もあるしね。『合わせるのが当然』と言われて、それに納得していないのだから、仕方ないと思うけれど」
「あなたに言われたくないわよ」と一之瀬さんがすごい剣幕で、
「ファーストサーブが入らなくなる理由って分かってる?」と聞いたら、
「え?」さすがに一之瀬さんが困った顔をしていた。
「百井さんも昔そうだった。矢上さんが時々そうなるけれど」と言って、近寄って、肩に触った。
「何するのよ」と怒り出して、
「自分で触ってみたら分かるよ」と言ったら、驚いたあと、触っていて、
「これが何よ」と言ったため、拓海君も寄ってきて、
「確かにね、すごい張ってるな」と触りながら言ったため、
「そういう癖があるの」
「癖?」
「怒り出すと拳を握ったり、手に力が入りすぎるみたいだね。つまりはそういうこと」
「ふーん、さすがによく見てますね」と結城君が言ったので、一之瀬さんがそっちを睨んでいた。
「野球と同じかもしれないな」と永峯君が言いだして、
「野球って?」と千沙ちゃんが聞いた。
「ピッチャーがエラーとかで動揺したり、ピンチで顔色が青くなったりするんだよ。それでナインが声を掛ける。理由は冷静になってもらうためと肩の力を一度抜いてもらうためだよ」と言われて、そう言えばそういう場面を見たことがあるなあと思った。
「君は勝ち気過ぎて、そういう部分があるんだろうね。でも、自分では気づいていなかった、そういう事だろう?」と永峯君が小平さんに聞いたらうなずいていた。
「一緒に組んでいて、私は時々イライラするのよ。私もそこまで冷静になれないときもあるし、この人に話しかけたくないことも何度もあってね」と言ったため、千沙ちゃんと驚いた。本音はちゃんとあるんだなあと聞いていて、さすがの一之瀬さんがかなり動揺していた。
「お前さ、もしも自分が前衛だとしてさ。同じタイプの後衛がフォルトしたら許せるのか? 声を掛けてやれるのか? 大体、それで勝てると思うか?」と拓海君に言われて、さすがに一之瀬さんが顔色が変わっていた。
「一番上手だろうが、サーブが速かろうが、足が速かろうが、飲み込みが早かろうが、力が強かろうが、頭に血が上ってたら、全部駄目になるよ。試合に負けるのも当然だよ。いい加減、気づけ」と拓海君に言われて、一之瀬さんはかなり動揺していて、それ以上は話せる状態じゃなくなったため、
「とにかく、先輩の事を認めたわけじゃありませんよ。僕は納得してませんからね」と結城君が行ってしまい、千沙ちゃんと顔を見合わせて、そこから離れた。
「なんだか、毒気に当たった」と小声で言ったら、
「さすがに驚くことばかり言ってたね。何で、ああも悪くばかり捉えるんだろうね」
「悪くって」
「物事を全て悪く捕らえるタイプなのかなあ。気に入らないことは全て人のせいだと考えていたら、確かに面白くないのはしょうがないかも」
「どうしてかな?」
「私もわからないよ。ああやって考える事なんて、ないからね」そう言われると、普通はそうだよね……とぼんやりしてしまった。

 練習には一之瀬さんは参加しなかった。今日は謹慎で、ボール拾いをするように言われて、後輩も話しかけもしていなかった。拓海君は永峯君と何か話をしていて、その後戻って行ったようだった。
 練習後に、一之瀬さんは様子が変だったけれど、誰も話しかけずにいて、帰る時に小平さんが何か言っていて、なぜか2人で帰っていた。
「なんだか、変な話」と緑ちゃんが他人事のように言ったため、
「元はといえば、緑ちゃんにも責任があるよ。前園さんもね」と美鈴ちゃんが言いだして、驚いたけれど、誰も異議も唱えずに肯定するような顔で遠巻きに見ていて、あれ? と思ったら、
「裏で加茂さんの時に、色々噂話していたの。後輩も同じだよね」と千沙ちゃんが言いだして、一部の後輩がうなだれていた。
「だって、山崎先輩と」と後輩の一人が言ったら、
「だから、テニス部の女子は駄目なんですよ」と結城君が言い出した。男子が寄ってきて、
「前々から思っていましたよ。誰も止めなくて、変な部活だってね。勝てないのは当然ですね。嫌な雰囲気の部活では勝てないと僕は思っていましたから」
「おい、結城」と大和田君が止めていて、
「先輩達だって、裏で言っていたじゃないですか。女子は目にあまるよなって、僕は男子も同じだと思いますよ。掛布先輩と大和田先輩と話していて、違和感を覚えていると聞いて、やはり間違っていないなと思いましたよ」と言ったため、木下君が座り込んでいて、
「ちょっと言いすぎだろう」と男子が駈け寄っていた。
「いや、言いたいことは全部言うべきだと思うよ」と永峯君達野球部も終わったのか近寄ってきた。
「この際だから、全部言いたいことは言ったほうがいいね。野球部では喧嘩は何度もしてきたよ。先輩は特にね」
「あれだけ負け続けてるのに?」と緑ちゃんがよけいなことを言って、笑ったのは田中君一人だけだったので、慌てて自分で口を押さえていた。
「勝ち負けは関係ないよ。確かに、一つでも勝とうという意識はある。負けているのは条件が悪いからだと、最初から諦めている人もいるけれど、僕は諦めたくないんだ。僕が主将の間に、一回戦突破するというのが今の目標だ」と言い切ったので、後輩の女の子が拍手していた。
「だから、諦めた時点で負けだと思う。テニス部の中にその意識があるうちは勝ていないよ」と言われて、そう見えるんだなあと聞いていた。

「ああ、それね。俺も思うぞ。目標設定がないから、ああなるんだよ。ペアで目標を決めろって、そろそろ言うつもりだった」と帰る時に拓海君に言われて、そう考えていなかったなあとため息をついた。
「なんだよ」
「なんだか、人の気持ちって言わないだけであちこちあるなって話だよ」
「本音を言うタイプと隠しておくタイプ、一番多いのは場の空気を読んでどこまで言ったらいいのか様子を見るタイプだな」
「それはあるね。前と違ってきたなと思って」
「お前の影響だな」
「え?」
「わかっていないな。結城が言ってただろう? あの変態会長とお前が付き合って、様子が変わってきたって、つまりそういうことだよ。あいつはあの会長が裏で指示しているのかと思ってるんだろうけれど」
「指示って、確かにアドバイスはもらったけれどね」
「永峯が教えてくれたよ。一之瀬は裏でお前とテニス部への不満が山ほどあってね、聞いてみたら、間違っていると思ったけれど、とりあえず様子を見たいそうだ。どちらの言い分も間違っていないかも知れないからってね。あいつって、ああいうところがすごいけれど」
「どうして?」
「普通は鵜呑みにするんだよ。大勢の意見の方を信じやすい。そういうのが多いから、いじめが起こるのだけれどね」
「そう言えば、この間、その話もしたよね」
「ああ、でも、あいつはどちらの意見もよく聞いて、様子を観察してから判断したいタイプなんだろう。納得するまで前に進まないタイプなんだろうな」
「融通がきかないってそういうことなんだね?」
「ああ、だから、一之瀬も変わるかもしれないな」
「そう言えば苦情がいっぱい来たって、そういう時期ってどういう意味?」
「季節の変わり目、クラス替え、そういう意味だよ。後残り少しなら言いやすいって事だろうけれど」
「よくわからない」
「お前は本当に鈍いときと分かれるなあ。まあ、しかたないか。でも、俺としても、このまま様子を見たいと思うよ。小平さんに任せよう」
「大丈夫かな?」
「足りないのは話し合いだから、話し合ってくれって永峯が小平に忠告したそうだから、そうしよう。永峯がついているなら、今度はちゃんと決着がつくまで話し合うさ」
「あの人って、すごいね」
「後輩は既に、シンパがいたな」
「シンパ?」
「まあ、ファンみたいなものだろうけれどね。あいつクラスでは人気あるらしいぞ。もっとも、真っ直ぐすぎて柔軟性に欠けるから、戸狩ほどはないらしいけれど、それにあのクラスは本宮弟が人気がすごくてね」
「へえ」
「お前はつくづく疎いよな。心配になるよ。クラスが離れたら困るよな」
「それでもやっていかないとね」
「なんだか、変わってきたな」
「拓海君がいつまでも付いていてくれる訳じゃないしね。でも、それが嫉妬の原因になったんだと思うし」
「え?」
「だと思うよ。前に楢節先輩が教えてくれた事がある。嫉妬が生まれる訳」
「嫉妬ねえ」
「人気がある人が特定の誰かを庇ったり、親切にしたり、恋人になったり、そういうのは見ているほうは面白くないんだって。女の子は特にね。誰か一人いい思いするのは許せない子が多いらしいよ。特に自分が取って代わりたいと思うようなタイプにね。でも、よく分からないなあ」
「嫉妬ね。それはあるさ。選手になれるかどうかは大きいからね。選ばれるヤツに選ばれないヤツが嫉妬するってことだろうな。小学校のときはそういうのが多かったよな。先生が贔屓したってうるさかった。女の先生だと特にそう言われるからね」
「そう言えば、そういうのってあったかもしれない」
「つくづく疎いから困るよ」と言われて、まだまだだなあと落ち込んでいた。

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